第3603話 生誕祭編 ――休日――
各地から諸侯の集う事になったカイトの生誕祭。それは朝一番から祝砲やら花火やらが打ち上げられる派手なお祭りになっていた。というわけでそんなお祭りを早朝の上空から見ていたカイトであったが、彼はティナからホタルの姉妹機でありかつてのマルス帝国の帝都にあった研究所に残されていた六番機の復元計画の進捗を聞く事になる。そうして進捗の報告を受けた後、彼は街の喧騒を横目に公爵邸に戻っていた。
「ふぅ……」
結局自身の生誕祭だろうとカイトが仕事から逃れられるわけがない。なので舞い込んできていた数枚の書類にサインを記入すると、そこでペンを机に置く。一応公爵家も空気は読む。緊急の書類以外にはこの日だけは持ち込まれる事はなく、この日だけは常日頃書類仕事に邁進する分身も動いていなかった。というわけでこれで書類は終わりだった。
(……やることがない。やることがない。やることがないんですよー、っと……)
常日頃数個の分身を同時に操って書類仕事に奔走する彼だ。酷い時にはそこに魔糸まで活用し、強大な魔物が現れた場合は急行もある。それが何も無いとなると逆に手持ち無沙汰になり過ぎてしまい、少し気持ち悪かったようだ。
(こういう時、日本ならスマホゲームの一つでもやってるんだが……はぁ……)
ぽすん。執務室の椅子にカイトは深く腰掛ける。朝の修行は終わらせたし、過度な負担は逆に非効率だ。やり過ぎも良くない。というわけで運動がてら修行、というわけにもいかないのだ。
「お暇ですか?」
「ぎゃあ! ゆ、ユーディトさん!? あれ?」
「こちらでございます」
「……」
何なんだ、この人は。カイトは振り向いた一瞬で死角を通って自身の前に移動してみせたユーディトを半眼で睨みつける。とはいえ、一方のユーディトはどこ吹く風だ。そしてカイトは睨んだ所で意味もないのだと分かっていた。というわけで彼は一つため息を吐くと、彼女の問いかけを肯定する。
「はぁ……暇ですね。かなり」
「はい。というわけで孤児院の方で行われるイベントに参加されるのは如何かと」
「孤児院? ああ、そういえば今日は月に一度の誕生会もやる日だったっけ……ホタルが言ってたなぁ」
「そうなります」
マクダウェル家が孤児院を経営している事は有名な話だ。というよりエネフィアでは貴族が慈善事業の一環として孤児院を経営しているのは珍しい事でもない。
そんな孤児院では月に一度その月に生まれた子ども達の誕生日会をしているのだが、その誕生日会がカイトの生誕祭に合わせてこの日になっていたのであった。
「そうですね。せっかくですから行ってみますか」
なんだったらあのホタルがどう振り回されているのか見てみたい事もあるし。カイトはそんないたずらっ子の気質が表に出てきていたようだ。ユーディトの提案にこれ幸いと応ずる事にしたらしい。先程までの何処か陰鬱な様子から一変し立ち上がる。そうして、彼はユーディトを伴って孤児院へと向かう事にするのだった。
さてマクダウェル家の孤児院だが、そんな孤児院はその設立の流れからマクダウェル公爵邸と近い所に設置されている。移動の時間なぞほぼあってないが如くだし、そもそも飛空術も転移術も使える彼に移動時間なぞあるわけもなかった。というわけで出発から一分と掛からず到着した孤児院だが、彼は正面口から入らず敢えて屋上に降り立っていた。
「おーおー、はしゃぎまわってるなー……に、にしても……て、手慣れてるな……」
「のご様子で」
「あはは……」
まぁ、なぜカイトがわざわざ屋上に降り立ったかというと、せっかくだからホタルが振り回される姿でも見てやろうと思っての事だ。
そして実際、ここに来てしばらくの頃は無秩序な子どもたちに振り回されてあたふたとしていたのだが、今はもはや手慣れたもので自身の背後に回り込んだ子どものその背後に回り込んで首根っこを掴んで持ち運ぶという荒々しさまで身に付けている様子だった。と、そんな彼に背後から声が掛けられた。
「ここ、立入禁止よ」
「おっと……ごめんなさい、ママ」
「パパは反省しないから許しません」
「あはは」
当たり前だが屋上に子どもが入ると危険だし、屋根の周囲はフェンスで覆っている。一応魔術で見えない透明な天井――開放感を出すため――も設置しているが、絶対に安全かと言われればそんなわけもない。
雨季などで子どもたちが外で遊ぶ事が出来ない時と洗濯物を乾かす時だけ解放されている場所だった。とはいえ大人達は入れたし、カイトからママと呼ばれた人物もまた入っていた。そんな彼女に、ユーディトが頭を下げた。
「リース様。お久しぶりでございます」
「ユーディトさんもお久しぶりです」
リース。そう呼ばれた女性というか少女というかがどこか焦点の合わない目でユーディトの挨拶に微笑んで頭を下げた。そんな彼女にパパと呼ばれたカイトが指摘した。
