第3620話 禁足地編 ――打ち合わせ――
幾らかのトラブルに見舞われながらも、無事に終了したカイトの生誕祭。そんな最中に皇帝レオンハルトから禁足地ノクタリアという場所にて異変が起きている事を知らされ、彼はその調査と異変が生じていた場合解決を要請される事になる。
というわけで降雪の関係から年内最後になるだろう北部への大規模な遠征を行うソラ達の出発を見送って数日。禁足地ノクタリアへとやって来たカイトは付近にある街であるノクタリアへと到着。現場の状況の確認を行っていた。
「天領ノクタリア……その禁足地ノクタリアに最も近い街ノクタリア。禁足地に近いんだがやっぱり活気に満ちあふれているなぁ」
「交通の要所ではあるからのう。皇国……いや、皇国や南部の周辺諸国からしてみればこんな所にこんな爆弾めいた物があるのは迷惑で仕方がないじゃろう」
「迷惑と言われてもねぇ、という話だろうけどな」
ティナの言葉にカイトは飛空艇の艦橋に用意された自分の椅子に腰掛けながら、ただただため息を吐いた。なにせこの異変の現況は誰が悪いものでもなく、ただ最初からそこにあったのだ。
無論もしかすると現代の誰もが理解できない過去に何かしらの理由があって人為的に発生している可能性は無きにしもあらずだが、そんな事を言い出しても現代のどの国にも責任はなかっただろう。
「わーっておるよ。誰に文句を言った所でどうにかなるものでもなし。ただこれがなければ、と思うだけではある」
「結局何なのかも誰もわからないんだっけ?」
「うむ。余も当然わからぬ。ルナリア文明は」
「……」
ティナの言葉にシャルロットは無言で肩を竦めるだけだ。古代文明は勿論、現代の最高技術を費やしても詳細は不明。しかも危険度が高すぎて調査もままならず、という塩梅であった。というわけでティナは盛大にため息を吐く。
「やれやれ……お主という絶対に生還出来る存在がおらねば立ち入っての調査もままならぬでは話にならんが」
「実際やれるのか、と問われれば私も下僕以外はやめておいた方が良い、と言うわ」
「余もそう言うじゃろうなぁ……」
カイト以外は。何度か言われているが、皇国でさえ公爵であるカイトによる直接の調査を願い出るしかないぐらいには今回の禁足地は危険だった。
先にティナ達が言う通り情報が無い上に、禁足地と言われる程度には色々ないわくがある場所だ。戦闘力を有する者に向かわせて万が一洗脳なぞされようものなら、より悲惨な事になりかねない。
かといって腕に覚えがなければ今度は周囲の影響を受けてすぐに悶死。調査も何もあったものではない。必然として、単体でも大軍でも相手に出来て、なおかつ大精霊の庇護を受け洗脳を無効化できるカイトぐらいしか出せないののであった。というわけで改めてカイトの特異性を考えて、ティナが半ば真顔で問いかけた。
「お主、本当になんで公爵なんぞやっとるんじゃ? お主しかやれぬこととお主が負うておる責任の乖離が激しすぎる」
「お、おいおい……そりゃお前らと結婚するためだろ。元魔王様に女神様を身請けする、ってんだ。それ相応の地位と功績は必要だろ」
「「むぅ……」」
この男にとって誰もが羨む地位も功績も愛した女達を幸せにするための手段でしかないのだから、本当に厄介この上ない。しかも悪いのはこれで余人なら苦言の一つも呈せるものを、その手段の先にある目的が自分達なのだからなんとも言えなかった。というわけでため息一つ、ティナは気を取り直した。
「はぁ……本当にこの世の中お主がおらんようになったらどうなるんやら」
「さぁな。オレはオレが居る状況しか知り得ない。せいぜい死体がいくつか増えるんじゃね、ぐらいだ」
「はぁ……」
そんな反応になるのも仕方がないか。カイト当人にとって自分が居なかったら、という仮定はそもそも無意味なものだ。故に再度のため息に対して、シャルロットが事実を告げる。
「下僕がいなかった頃の、本来あるべき世界の姿に戻るだけよ。一つの案件に数万、数十万……最悪は数百万の人命の損失を覚悟する死神や為政者にとって地獄の時代に。民衆に否が応でも自分達の矮小さを理解させる時代に」
「そうじゃのう」
自身の采配一つで数万の命が簡単に消えるのだ。そのストレスとプレッシャーは常人には耐え難いものだ。それをカイトが居てくれるだけで一気に軽減出来るのだ。
「……ん? お主にとっても地獄か?」
「仕事が増えるのは誰にとっても有り難くないでしょう。特に私の仕事なんて。私の仕事は適度に長生きして死んでくれるぐらいが丁度良いのよ。どこかの向こう見ずなガキみたく死に急ぐなんてない方が良い」
