第3605話 生誕祭編 ――休日――
カイトの誕生日をきっかけとしてマクダウェル領の各地だけでなくエネフィア全土で盛大に行われる祝祭。その中でも最大級の祝祭が行われる事になっていたマクダウェル領マクスウェルには各地からの諸侯や要人たちが終結していた。そんな彼らは各所で行われる大規模な会合やイベントに参加し各国の堅強さをアピールするのに余念がなかった。
しかしそんな数々のイベントも流石に祝われる当人に主導させるわけにはいかない、とクズハらから完全に予算案以外はノータッチにさせられてしまっていたカイトはというと一人手持ち無沙汰になってしまっていた。
というわけでユーディトの提案でホタルが手伝う孤児院に顔を出していた彼はそこでかつてラエリアにて孤児院を運営していたリースという特殊な魔眼を先天的に持ち合わせる代償として盲目となってしまった美少女との語らいの後、そこでソラに起きた異変が過去世にまつわるものだと教えられる事になる。そうして彼女と別れ冒険部のギルドホームに足を運んだ彼はユーディトの魔術で屋上に降り立つと、エレベータに乗って下の執務室を目指していた。
「やはり天城様は過去世がお目覚めでしたか」
「大体はそんな感じでしたからね。これで確定として良いかと」
先にリース当人が述べているが、彼女の魔眼は物の本質を見極める事が出来るものだ。故にソラの中で目覚めた別の某の気配も見分ける事が出来た。というわけで原因が分かって一安心という所であったが、それはそれとしても少しだけ苦みがあったのもまた事実だった。
「ですが……どうしたものでしょうか。あまり良くないとの事でしたが」
「そこですね……それはあまり考えてはいませんでしたね」
「ええ……申し訳ありません」
「なにがですか?」
「いえ……お仕事から遠ざけるつもりが、お仕事に関係のある事を考えさせる事になってしまいましたので……」
元々リースの所にユーディトが案内したのは、そこにホタルが居たからという所が大きい。元々孤児院に向かうように指示したの他ならぬカイトとティナだ。ホタルの様子を見てやるというのも必要な事だった。といってもすでに彼女に孤児院での仕事の手伝いを命じたのはかなり昔で、今はもう彼女自身の選択ではあった。なのでユーディト自身単なる確認の提言程度だったし、この展開を予想したわけではなかった。
「ああ、別に構いませんよ。情報なんてあるだけあった方が良い……っと。着きましたね」
「ご配慮痛み入ります」
「あはは……さて、とりあえず何もないとは思いますが仕事しますかね」
ユーディトの謝罪に笑いながら、カイトは執務室を目指す。そうして入った執務室では、ソーニャがただ一人居るだけだった。
「……げっ」
「なんだよ、その顔は。てかソーニャ一人か?」
「何か問題でも?」
「いや、何も問題はないよ。そもそもマクダウェル領最大のお祭りの日に仕事してる奇特な奴が居るなら顔の一つでも拝んでやるか、と思って来ただけだしな」
しかめっ面のソーニャにカイトは笑いながら自分の椅子に腰掛ける。一応言うがカイトに仕事が投げられないだけで、椿は公爵邸にて仕事の真っ最中だ。
なので彼女は彼女で忙しい――そしてだからユーディトがカイトの補佐についている――わけだが、あちらでカイトがうろちょろすると周囲が気を使う事になってしまう。ここでの正解は自室を除いて公爵邸には戻らない、という所であった。というわけでそんな暇人の言葉にソーニャが顔を顰める。
「申し訳ありません、奇特で」
「いや、ソーニャは仕事だろ? なら別に良いだろうさ。オレが言ってるのは休めるのに休もうとしないおバカ様の顔でも見てやるか、ってこと。まぁ、幸いな事にそんな奴はどこにもいない様子だけどな」
「左様で。それで貴方はお一人で何を? まさか本当に仕事をしているかどうか見に来たのですか?」
「ん?」
ソーニャの言葉にカイトは一瞬だけ背後に向けて感覚を伸ばす。つい一瞬前まで後ろにはユーディトが居たのだ。だが気配を読むにどうやらソーニャが中に居る事を察して隠形の魔術で姿を隠したらしい。
『相変わらずの早業ですね』
『メイドたるもの、影に日向に主人を支えられるようにするのが務めですので』
『そうですか』
これを見抜くのはいくらソーニャでも無理か。カイトは相変わらずどんな技術を持っているのだと言うほどに見事な隠形を展開するユーディトに内心で苦笑する。とはいえそんな事はお首も見せず、彼はソーニャの問いかけに答えた。
「いや、一応仕事がないか確認しに来た。決裁待ちの書類とか溜まってても困るしな」
「それは良い心掛けかと……ただ下から書類が送られてきている事はない様子です」
「下も休みか……まぁ、しばらくはこんな調子が続くか」
先にも言われているが、現在ユニオンは決算期の真っ只中。しかも年に四回ある大きな決算の直前とあって依頼の受発注がかなり滞り気味なのだ。他方ユニオンの事務員たちは忙しいわけで、末端のソーニャもここに居るわけであった。
「……忙しいのか?」
「……いえ、去年よりは随分と楽にはなりました。去年は一般事務でしたから」
「そうか」
やはり専属となるとその分だけ専門的な仕事が割り振られる事になるが、その分ユニオン全般の仕事には関わらなくなる。なのでソーニャはそこに関わらなくなった分、更に楽になったようだ。そして楽になった理由はそれだけではなかった。
「それに何より、今回は手間の掛かる人のフォローもしなくてよくなったので……こんな楽になるなんて思ってもいませんでした」
「あははは。そりゃぁ良い。まぁ、今回は今日が休日でこの街全体のユニオンの動きも遅くなっちまう事が大きいからな。この時期は例年楽な仕事になるそうだ」
「そうなんですか?」
「知らんよ。そもそもオレ、エネフィア来てからの年数ならソーニャより短いぞ?」
「……」
そうだった。ソーニャはあまりに地元民風にも見えてしまうカイトの所作などを見ていたからだろう。うっかりそんな勘違いを抱いていた事を理解する。
「本当にこの人は……」
「なに? 惚れてくれた?」
「これさえなければ……はぁ……」
おそらくこの姿は自分にだけ見せているものなのだろうし、自分の特殊な体質を気遣ってくれているのだろうとも理解はしている。が、それで選んだ選択肢がこれというのはどうなのだろうかと思わないでもないソーニャなのであった。とはいえ、同時に心地よく感じている事も事実で、その点についてはカイトの手腕に相変わらず呆れ半分感嘆半分という具合であった。
というわけで、それからしばらくの間。ソーニャはやることがなかった事もあり気まぐれにカイトとの会話に興ずる事にして、カイトはソーニャとの会話を楽しむ事にするのだった。
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