第3591話 生誕祭編 ――連携――
ちょっとした出来事から期せずして判明したマルス帝国時代のユーディトの歴史。なんだかんだまた更に彼女の謎が深まったという所なのであるが、それはさておき。日本政府からの連絡があったという事でマクダウェル公爵邸に戻ってきたカイトは、更にその道中でモルガンからの連絡を受信。何があったのか、と先にモルガンのメールを確認していた。
「ふむ……」
「なんて書いてあるの?」
「端的に言えば日本政府からのメールの中身を説明する、という所らしい。連絡寄越せはこれ完璧にメール作るのが面倒になったパターンだな」
イリアの問いかけにパソコン型のコンソールを確認したカイトがそういうことかと苦笑する。とはいえ、その判断は正しかった。
「まぁ、とはいえ。確かに祝電と言われても何事かとなるから、結局こっちから連絡してた可能性は高いか」
「なるほど……根回しの一環と言うても良いかもしれんな」
「だろうな。相変わらずそこらの根回しはしてくれて助かるよ」
ハイゼンベルグ公ジェイクの言葉にカイトは一つ笑う。そしてそこらがあるからこそモルガンは政治家に適性があったし、カイトとしてもありがたい所であった。というわけで先に事情説明を聞いた方が良いと判断した彼はコンソールを操って、通信可能状態か確認。問題ない事を確認して、通信機を起動する。
「えーっと……ここからこうして……」
「何をしておる?」
「向こうの通信機を中継機にしてその場にいなくても話せる機能を試してる。いつもいつもこの通信機の前にいないと駄目ってなると緊急時にマズいだろ? だから試験的にそういう事が出来ないか試してるんだが……そこらの試験はあまり表立ってやりにくいからなぁ」
「なるほど……それでこういう裏方の話の時に、か」
「そ。オレの家の奴にしか付けてないから、技術試験が終わるまで待ってくれとはティナの言葉だ」
「相わかった」
カイトからの報告にハイゼンベルグ公ジェイクは姫様がそうおっしゃるのなら、と二つ返事で受け入れる。ちなみにそういう事なのでまだ出来るかどうか試している所で、報告に上げられる領域でさえなかったようだ。
『あれ? カイト? 帰ってきたの?』
「いや、帰ってないよ」
『あれ? でも番号が……』
「あははは……元気そうで良かった」
『そっちもね』
イギリスのオブザーバーだろうと結局は相棒なのだ。まるで昨日も話していたかのような気軽さでカイトとモルガンが会話を交わす。というわけでそんな彼女がおおよそを理解したらしい。
『ああ、通信機のテスト?』
「そ……その様子だときちんとオレの番号が表示されてるみたいだな」
『うん……後の問題は通信会社にログが残らないかどうか、だね』
「それが怖いよなー……しまった。ティナ呼んどきゃよかった」
『いないの?』
「いや、会議中というか打ち合わせ中に日本政府からの連絡が入ったって聞いてその直後にお前からのメールが入ったから、まだあっちに連絡行ってないっぽくてな。追々来るとは思うけど」
元々カイトがハイゼンベルグ公ジェイクやイリアの所に居たのは単に今日の朝二人が揃っている所に彼自身も時間があったから、というだけだ。しかも求められたのは彼だけで、内容としても必要なのはマクダウェル公としてのカイトだ。ティナが同行する必要はなかった。と、そんな話をしていたからだろう。通信室の内部に取り付けられたスピーカーから声が響いた。
『いや、余ならもう来とるぞー』
『あ、ティナ』
『うむ。カイトの事じゃから使うじゃろうと思うて外の変換器の確認をしておる。てなわけで爺様達。余は外におるから話は勝手に進めておいてくれ』
「かしこまりました」
ティナの言葉にハイゼンベルグ公ジェイクが一つ頭を下げる。というわけでおおよそお互いの状況を理解した所で、カイトがモルガンへと問いかける。
「とりあえず今大丈夫か?」
『うん。今は暇』
「そか……で、連絡受け取ったんだが」
『あー。それね。うん』
あははは。カイトの言葉にモルガンが微妙な顔で笑う。そうして彼女が一応と確認する。
『祝電の事だよね』
「そ……まだあっちのメール読んでないんだが、何があったんだ? 祝電って別にこっち祝電貰うような事はしてないぞ」
『あー、うん……うん。まぁ、結論から言うとカイトの誕生日への祝電』
「はい!?」
よりにもよってオレのかよ。カイトは苦笑気味なモルガンの言葉に盛大に顔を顰める。
『どうにも日本政府はカイトを両国の話し合いの架け橋に使いたいみたい。まぁ、そりゃそうというかなんというか』
「ですよねー」
なにせ皇国側でも同じ意見なのだ。日本政府がそれを考えつかないとは思えなかった。というわけでカイトは半分諦め気味に笑っていた。
「はぁ……で、オレへの祝電と。てかなんでオレの生誕祭を日本政府が知ってるんだよ」
