第3610話 生誕祭編 ――機械の魔物――
自身の生誕祭の最中にもたらされたマクスウェル近郊での巨大な空洞の発生。その解決に乗り出したカイトであるが、その最深部で目の当たりにしたのはコンクリートの巨大な魔物であった。
というわけでそんな巨大なコンクリートの魔物を討伐した後。カイトは少し周囲を見回していた。事態の規模に対してあまりに簡単過ぎる。そう思ったのだ。そうして警戒を緩めない彼に、エルーシャが問いかけた。
「なにかあった?」
「いや……これで終わりなのか、とな……ん?」
「え?……なに……このごごごご、って音……」
カイトの言葉とほぼ同時にエルーシャも何かが蠢く音に気が付いた。そして何かがせり上がってくるような音が段々と大きくなり、カイトが声を張り上げた。
「っ! 来るぞ!」
「なに!?」
「はぁ!」
すり鉢状の地面の中心にうず高く積もったコンクリート片を吹き飛ばしながら、巨大なドリルが出現する。そうして飛来するコンクリート片を大剣で切り裂いたその直後だ。カイトへととんでもない物が激突した。
「なぁ!?」
「カイト!?」
「いってぇなぁ!」
激突したそれに気が付いて思わず絶句して受け止めてしまったカイトだが、その程度で致命傷を負う彼ではない。とはいえ驚きと若干の痛みはあったようだ。自身を壁に押し付けた物を思い切り殴りつけて弾き返す。そしてそれと同時だ。少し離れた所で悲鳴が上がった。
「きゃあ!」
「セレス!? え!?」
「ちっ! 前哨戦って事かよ!」
道理で楽勝だと思った。カイトは壁から落下してくる金属製の魔物達を見て顔を顰める。だがそんな彼は落下してきた魔物の群れを見て、思わず笑う事になる。
「あんだ、こりゃぁ……」
「なにこいつら!? 速い!? しかも変な形だし!」
「おいおい……電車にバイクに自動車に……なんだよ、こりゃ……」
現代科学の技術の賜物をモデルとした魔物達。カイトはその顕現に思わず笑うしかなかった。アスファルト製の地面は単なる演出かと思ったが、そうではなくこの本命達が戦うための土台だったらしい。
というわけでけたたましいエンジン音とキュルキュルキュルというタイヤがアスファルトを切り付ける音を響かせてこちらに突進してくるバイクを右足一つで食い止めて、彼が声を上げる。
「アイギス!」
『ノー。類例、ありません。全く未知の新種です。系統化もされていません』
「でしょうね!」
「カイト!」
「あいよ! 考える前に戦う! りょーかい!」
エルーシャの言葉にカイトは右足一つで食い止めていたバイク型と機械の人が融合したような魔物の頭部を思い切り左足で蹴りつけて、その頭部を破壊する。そうして彼の下を、勢いに乗ったバイク型の魔物が通り抜ける。
「そこだ!」
自身の下をバイク型の魔物が通り過ぎたと同時。カイトはバイクの丁度エンジン部に相当する部分目掛けて魔銃の引き金を引く。そうしてエンジン部を貫かれたバイク型の魔物は下半身から大爆発を起こして炎上する。
『カイト様。そちらに自動車タイプが』
「っ」
ユーディトの念話が届くや否や、ゴムタイヤに白煙を纏うほどの速度で自動車がカイトへと迫りくる。そうして彼に激突する直前、ドリフトするように急旋回してカイトへとまるで殴り掛かるように襲いかかった。
「ちぃ!」
面倒くさいことこの上ないな。カイトはリアバンパーで自身を殴り付けるかの如くに急旋回を掛ける自動車型の魔物に対して即座に跳躍。彼の下を自動車型の魔物が通り抜ける。だがその瞬間だ。自動車型の魔物の扉がガルウィングのように持ち上がり、彼をすり鉢状の中心部へと弾き飛ばす。
「ぐっ! って、おいおいおい!?」
「カイト様!」
「ちぃ!」
セレスティアの声をかき消すほどに大きなカイトの舌打ちが響いて、それを更にかき消す程に大きな大きな金属同士がこすれ合う音が鳴り響く。
彼が吹き飛んだ先には巨大なドリルでこちらを狙う巨大な機械の魔物が待ち構えていたのである。そうして直後。巨大で無骨なドリルが、カイトへと襲いかかった。
「っ!」
がんっ。空中でカイトの大剣と巨大な機械の魔物のドリルが激突する。それは本来ならば数秒後には大剣をドリルが貫くほどの力だったが、カイトの力はそんな物の比ではない。火花を上げつつも確実に自身の数倍はあろうかという巨大なドリルを食い止めていた。
