第3607話 生誕祭編 ――地下――
かつて百年にも及ぶ戦いを終わらせた勇者カイトの生誕を祝う生誕祭。それは当然であるが彼が領主として就任したマクダウェル領が最大のものであった。
というわけで本来ならその応対に東奔西走するはずだし皇帝レオンハルトなど一部の貴族達の応対にこそ東奔西走する事になったカイトであったが、基本生誕祭そのものには関わらないようにされてしまっている事が相まって生誕祭当日は暇になってしまっていた。
そうして暇になった事もあって適当に街をぶらついていたカイトであったが、そんな彼にもたらされたのは街の近郊にて空洞が見付かったという内容であった。
というわけで皇帝レオンハルトらの警護やら各国の要人らが集まるマクスウェル、神殿都市の警護、更に北部の降雪への対応などで手一杯の軍の要請を受けた冒険者ユニオンの要請によりその緊急調査及び解決に乗り出す事になり、自身に声を掛けたエルーシャ、同じく声を掛けられたセレスティア、自身の目付役でもあるユーディトの三名と共に空洞の中へと入っていた。
「……こりゃなんというか……面白い事になってるな」
「まるっきり雰囲気が変わったというか……創造系だから当たり前といえば当たり前なんだけど……」
流石にそれにしたって雰囲気が変わりすぎじゃなかろうか。空洞の内部に足を踏み入れた一同であるが、その顔には少し苦笑いが浮かんでいた。というわけでセレスティアが見たままを告げる。
「これは……全面コンクリートでしょうか」
「どっかの空間からモデルを引っ張ってきたんだろうな。創造系にありがちな世界の情報を読み取ってそれを利用、ってパターンだ」
にしてもこれは流石に。カイトは少し離れた所に見える架線に苦笑いを浮かべる。そんな彼を横目に、セレスティアは自分達の乗る足場から少し身を乗り出して少しだけ下がった所を確認する。
「これはトロッコの架線でしょうか。それもかなり大型の……となると鉱山がベース……? あの柱は崩落を防ぐための支柱……でしょうか」
「鉱山をここまでしっかり舗装って馬鹿じゃない?」
「いやぁ……これは多分鉱山じゃなくて地下鉄だな……流石に電車は走ってねぇよな、これ……」
「「ちかてつ?」」
耳慣れない言葉が出てきた。自分達の推測にそんな事を口にするカイトに、セレスティアもエルーシャも首を傾げる。
「ああ。ヴァルタード帝国にある鉄道網。それを地下に這わせて住宅街などの下を通して輸送するっていう運送手段だ。だがこれは……うーん。天桜にも近いから日本から流入した情報の一部を不完全に読み取ったりした……かな」
「ということはヴァルタード帝国の鉄道って勇者カイトが作ったの?」
「大元はな。勇者カイトの遺した情報を元に、住民達の街の移動を考えて拵えられたらしい。だが地下鉄かぁ……」
実のところ、カイトも地下鉄の整備は現在進行系で考えていた。現状のマクスウェルの状況から、どうやっても鉄道網を地上に作る事は不可能だからだ。
だがそれは彼だけが考えているかというと、そうでもない。ヴァルタード帝国でも路面電車での事故の多発でカイトに意見協力を求めた事があり、向こうも同じように地下鉄の開発に向けて動いていた。
なのでこの情報がヴァルタード帝国で試験的に作成されたものが流用されたのか、それともカイトの推測の通り日本の情報が一部流れ込んだ結果なのかは定かではなかった。
「でもそれならどうする? カイトに案内任せた方が良い?」
「そうだなぁ……つってもオレに任されても、って所はあるが。この線路が進む先に何があるか。それを見極めてからでも良いだろう」
どうやら創造系で空間を構築していることから、入る場所は一緒でもどこに降り立つかは異なってしまうらしいな。カイトは自分達が居る『駅』の周辺に誰かが立ち入った痕跡がない事からそう判断。ひとまずは線路沿いに進めば他の『駅』に着く可能性があると考えたようだ。
「りょーかい。じゃ、それで行こっか」
「あいよ……セレス、幸い大剣も使えそうな広さだ。万が一バックアタックを受けた場合は頼む。その場合はオレがサポートに回る」
「わかりました」
「ふ、二人共器用ね……」
最前線で戦える実力を持ちながら、サポートまで出来るというのだ。カイトの言葉に平然と応ずるセレスティアもセレスティアならば、それを自分も平然と出来るというあたり流石とエルーシャは思ったようだ。少しだけ頬を引き攣らせていた。というわけで一同は『駅』から線路に降りると、それに沿って調査を開始するのだった。
さて調査を開始した一同であるが、ここは想定ならば魔物が想像した領域で、同様に魔物が巣食う場所でもあるはずだった。その推測が確かであったのなら魔物との交戦は起こるはずで、起こっていた。
「面白いゴーレムだな。エル、手は大丈夫かー?」
「問題ないわ! 岩ぐらい拳で砕けるもの!」
「おぉう」
どごんっ。エルーシャがコンクリート製のゴーレム――使い魔としてのゴーレムではなく魔物としてのゴーレム――を素手で殴りつける。そうしてコンクリートの腕が砕け散り、バラバラと破片が舞い落ちる。
「おら……よ!」
砕けた腕の先を抉るように、エルーシャが再度拳を叩き込む。そうして吹き飛んだ腕から更に胴体を抉り、胴体に大きな穴を開ける。だがそこで、彼女は追撃の手を止めて一歩後ろに引く。
「……」
いくら空間の創造と共に出現したとて魔物は魔物。コアがあるはずだった。そしてこういう天然自然の素材を利用したゴーレム――コンクリートを自然物というのは憚られるが――の特徴はある程度破壊されても周囲の素材を利用して再生する事だ。なので大きく破壊する事で再生を促して、コアの場所を探り当てようと考えたのである。そして案の定、胴体まで大きくえぐられた事でゴーレムは再生を試みる。
「そこっ!」
再生すれば魔力を大きく吸収するか、大きく魔力を放つ。そのどちらでも魔力の流れを見極めればコアの在処を掴む事は高位の冒険者ならば困難ではなかった。
特にエルーシャは気の流れを利用する関係もあり魔力の流れを読む力にも長けている。十分に読み解けたようだ。胴体の最奥に潜んでいたコア目掛けて鋭い一撃を放ち、一撃で胴体を貫いてコアを破砕する。
「……終わり、かな」
「みたいだな」
「よし」
残しておく必要もない。エルーシャはそう言わんばかりにコンクリート製のゴーレムを完全に叩き壊す。
「にしてもコンクリート製のゴーレムか……また面白いな」
「新種で良いのかな」
「どうだろうな。少し調べないと流石になぁ……」
魔物としてのゴーレムの性質を考えれば、コンクリートのような人工物を使ったゴーレムはいないではないかもしれなかった。だがそれがどうか、は流石にカイトも情報が足りなすぎたようだ。だがどちらにせよ特に苦戦する相手というほどでもなく、気楽に話していた。というわけでそれからしばらくの間、一同は適当に駄弁りながら地下鉄を模した空間を進み続ける事になるのだった。
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