『どうにもそっちの学生さんの誰かが今度お祭りがある事をこっちの家族に話してたみたいで、それを政府が掴んだみたいね。それで』
「人の口に戸は立てられない、か。こんなお祭りじゃぁなぁ」
どう考えてもお祭りを隠せ、と言われても意味がわからない。なのでカイトは日本政府が自身の生誕祭を把握しても不思議はないと捉えたようだ。しかも今回は皇帝レオンハルトやら各国の要人らが集まる事は大々的に喧伝されている。隠すなぞ到底無理なのであった。
「……やれやれ。オレの誕生日だってのにみんな揃って政治利用しやがって」
「貴族の誕生日なぞ政治利用に使わんでどうする」
「わーってますよ。わーってます」
楽しげなハイゼンベルグ公ジェイクの言葉にカイトは半ばやけっぱちに応ずる。というわけで半ばやけっぱちに応じた彼だが、気を取り直してモルガンへと告げた。
「ああ、そうだ。モルガン。そっちとりあえず他に日本政府関連で動きは?」
『んー……後はカイトに勲章を授けるか云々ぐらい?』
「んぁ!?」
また変な声が出た。カイトはついでに聞かないといけなそうな事を聞いておくか、と思った途端に出た話に変な声を上げる。
『あははは』
「祝電だけでお腹いっぱいだってのに……この上勲章?」
『しょうがないんじゃない? 政治利用するのにこれ以上ないネタでしょ? しかも現在進行系で生きてる可能性が高いんだから、草の根レベルで探してるよ』
「でーしょうね」
自分でもそうする。カイトは改めて自分の身の上を思い出して盛大に顔を顰める。まぁ、これで誰も地球の裏世界の顔役の一人なぞ思いもしないのだから、見付かるわけがなかった。
「やれやれ……情報封鎖もいつまで保つか」
『今のところ時間軸のズレも大きくないから数百年レベルの誤差はないだろう、という形でまだバレてはいないよ。幸いね』
「やれやれ……マジでケルトの戦士達雇おうかなぁ……」
『それか拠点を大阪に戻してもらうか、ね』
「はぁ……」
なぜ大阪となるわけだが、大阪には日本でも有数の異族達の拠点があった。そこにカイトも居を構えているので、そちらにいてもらった方が警備の関係はやりやすかったのである。
「ま、とりあえずそれは後で考えよう。ああ、そうだ。実はこっちもちょうどお前に用があってな」
『用? なに?』
「今度こっちとの会合に出席するんだろ?」
『うん、そうだけど……どこで聞いたの?』
「モルガン殿。お初お目にかかる。ハイゼンベルグ家当主ジェイク・ハイゼンベルグと申す」
『これは……失礼いたしました。モルガン・ル・フェ。イギリスはアーサー王。アルトリウス・ペンドラゴンの姉にして此度の会議ではイギリス政府の要請もあり、その名代を仰せつかっております』
元とはいえさすがは為政者か。イリアはハイゼンベルグ公ジェイクが出るなり為政者としての淀みない返答に舌を巻く。というわけでモルガンはカイト一人ならスマホ越しで良いか、と思っていた様子だが流石にハイゼンベルグ公ジェイクまで一緒なら、と通信機の前まで移動する。
『……失礼いたしました。まさかハイゼンベルグ公がご一緒とはつゆ知らず』
「いえ、こちらこそご挨拶が遅れ誠に申し訳ない。ああ、失礼しました。こちらは先代のリデル公。カイトと共に三百年前の皇国を支えた者です」
「イリア・リデルと申します」
『ありがとうございます……ん?』
イリア・リデル。どこかでその名を聞いた事があるぞ。モルガンはイリアの名を聞いて、その顔をじーっと見つめる。
「あの……如何しました?」
『イリア・リデル……イリア? あのイリア?』
「何言った、おい」
「変な事言ってねぇぞ!?」
ドスの利いた声での問いかけに、カイトが大慌てで否定する。これにモルガンが笑った。
『悪評は聞いておりませんよ。ただカイトよりは一番貴方が気が楽だったと聞いております。それが一緒だったとは、と少し驚いただけです。失礼いたしました』
「そ、そうでしたか。お見苦しい姿をお見せしました」
流石に懸想の相手からそう言われていたとは、とイリアも恥ずかしかったらしい。慌てて謝罪する。そんな彼女に、モルガンが上品に笑う。
『ふふ……いえ、構いません。貴方の事はカイトより聞いております。それでハイゼンベルグ公にかつてとはいえリデル公まで。如何いたしました?』
「実は先程までマクダウェル公と共に商取引に関する打ち合わせをしておりましてな。それで今度の会議でもその話を始めたく考えており、どういう流れにするかと思うておったのです」
『なるほど……取引となると関係先は最初は限定せねばなりませんね』
さすがか。イリアはこちらの要望をすぐに見抜いてきたモルガンに内心で称賛を浮かべる。そうして、その後はしばらくの間モルガンとの間で商取引に関する打ち合わせが行われる事になるのだった。




