第3592話 生誕祭編 ――一段落――
カイトの生誕祭に合わせて集まる事になった各国の要人達。そんな彼らの応対に奔走する事になっていたカイトであったが、その最中。日本出身である彼を友好の証として利用したい日本政府の思惑により、祝電が届く事になる。というわけで自身の誕生日の政治利用を嘆くカイトであったが、嘆いてばかりもいられなかった。
「はぁ……」
「深い溜息ですね」
「みんな揃って人様の誕生日を政治利用ですからね」
ユーディトの言葉にカイトはため息を吐く。なんだかんだとしているとあっという間に半日が経過しようとしていた。というわけでハイゼンベルグ公ジェイクもイリアも帰り、カイトも冒険部の執務室で一仕事としていた所であった。というわけで何故か冒険部のギルドホームに居るはずのない声にぎょっとなって振り返る。
「え゛?」
「なにか?」
「……なにしてるんっすか」
「給仕ですが」
それは見たままを言っている。カイトはユーディトの返答に内心ツッコミを入れる。その顔はまるで何か不思議な事でも、と言わんばかりであった。
「いや、そりゃ見たままですよ。なんでここに」
「暇だからです」
「つば……あ、良い。すまん。立たなくて良い。カナコナは?」
「は……コナタ……といいますかカナタがユスティーナ様に呼ばれ出ております」
「そういうわけでございます」
だからどういうわけなんだ。椿の返答に続けて腰を折るユーディトにカイトは頭を抱える。相変わらずメイドの癖に自由極まりなかった。
「えーっとつまり椿はこの通りお仕事中。カナタがティナの所で何か別の用事。給仕の人物がいないから来た、と」
「イグザクトリー。その通りでございます」
「……そっすか」
どうせユーディトさんの事だ。冒険部の何も知らない者に見付かるようなヘマをするような人じゃない。カイトは自分の言う事なぞ聞いてくれる可能性が無きに等しい彼女にため息を吐く。どちらにせよ給仕がいて困る事はないのだ。ならばそうして貰うだけであった。
「はぁ……よし。気にしないことにしよう。ソーニャ」
「はい」
「この間話していた街周辺の掃除。あれの報告書ってもう出してたか?」
「昨夕提出済みですが」
「そうか。なら良い」
とりあえず時間はないのだ。この後も昼前には五公爵二大公揃い踏み――ただし流石にカイトは馬車の中で待機でアウラが表に立つが――で皇帝レオンハルトの到着を出迎えねばならないし、それまでに精査せねばならない仕事も多い。ユーディトにかまけてばかりもいられなかった。
「さて……ああ、椿。先輩達から遠征の費用申請は?」
「一部届いております。そちら優先いたしますか?」
「そうしてくれると助かる」
「かしこまりました」
ソラが不調になっているのはこの際仕方がない。依頼は依頼。別に考えて動かねばならないし、そのために瞬をフォローに配置している。
特に今回ソラにも告げているが、北側の大規模な遠征はしばらくない可能性が高いのだ。ナナミを連れて行って貰わねばならないし、そうなると彼も挨拶の一つはせねばならないだろう。彼を出す事に変更はなかった。というわけで幾つかの書類にサインをしていくわけだが、そこでふと彼の手が止まる。
「……ああ、そうだ。桜」
「はい?」
「天桜の暖房器具の申請は? エアコンは使えるから学校施設内部は大丈夫だろうが……構造上階段とか降雪に備えられた構造にはなってなかっただろ?」
「そういえば……そうですね。そもそも東京都で大雪を想定はしていないので……」
何度か言われているが、マクダウェル領は皇国でも最北端に位置している。まぁ、縦にも横にも広大な敷地を誇るので南はさほど降雪がない年もあるが、全体的に降雪は確認される。なので東京と同じ考えで生活出来るわけではない。というわけで暖房器具の申請やらをさせていたのだが、その中でふと気になったのだ。
「だろうな。設置場所の見込みを見取り図を参考に提出する様に連絡して貰って良いか? 場所によっては冗談なしに死ねるぞ」
「あははは……わかりました。すぐに取り掛かります」
「そうしてくれ。こっから先、暖房器具は一気に需要が高まる。欲しいと言ってすぐに手に入らない可能性もあるからな」
「はい」
カイトの言葉に桜はさっそくと作業に取り掛かる。そうして、様々な決算書や申請書へのサインや矢継ぎ早に指示などを飛ばして、昼前の時間は一気に流れる事になるのだった。
さてそれからしばらく。昼前の書類仕事が一段落した事でカイトはユーディトを伴ってマクダウェル公の仕事に戻る事にすると、冒険部からそのまま空港へと直接移動。そこで用意させておいた専用の一室でユーディトが持ってきてくれていた公爵の服に着替えていた。
当然だが皇帝が自分の領地に来るのだ。領主直々の出迎えは必須だったし、マクダウェル領に来ている貴族達も全員で出迎える必要がある。それに伴って空港は物々しい雰囲気に包まれていた。
「いて正解でしたでしょう?」
「ですね。部屋まで取りに行く手間が省けた……今陛下は?」
「定刻通り飛空艇は移動中。そろそろ大トンネルの上を通られる頃かと」
「問題なし、か」
大トンネルは言うまでもなく皇都とマクダウェル領を繋ぐ所にある大きなトンネルだ。飛空艇のない頃は一人を除いて歴代の皇帝達もこのトンネルを通って来ていたが、今は飛空艇があるので上を通っていた。なお、除かれた一人は言うまでもなくウィルである。それはさておき。着替えながらも報告を聞いていた彼が横に置いた通信機へと声を掛ける。
「ホタル」
『はい』
「上空はどうだ?」
『問題ありません。近衛の特殊部隊も待機中。見える限り狙撃は無理かと』
「なら良い」
やはり飛空艇で一番面倒なのは大出力の魔導砲による狙撃だ。なのでそれは当然カイトも警戒しており、ホタルや一葉達に高空での待機を指示していた。と、そんな連絡を受けたホタルが一つ問いかける。
『それよりマスター。空港に何名か不審な影が見受けられますが』
「後で始末しておきますのでご心配なさらず」
「というわけでね。まー、ユーディトさんがいりゃなんとかなんでしょ」
先ほどかつてはマルス帝国軍の特務部隊に所属していた事まで判明したユーディトだ。ある意味では更に謎が深まったとも言える彼女だが、逆説的に言えば実力は折り紙付きと言える。しかも取り立てられた理由が暗殺者を退治したから、だ。出来ないわけがなかった。
「はい。主人の行く所のゴミを掃除するのもメイドの仕事ですから」
「あはは……良し。ホタル、オレも馬車で待機する。別に外で待つわけじゃないから、何かがあったらオレに情報が集約される事になっている。お前も何かがあったら報告を頼む」
『了解』
カイトの返答にホタルが応ずる。というわけで彼は専用の部屋を後にして、皇帝レオンハルトの到着を待つべく一旦公爵達が集まる部屋へと移動。そこで警備状況等の情報を共有した後、皇国貴族全員で皇帝レオンハルトを出迎えるべく空港に整列する事になるのだった。




