第3621話 禁足地編 ――侵食――
幾らかのトラブルに見舞われながらも、無事に終了したカイトの生誕祭。そんな最中に皇帝レオンハルトから禁足地ノクタリアという場所にて異変が起きている事を知らされ、彼はその調査と異変が生じていた場合解決を要請される事になる。
そうしてやって来た禁足地ノクタリアは異常な光景を目の当たりに出来ると観光地化してしまっていたわけであるが、カイト達はそれを尻目に夜闇に紛れて禁足地を監視する『監視所』へと到着。異変が起きたのではないか、という推測を元にカイトは単身『監視所』へと足を踏み入れていた。
『どう? 何かあった?』
「シャル? 念話でもなく流路を使ってどうした?」
『安全策よ。神使と神の通信は世界のシステム側の力。並大抵の事じゃ遮断出来ないもの』
「なるほど。この地に渦巻く闇の現況がなんであれ、契約に則った力はどうすることも出来ないか」
何が起きたかわからない上に、この闇がどういう影響をもたらすのかさえわかっていない。なのでシャルロットは自分とカイトを繋ぐ神使としての契約を使っての連絡に限る事にしたようだ。と、そんな彼の右横に真紅の大鎌が舞い降りる。
『必要なら使いなさい』
「有り難く頂戴しよう」
シャルロットから貸し出された大鎌を受け取って足を踏み出した彼だが、早々に顔を顰めていた。
「で、一つ聞きたいんだけど」
『なに?』
「そっちからこれって視えてる?」
『……』
どうやら何かが起きている事には間違いないらしい。シャルロットはカイトの言葉にそれを理解し、僅かな警戒感を滲ませる。そうして彼女は自らで確かめるように、カイトの背後に背中合わせになるように自らを顕現させる。ただしその姿は半透明で、幻想的な神の影絵のような姿だった。
「懐かしいな。分体か……前に出てくれよ。見えねぇじゃん」
『分け御霊と言いなさいな……なるほど。下僕じゃなければ異変がわからないわけね』
「常世の闇が溢れ出かけている……という認識で良いのか?」
『違うわ……ただ少なくとも良くはない兆候ね。あの闇が何かわからないのは私も一緒。でも私でも下僕でも間違いなく一つ断言出来る事はあるでしょう?』
「常世の闇であればオレらがわからないはずもなし、か」
然り。シャルロットはカイトに答えると、自らの分け御霊を消失させる。自らに近しい分身を生み出すという神の権能の一つだった。
「やれやれ……どうやら事態はあまり良くないらしいな。やりたくはないんだが」
ぽぅ。カイトの目に真紅の光が宿り、その力をわずかに解き放つ。いくら彼でも身一つで危険地帯に乗り込む以上はやれる事はやっておきたかった。
というわけで支度を整えていると、『監視所』の建物の中から数人の人が現れる。そうしてカイトの所までやって来ると口を開こうとして、彼の目を見てぎょっとなった。
「マクダウェル家の使者の方……ですか?」
「ええ……なるほど」
「……なにか?」
「少しチクリとしますよ」
不審な様子の出迎えの者たちに、カイトは説明するより前にと誰かが反応するよりも前に、正しく神速としか言えない速度で大鎌を振り抜いた。
「「「……え?」」」
「楽になりましたか?」
「……あの、何が……」
「わかりません。ただ斬りはしました」
やれやれ。この様子じゃこの『監視所』の壊滅は時間の問題だったか。カイトはため息混じりに首を振る。というわけでため息を吐いた彼は念話を起動する。
「ティナ。『監視所』の結界は全周型か? 全球型か?」
『全球型じゃ。地面からの浸透などが起きぬようにな。それは常識じゃろうて』
「となると結界さえ通用しないか……」
まるで水面を蹴るかのように。カイトは足を振り上げる。
「染み出してるぞ、闇。『監視所』の所まで。今はまだ足首より少し下、という所だがな」
『なんじゃと? こちらからは見えぬぞ』
『でしょうね。私も下僕の後ろに立つまで見えなかったわ』
『むぅ……着陸を避けたのは正解じゃったか』
元々何が起きても不思議ではない状況だから、と飛空艇を着陸させていなかったのだ。その判断が功を奏したわけだ。
「ティナ。ノクタリア側はうるさいだろうが、飛空艇を一隻こちらに寄越させろ。『監視所』は放棄させる。ああ、それとルークを待機させておいてくれ。手が借りたい」
「は? ちょ、ちょっと」
「色々と説明する時間がないですが、ひとまず陛下よりの勅書があります。一旦、この『監視所』は私の指揮下に入って頂きます」
「……」
ティナとのやり取りの傍ら差し出された書類に、出迎えの一人が目を丸くする。と、そんな所に声が響く。
「承知しました。すぐに手配に入ります」
「所長! 動かれては……」
「……いや、構わん。本来私が出向かねばならなかったはずだ。まさかもう数日経過していたとは……」
大慌てで自分に駆け寄ってくる部下達を手で諌めながら、老齢の男が覚束ない足取りでカイトの所へとやって来る。が、そんな彼を見てカイトは大いに目を見開いた。
「……もしかしてロイテさん? ロイテさんじゃないですか?」
「うん? 君、は……!? これは、驚いた。久しぶりだ。一体どうしたんだね。陛下の使者とは君なのか?」
「やはり……確かこの基地の所長はオーマという人物だったと思うのですが」
