第3606話 生誕祭編 ――武器――
かつて百年にも及ぶ戦いを終わらせた勇者カイトの生誕を祝う生誕祭。それは当然であるが彼が領主として就任したマクダウェル領が最大のものであった。
というわけで本来ならその応対に東奔西走するはずだし皇帝レオンハルトなど一部の貴族達の応対にこそ東奔西走する事になったカイトであったが、基本生誕祭そのものには関わらないようにされてしまっている事が相まって生誕祭当日は暇になってしまっていた。
そうして暇になった事もあって適当に街をぶらついていたカイトであったが、そんな彼にもたらされたのは街の近郊にて空洞が見付かったという内容であった。
「現地集合ってことで来ましたけど……こりゃまた地中に大きな空洞が。直系……10メートルはありそうですかね」
「魔物……でしょうねぇ」
「でしょうねぇ」
呼び集められた冒険者の一団に混じって空洞の調査に訪れていたカイトであるが、そんな彼の眼の前にはまるで陥没したかのように地面の大穴が広がっていた。
こんな物が突然出来上がる理由は限られていて、その最たるものは言うまでもなく魔物だった。というわけでそんな光景を見ながら、カイトはユーディトに周囲を見張ってもらいながら一団から離れて通信機を起動する。
「アイギス。聞こえているな?」
『イエス。軍の最新のデータにアクセス。直近での当該エリアの観測記録はおよそ半月前です。その頃にはまだ観測されていない事を考えると、おそらく直近かと』
「だろうなぁ……これで土木系……はないよなぁ」
『イエス。創造系かと思われます』
「やっぱり?」
『イエス……というか土木系だとこんな短期間は難しいですし、マクダウェル領だとこの規模になるもっと前。早々に見付かっているかと』
創造系に土木系。それはこういった巨大なテリトリーを構築する魔物の系統の呼び方の一つだった。というわけで後者はあり得ないと断ずるアイギスに、カイトもまた頷いた。
「だよなぁ……こりゃ魔物の発生に伴って空間が創造されたパターンか。現状、軍が掃討作戦を組むのも無理かぁ……かといって放置も悪手。厄介だな」
『イエス。現在マクダウェル領全域……特にマクスウェル、神殿都市では様々な大規模イベントが開催されております。北部での降雪の対応にも駆り出されておりますし、軍は手一杯かと』
それは冒険者にお鉢が回る。カイトはアイギスの言葉を聞きながら、この程度の対応は冒険者に任せてしまおう、という判断を行った軍部の判断を支持する。まぁ、その結果動いているのが総トップたるカイトなのだから何がなんだか、という所はあるがそれはそれだろう。というわけで現場に赴いたカイトだが、そんな彼に声が掛けられた。
「カイト」
「おう……セレスも一緒か。お互い休みなのにご苦労なこったな」
「いえ……所詮私は外様のような所はありますから」
カイトのねぎらいに対して、エルーシャと一緒にやって来たセレスティアはわずかに苦笑気味だ。
「そうか……まぁ、それで言っちまえばオレも外様のようなもんか」
「い、いえ……御身の場合は……」
外様どころか祝われる張本人なのでは。楽しげに笑うカイトに、セレスティアは苦笑の色を深める。とはいえ、そんな事なぞ知らないセレスティアは逆にあっけらかんとしていた。
「まぁ、良いんじゃない? 異世界の人だろうとお祭りなんだから楽しめば」
「それもそうだな……ま、その前に仕事仕事。創造系だな、こりゃ。土木系にしちゃ規模がデカすぎる」
「よねぇ……見てびっくりしちゃった。とりあえず最奥の魔物を倒せば崩壊すると思うけど」
「さっさと終わらせたい所だな」
自らのテリトリーを創造する類の魔物により生じた空間は当然だがその中心となる魔物が討伐されれば、空間そのものが崩壊する。というわけでこういった場合の最短ルートは最奥の魔物の早期討伐だった。というわけでカイトと同じく大穴を覗き込むエルーシャだが、カイトの横に立った事で通信機が起動している事に気が付いた。
「あ、ごめん。気が付かなかったけど通話中?」
「まぁな」
