第3616話 生誕祭編 ――誕生会――
カイトの生誕祭の夜に行われていた夜会。そこに本来祝われるはずの立場でありながら参加者として参列する事になったカイト。そんな彼は主賓なき誕生会に参加していたわけであるが、一応彼は末席としての参加だ。なので彼はその重要度に相反して、会場全体を見回した際に中央から離れた所で夜会の開始を待つ事になっていた。
そしてそれは勿論、彼だけではなく冒険部の面々が一緒だった。というわけで前室から会場に通された後。公爵邸に来る頻度であればこの中で一番少ない瞬が通された会場で驚きの声を上げる。
「こんな場所があったのか」
「来た事なかったのか?」
「あ、あぁ……初めてだ。まさかもう数十ヶ月もこっちに居て、未だ来た事がない場所があった事が驚きだ」
カイトの問いかけに瞬が興味深い様子で周囲を見回しながら頷いた。それにカイトは声のトーンを少しだけ落として教えてくれた。
「公爵邸というよりある程度上位の貴族になると、邸宅の中にこういう大規模な会場を持つ事は珍しくない。伯爵ぐらいだと半分ぐらいだが、辺境伯あたりまでなると持っている家は多くなる」
「そうなのか?」
「ここまでデカい集会を行えるのは公爵とかの最上位の貴族だけだろうが、それでも貴族だとある程度の規模の集会は開く事は多い。主催する事も上に行けば行くほど多くなってくる」
「それは……そうか。そうなると会場の一つも自前で用意できないと格好が付かないのか」
流石に集会を開くのに貴族が会場を借ります、というのはかなり格好が悪いだろう。非効率ではあるが、そこらを費用対効果で考えないのは貴族の性でもあった。
「そうだな。公共事業の一環……とも言えるか。貴族の良い所でもあり、悪い所でもある。採算性が取れなくても保持せねばならない、という所だからな」
「なるほどな……何か使っているのか?」
「時々民間の集会で使う事はある。そのためのものでもあるしな。だが、大半ウチは関係ない物がほとんどだ。先輩だって良くわからん学会の発表に参加したいか?」
「……遠慮しよう」
なるほど。確かに魔導学園もあるし、そういった学術的な集会やらが開かれても不思議はないのか。瞬は用途の大半が自分達の活動に関係がない事を理解してわずかにしかめっ面で首を振る。
「それで良いだろう。オレも大して興味はない。が、そういった学会の発表とか出来る場所ってのは貴重だし、そういう所を用意するのも為政者の仕事だ。重要だ」
「そうか……っと。そろそろか」
場が少し静まり返った。瞬はそれを察して、そろそろクズハや皇帝レオンハルトらが来るのだと察せられたようだ。というわけで二人も黙して待っていると、そこで同様に開幕を察したふとソラがカイトへと問いかける。
「……なぁ。誕生会って何かやるのか? 良く考えたら何も聞いてないんだけど」
「いや、単なる立食形式のパーティだと聞いている。祝われる当人も居ないからな……合ってるよな?」
「はい。流れはそのように」
カイトの確認に桜が一つ頷いた。少し前にも触れられているが、今回の誕生会開催において彼女はクズハのサポートに入っていた。というわけで流れも把握していたのであった。というわけでその話を横で聞いていた瞬が笑う。
「祝われる当人も居ない、か」
「言うな。面白いのはわかるがな」
祝われる当人ことカイトは瞬が肩を震わせるのと同様に肩を震わせる。まぁ、本来は一番の上座に座るべき男が末席に居るのだ。面白くもなった。
「……まぁ、とりあえず乾杯してクズハが演説やって来賓の挨拶があって……それらを全部聞くだけだ。ただ今回は来賓がラエリアの帝王だのヴァルタードの帝王だの、となるだけでな。で、最後は皇帝陛下から少しの話がある、って塩梅かな」
「話?」
「こんな場だ。告知に丁度よいらしいからな。告知する事を告知して、だそうだ」
その告知内容は皇帝レオンハルトが話す事だし、カイトは特に話す必要もないと思っていたようだ。そしてそんな噂をすれば影がさす、という所だ。皇帝レオンハルトが入ってくる。
そして最後にカイトの名代となるクズハらが入ってくれば開始だ。そして皇帝レオンハルトが来ている以上、すぐに来る事は明白だった。
「っと……陛下が来られた。全員襟を正せ」
兎にも角にもここからは少し長い間来賓の挨拶を聞く場になる。なので無駄口はここまで、とカイトも口を閉ざして自身の誕生会を祝う側として参加していくことになるのだった。
