第3608話 生誕祭編 ――深部――
カイトの生誕祭の最中にもたらされた街の近郊での不審な空洞発見の報告。カイトは軍が生誕祭の警護で手一杯であった事などから軍の要請を受けた冒険者ユニオンの一員として解決に乗り出す事を決める。
というわけで父らの護衛でマクスウェルにやってきていたエルーシャ。カイト同様にエルーシャから話を聞いて参加を決めたセレスティア。カイトの迂闊に仕事をしないように見張るお目付け役のユーディトの三人で空洞の解決に乗り出す事を決めるわけだが、街の近郊に突如出現した空洞に入った一同が見たものは、日本の地下鉄に良く似た構造の不思議な空間であった。
「うーん……中々広いな。こりゃコアとなる魔物は割と大型かもしれないなぁ」
「途中戦闘を加味しても一時間ほど……ですか。行き止まりで戻ってはいますので、確かに一直線に進めているわけではありませんが……行き止まりが思った以上に多いですね」
「ですねぇ……どうしたもんか」
懐中時計を取り出すユーディトの言葉にカイトは笑って応じながらも、少しだけ苦い顔だ。空洞に入ってからおよそ一時間。ひとまず線路に沿って歩いていたわけであるが、だからこそ分岐は多くなってしまっていた。
無論線路のない分岐もあったが、そちらはカイト達は別の冒険者――今回は指名での依頼ではないのでカイト達以外にもこの空洞に入った冒険者はいる――に任せ自分達は線路沿いに進んでいた。
「アイギス。そっちから現在位置は把握出来ているな?」
『イエス。現在地下20メートル付近を移動中。空間歪曲そのものはありますので詳細なデータ取得は出来ていませんけど、空間歪曲にも限度がありますからねー。通信機は正常に動作。深度計も正常に機能している様子です……まぁ、普通の通信機だと無理なんですけど』
「あはは……ティナ様々、か」
カイトはアイギスの言葉を聞きながら楽しげに笑う。
『イエス。普通の通信機では無理、という理由は単純。現在の深度を観測するのに情報の到達までの時間等を計測しており、空間の歪曲だけと判断した時点で歪曲具合などから届くまでにどれだけの時間を要して、そこから深度がどれだけと計測する事が出来るシステムを持っているからですね』
「研究開発にお金を掛けて良かったね、と……で、一つものは試しなんだが」
『イエス。どうぞ』
カイトの言葉にアイギスはその先を促す。どうやら彼女もおおよそは理解出来ていたようだ。そういうわけでカイトは異空間に手を突っ込んで目的の道具を探しながら問いかけた。
「反響測定出来そう?」
『イエス。HMDとのリンク構築、可能です。後、マッピングシステムも起動しますねー』
「よっしゃ」
このまま延々と地道に歩いていっても最後には最深部にまでたどり着くだろうが、おそらくそうなると今日一日では終わらないだろう。いくら暇だと言ってもこの場の四人とも夜には皇帝レオンハルトの出席する夜会への出席が必須の立場だ。無駄な時間を費やして良いわけでもなかった。
というわけでカイトは異空間の中からヘッドマウントディスプレイを取り出して、更に電磁波などの反射で構造を把握する魔道具を取り出した。これをアイギスに送り、更にアイギスがデータの解析を行ってマッピング。最深部を目指そう、という事であった。
「また変なの出した」
「あ、あはは……あの、次は何を?」
「こいつは構造を可視化するためのもの、かな。ある程度近距離ならいちいち行き止まりまで行かなくても良いから選択肢が狭まる。詳しい理論は省くが、魔力を放って反射でどういう形か把握する、って所か」
「危なくない?」
「正確にゃ魔力じゃない。だから例外を除けば魔物は刺激し難い……はず」
「はず」
なんだかいい加減だなぁ。エルーシャはカイトの言葉にわずかに苦笑いだ。とはいえ、この空洞の難易度を考えればそれでも良いといえばそれでも良い。この場の一同にとってその程度と言う所だからだ。というわけで一同はアイギスからもたらされる情報を元に、再度出発するのだった。
さて一同が再度出発して三十分ほど。どうやら進行度としてはそこそこ進めていたらしい。最深部一歩手前に到達していた。
