第3609話 生誕祭編 ――灰色の巨人――
自身の誕生日ということで暇になってしまったカイト。そんな彼は暇を持て余してマクダウェル家の孤児院などで適当に駄弁りながら暇を過ごしていた。そんな中、父親の護衛としてやって来て冒険者ユニオンの支部に訪れていたエルーシャからもたらされたのは、街の近郊に巨大な穴が発見されたという報告であった。
というわけで暇を潰せると意気揚々空洞の調査及び解決に乗り出す事になったカイトであったが、彼は最深部へと到着。数百メートルもの空間の中心に鎮座する数十メートルもある巨大なコンクリートの上半身だけの巨人を相手にする事になっていた。
(これは……アスファルトか? 面白いな)
カイトは漆黒の地面を蹴って、その足元の反動に何処か馴染みがあったからか少しだけ笑っていた。
(いいね。こいつは地球での戦闘の予習になるな)
エネフィアでアスファルトで舗装された地面はエネフィアには存在していない。といっても自然の摂理として天然アスファルトは存在し、一部地域で燃料として利用されてはいる。だが流石に道路に使うような所謂アスファルト混合物はまだ存在しておらず、カイトとしては非常に懐かしい感触だった。というわけで懐かしきアスファルトの地面に足を踏み入れた直後だ。彼の頭上目掛けて巨大な灰色の拳が振り下ろされる。
「おっと」
敢えて止まってやったのはこのためだ。カイトの顔にはそう言わんばかりの笑みが浮かんでいた。というわけで自らより何回りも大きな拳が落ちてくるのを尻目に、カイトはすり鉢状の中心部を一直線に突っ切るように移動。巨大な灰色のゴーレムの背後を取る。
「ほらよ!」
巨大な灰色のゴーレムの背後を取ったカイトはその背に向けてルーン文字を刻んだ小石を投げつける。そうして灰色のゴーレムの背に激突した小石は即座に大爆発を引き起こした。
「……む」
爆炎が晴れた先。一切の傷を負わなかった背が現れてカイトはわずかに顔を顰める。この程度で仕留めきれると思って攻撃を仕掛けてはいないが、ノーダメージは少しだけ見誤ったのだ。
(やはりコンクリートか。強度は普通の岩石のゴーレムよりも上か)
コンクリート製の巨大な魔物なぞカイトも見た事がないのだ。その強度を見誤るのは無理もない。とはいえ、そもそもこれは単なる自分に標的を向けさせるためのものだ。ダメージがなかろうと特に問題はなかった。というわけでまるで液体のようにコンクリートが動いて、前後が逆転する。
「ほう……」
面白い性質だな。そもそもコンクリート、特にセメント・コンクリートは流し込む形で整形される事がほとんどだ。そこにこういった魔物という生物の要素が加わった事で強度を確保しながら流体のような動きが出来るのだとカイトは推測する。
「ティナが喜びそうだな」
流体のように地面を水平に動きながらこちらに近寄ってくるコンクリートの巨人に、カイトは少しだけ楽しげだ。そうして振り下ろされる拳を見て、カイトは敢えて攻撃を受け止めてみる事にする。
「はぁ!」
がんっ。轟音が鳴り響いて、大剣とコンクリートの拳が激突する。
(やはり硬い。強度そのものはコンクリートに相当しそうか)
これだけの流動性と強度を兼ね備えられるのは魔物だからという所と身体を形作るのがコンクリートだからという所だろう。カイトは振り下ろされた拳を大剣一つで防ぎながらそう判断する。というわけで彼が入口から離れた所へとコンクリートの巨人を誘導したと同時に、エルーシャもまた最深部へと足を踏み入れていた。
「はぁ!」
放つのはエルーシャが得意とする火属性の拳だ。そうして再度の爆発が起きて、コンクリートの巨人が僅かにぐらつく。
「おら、よ!」
姿勢が崩れた瞬間、カイトが大剣に力を入れてコンクリートの拳を跳ね上げる。そうして圧力が消えた瞬間に彼は魔力で編んだ大剣を消失させて、その場を離脱。エルーシャが飛んだ方向とはコンクリートの巨人を挟んで逆の方向へと移動する。
「「……」」
カイトとエルーシャの二人がコンクリートの巨人を挟むように移動したと同時に、セレスティアとユーディトの二人が音を立てず最深部へと侵入。しかしこちらは攻撃を行わず、敵の観察に務める。
そうして二人が最深部に息を潜めると同時に注目がエルーシャの方へとコンクリートの巨人が攻撃。それを横目にカイトはアスファルトに着地して、一瞬呼吸を整える。
「ふぅ……問題ない、か」
コンクリートの巨人の攻撃に対して、エルーシャは背後に飛んで回避。壁面に着地するとそれを足掛かりにして、コンクリートの巨人の肩に移動。顔面へと殴り掛かる。
「はっ! え?」
「ん?」