さて当初の予定通り三大国の長達が一同に集い暗雲垂れ込む時代に喝を入れる事を目的とした話がある程度行われた後。こちらもまた予定通り皇帝レオンハルトより、皇都での御前試合の開催と勇者カイトの遺物を賞品とする事が語られるわけだが、まぁこれは当然カイトの思うより遥かに大きな驚きを以て迎えられていた。
「まさか世界樹の木片を使った精霊魔術のネックレスとは……」
「流石はマクダウェル家という所か。陛下の頼みとはいえそれをホイホイと出せるか」
「世界樹の木片に精霊魔術……是非とも欲しいな」
「……」
あっれぇ。カイトは自分の想定を大きく超えて大きくざわめく場に一人困惑を浮かべていた。出した本人がこれなのだ。常識がズレていた事を理解するには十分だった。
というわけでこちらもまた冒険者として末席――グリント商会がカイトと接触するきっかけを欲した事も大きい――に追いやられ近くに居たエルーシャにカイトが問いかける。
「……なぁ。あのネックレス、そんなすごいのか?」
「え゛?」
「え?」
ものすごい顔をされたぞ。カイトは絶句するエルーシャの反応に思わず目を丸くする。
「すごいなんてもんじゃないわよ。世界樹の木片に四元素を含んだ魔石に勇者カイトが直々に刻印を刻んだネックレスよ?」
「だが勇者カイトってネックレスとか作るのが専門じゃないだろう? 刻まれた術式もさしてすごいものじゃない、という話だし……」
「えぇ……?」
時々この男は常識はずれの事を言い出す。エルーシャはカイトの反応に思わずドン引きした様子を見せる。そんな彼女に、こちらも近くにいたセレスティアが苦笑いだった。
「あ、あはは……ま、まぁ……カイト様の場合、精霊魔術に長けていらっしゃいますので……」
「え? そうなの?」
「ああ。一応魔術としての一番得意分野は精霊魔術になる」
そもそも精霊魔術に関してだけはティナをしてカイトには遠く及ばないと言わしめる領域だ。そして精霊達はカイトの意思があろうとなかろうと勝手に動く。なので精霊達が勝手に支援してしまって変に勘ぐられるよりいっそ精霊魔術が得意で精霊とも相性が良い、とした方が良いと考えて公言していたのであった。
「へー……まぁ、それだったらあんまり珍しくない……のかなぁ……」
「じゃ、ないのかなぁ……」
元々あのネックレスだって精霊魔術を使う際にサポート出来るようにと作ったものだし、精々周囲の精霊が力を貸してくれやすくなる程度の効果しかないはずなんだけど。カイトは周囲のどよめきを困惑を以て受け止めていた。と、そんな彼にティナが盛大に呆れ返る。
「やはりそんな所じゃと思うておったわ。お主な……」
「ん?」
「精霊魔術は使用者が非常に少ない魔術じゃぞ。それを魔石に刻めるとなるとどれだけいるか。世界樹の木片に精霊魔術を刻んだ魔石なぞ、レアリティの高さは当然のことながらその有用性は非常に高い」
「だろうな。流石に世界樹の木片を使って無駄な物を作る意味なんてないしな。練習ならそこらの木片を使えば良いんだし」
先に作らされたとは言っているが、カイトもこのネックレスの作製を指導した者も世界樹の木片を無駄な物を作るのに使うとは思えない。そして有益性はカイトも認めているのでこれを賞品に使うように提案していたわけだ。
「それを御前試合の賞品で出す、と言われればこうもなろう」
「?」
「……良い。そうなるのは分かっておる」
なんで。そんな様子で首を傾げるカイトに、ティナは頭を抱えて首を振る。まぁ、皇帝レオンハルトをしてこれはカイトに見せびらかせるもの、という曖昧な要求で頼んだ自分が悪いと言わしめているのだ。
「まぁ、あれはお主が思うより遥かに価値のあるものじゃ。少なくともあちらさんが興味を見せるほどにはのう」
「あちらさん……あ」
マジか。カイトはこちらに若干敵意混じりの視線を向けてくるジュリエットに顔を顰める。どうやら魔術師達からして、あのネックレスは非常に価値のあるものだったらしい。魔術師ではない癖に魔術師以上に適性を有してしまっているカイトだからこその反応だった。
「やっぱりすごいんだ」
「……らしいな」
これは後々面倒になりそうだ。カイトはため息を吐きながら、どうやら視線に気付かなかったらしいエルーシャの反応にそう思う。というわけでカイトは若干失敗したらしいと理解しつつも、幸いな事にそのおかげもあり貴族達はそちらに注目を集める事で誰にも気付かれる事なく、誕生会がスタートする事になるのだった。
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