「てか、良く考えたらオレ、天井に降りる前にきちんと屋上に誰もいない事確認してたぞ」
「知ってるわ……そうじゃないと冗談でも今はパパなんて言えないもの」
「流石姫さんか」
やはり焦点の合わない目でこちらを見るリースに、カイトは流石と称賛を浮かべる。というわけで穏やかな様子で、三人は庭で遊ぶ子ども達を見る。
「元気だなー、みんな」
「ええ……ああ、そうだ。カイト、これ」
「手紙?」
「アルブムから。中身は現状報告みたいなものね」
「あいつか……驚いたなぁ。よっと」
思い出すのはかつて自分を慕った孤児の一人だ。そのアルブムなる孤児はリースが幼い頃に拾って面倒を見ていたのだが、どうやら長命の種族の子どもだったらしい。今も生きているという事だった。
だったのだが今は皇国にはおらず、はるか遠くの大陸で要人をやっているという事であった。そんな彼を思い出しながら、彼はリースと共に屋上に備え付けられた長椅子の一つに腰掛けた。
「スラムの向こう見ずなガキの一人が今じゃお大臣様か」
「アルブムと一緒にこっちに残る、って言った時はどうしたものかと思ったものだけど」
「そうだな」
もう三百年も昔の話か。カイトはとある国にてリースを招いた時の事を思い出す。その時、このアルブムという少年はリースから離れ独り立ちを決意したそうだった。その後に何があったかはカイトも聞いていたし知っていたが、それが時を経て戻ってきた時には一国の大臣をしていたのであった。
「アルブムの奴、オレが帰ってるって聞いたらなんて言うだろ」
「さぁ……兄ちゃんの事だから戻ってると思ってました、って言いそうなものね」
「あり得るな。あいつはスラムの子どもの中でも賢かった……かなぁ……」
「ふふふ」
確かに大人しくはあったが、賢かったかと言われれば微妙に困る所はいくらかあった。そんなかつての少年を思い出して、カイトは困った様に笑っていた。
「もう三百年も昔か。こっちの時間軸だとあいつと最後に会ってから。どんな大人になってるんだろ」
「写真とか見ていないの?」
「ああ。楽しみは取っておきたくてね。手紙って事は今回も来てないんだろ?」
「みたい。ただ使者が参加しているから、その使者に手紙を手渡したそう。それで私に」
流石はお大臣。忙しい事で何よりだ。カイトはかつての少年が忙しくしている姿を想像して笑う。
「そうか……スラムの子ども達も元気だったが、こっちの子ども達も元気だな」
「ええ。子どもたちはいつも変わらない」
「姫さんも変わらないだろ」
「私がほとんど成長してない、ってこと?」
「おっと、これは失言だった」
カイトの言葉にリースが楽しげに笑う。リースの肉体的な年齢としては桜らハイティーン寄りではあるが、ミドルティーンとハイティーンの中間という所だろう。
純白に近い長い髪。おそらく何も見えていない目など儚げな美少女、という言葉が一番相応しかった。無論儚げな印象は見た目だけで、カイトと丁々発止でやり取り出来る様にしっかりとした芯のある女性だった。まぁ、種族的な物やら色々とあるエネフィアだ。実年齢と肉体の年齢や見た目なぞ何の関係も持たないので、単に儚げに見えるというだけであった。
「もう……あ、ありがとうございます」
「いえ。カイト様も如何ですか?」
「頂きま……いつの間に」
ユーディトの横にある紅茶の用意を見て、ティーカップを受け取っていたカイトが思わず目を丸くする。そんな彼に、ユーディトは少し自慢げだった。
「スーパーメイドたるもの、いつ何時でも主人が歓談に興ぜる様に支度を怠る事は出来ません」
「静かにしてると思ったら……てかスーパーメイドってなんすか」
「スーパーなメイドです。もしくはスーパーのように便利なメイド」
一瞬でも油断して気配を見失うとこれだよ。カイトはユーディトから注意を逸らした瞬間に音もなく全ての支度を終わらせていた彼女に肩を落とす。
「はぁ……ふぅ」
こういう時は紅茶を飲むに限るな。カイトはメイドとしては完璧に近いながら、しっかり個性的なユーディトにため息混じりだ。と、そんな彼だったが声の中に聞き慣れた声が混じっている事に気が付いた。
「この声は……」
「ソーラさんね」
「なんでいるんさ」
「ルーナさんにつれてこられたみたい。暇してるなら手伝えって。時々来てくれているわ」
「あー……」
確かにルーナの声も聞こえているな。カイトはおそらくソーラを殴り飛ばしているのだろう彼女の声と軽快な打撃音を耳にして納得する。というわけで彼はそれからしばらくの間、孤児院の屋上で子ども達の声を聞きながら、自分がここにいるのがバレるまで優雅にお茶を飲む事にするのだった。
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