第3594話 生誕祭編 ――申し出――
カイトの誕生日に合わせて行われる事になっていた生誕祭。それを利用して各国の要人達が集まるプチ大陸間会議のようなものを開こうという皇国の思惑に則って動いたカイトであるが、そんな彼は過去世を目覚めさせたソラのフォローを行いながらも諸侯の出迎えの準備に追われる事になっていた。
そんな中、皇帝レオンハルトの到着が迫った事でカイトは領主としての仕事として彼の出迎えに空港に赴いていた。というわけで皇帝レオンハルトとともに馬車に乗っていた彼だが、ホテルまでの少しの時間。彼は使者から事前に話されていた皇帝レオンハルトよりの申し出を聞く事になっていた。
「さて……それで公に話だが。先に告げた様に一つは夜会にて公表したいこと。もう一つは……うむ。公に頼みたい事となる。まぁ、どちらも公に頼みたい事となる事に違いはないのだが」
「陛下の頼みであれば何なりと」
皇帝レオンハルトたっての頼みだ。カイトとしては立場上断れないのだが、そう語る皇帝レオンハルトの顔には少しだけ苦みが乗っていた。というわけで少し悩んだ後、カイトの返答を受けた彼が話を始めた。
「助かる……うむ。流れもある。まず夜会の話から始めようか。天覇繚乱祭ではないのだが、一つ御前試合を開こうと思ってな。ただ公にはこれへは参加しないで貰いたい」
「不参加ですか。それはまぁ、問題ございませんが」
どうせ参加した所で本気では戦えないし、ならばなんの意味がと言われれば名前を売る以外に特に意味はない。だが今更カイトが名前を売る必要があるか、と問われるとさほど意味はない。それはカイトの存在を喧伝したい皇国も一緒で、不参加要請は双方にとって特に問題になる事ではなかった。
「うむ……まぁ、公が出てしまうと最悪剣姫クオンやらが出てしまうおそれがある。それは流石に、な」
「あはは……流石に彼女も空気は読むかと。御前試合に招かれるのならまだしも、御前試合に好き好んで出る者ではありませんから」
「であれば良いのだが……公が出るとなるとな」
「あはは」
それはそれであり得ないではない。カイトは皇帝レオンハルトの言葉に笑うしかなかった。というわけで一つ笑った両者であるが、この程度わざわざ皇帝レオンハルトが直々に話をしなければならないものではない。というわけでこの話の肝はここにはないとカイトは判断する。
「それで私への頼み、とは」
「こんなものを俺が言う必要もないからな……頼みとは今回の御前試合の褒美に少し色を付けたいのだ」
「と、いいますと……」
「それを頼みたい、というのが公への申し出だ」
「はぁ……」
皇帝レオンハルトの要請が見えてこず、カイトは小首を傾げ生返事だ。というわけでそんな彼が問いかける。
「とどのつまり褒美をこちらで用意せよ、と」
「いや、そんな事は言わん。いや、言っているか……ただ公の考えている所と少し毛色は異なる。単なる金品、名品であれば御前試合と言えどさほどさほど人は集まるまい?」
「流石に現状、名を売りたい戦士は山のように居るかと。特に先の天覇繚乱祭の様に出場に制限のあるものではありませんから、皇国国内に限れば多く参加者は集うかと」
「そうあって欲しいものだ」
おそらくある程度の効果は見込めるだろう。皇帝レオンハルトはカイトの言葉を認めながら、それが自分の期待する領域には届かないのだと暗に語る。そうしてそんな彼が話を進めた。
「言うまでもないが、現状公になぞらえた様々な施策を各国している事は知っていよう」
「存じ上げております……週に何度かはそれで意見を求められますので」
「ははは……うむ。それでまぁ、別の方向で公の力を借りたくてな」
「……ああ、なるほど。私の遺物ですか」
「察しが良くて助かる」
とどのつまり勇者カイトの遺物を報奨として出したい。皇帝レオンハルトの求めはこうだった。確かにこれは謂わば皇帝レオンハルト個人の行事にカイトの私物を提供して欲しい、という所で事の性質もあり皇帝レオンハルトが直々に話したいというのもわからないでもない事だった。そしてそこらを理解して、カイトは二つ返事で快諾する。
「かしこまりました。ご要望は?」
「何か喧伝出来る物の方が良かろう」
「とどのつまり見せびらかせるもの、と」
「公は恥ずかしがろうが、所詮名を売る場だ。それに下手に所以ある物を出すのは……な」
「あはは」
流石にこれでぽんっと大精霊に所以のある品が出てこられても困る。そんな様子で皇帝レオンハルトの顔には苦笑いが浮かんでいた。何より困った事にカイトなら普通に出してきそうだったことだろう。というわけで空気は読んでくれ、という様子の彼にカイトは笑いながら頷いた。
「かしこまりました。それなりの所以がありながら手放せる物は……まぁ、お恥ずかしながら少なくない。見繕いましょう」
「すまんな」
カイトの返答に皇帝レオンハルトは一つ感謝を口にする。そもそも冒険者時代に一般家庭時代の流れで物持ちの良いカイトだ。色々と使っていないアクセサリーなら山のようにあった。
その中には手に入れた所以はあるが思い入れのないものも少なくなく、勇者カイトの持ち物であれば良いのならいくらでも候補はあった。というわけで軽めの話を終えた所で、皇帝レオンハルトは一つ深呼吸をしてもう一つの話に入る事にした。
