第3621話 禁足地編 ――異変――
幾らかのトラブルに見舞われながらも、無事に終了したカイトの生誕祭。そんな最中に皇帝レオンハルトから禁足地ノクタリアという場所にて異変が起きている事を知らされ、彼はその調査と異変が生じていた場合解決を要請される事になる。
というわけで降雪の関係から年内最後になるだろう北部への大規模な遠征を行うソラ達の出発を見送って数日。禁足地ノクタリアへとやって来たカイトは付近にある街であるノクタリアへと到着していた。
そうしてノクタリアで呑気に観光を行う旅行者達を尻目に禁足地に設けられた『監視所』への接近許可を待っていたカイト達であったが、到着から数時間後。暗くなった頃に接近許可が出ていた。というわけで出た許可にカイトは若干の呆れを浮かべていた。
「逆にこれ、目立たないか? 夜に接近する飛空艇って……」
「どうじゃろうのう。夜なので結局見る者は少ない気はせんでもない。よくある観光地のように夜間ライトアップ、なぞされんからのう」
「してたらもう笑うわ」
ティナの指摘にカイトは肩を竦める。とはいえ、ティナの言う通りではあった。
「まぁ、確かに吹き出てるのが黒いモヤというか闇というかである以上、夜闇に紛れるとほとんど見えなくなってしまうか。そうなると観光客達もほとんど見ないか」
「そういうことなのじゃろう。それに一応、今回は何が起きるかわからぬから飛空艇には夜間迷彩ならぬ闇を纏う魔術を施しておる。それも展開しておるから、夜間であれば見つかり難くはあろう」
ここらの塩梅はカイト達にはわからない。なのでノクタリア側がこの時間の方が目立たないというのであればそれに従うだけだ。とはいえ、カイトとしてはやはり釈然としない物があったようだ。
「とはいえ、今日は挨拶だけだろ。挨拶だけで接近を隠してもなぁ」
「何度も往復する所を見せたくないんじゃろう。何度も何度も往復すればそれだけ何かがあったのではと思われる。まぁ、余としても向こうから来いやと思わんでもないがの」
「あははは」
これが他所の貴族だと下手すりゃ殺されるぞ。カイトは自分達だからこちらから出向くという事があり得るのであって、本来出迎えられる側である事を理解していた。
しかも彼の場合は皇帝レオンハルトより直々に協力要請を受けてやって来た側だ。間違いなく挨拶に出向くのではなく、基地なり監視所なりの上長が直接到着を出迎えられねばならない人物だった。
「だがまぁ、それだけ筋を違える事態が起きていると」
「うむ……話が事実であれば一気に厄介な話にはなろうな」
「ああ」
自分で出迎えをすっぽかすほどの状況か。カイトは自身の到着を出迎えた天領としてのノクタリアの統治者の若干青ざめた顔を思い出し、先ほどの呆れとは別の意味で少しだけ顔を顰める。
ノクタリアの統治者が顔を青ざめたのは本来出迎えねばならない『監視所』の所長が来ていないという皇帝レオンハルトの使者の勘気を買ってしまいかねない状況に対するもので、その弁明も聞いていた。
「『監視所』の職員に原因不明の体調不良、か。精神的な負荷によるものなら良いんだが……」
「わからぬ。何が起きても不思議のない地じゃからな」
「どうしたもんかねぇ……」
これが伝染病のように蔓延するのであれば、言うまでもなく『監視所』は全面封鎖。所長が出てこなかった事にも筋は通る。だが原因不明の時点でそれが本当に病なのか単なる精神的な負担によるそう感じるだけなのかわからない。どういう状況とも言えない状況では所長の判断が正しかったのかそうでなかったのかさえ判断出来なかった。
「ティナ。防疫用の防護服はあったか?」
「念の為用意しておるが……おそらく病原菌などではないぞ? 喩え生物兵器じみた病原菌であろうと、あそこに何度も立ち入って帰ってきておるお主に通用するとも思えんしのう」
「オレに意味があるかどうかじゃない。こっちに持ち込まないか否かの話だ」
「それこそ細菌ならばお主の場合は炎で焼ききった方が確実じゃ。どうせ脱ぎ捨てた防護服も炎で焼き払うだけじゃしのう。防護服とて無限に湧いて出るわけではない。使わんで良いじゃろう」
カイトは喩え太陽と同じ熱量が直撃しようと、それが属性を纏う限り一切が通用しないのだ。なのでそれを利用して付着した細菌などを焼き払う事は可能で、今回の原因が細菌でないだろうという事からティナは防護服の着用の重要度はあまり無いと考えていたようだ。とはいえ、そうではないのではないか、という推測で確定ではない。なので彼女も一応と告げた。
「とはいえ、一応マスクと防疫用の消毒薬は持っていけ。地球の軍用のものじゃから、細菌が原因であればこれで大丈夫じゃろう」
「あいよ」
ティナの言葉にカイトは一つ応ずると立ち上がる。そうして彼は倉庫で用意されていたマスクと消毒液を回収。甲板に移動する。
「ティナ。甲板に到着した」
『うむ……アイギス。『監視所』との連絡はどうじゃ?』
『イエス。現在までの所連絡は取れております』
どうやら完全に連絡が途絶えているわけでもないらしい。カイトは『監視所』が無事は無事である事に僅かに胸を撫で下ろす。流石に自分達の到着からこの短時間――少なくともカイトの到着時点で応答はあった――で全滅なぞあってほしくはなかった。というわけでしばらく待っていると、再びアイギスが報告を入れる。
『……『監視所』より返答来ました。飛空艇の接近準備を行うそうです……結界の伸長を確認。100……200……』
敢えて擬音を付けるのならずもももも、という感じだろう。『監視所』の全体を覆っていた結界が上へと伸びていく。そうして500メートルほど伸びた所で伸長は停止する。
『伸長停止。結界の形状変形……背面、側面の結界、前面へ移動。飛空艇移動します』
「わかった……アイギス。飛空艇は着陸させるな。オレが身一つで降りる」
『イエス……大丈夫ですか?』
『下僕なら最悪は私が影から回収するわ』
「だ、そうだ。退路も確保している。これで良い」
『イエス』
この『監視所』は謂わば最後の砦のようなものだ。故に結界は可変式になっており、最悪は禁足地を短時間だけでも封じ込める事が出来るようになっているらしかった。
というわけで開かれた場所を通って飛空艇は『監視所』へと接近。カイトは着陸を待つ事なく、身一つで『監視所』へと降り立つのだった。
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