第3601話 生誕祭編 ――生誕祭――
カイトの生誕祭に合わせて各地から集った要人達。その出迎えに東奔西走となっていたカイトであるが、そんな最中。やって来た皇帝レオンハルトから寄せられたのは、皇都での御前試合の開催と皇国内に幾つかある禁足地の異変発生だった。
というわけで急遽その対応に追われる事になったカイトであったが、それも一段落。堅苦しい夜会を好まない冒険者達のために開いた宴会に参加。そこでも結局飛空艇のトラブルにより遅刻したバーンタインからの情報共有や瞬のフォロー、皇帝レオンハルトの要請を受けてのヴァルタード、ラエリア両国の帝王達との顔合わせなどに奔走する事になる。
そうして皇帝レオンハルトの要請を受けての簡単な顔合わせを終わらせた所で、カイトもようやく生誕祭前全てのお役御免という所であった。
「ふぅ……」
なんだかんだで日を跨ぐまで飲んでいたからか、流石にカイトも少しだけ辛そうな所はあった。といっても皇帝レオンハルトやらの要人達はきちんとホテルまで到着した事は確認しているし、色々と気遣いが必要な所への気遣いも終わらせた。やることはしっかりやった上で、ようやく休めているという所だろう。
ちなみに庭で寝転がっている冒険者達は軒並み専用の袋に入れてそれぞれの宿に送らせたし、後は限度を知る冒険者達が掃除の傍ら邪魔にならない程度に飲んでいるぐらいであった。そんな彼に、瞬が声を掛けた。<<暁>>の何人かがまだ残っているので彼も残っていたのだ。
「領主というのも大変なんだな」
「そんなもんだ。まぁ、いくら飲酒に法律の規制がないからと言っても常識は必要だ。そこらをやらかさない様に見張ったりもせにゃならんしな」
「そうなのか?」
「種族的な体質、魔術的な毒素の分解の活性化……そこらから別に幼少でも飲酒は禁ずる理由がないとはされているが、そもそも後者の魔術は平常時なら使えても若い冒険者なら酔ってしまうと使えなくなる事も珍しくない。先輩だって今高位の魔術を使え、と言われりゃ無理っていうだろ?」
「そう……だな。無理だしやりたくはない」
確かにそう言われてみれば絶対にどんな状況でも魔術が使えるわけではないな。瞬はカイトの指摘に道理を見て納得を露わにする。
「そういうことだな。飲酒もあくまで限度ありきでの話だ。だから限度を超えよう、超えさせようとするバカを見張るのは冒険者を招く宴会を開く場合の主催者の仕事だ」
「結局は限度を守って楽しみましょう、か」
「そういうこと。お薬常備して、とかな。まぁ、エネフィアの飲酒はここらの薬が発達している所も大きいか」
やはり為政者として色々と考えてきているからだろう。カイトは日本の常識とエネフィアの常識をすり合わせながら、最良の方法を探していた。その中でやはりなぜ日本ではこうで、エネフィアではこうで、となる事も多かったようだ。その最たる例が飲酒喫煙という所なのであった。というわけで小瓶を振るカイトに、瞬が目を丸くする。
「それ、薬だったのか」
「え? ああ、これか。ああ。酔い覚ましのな。明日も明日で仕事だ。流石にオレも酔い覚ましの薬ぐらい飲む……一本飲んどくか?」
「そ、そうか……いや、良い。さっき貰った薬がようやく効いてきた」
「ああ、そういえばそうだったな……あの後はほとんど飲まなかったのか」
「ああ。流石にな。それに腹も減ったから少し食べていたし」
「そ、そうか」
流石は元運動部というだけはあるか。カイトは健啖家らしい瞬の言葉に思わず苦笑いだ。とはいえ、無事なら無事で良かった。
「ま、それならそれで良い。いつぞやみたく送り届けないで済むからな」
「そんな事あったか?」
「あったな……ま、それは良いさ。こっちに来たって事はもう帰るのか?」
「ああ。流石にな。<<暁>>の人も大半が帰ったし、顔なじみも帰って後は名うての方々から話を、って人ぐらいだし」
「先輩は聞かないのか?」
「いや、流石に俺も明日があるからな」
「それもそうか」
カイト自身もそうだが、瞬もまた明日は明日で仕事はあるのだ。とはいえ、流石に依頼に出られるかというとそういうわけでもなかった。
「そういえば仕事で思い出したが……ユニオンも会社みたいなものなんだな」
「ん? どうしたんだ、急に」
「いや、さっきユニオンの事務員をやっているという人と会って話をしたんだが、今は決算期で忙しいとか」
「ああ、秋期の決算か。一応はきちんと国に認められた機関だからな。決まった時期に決算は行う必要がある。春期、夏期、秋期、冬期はその中でも大きい決算だな。後は春の四半期、とかで四ヶ月に一回と……そうしてくれている事で冒険者達も飯が食えるんだ。文句は言えねぇさ」
