第3615話 生誕祭編 ――夜会――
カイトの生誕祭に合わせて行われる事になっていた夜会。それは本来カイトの誕生日を祝う会だったわけだが、彼の地球への帰還と共に有名無実化。今ではかしこまった場ではなく、半ば無礼講に近い場として社交界デビューの場の一つとして使われる物になっていた。
というわけで本来は単なる軽い夜会の場となるはずだったのであるが、今回は邪神の復活や<<死魔将>>達の暗躍などが相まって突発的に決起集会のような場としてエネフィア全土から多くの要人達が集まる事になっていた。そんな場に本来は主催者兼主賓として参加するはずのカイトは、表向きの身分である冒険部のギルドマスターという立場で参加することになり、ソラと瞬の二人と共に開始よりかなり早い段階で公爵邸入りしていた。
だがそうして入ったは良いものの、由利やナナミの準備が整っていなかった事もありカイトは一度控室ではなく、カイトが別に用意させた部屋に入っていた。
「ふぅ……五公爵二大公揃い踏み、分家も主要人物達は集結……異大陸からも帝王様のご参列……盛大な誕生日会だこった」
「他人事じゃのう」
「主役はオレじゃないからな」
自分の誕生日会ではあるが、完全に政治利用の場と化している。そして何よりカイトが勇者カイトであるとは公にされていない。あくまでも多くの参加者の一人としての参加だった。
「にしても」
「どうした?」
「随分と多くの参列者が集まったものじゃのう。皇国や魔族領、大洋を囲う三つの大国は当然、ラグナ連邦からも使者は来ておるが……三大国の周辺諸国まで来ておろう」
「オレ達が思う以上に奴らはこの世界に恐怖を植え付けてる……のかもな」
ティナの言葉に対して、カイトはそんな事を口にする。そんな彼の言葉にティナも同意する。
「そうじゃのう。余も本当の意味で百年の戦争は知らん」
「お前が封印された事が全ての始まりだから、か」
「そうじゃ。そしてお主も色々とあろうし辛酸をなめさせられたのも事実じゃろうが、お主が関わったのは最後の数年。そしてお主は勝利してしまっておる。余もお主も勝てぬ絶望を知らぬ」
未だ<<死魔将>>達がカイトほどの猛者を鍛え上げて何がしたいのか、というのは誰にも分かっていない。だが何か目的があっての事である事は間違いないのだ。そしてあの敗北が彼らにとって既定路線であった以上、カイトが絶望的な状況を知らないのは無理もなかった。
「どういう目的なんだろうな。オレを鍛え上げて」
「わからぬ。それに鍛え上げる、と言うてもそんなもん彼奴らが鍛えておらぬ以上コントロール出来るとも思えん。事実、剣神殿に弟子入りしておるのがコントロール出来ておるとは到底思わぬ。あの御仁はそう安々弟子を取られる方ではないんじゃろう?」
「オレで大体100年ぶりとかそんならしいな。嘆かれていたよ。お前に同期の弟子がいないことだけが残念でならん、とな」
「それにスカサハ。あれもコントロール出来る輩ではあるまい。到底彼奴らの目的に沿った強化なぞ出来ておるとは思わん」
カイトの話を聞きながら、ティナは改めて今のカイトをどこまで<<死魔将>>達が想定出来ているのだろうか、と訝しげだ。どれだけコントロールしようとしても出来るわけがない運の要因。今のカイトにはそれがあまりに多すぎた。
「だなぁ……いくらなんでも数千年前から地球で暗躍していたとは思いたくない」
「そうじゃのう。いくら彼奴らでも不可能に近かろう。しかもあちらには、なんじゃろう?」
「ああ……先生がいらっしゃる。いくら奴らでも先生にバレずに暗躍は無理だ。それこそ先生さえ考え出すと四千年とかそのレベルで昔から暗躍している事になる。しかも先生の周囲にはニャルラトホテプ達も居た。暗躍しようにも少し無理にも程があるだろう」
カイトが思い出すのは世界最古の英雄にして神話の時代から地球全体のバランスを調整し、文明を次の段階に押し上げようとしている大英雄。自身にとって魂の最初の時代からの恩師だ。
しかもそこには外なる神という地球外の神々の介在さえあり、いくら<<死魔将>>達と言えど完璧なコントロールなぞ出来ようはずもなかった。
「じゃろうのう。エネフィアだけにしても<<星神>>の暗躍まで発覚した。もはや彼奴らがどこまで想定出来ておるのか……いや、思えばお主が色々と引き寄せすぎておらんか?」
「うるせぇ。オレだってトラブル引き寄せたくてやってるわけじゃねぇやい」
「ははは。そうじゃろうがのう」
思い返せばあまりにカイトの周辺でコントロール出来るはずもないトラブルが溢れかえっている。ティナは半ば自暴自棄な様子のカイトに笑う。とはいえ、だからこそという話でもあった。
「どうしたものか。彼奴らの目的の一つでも見えてくれば、話は変わってくるんじゃろうが」
「情報待ちだな、どうしても」
結局厄介なのは敵の情報がない事だろう。特にエネフィアの民にとって常識だった世界征服がどうにも<<死魔将>>達にとって手段でしかなかったのだ。世界征服さえ手段として利用する彼らの目的が何か。それを知るにはあまりに手がかりが少なかった。
「そうじゃのう。まぁ、そういう面で言えば今回の場はかなり良い場にはなっておろう。世界中の情報が集まってきておるからな」
「確かになぁ……」
本来異大陸での情報の集約は大陸間会議があるわけだが、あれも数年に一度。規模などから頻繁に開けるわけではない。飛空艇が一般化したおかげで往来は比較的楽になったとはいえ、地球のように飛行機一つで海外までひとっ飛びとはいかないのがこの世界の現状だ。カイトの生誕祭にかこつけて海を隔てた国々が集まったのは情報の共有という意味では非常に有益だった。
