第3618話 生誕祭編 ――誕生日の夜――
カイトの生誕祭の最後に発表された御前試合『勇者カイト杯』。その発表は皇帝レオンハルトの要望を受けたカイトが賞品を提供した事により彼の想像を超えてあり大いに盛り上がり、多くの参加者が予想される事になる。
というわけで御前試合の発表を経て様々な貴族や要人達との談話を重ねたわけであるが、祝われる者のない祝祭は夜も遅くになり終わりを迎えていた。そうして終わった事により彼は公爵邸本邸に戻ると、テラスで静かに月見酒と洒落込んでいた。
「ふぅ……」
カイトは少しだけ疲れたようにため息を吐く。無理もない。何十という貴族や要人達との話し合いだ。腹の探り合いは勿論、自慢や批判など様々な話が出る。それは聞くだけでもストレスになるもので、誕生日会というものが名ばかりの権謀術数渦巻く場だった。
「疲れておるな」
「うん? あぁ、まぁな。あんまり好きじゃねぇよ、権謀術数ってのは」
「それを好く者なぞ人としてどこかイカれておるよ」
カイトの発言にティナは呆れ気味に笑う。彼女とて魔王として権謀術数張り巡らせたが、そもそも魔王という仕事そのものが好き好んでしていたものではない。権謀術数が好きなわけもなかった。
「そうだな……ま、それも終わってくれた。これで一日が終わったと思えばまだ気は楽だ」
「ま、そうじゃのう。そうであるが故に夜遅くはならん。特に今回は各貴族御前試合に興味が注がれておったからのう」
「そんな珍しいものなのか」
「まだ言うか……まぁ、珍しいものではあろう。お主の場合はシステム側の存在に近すぎる。ホイホイとそういう物に触れられるからこそのお主であり、そうであるからこその勘違いじゃろうが」
カイトの一番厄介な所はここだろうな。ティナは貴族として常識を持ちながらも同時に常識はずれな行動が出てしまう要因はこれなのだと考えていた。
本来こちらの常識を理解するよりも前に大精霊達の介在やかつての旅路により高位の冒険者達と縁を結んだ事により、本来常識になり得ない事でさえ彼にとっては常識的な認識になってしまったのだ。
「そんなもんかね」
「そうじゃ……まぁ、この常識外れな点はお主にとって良い事でもあり悪い事でもあろう。だからこそお主は人類にとっての切り札たり得るのじゃから」
「そうかぁ……」
なんだか貶されているようでもあるが。カイトはどこか複雑そうな顔でティナの言葉を受け入れる。そんな彼にティナは笑う。
「褒めておるんじゃ。そういう人と違った発想が出来ればこそ発展し、先に進める。余も同じじゃ」
「そうか……ま、それなら褒め言葉として受け取っておきましょう」
「そうせい……にしても生誕祭のう」
「なんだ、藪から棒に?」
「いや、思えば余もお主もすでに年齢なぞ意味のない状態ではある。誕生日なぞほぼ意味のないものじゃな、と。それを考えれば生誕祭として祭りになったのは良い話かもしれんな、と」
「あー……」
なんとなくだがわからないでもない。何度か言われているが、すでにカイトは肉体的にも精神的にも加齢という本来なら起きる事象がなくなっている。
無論これは彼に限った話ではなく、ある程度の力を得た存在は全てそうなる。なので数百年も生きた者たちは誕生日を祝われる事に大した意味を見出していなかったようだ。
「確かになぁ。オレも祝われる事が嫌なわけじゃないが……なんというか誕生日がどうでも良い感は出始めたなぁ……子どもの頃は嬉しかったし心待ちにしてたのになぁ……」
「ほれ。数十年でそれじゃ。余なぞもう飽きたわ。何百も繰り返しゃ当然じゃ」
「お互い擦れちまったなぁ……なんでだろうな。昔と同じようにプレゼントも貰えてるってのに」
「さぁのう」
いつからだろうか。誕生日と言われてもさほど感動しなくなったのは。カイトもティナも擦れてしまった自分達に苦笑いだ。
「ま、それはそれで良いじゃろう。どうでも良い事……で良いかはわからんが。どうでも良い事になってしもうておるからのう」
「そうだな」
誕生日を祝うというのが良いのか悪いのか、それは二人にもわからない。とはいえどこか他人事のように感じるようになってしまっていたのもまた事実なのであった。そうして笑い合う二人の所に声が掛けられる。
「こちらでしたか」
「クズハか。兎にも角にもお疲れ様。陛下も大層お喜びだったみたいだが」
「お兄様に喜んでいただけねば意味はありません」
「あははは……祝われる事は嬉しいさ。ただまぁ……誕生日ってこんなのだっけって思わなくもない」
「あはは」
