第3588話 生誕祭編 ――過去――
かつて百年にも及ぶ大戦を終わらせた英雄の誕生を祝う日として行われる事になっていたカイトの生誕祭。それを利用して各国の連携と決起集会のようなものを開こうと考えた皇国の意図に則って、カイトは各地からの貴族の応対を行いながら裏ではソラのフォローに回っていた。
というわけでラエリアから来たシャリクとの会食を経たその日の夜。彼はそのまま公爵邸にて泊まる事になっていたわけだが、その顔は少し苦々しいものだった。
「また苦い顔……何をお考えですか?」
「ん? ああ、いえ……滅びぬものはないのだな、と思ったのです」
「それは……道理でしょう。ですが滅びてなお残るものはある。我がラエリアも千年を謳い事実千年を超える歴史を持てど、王国としては滅びた。ですが今は形を変えて残っています」
「そうですね」
自身の考えを理解しているわけではないのだろうが、それでもちょうど同じような事を考えていた所だった。カイトはシャーナの慰めの言葉に僅かに笑う。彼女はこうしていろいろな国の人が集まった事で、期せずしてかつて見知った相手か国が滅んだのだと思ったようだ。そうしてカイトが口を開いた。
「かつて争った相手が居たのですが……なんでしょうね。その裏を聞いてしまうともしやすると、と思ってしまったのです」
「御身であれば、感情に任せ弑逆なぞないでしょう」
「それは買い被りすぎですよ」
シャーナの言葉にカイトは再度笑う。だが今度の笑みはどこか苦笑いが近かった。そうして、彼は手にしていたおちょこの酒を一口口にする。
「はぁ……世界もまた滅びるのです。その時、我らは何を残せるのでしょうね」
「……は、はぁ」
流石のシャーナもカイトが考えていた事が世界の終わりだとは思わなかったらしい。思わず呆気にとられていた。だが相手は勇者カイト。少しスケールが大きすぎやしないかと思ったものの、彼ならばとも思ったようだ。
「そうですね……流石に世界が滅びるとあっては何を残せるのでしょうか」
「ええ……かつて私はその残されたものを破壊してしまったようです。彼女らが何を願い何を想い何を遺そうとしたのか。民、文明、文化……それらを破壊してしまったのかもしれません」
「それは……知らなかったのであれば致し方がないのではないでしょうか。それに御身が好き好んでそういったものを壊すとも思えない。何か事情があったのでしょう」
「ええ。私にも譲れぬものが」
思い出すのは政治機構さえ侵食され、疑心暗鬼に陥って崩壊の危機に瀕した文明。その中で得た旅の仲間達。彼らはカイトと共に誰が敵かもわからぬ中で必死に戦い抜き、ついには『強欲の罪』を討伐した。その彼らが守ったもの。その彼らが守ろうとしたもの。それを失わせる事はカイトには出来なかった。というわけで断言する彼に、シャーナは告げる。
「ならば、やはり仕方がなかったのでしょう。御身の譲れぬもの。その誰かの譲れぬもの。それのどちらが正しいかったのかは私にはわかりません。ですがそれが衝突してしまった限りは、どうしようもなかったのではないでしょうか」
「ええ……ですがだからこそ、思うのです。話し合えなかったのか、と。いえ、無理は承知です。ですがもしも、と思ってしまった」
リル曰く志願者だけではあったが、それでも数億単位の人がグラティアと共に世界の崩壊にさえ耐えられる生命となる事を選択した。カイトが過去の世界で見たもの――様々な遺物――を考えるとその方向性はある程度選択出来たのでは、という事だったが、何億の人の命と何万何千という歴史を破壊したのだ。ただでさえ過去に悔恨を抱く彼がトラウマを刺激されても仕方がなかった。
「それでも、もはや言っても詮無きことかと」
「そうですね……なのでただ我らがそうなった時は何を残せるのだろうか、と思うばかりです」
「そうでしたか……よい月ですね」