「……ふぅ……」
「カイト!」
「おいおいおい!? 冗談きっついなぁ!」
エルーシャの呼びかけに気が付いて横目で自身が吹き飛ばされてきた方向を見て、カイトが思わず悪態をつく。先程彼をすり鉢の中央に跳ね飛ばした自動車型の魔物の車体の中から、まるでガトリング砲のような砲口がこちらを狙っていたのである。そうしてガトリング砲がけたたましい咆哮を上げる直前、その姿が掻き消える。
「失礼いたします」
「おっと!」
がぁん、という轟音と共に、カイトを狙っていた自動車型の魔物がドリルの側面に勢いよく激突。爆発を起こして金属の破片を撒き散らす。そしてその衝撃はドリルをわずかに弾き飛ばすと、それを起点としてカイトはドリルの正面から離脱する。
「っ!」
正面から離脱した直後。カイトの足元に半透明のレールが発生。汽笛の音が鳴り響いて、その左腕にあった列車がカイトへと肉薄する。
「はぁー……」
地面を滑走しながら急制動を掛け、それと共に呼吸を整えて迫りくる列車に備える。だがその直前だ。直進していた列車の側面をエルーシャが殴りつけて弾き飛ばした。
「セレス!」
「はい!」
どうやらカイトが預かり知らぬ間にエルーシャとセレスティアが連携を取っていたらしい。エルーシャが初撃で列車部を弾き飛ばしたと同時にその進路上にセレスティアが魔術で巨大なアスファルトの壁を創り出した。そうして列車部が激突したと共に、エルーシャが肉薄して追撃を仕掛ける。
「おらおらおらおらおら!」
「やっるぅ……だが!」
無数の拳打を叩き込んで車体を凹ませていくエルーシャに感心するカイトだが、そんな彼の目は巨大な機械の魔物の頭らしき部分へと向けられていた。そうして彼が飛び上がったと同時に、頭部を形作っていた汽車の煙突部分から白い煙が勢いよく吹き出した。
「おらよ!」
「っ、ちっ」
流石に決めきれるほど楽な相手じゃないか。エルーシャは自身の真横で白煙を切り裂いたカイトを見て、その場を離脱する。だがその際白煙が直ぐ側を舐めており、彼女は顔を顰める事になる。
「っ……あっつ! 水蒸気!?」
「らしいな! 流石に殴るなよ!? 魔力を含んだ水蒸気に近い! 痛いじゃすまん!」
「あいよ!」
同じく空中へと飛んでいたカイトの助言にセレスティアは水蒸気は回避一択と判断する。そうして二人は別々の方向に飛んで、カイトは壁面に着地。エルーシャは壁面を叩くようにして腕の力だけで更に軌道を変えて地面へと舞い降りる。
「「っ」」
二人がそれぞれの形で足を地面に――カイトは壁面だが――着けたと同時。両者に向けてバイク型の魔物が肉薄する。そうして両者が迎撃の体勢を整えようとしたその瞬間、地面と壁面が隆起してバイク型の魔物二体を打ち上げる。
「ふぅ……セレス。助かった」
『いえ。ご無事で何よりです』
「ご無事……かなこれは!?」
どうやら巨大な機械の魔物はカイトこそが一番の難敵と理解していたらしい。一息つけたか、と安堵するカイトに向けて再びドリルで殴りかかって来る。それにカイトは大剣を振りかぶって迎撃する。
「ちぃ! 巨大なドリルで貫くのは天だけにしておいてくれや!」
ぎぎぎぎぎっ、という嫌な音を上げながら毎秒単位で大剣をえぐり取ろうとする巨大なドリルにカイトは盛大に顔を顰める。と、その瞬間だ。唐突に轟音を上げて天井が崩れ落ちて、何かが落下した。
「「「え?」」」
何事だ。全員が思わず困惑気味に崩れた天井を注目する。そうして落下してきた彼女は、カイトにドリルが迫りくるのを見て迷わずライフル型の魔銃の引き金を引いた。
「マスター」
「ホタルか! いや、だがお前、それ……」
「アイギスより増援要請があり、急行致しました。これはマザーが今回の作戦で使え、と」
『ご不要かと思いましたが、若干手をこまねいている様子でしたので』
ぎゅぃいいいい。カイトの問いかけに応ずるように、ホタルの右腕に装着された巨大なドリルが唸り声を上げる。そんな光景を見て、カイトが苦笑いを浮かべる。
「そ、そうか……だ、だがその格好は……」
「……む」
カイトの指摘にホタルが少しだけ恥ずかしげに頬を朱に染める。そんな彼女だが、元々少し前まで孤児院で子ども達の世話をしていたのだ。幸い今はお昼寝の時間という事で手伝いの彼女に仕事はなかったらしいのだが、エプロン姿のままであった。