「気を付けま」
どこかの向こう見ずなガキ、が誰を指し示すかなぞわかりきったものだろう。なのでカイトはかつてを思い出して楽しげに笑うだけだ。
「ま、そこらは置いておこうぜ。どうせタラレバなんて考えるだけ無駄だし」
「そうじゃな……で、所感どんなもんじゃ?」
「さって……」
カイトはティナの言葉に応じて椅子から立ち上がり、窓の外を眺める。そこから見えるのは、少し遠くにある真っ黒なモヤが立ち上る場所であった。そのモヤは黒煙のような勢いのあるものではなく、どこか粘性のある、謂わばコールタールのような印象が強かった。
そここそが、今回の目的地である禁足地だった。あくまでノクタリアはこの一帯の地名であって、禁足地はこのモヤが吹き出る場所だけなのであった。というわけでそんな禁足地を眺めながら、カイトは肩を竦めた。
「ぶっちゃけると遠目にはわからん。いやーな気配がするのはいつもの事だし。どうにも観光地化してるってのには驚いたが……」
「危険を好む阿呆はどこの世界にもいつの時代にもおるもんじゃのう」
確かにここは交通の要衝で、貿易という観点から非常に重要な場所だ。南部の国々と皇国が陸運でやり取りを行うならばここは避けては通れない。勿論、他の代替ルートがないかと言うとそういうわけはないが、避けて通ろうとすると確実に数日の遅れが出て費用は嵩む事になる。
ここを通るのが仕方がないと言われれば仕方がないのだが、それにしたって観光地化させるのはカイト達からすれば少し顔を顰める出来事であった。
「本当の危険は誰も好まないわ。あくまでも安全を確保した上で危険を見れるから好まれるだけよ……そしてそれがわかっていたから、皇帝は下僕に解決を命じたのでしょう」
「休火山の火口と一緒。今は休火山が活火山になるかどうか見極め、か……さて、どうしたものか」
シャルロットの言葉に応じながら、カイトは禁足地に背を向ける。そして彼は再び座っていた椅子に戻ると、囲んでいた机の上に広げた地図を見る。それを受けて、ティナがこれからの大まかな流れを説明した。
「とにかくこの禁足地に一番近い『監視所』に入り、そこで飛空艇と『監視所』のシステムを同期。ここから余らが各種のオペレーションを行う」
「わかった。で、オレが中に入り、か」
「うむ。まずはお主が単騎で中に突入。そこで危険性の程度を確認し、橋頭堡の確保。まぁ、橋頭堡と言うか簡易キャンプじゃが」
「簡易キャンプがあるだけマシだ」
カイトが経験した場所によっては身一つで突入させられた挙げ句、支援も休憩所もないような場所も珍しくなかった。というわけで彼からしてみれば今回のノクタリアはかなり楽な部類だったようだ。
「そうじゃろうな……まぁ、橋頭堡の確保後はシャルらが入り、橋頭堡に各種装置類を設置すると共に最深部を目指す……という形か」
「そうね。それで良いと思うわ」
基本的にカイトしか最深部まで安全にたどり着けないわけだが、この洗脳が何であれ神相手にまで通用するとは思えない。よしんば通用してもシャルロットであれば、カイトと結ばれた神使としての契約を利用してカイトから解除する事は可能だ。逆にカイト自身に流れ込ませて大精霊の力で強引に弾き飛ばす事も出来るだろう。十分カイトに同行は可能だった。というわけでそこらを確認し、カイトはついでユーディトを見る。
「ユーディトさん。先日言っていたマルス帝国時代の秘密研究所の場所はわかりますか?」
「おおよそなら。ただ今もそこにそのルートでたどり着けるかはわかりかねます」
「まぁ、数百年前ですし一切の補修とかしてないでしょうからね。その点は度外視しておきます」
「それがよろしいかと」
今回の調査では可能であればマルス帝国が何を目的としてこの地に研究所を設立したか、という点の調査も含まれていた。こちらは後追いで頼まれた案件で必須条件ではないが、カイト達としても気になりはしたので可能な限り研究所の発見と調査も考えていた。
「よし……じゃ、後はノクタリア側の行動を待って行動開始って所で」
おおよその流れはすり合わせられたし、今回は情報の少なさもあって作戦は大雑把に決めて後は各自の判断に任せるという形にならざるを得なかった。というわけで一同は簡単な打ち合わせを終えると、ノクタリア側から『監視所』側への接近許可が出るのを待つ事にするのだった。
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