「ええ。っと、失礼しました。湯浴みの最中との事でしたので一人物思いに耽ってしまっていた」
「いえ。呑むには良い月です。物思いに耽るにも」
カイトの謝罪にシャーナが笑う。いくらカイトでも彼女を前に一人物思いに耽るほど無粋な事はしない。というわけでカイトはその後はシャーナと静かに飲みながら、様々な事を話し合うのだった。
さてカイトがかつての世界とかつての敵に思いを馳せる一方。もう一人過去について思いを馳せていた男が居た。だがこちらは事の次第から、誰かと一緒というわけではなく一人街の外を出歩いていた。そんな彼は誰も居ない所を確認すると、誰ともなく声を掛ける。
「……居るんだろ。出てこいよ」
「なぜ気付いた」
「あんたがあんたなら、俺の事は絶対に監視すると思ったからだ。だから俺が理解したと思ったなら絶対に自分で来るはずだと思った」
「……ほう」
ソラの言葉に、千代女は壮絶な顔で応ずる。そうして彼の返答で千代女は自分が誰で、そして彼が誰かを自覚した事を確信した。
「貴様の罪を理解したようだな」
「……ああ。そしてあんたの事も、だ」
「……」
ぞっとする。かつての自分ならばそう思っただろう。冷酷どころか氷点下を下回る千代女の視線を受けてなお、ソラはどこか他人事だった。そうしてそんな彼へが、千代女が告げた。
「貴様を私が許す事はない。大殿が許されても、だ」
「……」
それはそうだろう。ソラはかつての自分がしてしまった事を思い出して、千代女の怒りに対してそう思う。なにせ彼自身が過去世の決断に激怒したのだ。当時を生きた彼女らならば、怒りがないわけがなかった。
「大殿と奥様の顔を立て、今はまだ貴様は殺さないでおいてやる。だがもし大殿を裏切るような素振りを見せてみろ。その時こそ私の鎌が貴様の素っ首叩き落とし、心の臓を我が銃が貫く」
「気を付ける」
「……」
おそらく今のソラが裏切る事はないだろう。千代女は彼自身こそが誰より過去の行いを悔いているのだと理解していた。だが彼女が抱く怒りはやはり、ソラを無条件に許せるものではなかったようだ。
「……それで何の用だ」
「教えてくれ。どうすれば奴を封じ込められる」
「……」
なるほどどうやらソラは本当に過去世の自分を悔いて、そしてそれを封じ込めるつもりらしい。だがそれも無理はない。カイトがそうであるように、実は過去世を呼び起こせば呼び起こすほどそれとの一体化は進んでいく。
酒呑童子が特殊すぎるだけだし、彼の場合は瞬との相性も非常に良い。瞬当人が認めないだけだ。だがソラの様に真逆の性質を持ってしまうとそれは最悪だ。自らのコントロールを奪われない様にする方法が必要だった。しかしそれをカイトに相談する事はソラには出来なかった。
「……よいだろう。恥を忍んだ貴様の顔を立ててやる。確か遠征に出るんだったな」
「なんで知ってるんだよ」
「今はそんな事どうでも良い……遠征の最中、こちらから接触する」
「……わかった」
千代女の言葉にソラが一つ礼を述べる。そうして話が終わったと共に、後ろの空間に亀裂が現れる。その中から現れるのはもちろん、吉乃だった。
「終わりましたか?」
「はっ……お手数をおかけいたしました」
「そうですか……何か言いたげですね」
「……いえ、何も。多分今のままだと許すも何もないと思うんで」
「ふふ……そうですね。正直に言えば、私も貴方を許せる事はない。あの日ほど、大殿が小さく見えた日はありません。それを知る我らが貴方を許すなぞ到底無理な話なのです。それでも許しが欲しければ、わかりますね」
「……うっす」
吉乃の言葉にソラは小さく頷いた。そうして二人はソラの吐く吐息が消えると共にその場から消えて、ソラもまた街へと戻っていくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




