第3597話 生誕祭編 ――宴会――
カイトの生誕祭に合わせて各地から集った要人達。その出迎えに東奔西走となっていたカイトであるが、そんな最中。やって来た皇帝レオンハルトから寄せられたのは、皇都での御前試合の開催と皇国内に幾つかある禁足地の異変発生だった。
というわけで御前試合に注目を集めている間の解決を依頼された彼は御前試合に出すための賞品を選ぶと、一旦執務室で仕事を片付けてからそれを皇帝レオンハルトへと差し出していた。
「……今更何かを言うつもりもないし、公が良いのであれば良いのだが……」
「はぁ……」
まさか世界樹の欠片を使ったネックレスなぞ持ってくるのか。皇帝レオンハルトは自分が頼んだ手前、カイトが選んだ物にとやかくは言い難かったようだ。ただただ苦笑気味に笑うしかなかった。
しかもここで別のを、と言ってもおそらく出てくるのは手製と言いながら下手をすると大精霊達の手製の品も出てきかねない。ある意味ではカイトらしいぶっ飛んだ品ではあるが同時にまだ安牌な所はあったのでこれを良しとしたようだ。
「はぁ……世界樹の欠片を使った品は数多くあります。が、比較的珍しいものではありましょう。その中で私に所以があるもので渡せる物を、となると限られましたので……私が手ずから作ったもので大変お恥ずかしい所ですが、私に関係があるものをとなって金銭的な価値よりもそちらを重要視するとなるとこのような物しかございませんでした」
「……いや、すまん。これは俺が悪かった」
一応カイトは皇国貴族としても十分な教育は受けられており、常識がないとは皇帝レオンハルトとしても決して言えない。だがエネフィアの人にとっての常識を完璧に認識出来ているかというとそういうわけもない。
そうでもなければ世界樹の欠片を使った品は数多くある、なぞという常識を疑うような発言が出てくるわけがなかった。だがだからこそのカイトであり、勇者の代名詞的存在であるのだ。公爵として恥じない程度の品、と考えていた自分が悪いと皇帝レオンハルトは自らが不明だったとカイトの返答に謝罪するしかなかったようだ。
「は、はぁ……そうであれば良いのですが」
「ははは……公は相変わらずぶっ飛んだ者だとの称賛だ。気にしてくれるな」
世界樹の欠片を使った品は貴族でさえおいそれと拝めるものではないし、保有者の大半が名のある冒険者や由緒ある名家ばかりだ。それも家宝として祀っていて不思議のないものだろう。
それがぽんぽんと出てきて、しかも特に思い入れのない、という程度でしかないマクダウェル家のぶっ飛び具合が良く現れていた。というわけで気を取り直してカイトからの賞品を受け取って、皇帝レオンハルトは一つ頷いた。
「すまんな。公のお陰で想定以上の規模で御前試合が開けそうだ」
「恐悦至極にございます」
「……本当に想定以上になりそうだ……」
これは下手をすると貴族達の間で争奪戦が起きかねないぞ。皇帝レオンハルトは様々な側面から貴族達が後押しした出場さえあり得ると内心で苦笑いだ。
とはいえ、彼としても禁足地の異変を隠したいという思惑がある。注目が集まれば集まるほど有り難い。期待以上にはなったが、カイトに持ちかけて正解ではあったと喜んでいた事もまた事実だった。そうして気を取り直して、彼は改めて禁足地の調査について話を行う。
「……それはともかくとして。禁足地の調査も頼む。御前試合は所詮そちらの注目を引き付けるためでしかない」
「はっ……それで陛下。先に送りました報告は」
「聞いた……またあの帝国か」
カイトの問いかけに皇帝レオンハルトの顔に先ほどとは別種の苦いものが浮かび上がる。
「結局的に公に頼むのが諸々正解だったな……まさかあのユーディト殿が帝国所属だったことにも驚いたが」
「私もです。下手をすれば養父ヘルメスも存じ上げていなかったかもしれません」
「人に歴史ありとは言うが……あれの歴史は本当にわからんな」
「まったく」
ユーディトのことは当然だが皇帝レオンハルトも知っていた。だからこそ彼女がかつてマルス帝国に属していたというのは不思議には思えなかったが、同時にその所属には大いに驚くしかなかった。
「サフィール様の教育担当者であったとは聞いた時も驚いたものだが。もはやあの方がルナリア文明出身と言っても俺は驚かんぞ」
「私も驚きません」
「はははは」
皇帝レオンハルトが本来メイドであるユーディトに殿と付けているのはあくまで内々だけだが、それは実は彼女がイクスフォスの第二王妃サフィールの教育担当をしていたから、という所が大きかった。とどのつまり彼ら皇室にとっては祖先の教育担当者。大恩のある相手だった。
「その彼女は?」
「調査に同行する、と。マルス帝国の後片付けとの事でしたが」
「そうか……公にも色々と手間を掛ける」
「いえ……マルス帝国、ルナリア文明。共に私が関わるべき話です」
ルナリア文明を滅ぼした邪神はカイトにとって地球の因縁もあるし、シャルロットの因縁もある。マルス帝国は言わずもがなティナの因縁もあるし、ホタルの関わりもある。カイトにとってどちらの後始末も自分がすべき事と考えていた。
「そうか。そう言ってもらえると我らとしても助かる……ああ、そうだ。マルス帝国という事はユスティーナ殿は?」
「ああ、彼女もまた同行すると。此度は魔術的な影響が大きそうですので……ああ、そうだ。陛下。それで申し出たい事が」
「告げよ」
