第3611話 生誕祭編 ――解決――
カイトの生誕祭の最中にマクスウェル近郊で発見された巨大な空洞。それは巣を創造するという特性を有する魔物により生じた魔物の巣とでも言うべき空間であった。
エルーシャの要請を受ける形でそんな空間の解決に乗り出したカイトだが、どうにもその空間は付近にあった天桜学園の情報を取り込んだ事により地球も日本の地下鉄を模した構造と魔物を有する形で成長を遂げてしまっていた。
というわけでエルーシャらと共に最深部にてコンクリートの巨人や機械で出来た魔物達との交戦を重ねたわけであるが、機械の魔物達との交戦の最中にホタルが到着。彼女を増援に迎えて一気に決めきる形となり、戦いは終わりを迎えていた。
『マスター。空間の歪曲の解消を確認。後しばらくすると空間が崩壊すると思われます』
「わかった。外部のユニオンの司令部に伝達。最深部のボスの討伐に成功。全員に脱出命令を出すように告げてくれ」
『イエス』
カイトの指示を受けて、アイギスが早速行動に入る。と、そんな彼女がカイトへと問いかけた。
『あ、マスター達の脱出経路は。案内しますか?』
「ホタルの入ってきた穴を押し広げる形で脱出するで大丈夫だろう。多分修復出来きる前に崩れてるだろ」
『観測開始します……イエス。まだ出入り出来る程度の亀裂が確認出来ました。まぁ、マスターの場合は押し広げられそうですね』
「なら問題ないな」
かんかんっ。カイトは屈んで自分が倒した機械の魔物達の一体の残骸を魔力で編んだ棒で突っついてみる。この一体はエルーシャにより胴体はひしゃげ車輪は外れており、動く様子は一切なかった。
「面白いといえば面白いな。機械と魔物の融合……ホタル、ユニオンに今回の一件の報告書が整い次第マクダウェル家に報告するように指示を頼んでくれ。この機械の魔物達がこの最深部だけで観測されたのか、それともどこかで観測されていたのか気になる」
『イエス。そのように手配に入りま……はい? まぁ、出来ると思いますけど……』
「うん?」
会話の最中にどうやら別の何者かと会話が入り込んだらしい。アイギスの少しだけ胡乱げな様子にカイトはもしかして、と少しだけ顔を顰めていた。そしてそんな彼の考えは当たりだったようだ。
『マスター』
「みなまで言うな……ティナだな」
『イエス。マザーよりサンプルを幾らか確保してもらいたい、と。可能なら先にホタルが抉ったドリルの金属片も欲しいそうです』
あはははは。カイトの一を聞いて十を知るという様子に笑いながら、アイギスはティナの依頼をカイトへ伝達する。これにカイトはため息混じりに頷いて立ち上がる。
「あいあい……ただ魔物の現物は避けるぞ。流石に何が起きるかわからんし、創造系の魔物の巣の中で発生した魔物だと外に出した所で消し飛ぶ可能性が高い。素材化が可能な部品ベースにしておくべきだ」
『イエス。それが最善かと』
カイトの問いかけに対して、ホタルは一つ頷く。そうしてカイトは自身の連絡を待つ間に小休憩していた一同を横目に、動きを完全に停止した機械の巨人へと歩いて行く。そんな彼の背に、エルーシャが声を投げかける。
「カイト、出るのー!?」
「いや、外から連絡! ドリルの残骸とか少しだけ確保してくれって!」
「あー……りょうかーい! こっちで外周部のヤツで状態良いの確保しとくー!」
「わーるい! 頼むわー!」
すでに撤退する旨で外のユニオンの設けた司令部には伝達しているが、即座に空間が崩壊するわけではない。規模的に完全に空間が崩壊するまでに数十分ほどの時間的な猶予はある見込みだった。というわけでカイトはすでにドリルとしての機能は喪失している巨大なドリルの近くまで歩いていき、そこで刀を取り出す。
「……ふっ」
空間と次元を切り裂く事が出来るのは何もクオンだけではない。それこそ世界の流れを読む事の出来るカイトこそそれに長けていると言っても過言ではなかった。というわけで音もなく放たれた彼の斬撃はいとも簡単にドリルを両断。手のひらサイズの僅かな欠片がこぼれ落ちる。
「ドリルの残骸を2個確保。もう一個ぐらい確保しておくか?」
『……ノー。それで十分とのこと。それより他のサンプルの写真が欲しいそうです』
「人使い荒いなぁ……オレ一応領主様なんだがね」
『それマザーに言ったら絶対それで言うたら余は元魔王じゃが、と言うと思いますよー』
そうに違いないな。カイトはティナの要請に呆れ半分に笑いながらため息を吐く。そうしてため息混じりに笑う彼だが、一瞬で外縁部まで戻って巨大な機械の魔物の全体像を写真に収める。
「後は原型を残している個体を、か。どれだろうか……ん」
『どうされました?』
「空間の縮小が始まった……音ならざる音が鳴り響いてる」
『……イエス。観測データを確認した所、縮小を開始。脱出までの時間を考え、更に余裕を加味すると後5分以内には作業を終わらせるべきかと』
「あいさー。5分後に全員に通知を頼めるか?」
『イエス』
カイトの要請にアイギスが二つ返事で応ずる。そうしてカイト達は残る魔物の情報を可能な限り集めて、異質な空間から脱出するのだった。
さて脱出の後。後始末や崩壊の顛末を見届ける作業はユニオン側に任せると、カイトは打ち上げの前にホタルと共にマクダウェル公爵邸の研究所に足を運んでいた。何故かなぞ言うまでもなく、そちらに居るティナに情報とサンプルを届けるためであった。