「とりあえず集まった情報の精査は各国の情報部がやるだろうし、ウチにも共有はされるだろうが……」
「しばらくは待ち、か」
結局のところ世界中の情報が集まったからとそれですぐに動けるわけでもない。しばらくは情報の精査が必要だった。そしてそれは二人も分かっている。だからこそもどかしい所があったようだ。というわけで続々と控室に集まってきている客人達の報告を聞きながら、二人はもうしばらく裏に引っ込んで諸々の話を行う事にするのだった。
さてカイトが公爵邸に到着というか戻ってからおよそ二十分ほど。流石にいつまでも話してばかりもいられない、と二人はソラ達の支度が整ったとの連絡があった所で話を切り上げると今回の夜会の控室に入っていた。と言っても控室に入ったからと何かをするわけでもないわけで、彼は馴染みのある者達を見付けて話をしていた。
「随分と早いな」
「パパがもう来てるから……」
「あー……たしかに商人達はかなり早いな」
例年グリント商会はこの夜会に呼ばれているし、参加もしている。なので父と共に来たエルーシャは父達が商人同士の話し合いをしている事もあり、この控室で一人だったのである。とはいえ、彼女一人でこの場に来たとは思えなかった。
「そうなるとランはお父さんと一緒か?」
「うん。あ、後今回はお兄ちゃんも一緒」
「お兄ちゃん……ああ、そう言えば居ると聞いた事はあったな……」
元々エルーシャのお目付け役として横に居るランテリジャは後継者争いの一つとしてお目付け役をしているだけだ。そして後継者争いが生ずるということは他にも候補者が居るというわけであった。
「確かお兄さんとは年子なんだったか?」
「そう。ああ、そういえばさっき会ったらぜひお会いしたい、って」
「わかった。時間があればな」
エルーシャの言葉にカイトはあくまでも社交辞令として話しておく。エルーシャの兄がランテリジャを敵視しているかどうかは定かではないが、少なくともマクスウェルの中ですでに顔役としての地位を確立しつつあるカイトと知己を得ていて損はないとは判断していたのだろう。
しかもマクダウェル領でも比較的大規模なギルド同盟の幹部でもある。多方面から考えて知己を得ておくのは正しい判断と言えた。そしてカイトとしても自領地の北部に強い影響力を持つグリント商会のトップ候補と知己を得ておくのは良い。社交辞令ではあったが、機会があるのなら会うのはやぶさかではなかった。
「にしても、そう言えば」
「なに?」
「そのドレスは自前か?」
「そうだけど……なんか変?」
カイトの問いかけにエルーシャは自分の姿を見回す。以前カイトと共に突発的に夜会に参加した時はドレスを用意する事が出来ずカイトから借りた深い青色のドレスを着ていたわけだが、今回は流石にランテリジャもそこらの手配を怠らなかった。なので今回は赤色のドレスを着ていた。
「いや、似合ってるよ。ただまぁ……なんというか。流石に少し色っぽすぎはしないか? 前に貸したドレスも結構タイトだったが……今回のはそれに輪をかけてスリットも結構際どいぞ」
「そ、そうかな?」
そういう面で気にした事はなかった。カイトの称賛にエルーシャは少しだけ恥ずかしげだ。元々武闘家として鍛えている彼女だが、女性としての肉付きも良い方だ。健康的な美という色合いがあったのだ。
「いや、元々エルはそこまで筋肉質じゃないだろう? これはアイゼンの方針もあるんだろうが」
「あー……それは良く言われるわね。時々腹筋とかバキバキに割れてるとか思われるし」
決して筋肉がないわけではないが、エルーシャはボディービルダーのように筋骨隆々というわけではない。そしてこれにはアイゼンの方針が大きかった。
「確か過剰な筋肉は動きを逆に阻害する。気による動きの補助を主軸として、どちらかと言えばしなやかさを重視するんだったか」
「そ。だから時々筋肉バカとかには喧嘩売られるんだけど……勝つけどさ」
「あはは」
これはエルーシャに限った話ではないのだが、アイゼンの弟子は基本的に単なる筋肉よりも気を含めたバランスを重要視していた。なので今のエルーシャのように一見すると武闘家に見えない者も居て、特にアイゼンの流派を知らない者からは侮られる事は珍しくないらしかった。
だが、アイゼンの弟子だ。その時点で並外れた武闘家である事は間違いなく、相手の力量を見極められない程度の相手ならば負ける事はまずないのであった。
「ま、でもエルならたしかにそれぐらいスリットが入ってた方が動きやすいか」
「そうね。それは否定しないわ」
深いスリットが色っぽいと言われて恥ずかしがったエルーシャであったが、その実実用性の面から彼女は気に入っていたらしい。カイトの言葉に笑っていた。と、そんな彼女が僅かに目を見開く。
「あ」
「どうした?」
「セレス……こっちこっち」
「あ、エル。カイト様も」
「おう。さっきぶり」
次にやってきたのは白色に近いピンク色のドレスに身を包んだセレスティアだ。やはりこちらは元々がお姫様ということもあり非常に着こなせていた。というわけで会場が開くまでのしばらくの間、カイトはエルーシャやセレスティアをはじめとした馴染みの者たちとの間で会話をしながら時間を潰す事になるのだった。
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