だぁんっ。打撃音にしては妙な音が響いたぞ。カイトはエルーシャの拳が打った音が妙な音を鳴らした事にわずかに訝しみを浮かべる。そして違和感は打撃だけではなかった。
「っ! まずっ!」
「「エル!?」」
何が起きたかは定かではないが、兎にも角にもエルーシャがマズいらしい。カイトとセレスティアが思わず声を上げて支援に入ろうとする。だがその前にすでに支援に入っていた者がいた。
「きゃあ!」
「おっと! ユーディトさん!」
「申し訳ありません。お伝えしている暇がございませんでした」
コンクリートの巨人の肩に乗っていたエルーシャがまるで引っ張られるような格好で引き剥がされたのを見て、即座にカイトが彼女の軌道上へ移動。その身をキャッチする。異変に気付いたユーディトが魔糸で彼女を引っ張ったのだ。
「エル。無事か?」
「なんとか……だけどこのズボンはもうだめね。まぁ、長く履いてそろそろ買い替える時かな、って思ってたから良いんだけど」
「ん?」
エルーシャの返答に、カイトは彼女の下半身を見る。すると丁度太ももあたりまでセメントがへばり付いており、すでに乾燥が始まってコンクリート化しかけている様子だった。
セメントとコンクリートの状態を切り替えているなど、コンクリートに似た性質というだけで魔物の身体だ。こんなすぐに乾燥するか、という疑問はあるが同じと考えるわけにもいかないだろう。
「あの一瞬でそこまでか。あとちょっとで腹までどっぷりだな」
「うん……ちょっとズボン破くからここままでお願い。このままじゃ戦えないし」
「あいよ……って、おい!」
「はぁ!」
壁面を蹴ってコンクリートの巨人の追撃を逃れるカイトの制止虚しく、エルーシャが固まりつつあったセメントを服の内側から弾き飛ばす。身体から気を放って衣服ごとセメントを弾き飛ばしたのだ。
「あっぶね……せめて切れよ」
「あ、ごめん」
「はぁ……まぁ良いけどさ」
カイト自身もまた気を使えればこそ、一瞬で衣服を切るではなく弾き飛ばすと理解したおかげで顔に飛んできたセメントは魔術で弾き飛ばせたようだ。とはいえ、切るより弾き飛ばす方が簡単なのは間違いない。なので予想も簡単ではあった。というわけで半ば呆れる彼に、エルーシャが再度謝罪する。
「ごめん」
「はいはい。とりあえずもう大丈夫か? 足は?」
「足は戦闘用の武器にもなるから弾き飛ばしてない。気も纏ってたから大丈夫」
「よし」
エルーシャは拳闘士。手足こそ武器で、最も保護している。というわけで手足には強固な防御を常に展開しており、下半身がセメントに沈んでもその部分は最後まで逃れていたようだ。
「あ、でもちょっとだけ待って」
「ん?」
「お股の所にへばり付いたのだけは剥がしたい。流石に内ももに擦れて痛いし」
「あいよ」
流石にカイトの前でズボンを全部吹き飛ばすほど理性がなかったわけではなかったらしい。股間の部分にへばり付いたセメントだけは手で剥がす事にしていたようだ。
まぁ、実際程度としては少しで、しかしこの部分だけ吹き飛ばせるような器用な芸当は中々出来そうにない。というわけでカイトから降ろしてもらう前に彼女はその部分だけは手で剥がす事にしたようだ。そうして気を纏った指先でへばり付いたセメントを剥がして、エルーシャは一つ頷いた。
「カイト」
「あいよ、っと」
どうやらあまりの速度にコンクリートの巨人はカイトを捉えられないと判断したらしい。彼の進路上の壁面に向けて巨大なセメントの塊を投げつける。そうして壁面にへばり付いたセメントはまだ軟性を保っており、足を踏み入れればエルーシャの二の舞いだと察せられた。
「エル」
「あいよ!」
カイトの声に、エルーシャは彼の指示を即座に理解。カイトが急制動を仕掛けて停止すると同時に込められた腕の力を利用して、勢いよく逆側の壁面へと移動する。
「っと」
流石に今度はコンクリートの巨人もカイトとエルーシャの二人掛かりと理解していたらしい。自身の背後に飛んだエルーシャ目掛けてセメントを投げ付ける。だがその瞬間だ。それを追い掛けるように砂漠のように乾いた熱風がセメントへと襲い掛かる。
「っ、はぁ!」
熱風が何かを理解して、エルーシャが水分を失って脆くなったセメントを殴りつけて粉砕する。そうして灰色の砂埃が舞う中を切り裂いて、エルーシャが地面に着地した。
『エル』
「あいよ」
どうやらセレスティアは良い攻略法を考え付いたらしい。同じく飛来するセメントに向けて熱風を浴びせて乾燥させ、それをユーディトが不可思議な技法――彼女は指先一つ動いていなかった――で破砕していた。というわけで自分の動きを察したエルーシャが今度はカイトへと声を掛ける。
「カイト。さっきの詫び、させて貰うわ」