「ほらよ。これで良いのか?」
「おぉ、助かる。まさかこんな事が起きるとはのう……じゃが考えれば道理ではあるか」
「確かになぁ……創造系の魔物は世界の情報を読み取って巣を作り、内部で発生する魔物もそれに合わせる形で形作られるという話だったか」
自身のスマホ型の通信機のカメラ機能で撮影された情報がアップロードされるのを見ながら、カイトは今回の一件を思い出していた。というわけで情報を再確認する彼に、ティナも頷いた。
「だがそれにしたってバイクの魔物だの自動車の魔物だのは想定外にもほどがある。あり得るのか? そういうことって」
「あったのじゃから起こり得る……のであろうな」
「そうだよなぁ……どうしたものかね」
「ふむ……」
何が一番困るかと言うと地球の科学技術が無秩序にばらまかれる可能性だ。一応魔物なので自動車にせよバイクにせよ完全に一致するかと言われればそんなことはないが、情報封鎖はどうにかして考えねばならなかった。というわけでティナも少し考え込むわけだが、良い手は考え付かなかった様子だった。
「……やはり世界の情報の流出となると流石に余の手にも負えん。魔法の領域になるかもしれん。いや、中身を考えればそれこそお主の領分になろう」
「やっぱ、そうなるかぁ……」
『とりあえず世界樹の木片を使って世界樹にアクセスして、情報の封鎖措置を取るのが安牌……』
「おろ、珍しい。ミコトが自分から物を発するなんて」
『そうでもない……やる時はやる』
響いたのはこの世全ての物質を司る大精霊のミコトの声だ。基本気だるげでやる気のない彼女の声にカイトは驚いた様子だった。というわけで驚きはしたものの、すでに長い付き合いだ。おおよその事情は察せられた。
「……それで何が目的だ?」
『……お金』
「はぁ……わーった。ほら」
どうせそんな事だろうと思った。カイトはミコトの要求にため息混じりに数度頷く。どう考えても彼女らが今日一日屋台で好き勝手する費用より地球の情報の封鎖の方が高く付くのだ。
今日一日好きにして貰って数十万人の平穏が保たれるのなら安いものであった。というわけでカイトが取り出した財布を見て、ミコトが顕現する。
「貰う」
「あいよ……まぁ、ほどほどにな。一応これでも公爵様だからお金に関しちゃ気にしなくて良いが、お前らが熱中して大精霊様が遊んでました、になったらオレでも収集がつかん騒ぎになりかねん」
『気を付ける』
やれやれ。カイトはお金を受け取るだけ受け取って再び消えたミコトにため息を吐いた。そんな彼に、ティナが訝しげに問いかけた。
「……渡してなかったのか?」
「いーや、多めに渡してはいたよ。まさか夕方までに使い切るかね」
『……ごめん』
「気にすんな。お前らを好きにさせてやれる程度には稼いではいる」
一応一日分として貰った分を早々に使い切った事に対する後ろめたさはあるらしい。ミコトの謝罪にカイトは呆れながらも笑っていた。
「ま、とはいえこれで情報封鎖も出来るか。出来る……よな?」
『出来る。ただ完全封鎖をしてしまうと今度は学園側にも問題が出てしまう。だからやるのは情報の散逸を防ぐ措置に近い。有り体に言えば天桜学園に日本の情報を引き寄せるような力場を生じさせる』
「ふむ……ベストは完全封鎖だが、それで問題が出るならマクダウェル領内ぐらいで収まってくれるのならベターと言えるか……」
概念を弄っているのでかなり高度な魔術になるだろうが、世界側のシステムやらに干渉が出来るのなら不可能でもないだろう。カイトはミコトの示した指針になるほど、と納得を示す。
「何かはわからんが指針をくださった様子じゃな。ならばこの案件はお主に任せても良いな?」
「ああ。こっちでやっておこう。お前の言う通りこの案件は世界のシステムに関わる話だ。オレぐらいじゃないと対応は難しいだろう」
「ではそっちは任せよう。とはいえ、今の口ぶりじゃと完全な封鎖も難しいという様子じゃな?」
「ああ。まぁ、これについちゃこっちで諸々対応する。オレぐらいじゃないと対応はできんだろうし、大精霊達の協力を貰いながら色々と調整をしていかんとならんだろうからな」
ティナの問いかけに頷きながら、カイトは立ち上がる。そんな彼に、ティナが問いかけた。
「む? 何かあったか?」
「いや、昼飯の予定だ。そろそろ出んと下手するとユーディトさんが出てきかねん」
「む? ユーディト殿なら先程からお主の後ろにおるが?」
「へ?」
「中々お戻りになられませんでしたのでお迎えにあがりました。エルーシャ様がお腹すいた、と愚痴を零されてお出でです」
「……」
なんでこの人と灯里さんはオレの後ろを平然と取れるんだろうか。カイトはいつの間にやら自身の背後に控えていたユーディトに少しだけ遠い目をしていた。
「はぁ……まぁ、ティナ。そういうわけだから少し飯行ってくる。お前もほどほどに切り上げろよ。ドレスコードは分かってんだろ」
「うむ。保存処理をやるだけじゃ。余も流石に今日はそこまで大した作業は予定しておらんよ」
カイトの言葉にティナは一つ頷いた。研究者でもあるが、同時に為政者でもあったのだ。流石にマズい案件だけはしっかり理解出来ていると考えて良いだろう。というわけでカイトは後をティナに任せると、自身はエルーシャ達と合流するべく街へと戻っていくのだった。
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