くいくい。カイトは指で上空を指差す。そこには彼が保有する小型の飛空艇が浮かんでおり、それと話しているという意味であった。そうして飛空艇を指し示して、ついで耳の通信機を小突いて見せる。通話を共有する、という意味であった。
「あ、了解」
「アイギス。上空からの調査結果を教えてくれ」
『イエス……空間歪曲を確認。間違いなく創造系です』
「ということは上から中は確認が厳しいか」
空間の歪曲というのだから当然、単に地面を観測するのでは内部構造を観測出来ない。専用の機材が必要になってきた。というわけで流石にそれは望めないか、とエルーシャも納得する。
「流石に……空間歪曲の観測が出来る機材は持ってない、か」
『イエス……まぁ、空間強度を考えれば空間を破砕する事が出来る魔術師であれば破壊出来るかと思いますけど……』
「……」
「さ、流石に私もそこまでは……大魔術に類する魔術を行使して良いのなら話は変わりますが」
「出来るんだ」
大魔術に類する魔術。それはかなり高位の魔術になり、単身で行うのは相当に高度な技術が必要だった。というわけで普通は近接戦闘主体の戦士がそこまで出来る事は非常に稀で、エルーシャは驚きだったらしい。
「すぐには無理です。儀式を使用して、という所です。それにもし儀式をして破壊を目指そうとすると必然、内部からの抵抗が考えられますので……今回は真っ当な攻略を行う方が良いかと。何より大魔術を使用すると街に影響も出かねませんし……」
「あまり好ましくはない、か。よしっ!」
ぱんっ。セレスティアの返答にエルーシャは気合を入れて手を叩く。大魔術、というぐらいなのだ。
相当に大量の魔力を使う事は創造に難くなく、街の近郊である事もあり一般人に混乱を引き起こしかねなかった。というわけで気を引き締めた彼女であったが、そこでふと気が付いた。
「あ、そうだ。セレス、イミナさんは?」
「ああ、イミナは少し別の仕事で出ています。今日の夜には戻れるはずですが」
「そっか……ということは今回はこの四人……で良いの?」
「これでも武術の心得は多少ございますので、自分の身は自分で守れます。足手まといにはなりませんのでご安心ください」
「は、はぁ……」
何者なのだろうか、このメイドさん。エルーシャは相変わらずカイトに付き従ってここまでやって来ていたユーディトに困惑気味だ。が、そんな彼女の一方でカイトは呆れ顔だ。
「多少ねぇ……」
「多少、でございます。家事スキルに比べれば割り振りは下がります。屋敷に入り込んだ侵入者を撃退出来る程度。必要十分とお考えください」
その侵入者はフロイライン家とマクダウェル家基準になるのだから、並の冒険者なぞ目でもないんだがな。カイトはユーディトの言葉をまるっきり信じていなかった。というより、そうでもなければやる気がない状態にも関わらずマルス帝国で特殊部隊の隊長格になぞなれないだろう。
「ま、ユーディトさんの腕前はオレが保証する。魔術から剣術まで何でもござれだ」
「その他拳から短剣、弓術、銃術など仰っていただければ一通りは披露出来るかと」
「あはは……え? 本当に出来ないわよ……ね?」
面白い人なのかもしれない。そう思って笑ったエルーシャであるが、カイトの表情が呆れていた事からまさか本当なのか、と仰天していた。だがこれに、カイトは肩を竦めるだけだ。
「さぁ? 出来るというんだから出来るんじゃないか?」
「……」
「……」
努めて優雅に無言で頭を下げるユーディトに、エルーシャがどう考えれば良いのだろうと困惑する。この反応を楽しんでいると考えて良いのだろうが、同時にカイトをして真実とも嘘とも思えた。彼女が困惑するのも無理はなかった。というわけで彼女が問いかけるのはありきたりな事であった。
「えーっと……今回はどの武器で?」
「どれでも大丈夫です。皆様に合わせさせて頂きます」
「ユーディトさんはオレと一緒に後ろからサポートで。ガチガチの前線が二人……いや、そうか。セレス」
もしかすると。カイトは最初自身がサポートに回る事を考えた様子だったが、途中で何かに気が付いたらしい。少しだけ興味深い様子を滲ませながら、セレスティアの方を見る。