元々協力は最大限行うと言っているのだ。なので皇帝レオンハルトはカイトの言葉を促す。
「飛空艇を数隻で移動しようと考えております。またそこにサンドラのルークを同行させたく」
「サンドラのルークというと……神の書を持つ彼か。何ゆえに」
「星神の影響がある場合、彼の知識が役立ちますので」
「なるほど……」
星神の件は皇帝レオンハルトも報告を受けている。その厄介さは彼には正確には理解出来ていなかったが、カイトが地球で同じ役割を持つ神と交戦。瀕死の重体となった事は聞いていた。何が起きているかわからない以上、備えは必要だった。というわけでカイトの申し出を少し吟味した後、一つ頷いた。
「許可しよう。ノクタリアの異変、何が何でも解決してくれ。あの帝国とは違い我が国にとってあそこは南部方面の国々との交通の要所だ。あそこが落ちると経済的な損失がどれだけか、俺も考えたくないのでな」
「御意」
当然だが危険地帯、と表向き言えるものと言えない物がある。このノクタリアは特に皇国側も管理がほぼ出来ないに等しく、さりとて南部の国々との要所にも近かった事から表向きは交通の要所として皇国が直々に管理する事にている、とされていた。というわけで両者はそれからしばらくの間ノクタリアの異変解決に向けた様々な打ち合わせを行い、時間を費やす事になるのだった。
さて皇帝レオンハルトとカイトの会談が終わって数時間。夜になった頃にカイトは再び公爵邸に戻ると、今度は瞬を連れて公爵邸に戻っていた。だがそんな公爵邸はいつもと違い、どこか粗野な活気に満ち溢れていた。それもそのはず。この日集まっていたのは、冒険者達だったからだ。
「なんだかすごい事になっているな。い、一応公爵の邸宅……なんだよな?」
「あはははは。ま、今日だけな……まぁ、なんでか三大国の長達も来てるんだが」
「え゛……それは即ち……レオンハルト陛下とか……という意味か?」
「あははは……はぁ」
流石に三大国の長達が冒険者達の集まりに参加したい、と申し出てきた時はカイトをして変な声が出たらしい。同じ様に素っ頓狂な声を思わず出した瞬にカイトは深い溜息を吐いていた。
「各国の警護を行う軍のお偉方が揃って頭を抱えてたわ……見ろよ、あれ」
「あれは……皇国の確か大将だったか。それに……あっちは見たことがないが……ラエリアの軍服とヴァルタードの軍服……か? だがなぜあんな顔なんだ?」
「そりゃ自分達の長に振り回されりゃあんな顔にもなる」
おそらく外から見る限りは要職達が会談をしている、という程度だ。が、その顔には明らかにお互いに慰め合っているような感じがあった。
「やれやれ……まぁ、悪い判断じゃないんだ。なにせこの場には明日の夜会には出ないような冒険者から王侯貴族でさえ呼び出せないような超級の冒険者が揃っている。王侯貴族が顔を売りたい、ってレベルのな」
「逆にか?」
「そ、逆に」
カイトからの返答に瞬はぎょっとした様子で目を見開く。
「実際クオンなんて会おうとして会える相手じゃない。そもそもどこに居るかも掴めない相手だ。そのくせ腕は単騎で厄災種を潰せるレベルだ。知り合っておこう、ってのは決して間違った判断じゃない」
「なるほど……万が一の場合に助けが請えれば、それだけ死傷者の桁が変わりそうだな」
「そういうこった。だからバルフレアの奴もああやって骨を折ってるわけ……大変だねぇ、ユニオンマスターってのも」
「他人事か」
「他人事だ。おかげでな」
ここに居るのは基本はカイトの知り合いやこの三百年でマクダウェル公爵家が重用した冒険者達だ。だからこそカイトを知る者は多いが、同時に知らない者も少なくない。なのでカイトが表舞台に立てるわけもなく、彼もここではあくまで招かれた一人に過ぎなかった。というわけでバルフレアの奮闘を横目に酒を呷るカイトだが、そんな彼に背後から衝撃が襲い掛かる。
「にぃー!」
「ごふっ! いっつぅ! おまっ! っぅぅぅ……」
「あ、ごめん」
「タックルは良いんだけどせめて状況は見てやって……」
どうやら酒を呷った瞬間だったからか、度数の高い酒が鼻に入ってしまったらしい。流石のカイトも鼻に度数の高い酒が入るときつい。涙目だった。ソレイユもそれは考えていなかったのか申し訳無さそうだった。そうして少しの後、彼が問いかける。
「はぁ……で?」
「遅れてた<<暁>>の飛空艇来たよ。今空港に着陸した」
「ああ、そうか。先輩。多分バーンタインの事だ。降りるなり速攻で飛んでくるだろう」
「分かった。出迎えてくる」
「頼む」
カイトの言葉を受けて、瞬が一つ頷いてその場を離れる。今回はカイトの生誕祭だし、当人も居るのだ。バーンタインも全ての予定を切り替えて参加を表明していた。だがあちらは流石に遠く、少しの遅延が生じていたらしかった。
そしてカイトの生誕祭で遅刻なぞバーンタインが気にしそうな事だ。なので瞬に出迎えさせて、一度落ち着かせる様に手配したのであった。
「あ、そうだ。ねぇねがさっき探してた」
「アイナが?」
「うん。まぁ、どうせ祝いの言葉の一つでもー、とかだよ。多分」
「あー……」
それはあり得るな。カイトはソレイユの言葉に少しだけ恥ずかしげだ。そして彼の性格から言って好んで祝われに行くとも思えないだろう。というわけで彼はソレイユと共に冒険者達の宴会に乗り出す事にするのだった。
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