お兄様もそうなりましたか。クズハはティナ同様に数百年を生きればこそ、すでに誕生日は同じ事の繰り返しの一つに過ぎないと考えていたようだ。そこに至りつつあるカイトに笑うばかりだ。そんな彼に、アウラが明言する。
「来年はもっと派手になる」
「来年ねぇ……来年にはオレが公爵だと公表できりゃ良いんだが」
「する」
「出来るか、って話だろ」
アウラの言葉にカイトは笑う。結局、出来るかできないかはなってみないとわからない。すでに引き継ぎに向けて動いてはいるが、それがどう転ぶかは彼にだってわからなかった。だがそうして笑う彼に、ユリィは問いかける。
「まぁでも今みたいに冒険してたくもないんじゃない?」
「……否定はしかねるね。やっぱり自由気ままなのが性に合う……ふぅ。うん、この一時の方が良いや」
「なに、急に。酔った?」
琥珀色の液体を口に含んだかと思えば発せられた言葉に、ユリィが目を丸くする。しかしこれにカイトは素直に思うことを口にした。
「まさか……お前が居てみんなが居て……誕生日会を盛大にやるより今の方が良い。アウラ、来年は派手じゃなくて静かな方向でお願いする」
「ん」
それはそれで良いかもしれない。アウラはカイトの生誕祭とあって派手にしようと思ったわけだが、確かに彼の言う通り家族だけで静かに過ごすというのも悪くはないと思ったようだ。まぁ、彼に髪を撫ぜられて気持ちよかったというのもあるかもしれない。
「ふぅ……こういう穏やかなのなら誕生日も良いもんだ」
「ですね……」
「ん……」
何かと忙しい全員だ。こうして一緒に集まれることこそが一番の誕生日プレゼントなのかもしれないな。カイト達は穏やかに流れていく時間に心地よさそうに目を細める。が、そんな静寂も長くは続かなかった。
「ん、は良いんだけど。アウラ。客来たの忘れて何やってんのよ」
「……おー」
「んぁ?」
響いた声にアウラが忘れてたとばかりに目を見開き、一方のカイトが小首を傾げて振り向いた。
「イリア。来てたのか」
「来てたのか、なわけないでしょ。そりゃ来てるわよ。さっきも居たでしょ。話さなかったけど」
「まぁな」
今更だがイリアとカイトは貴族として見ればほぼ同期だ。なので引退している彼女もカイトの生誕祭には必ず顔を出すし、そもそもそのために今回もマクスウェルに来ているのだ。
「いや、だがなんでこっちに。ホテルあるだろ」
「あんたの生誕祭の日はこっちに泊まってるのよ、昔から」
「そうなのか?」
「はい……申し訳ありません。すっかり……」
「はぁ……」
忘れていました。そんな様子で恥ずかしげなクズハに、イリアが盛大にため息を吐く。そうして彼女もまたテラスに用意された椅子に腰掛けた。
「旧交を温める、って名目で毎年こっちに泊まってるのよ。それがいきなり今年は泊まりません、だと周囲が妙に勘ぐるでしょ。で、あんたが居るなら折角なら一緒に飲むか、と思って探してもらってたのよ」
「飲んでなかったのか?」
「飲んではいたわよ。でもそんな飲めるわけでもないし。当たり前でしょ?」
言うまでもないが多くの貴族達にとって夜会とは交流の一環であり仕事だ。なので酒を飲むとしても嗜む程度であり、その程度しかできないという意味でもある。なので好きに飲めるか、と言われるとそんなわけがなく、カイトも現に飲み直している。イリアがそう考えても不思議はなかった。
「そりゃそうだな……っと、失礼」
「ん。あんたの好きな銘柄を用意してやったんだから有り難く頂きなさいな」
「あいよ。ほら、返杯」
「ありがと」
カイトから注がれた酒をイリアが一口口にする。と、そうして酒を口にしているとどうやら同じようにこちらに泊まっている者が顔を出した。
「あ、居た! にぃー!」
「あ、ソレイユ!」
「おうっと! おい、ソレイユ……お前昨日飲んでる所にタックルするなって言った所だろ」
「あ、ごめん」
どうせ明日には忘れているんだろうが。カイトはソレイユの返答に呆れ顔だ。
「皆様こちらでしたか。っと、これはイリア様」
「アイナ……久しぶりね」
「はい。ご無沙汰しておりました」
イリアの言葉にアイナディスが頭を下げる。実はカイトと関係なくアイナディスとイリアは旧知の仲で、知り合いだった。なのでここもここで親しげだったようだ。そうして段々と賑やかになっていく場であるが、それはそれで先程の夜会とは違いカイトとしては心地よいものだったらしい。
というわけでカイトの誕生日は結局はいつもの面子やら馴染みの者たちが集まった穏やかながらも騒がしい場になり、深夜まで楽しげな声が響く事になるのだった。
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