「なんでしょうか」
「お前、もしかして後方支援担当か?」
「え?」
「ええ、まぁ……」
「えぇ!?」
カイトの問いかけに少しだけびっくりしたエルーシャだが、ついでそれを認めるセレスティアに更に仰天する。後方支援というのに、近接戦闘でも自分と同じかそれ以上の戦闘力なのだ。彼女が驚くのは当然だろう。
「そ、そうなの!?」
「ええ……姉さんや兄さんは私より強いので……お二人を前線に。私は後ろでサポートがメインでした」
「セ、セレスより強いって……あ、でもそっか……確かお兄さんって……」
「はい。こちらでは記憶喪失になっていたらしく、一時グリムを名乗っていました」
「そりゃそうよねぇ……」
前線があのグリムなのだから納得だ。エルーシャはランテリジャから聞かされたグリムの戦績を思い出して、それはセレスティアをして後方支援に回されるだろうと納得する。とはいえ、そうなると今度は別の疑問が浮かんだ。
「でもなんでそんな事気が付いたの?」
「ああ、少しな……セレス。お前の武器は大剣で良いのか?」
「それは間違いありません。ただ……」
「やはりか。後方支援で大剣、ってのも不思議な話だとは思ったんだ。大剣はあくまで担い手達と共に前線で戦うためのもの。後方支援用に何か専用装備を持っていたわけか」
「ご明察です」
本来担い手達のサポートを行う事が仕事のセレスティアにとって大剣こそがサブウェポン。なので本来は担い手達のサポートを行うための何かしらのメインウェポンが存在するはず。カイトはそう考えたのであった。というわけでそれを認めた彼女に、カイトが問いかける。
「メインは何だ?」
「……白杖です」
「白杖? あの白杖か?」
少しだけ言い淀んだ後に発せられた単語に、カイトが目を見開く。そうして驚きを滲ませる彼の問いかけに、セレスティアははっきりと頷いた。
「はい……なにせ私は<<白桃の姫巫女>>ですので。無論あの白杖ではなく、白杖を模して黒き森で拵えられた白杖です」
「なるほど……そりゃそうか」
なにせオレのサポートだもの。カイトはセレスティアがメインとした武器を聞いて、あまりに当たり前過ぎると納得しかなかった。とはいえ、それがわかるのはあの世界を知る二人だからこそだ。エルーシャはちんぷんかんぷんだった。
「あのー……どういうこと? 二人だけでわかられても困るんだけど」
「ああ、悪い悪い。本来セレスはサポートを行うための道具があったんじゃないか、って思ったんだ。大剣で後方支援ってのも難しいだろう?」
「あ」
それはそうだ。大剣はあくまで身を守るための護身具。本来の仕事を行うための仕事道具があるはずなのだ。エルーシャはカイトの指摘でそれを理解し、わずかに目を見開く。そうして彼女の理解を得て、カイトは笑う。
「だが白杖か。それなら好都合だ」
「あ……」
「オレの魔力で編んだ模造品で悪いが、これでどうだ?」
「……」
すごい。セレスティアはカイトが編んだ純白の杖を手にしてみて、その違和感のなさに思わず驚愕する。いや、カイトが記憶しているものが本来のヒメアの白杖であった以上、その精度は後世に作られた模造品とは比較にならないとさえ言い得たようだ。故に、セレスティアは驚嘆と共に口を開いた。
「完璧……です。私以上に」
「そいつは重畳。どんな職人が作ったかは知らんが、白杖に掛けてならオレも一家言あるんでね」
なにせこの杖に何千回と助けられてきたのだ。自身が永劫の時を共に駆け抜けた双剣と同等には記憶にこびり付いていた。カイトは少し恥ずかしげながらもどこか自慢げだった。
「じゃ、今回は少し趣きを変えてセレスに後方支援を頼む。オレはエルと一緒に前線に。ユーディトさんは……後方で大丈夫ですよね?」
「御意に」
カイトの問いかけに、ユーディトが頷いた。そうして隊列を決めると、一同は別に全員を待つ必要もないので大穴へと身を乗り出す事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