『皆さん、この曲がり角の先が最深部です。広さとしてはかなりの物ですね』
「あれ……えらくあっさり着いたわね」
『単に分岐が多く、しかも厄介な事に網の目のように分岐が入り組んだ結果一度進んだ場所にも再度到着という事もあったようです。それがより一層調査を妨げ、となり時間が掛かっていただけらしいです……後はおそらく先行した冒険者のいくらかが目印の設置を怠ったのかと』
「やれやれ」
手を抜く冒険者や面倒くさがりの冒険者だとこういう団体行動時にそういう二度手間が生じるのよね。エルーシャはアイギスの言葉にため息混じりに肩を竦める。ここらの情報共有がしっかりとできていれば後三十分は早く事態は解決していたかも、というのは後の彼女らの言葉だった。
「ま、良い時間潰しにゃなった。こっから一戦終わらせて街に戻れば少し遅めだが飯には良い時間だ」
「……それもそっか。確かにこれから一戦交えてお昼だったらちょうど空き始めた頃だから丁度良いかも」
カイトの言葉にエルーシャは腕時計を確認し、その言葉に道理を見て納得する。折しも街では大きな祭りをしており、各地からの観光客も大挙して押し寄せている。真っ昼間にお昼を調達しようとすると非常に面倒になる事は間違いなく、えり好みしなければ比較的良い時間と言えたかもしれなかった。
「では、皆様ご一緒にお昼と参りましょう」
「おや。久しぶりにご一緒出来るんで?」
「お望みとあらば」
「よっしゃ。少しやる気が出た」
ユーディトとお昼を一緒に食べたのはいつぶりだったかな。カイトは少しだけ楽しげに剣帯に帯びた刀を確認する。というわけでそんな彼がセレスティアとエルーシャに問いかける。
「二人も一緒で良いよな? 予定がなければ、だけど」
「もちろん」
「はい」
ある意味では仕事終わりみたいなものだ。断る道理もないし、打ち上げと考えても良いだろう。というわけでカイトの問いかけに二人も応ずる。そうして一同は最後の曲がり角を曲がって、最深部へと足を踏み入れる。だが足を踏み入れて早々、一同は思わず苦笑いを浮かべる事になる。
「……こらまた」
「うわぁ……思った以上だった……」
「全長……いえ、全高は50メートルはありますでしょうか」
「目測、その程度かと。空間の広さとしては……半径200……いえ、300はありそうかと」
最深部だが、これは単純に言えばすり鉢状の大きな空間だ。その中央には灰色の巨大な上半身だけの人形が鎮座して一同を待ち構えていた。
「こりゃどうしたもんかね。流石に一発撃破は無理か」
「とりあえず私とカイトで機動力で牽制しつつ攻略法を見つける、が安牌?」
「流石にこんな広大な場所で巨大な魔物相手に一箇所に集まって戦おうものなら一網打尽にしてください、と言っているようなもんだからな」
「まだ狭い空間じゃないだけ有情、という所ね」
狭ければ狭いほど当然だが機動力は活かせない。なので広ければ広いほど、カイトやエルーシャのような機動力の高い戦士――実際は四人ともそうだが――は活きてくるのだ。不幸中の幸い、と二人は笑い合う。そうして一頻り笑った所でカイトは気を引き締めてセレスティアへと問いかけた。
「……セレス。スイッチは出来るか?」
「はい。白杖と大剣で、ですね?」
「ああ……ユーディトさん。セレスのサポートをして貰えますか?」
「かしこまりました」
流石にこの巨大さでは一撃で撃破しようとすると相当の力が必要になる。だが悪い事にここは地下で、そして街の近くだ。
そんな所で巨大な力を使うと街の地盤にどんな影響が出るか分かったものではない。流石にカイトもそれは見過ごせなかったようだ。手間にはなるが、と思いながらもちまちまと戦うぐらいしか思い付かなかったようだ。
「じゃ、やりますか」
おそらくこの魔物は強いは強いだろうが、この面子ならば特に苦戦する事もないだろう。カイトはそう判断し、自身が先陣を切る形で戦いをスタートさせるのだった。
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