「さて……それでそちらについてはそれで頼みたい。もう一つの話の方だな」
「はっ」
「うむ……公はノクタリアという街は知っておるか?」
「無論存じておりますが……天領ノクタリア。もしくは皇国直轄地ノクタリア。そのノクタリアですか?」
「そのノクタリアだ」
訝しげなカイトの言葉に皇帝レオンハルトは苦い顔で頷いた。当たり前だがカイトとて皇国貴族なのだ。皇国が直接管理する直轄地で重要な場所は全て記憶していた。というわけで皇帝レオンハルトもあくまで確認程度に過ぎなかった。
「これは内密に頼みたいのだが、現在そのノクタリアから異変が報告されている」
「……あまり良い流れではありませんね」
「うむ」
渋い顔になったカイトに、皇帝レオンハルトも同じ顔で同意する。直轄地というから重要な場所に間違いはないのだが、エネフィアで直轄地になる理由は二つある。
一つはラエリアの様に国の歴史において非常に重要な意味を持っていたり、例えば金山や地脈や龍脈などの収束する場所などの国の運営に非常に利益を生み出す場所だったりする場合。
もう一つは何かしらの魔物が封印されていたりして、一般に公開する事で非常に危険な事態を生じさせてしまう可能性がある場合だ。
どちらもメリット・デメリットの違いこそあれ公的な利益に関係してくるため国が直接治める、というのは統治機関として理に適っているだろう。そして今回のノクタリアなる街は、この後者であった。というわけで皇帝レオンハルトが苦い顔で続けた。
「天領ノクタリア。またの名を禁足地ノクタリア。それを監視している部隊より時折闇が蠢いているという報告がある、とのことだ」
「闇が蠢いている……また要領を得ませんね」
「うむ。だが公も知っての通り、あそこに兵を立ち入らせるわけにもいかん。面倒な話だがな」
禁足地と言うぐらいなのだ。どう考えても普通の場所ではない。というわけで苦い顔を浮かべる皇帝レオンハルトだったが、だからと放置出来るわけがなかった。
「これを公に頼むのは非常に誤りではあると思うのだが……現状を鑑みると最悪は邪神の影響もあり得る。そうなると公かソラくんしかおるまいが……ソラくんでは流石に厳しだろうな」
「でしょう。流石に彼の実力で禁足地に足を踏み入れさせるとなると、それは私も流石に承服しかねますね。異変が良くない兆候であったのなら、間違いなく生きては帰れないかと」
「うむ……となると非常に心苦しいが、皇国としては公しかおらんのだ。正直に言えば公が居る時にこの事態が起きてくれた事は非常に有り難いとしか言えん」
一般的な兵士の実力はソラ以下だ。というより皇国に所属する兵士の大半が彼以下だ。その時点で調査に差し向けられる兵士は一気に数が絞られるわけだが、ただ調査をすれば良いわけではない。
異変の調査を行い、最悪はその解決まで独力で行えねばならないのだ。非常に危険な仕事になる事は間違いなく、そうなると皇国としてはカイトぐらいしか頼める相手がない、というのは無理のない事であった。
「わかりました。お引き受けしましょう」
「すまん。必要な手配があれば申し出よ。俺の権限で全てを許可する」
「有り難きお言葉」
皇帝レオンハルトの返答にカイトは一つ頭を下げる。というわけでカイトの受諾を受けて、皇帝レオンハルトは今更だがと問いかける。
「確か公は何度か禁足地に足を運んだ事があったのだったな?」
「ええ。300年前に数度」
「ならば道のりなどは問題ないか? 一応、付近までであれば道案内は用意出来るだろうが……」
「問題ありません。おそらく今皇国が保有する情報は大半が私が提供したものかと。数度の内の一度は軍部の依頼を受け調査に赴きましたので……」
「だろうな」
先にも皇帝レオンハルトが述べているが、カイト不在時に起きていればどうしたものかと頭を悩ませる程度には足を踏み入れられない場所だ。なので皇国が保有する情報はほとんどがカイトが提供したもので、カイトが持つ情報は即ち皇国が持つ情報と言っても過言ではなかった。
「まぁ、先の御前試合もそういう所があるのだ。何かが起きていた場合、公には密かに解決して貰いたい」
「それで皇都に注目を集めよう、と」
「そういうことだ……しばらく俺の方で大々的に宣伝し、皇都に注目を集める。公にはその間に解決を頼む」
「かしこまりました。来月よりすぐに取り掛かりましょう」
「頼む」
確かに急ぐ必要はあるだろうが、それでも公爵が動く上に禁足地なのだ。すぐに調査開始と言うわけにもいかず、最低でも一週間ぐらいは準備に必要だった。というわけで今は監視を続け事態の変化をすぐに報告出来る状態を作りつつ、カイトに対応を急いでもらうしかなかった。そうして話していると、気付けばホテルの近くに到着していた。
「……そうか。マクダウェル公。では頼む」
「はっ」
何度か言われているが、カイトがこの場に居る事は知られてはならないのだ。なので馬車の到着と共にカイトはユーディトに視線を送って、転移術でその場を後にするのだった。
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