「汚さないようにな」
「了解」
半分困ったように笑うカイトの指示にホタルが一つ頷いて、ドリルが再び勢いよく回転を始める。そしてその直後、ホタルのドリルと機械の魔物のドリルが正面から激突する。
「材質データ送信」
『イエス。材質データ受信……超硬合金の一種の可能性が高い。未知の素材の可能性が指摘されます。通常での掘削は困難と判断します』
「了解……空間掘削システム起動」
この赤みがかかった黄金のドリルは確かにティナやオーアらが拵えた特注品で、その材質は緋々色金を中心とした合金だ。故に大半の素材は物ともしないわけだが、何でもかんでも刃こぼれせず、即座に掘り進めるわけではない。
なのでこのドリルにはホタルと組み合わせる事で空間を削る機能――空間が歪んだここまで直行出来たのもそのおかげ――が搭載されていたのである。というわけでホタルの要請を受けて、アイギスが即座に作業を開始する。
『イエス。空間観測を開始。データリンク確立……研究所の正常なデータ受信も確認。演算開始』
「空間歪曲開始」
ぐにゃり。ドリルの先端の空間がドリルの回転に合わせるように僅かに捻れ、ドリルが空間そのものをえぐり取る。そして流石に強固な魔物のドリルだろうと、空間そのものがねじ切れてはどうしようもない。またたく間にホタルのドリルが機械の魔物のドリルをえぐり取り、ドリルとしての機能を喪失させる。
「こちらの勝ちです……む」
「はぁ!」
ドリルを破壊した直後。ホタルの足元にレールが走り、けたたましい汽笛の音を上げて列車が迫りくる。だがその間に今度はカイトが割り込んで、虚空に火花を上げながら列車を食い止めた。
「エル!」
「はいよ!」
カイトの掛け声を受けると同時に、天井付近までエルーシャが跳躍。その眼前に白みがかった虹色の網に似た壁が立ちふさがる。ユーディトの魔糸だ。エルーシャはそれをバネのようにして勢いを溜めると、その進路上に幾つもの魔法陣が生じる。
「はぁあああああ! はぁ!」
魔法陣を一つ通り過ぎる毎に勢いを増したエルーシャが列車へと飛び蹴りを叩き込む。そうして天井部分から列車が真っ二つに両断され、カイトは自身の腕に伸し掛かっていた列車の破片を思い切り打ち上げた。
「失礼致します」
打ち上げられた破片を今度はユーディトが先にエルーシャを弾いた魔糸で絡め取る。そうしてまるでそんな素振りを見せぬままに彼女は巨大な破片を振り回して、水蒸気のブレスを放とうとしていた巨大な魔物の顔面へと叩き込んだ。
「カイト様」
「りょーかい」
打ち据えられて明後日の方向を向いた機械の魔物の頭部。その頭頂部とも言える部分にある汽車の煙突部分目掛けて、カイトはルーン文字を刻んだ赤い宝石を投げ入れる。
「粗悪な量産品で悪いが、ルビーはルビーだ。くれてやる」
かんっかんっかんっ。何度か煙突の内面に激突しながら、ルーン文字が刻まれたルビーが奥底まで落下。奥底まで到達したと思われる瞬間、カイトは刻んだルーン文字に魔力を注ぎ込んで内部から大爆発を引き起こす。
「両手に頭……後は」
「はぁぁあああ……」
「誤差修正……タイミングは合わせます」
胴体だけ。カイトが胴体部に向けてハンドガン型の魔銃を構え、その眼前に幾つもの魔法陣が生ずると同時に、エルーシャが先程のコンクリートの巨人を倒した時より更に強く、しかし圧縮した気の塊を。流石にドリルは不要と巨大なライフル型の魔銃を構える。
「はぁ!」
最初に攻撃したのはエルーシャだ。彼女の放った高圧縮の気の塊は機械の魔物の胴体を大きく歪ませて、金属の胴体に巨大な亀裂を生じさせる。
「ジャックポット……ってね」
ついで攻撃するのはセレスティアの補佐を受けたカイト。彼の放った魔弾はセレスティアのサポートを受けて威力を増して、エルーシャが生み出した亀裂を押し広げる。そうして胴体の半ばまで粉砕した所で爆発が生じて、内部の構造を露わにする。
「照準ロック……ファイア」
露わになった心臓のように脈動する金属の塊に向け、ホタルがトドメの一撃を叩き込む。そうして金属の心臓がホタルの一撃により貫かれ、巨大な機械の魔物は完全に動きを停止させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