『あいよ。こっちで受け持つ。決めてくれよ』
確かに剣戟主体の自分より打撃主体のエルーシャの方が良いな。カイトも彼女の意見に賛同したようだ。というわけで、今度はカイトがコンクリートの巨人へと肉薄する。
「おらよっと!」
「え、カイト!?」
「問題ない! セレス!」
「はい!」
これから自分がやろうとする事がカイトに通用しないことぐらい、セレスティアも分かっていた。なのでカイトの声掛けに対してセレスティアは二つ返事で応ずる。これに、エルーシャも心配無用と判断した。
「オーケイ! りょーかい!」
ならば自分がやる事は力を溜めることだ。エルーシャはまるですり鉢状の中心部を包み込むようにゆっくりと生ずる熱風の渦を肌身に感じながら、呼吸を整える。その一方、突っ込んだカイトに向けてコンクリートの巨人は拳を振り下ろしていた。
「おっと」
振り下ろされた拳を回避して、カイトは更に弾け飛ぶセメントの破片を刀で生じさせた風で押し返す。そうして一撃を回避した直後、逆側の腕が彼の真上へと迫りくる。
「ん?」
頭上に迫ってきたコンクリートの腕の影が伸びていくのを見て、カイトは視線を上に上げる。するとセメント化した灰色の巨腕が広がって、まるで彼を覆うような様子を見せている事を理解する。
「こりゃマズい」
『それなら逃げるなり慌てた方がよろしいかと』
「この状態で?」
カイトだ。ユーディトが全員の身体に密かに魔糸を括り付けていた事は見抜いていた。というわけで彼は大剣の腹をまるで巨大な団扇のように振って風を起こして垂れてくるセメントを吹き飛ばす。そしてそれと同時に、ユーディトが彼の身体を魔糸で引っこ抜いた。
「はぁ!」
僅かな滑空の後地面に着地したカイトが、その反動を乗せてコンクリートの巨人目掛けて斬撃を放つ。だがそれはセメント化した巨人の身体を突き抜けて、ほとんど効果はない様子だった。というわけで放たれた斬撃を無視したコンクリートの巨人は再びコンクリート化した拳をカイト目掛けて振り下ろす。これに、カイトは大剣を翻して迎撃する。
「っと! おっと!」
流石にコンクリート化した腕で打撃を振るった所で防がれるのはコンクリートの巨人も理解していたらしい。故にコンクリートの巨人の腕はセメントと化しており、カイトの大剣を突き抜けてカイトの本体を狙う。だが本来危険なそんな行動は、魔力で武器を編んでいるというカイトにとって致命打にはなり得なかった。
「あっぶねぇな」
大剣を消滅させて、カイトは自身に迫りくるセメントの濁流を魔力の拳で受け止める。そうして受け止めた直後、自身の背から熱風が流れ込んで声が響いた。
『カイト様』
「あいよ」
熱風がセメントから水分を奪い、一気に脆くする。そうして脆くなった所にカイトは膝を叩き込んで破壊して、その場を飛び退いて離脱する。
「はぁー……っ!」
カイトが飛び退いたと同時。エルーシャがかっと目を見開く。そうしてアスファルトを砕く勢いで地面を蹴って、彼女が全身が脆くなったコンクリートの巨人の胴体を思い切り打ち貫く。
「っ、ちっ!」
「っと! あらら……こいつは予想外だな」
「用意周到というかなんというか……金属の骨かぁ」
打撃の反動で距離を取ったエルーシャをカイトが再び抱きとめ、わずかに苦笑いを浮かべる。エルーシャの一撃だが、どうやら胴体の部分は所謂鉄筋コンクリートに近い構造になっていたらしい。まるで肋骨のように金属の枠が埋まっていたようで、半分ほどを打ち砕いたものの完全粉砕とはならなかったようだ。
「だがあそこまでしっかり保護してるって事は狙いは間違いなさそうだな」
「そうね……カイト」
「オーライ。セレス、そのまま熱風を維持。ユーディトさんも同じく」
『『かしこまりました』』
カイトの指示を受けて、二人が同時に応諾する。セレスティアはセメント化を妨害しつつ脆くするべく熱風を生み出し、ユーディトは熱風から逃れようとするコンクリートのゴーレムをその場に魔糸で縫い付けていた。というわけでほぼほぼチェックメイトという状態になった所で、カイトは再度抱きとめたエルーシャを今度は自分の真横に降ろす。
「「はぁー……」」
二人が同時に呼吸を整え、気を練り合わせる。そうして二人は気を融合させ、巨大な気の塊を創り出す。
「「はっ!」」
二人が同時に拳を突き出すと、それに合わせて巨大な気の塊が弾かれたかのようにひしゃげたコンクリートの巨人の胴体へと激突。轟音を上げながらコンクリートの巨人の胴体を抉っていき、その胴体を完全に消滅させるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