「言えば……考えたくもないな」
「あはは」
これでユニオンの動きが遅いと文句を言おうものなら、自分がやれと言われるのだ。ただでさえ学の無い者が多い冒険者という職業だ。この時期だけは、冒険者からのユニオンに対する苦情がめっきり減るらしかった。というわけで笑うカイトであったが、そこでふと思い出した。
「そういうわけで実はソーニャも少し忙しかったりはするようだ。ウチの依頼の中でも遠征とか商隊の護衛とかで大型の物はソーニャ経由で受けてるからな。細々とした個人規模のものなら下で受けてるが……まぁ、下も下で忙しくはあるが」
「そうか……ならしばらくは依頼は受けない様にしておくか」
「そうしておいた方が良いだろう。それに何より、祭りの間に働きたいって冒険者は少ない。だから実入りも良くなる面はあるが……働かないで良いなら働かないで良い時期だ」
「そうか」
やはりこれだけ世界中から人が集まる大きなお祭りなのだ。どこもかしこも休める所は休もう、としているらしかった。というわけで瞬もそれに倣って休む事にして、カイトはもうしばらく公爵としての仕事をしつつ酒を飲むのだった。
さて明けて翌日。カイトは薬や魔術の効果もあって朝には普通に戻っていたし、参加した皇帝レオンハルトやらの要人達も一緒だった。というわけで冒険者達の間で繋がりを作る事に成功したカイトであったが、そんな彼は朝から苦言を受けていた。
「……」
「……」
「まぁ、そう目くじらを立ててやるな。元はと言えば俺が言い出した事だ。公に責任はないし、この通り良い縁は得られた」
皇国としての利益は出せただろう。ハイゼンベルグ公ジェイクの前で正座させられるカイトに、皇帝レオンハルトが楽しげに笑いながらそう告げる。だがこれにハイゼンベルグ公ジェイクはじろりと睨みつける。
「陛下も陛下です。玉体であられる以上、唐突に思い付いたからと冒険者達の集まりに参加なぞされませんよう。まだこれがマクダウェル公が主催しているものなので問題がなかっただけです」
「無論それを加味しての事だ」
「はぁ……陛下」
「ははは……まぁ、すまんな。とはいえお陰で事前にラエリア、ヴァルタードの両帝王との間で腹を割った話が出来た。あの場を持てたのは非常に有益ではあった」
「はぁ……」
確かに機を見るに敏の判断ではあっただろう。おかげで皇国としては普通であれば縁を得られない名うての冒険者と腹を割った話が出来たし、冒険者側も皇帝レオンハルトの素の人となりを知れた事は大きい。冒険者が依頼を受ける受けないはよほどの仕事でない限り冒険者の一存だ。
なのでこの貴族は気に入らない、となるとどれだけ高額の報酬を積んでも受けてくれない事は珍しくないのだ。だが逆に気に入られれば、それこそ本来指名すればあり得ないような額で依頼を受けてくれたりもある。宴会への参加は実はかなり重要でもあった。というわけでそれは分かった上での苦言であったハイゼンベルグ公ジェイクであったが、ここが落とし所としたようだ。
「わかりました。陛下の顔を立て、これ以上公への苦言はなしとしましょう」
「そうしてやってくれ。俺のためにもな」
「はぁ……」
皇帝レオンハルトの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクは三度ため息を吐く。
「お主も、そうほいほいと要人を参加させるでないぞ」
「はい」
「はぁ……」
どうせこの二人が言って聞くわけがないのだろうが。ハイゼンベルグ公ジェイクは一応は反省しているらしいカイトにそう思う。
「それで陛下。今日が生誕祭当日となりますが、ご予定は把握されておりますな?」
「無論だ。流石に今日予定にない行動はするつもりはない」
「であれば結構です」
話の流れとしてはカイトが皇帝レオンハルトに朝の挨拶に来るついでに昨夜の話をしていた所、ハイゼンベルグ公ジェイクが来たという所であった。というわけでそれでお説教となったわけだが、今日は生誕祭当日だ。色々と各所でイベントが企画されており、皇帝レオンハルトも分刻みで予定が入っていた。そうしてこれ以上は時間がなかった事もありお説教は終了。カイトは自分の生誕祭なのに朝一番で説教を受けるというなんとも締まらない形で、生誕祭はスタートする事になるのだった。
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