「あははは……オーマは私の今の姓だ。ランケ・オーマ。それが今の私の名だ。だが君は呼びにくいだろう。ランケで良いよ」
どうやらカイトはこの所長と知り合いだったらしい。だが家名が変わっていた事で書類上はわからなかったようだ。というわけで先ほどまでの少しの剣呑さが鳴りを潜め、カイトは一つ頭を下げて問いかける。
「ありがとうございます、ランケさん。それで……一応、ご成婚の方でよろしいですか?」
「ははは。それで構わなっ……」
「「「所長!」」」
ぐらり。カイトの問いかけに笑って応じようとしたランケが唐突にぐらりと前に倒れ込む。それに誰かが動くよりも前にカイトが動いて、彼を支えていた。
「おっと……長話の前に処置をします。良いですね?」
「しょ……ち?」
ざんっ。ランケが首を傾げるとほぼ同時にカイトは彼を押し戻すと、その瞬間に大鎌を振り抜いた。
「所長!?」
「おい、お前! 何をやっている!」
「説明をしていないのは悪いが、少し黙っておいてくれ……ランケさん。お加減は?」
「これは……何が……」
カイトの問いかけに、ランケは自らの身体を覆っていた得も言われぬ倦怠感が切り払われた事を即座に理解する。
「問題なさそうですね。シャル。変な事を頼んで良いか?」
『医者の真似事?』
「死神に頼むのは不遜かな?」
『死神が刈るべきなのは死ぬべき命だけよ』
カイトの問いかけに、シャルロットは楽しげにそううそぶいた。そうしてひとまずの対応を決めると、カイトはランケへと告げた。
「ランケさん。旧交を温めたい所ですが、ひとまず状況をお聞かせ頂けますか?」
「ああ、そうしよう。私は何をすれば良い?」
「ひとまず『監視所』の全職員を集めてください。処置を施した後、一旦闇夜に紛れ飛空艇へ避難させます」
「わかった。直ちに手配しよう」
ランケは自分に起きている事にカイト達は対処可能な手段を持っているのだと理解。即座に『監視所』の全職員を集める事を了承する。
そうしてランケが復帰した事で『監視所』の動きが一気に加速し、数十分後には『監視所』の全職員が敷地内の空き地に集められていた。何をするかというと、シャルロットの力で彼らを侵食する何かを切り払うのである。そんな光景を見ながら、カイトはランケと話をしていた。
「相変わらずだな、君は。いや、君はというか君達は、か」
「あははは……まぁ、色々と厄介事ばっかり抱えてますので」
「ははは……だが申し訳ない。まさか気を失っている間に君が来る日が過ぎていたとは」
「ノクタリア側も変だ、とは言っていたんです。来るはずの貴方が来ない、『監視所』は異変が起きてその対応に追われている、ですから」
どうやらランケはカイトが来るほんの十数分前まで気を失ってしまっていたらしい。というわけでカイトは自らの力で一時的に押し返した闇を見ながら、苦い顔で告げた。
「どうやらこの闇が何か精神的な影響も与えてしまうらしいですね。不安や恐怖を増幅させ、結果貴方というトップが倒れた事も相まって隠蔽工作に走る結果となってしまったのかと」
「おそらくそういうことなのだろう。明らかに軍人の取るべき対応ではない。当人達もそう考えているほどの、だ」
ティナやシャルロット、ルークらに『監視所』の所員達の処置を任せたカイトであるが、彼はランケと共に彼が倒れていた間の指揮をしていた幹部達から状況を確認していた。
そこで発覚した多くの隠蔽工作――ランケが倒れた事も隠蔽されていた――は明らかに普通の判断とは言えず、間違いなくこの闇の影響だと考えられたのであった。
「ええ……どうやら事態は思った以上に厄介のようですね」
「そのようだ……だがどうするつもりかね?」
「行くしかないでしょう。この闇が何か。そして何故このような事になっているのか……それを調べられるのはおそらくこの世で私だけだ」
「私が言うべき事ではないが……大変だな、君も」
相手は貴族。それも公爵という大貴族だ。それに対しての慰めの言葉に、カイトは笑った。
「あはは……はぁ。ま、厄介事は慣れてますので」
「そうか……それで『監視所』は一旦放棄で良いのか?」
「構いませんか?」
「全権は君に委ねろ、というのが陛下の指示だ。ならば私はそれに従うまでだ」
自らの城といえば城だろうに、相変わらずだ。カイトはランケの言葉に一つ頭を下げた。
「ありがとうございます。では安全の確保が出来るまで一旦はその形で」
「完全放棄ではないのか?」
「結局、事態を収拾できれば再利用する事になりますからね。お役御免にはなりません」
「そうか」
カイトの冗談めかした言葉にランケが楽しげに笑う。と、そうして笑いあった二人にティナから通信が入った。
『カイト。侵食の原因がわかった。飛空艇に戻れ。説明する』
「わかった……原因がわかったそうです。行きましょう」
「ああ」
初手から完全に予定外の状態になってしまったが、少しは成果が上がって欲しいものだ。カイトはティナの報告を聞くべく飛空艇に戻る事にする。そうして、彼は現状が思う以上に厄介な状況である事を知る事になるのだった。
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