第3586話 生誕祭編 ――夕方――
自身の生誕祭を利用して行われる事になった各国の要人達による決起集会にも似た集まり。それに本来祝われる立場であるはずのカイトはしかし、日本出身の天音カイトとして二足の草鞋を履くという立場から様々な出迎えやらを行わざるを得ない事になってしまっていた。
というわけでラエリアからやって来たシャリクの出迎えを終えた彼はそのまま流れでそれに同行したバルフレア、レヴィとの間でユニオンの中枢の改修について相談。どれだけ急いでも三週間程度の時間を要するという現実をバルフレアに突き付ける事になり、彼もそれに不承不承ながらも承諾。というわけで今度はそれをユニオン本部へと送ると、カイトはすぐに公爵邸に戻っていた。
「……あの、いつの間に?」
「それが分かれば苦労しないんですよねー。気が付いたら私の後ろに」
「幽霊より怖いなぁ……」
ユハラの言葉にカイトも遠い目で呟いた。まぁ、公爵邸にありながら彼がこんな困惑を露わにする上で丁寧語を使う相手なぞ限られる。というわけで、相変わらずカイトにさえ予測不能なメイドが腰を折った。
「ご安心ください。この通り足は付いております」
「あの……その言い回し日本のものなんですけど……」
「存じ上げております」
「いえ……あの、ですからなぜそんな言い回しを……」
知っているんですか。カイトはユーディトの何を聞かれてもまともに答えるつもりのない無表情な返答――もちろん無表情な演技だが――に気圧されながら、そう思う。というわけでそんな彼の問いかけに、ユーディトは一つも表情を変えずに答える。
「一時日本に滞在していた事がございまして」
「「「え?」」」
「冗談です」
「「「……」」」
フロイライン家最古参にして経歴から種族まで一切が謎なユーディトだ。カイトどころか生まれた時からの付き合いであるアウラをしてあり得ると思ったらしい。
冗談が冗談に聞こえなかったようで、全員がどう判断して良いか反応に困っていた。というわけで沈黙する公爵家中枢の面々に、ユーディトが笑った。
「本当ですよ?」
「ほ、本当ですよ……ね?」
「……」
にこり。カイトの問いかけに対してユーディトはまるでこの笑顔こそが答えです、と言わんばかりの笑顔で答える。彼女ほど笑顔が信用ならないメイドも珍しかった。というわけでカイトはユーディトの話について考える事を完全に放棄する。
「……それでなぜわざわざ皇都からこちらへ」
「失礼いたしました。少々アウラ様にご報告がございましたので」
「ん。聞く」
「はい。若旦那様……先の若旦那様の御旗の修繕と洗浄が終わりました」
アウラの促しを受けて、ユーディトは今回の来意を告げる。御旗というのは言うまでもなくアウラの両親が率いた部隊の旗だ。激戦であった事もあり保存状態はあまり良くなかった上に、見えない所には血糊もベッタリと付着していたらしい。
一時はそのまま保管する事も考えられたが、流石にそれは衛生的にも旗そのものにもあまり良くない。なのでユーディトが主導して旗の修繕と洗浄を行っていたのであった。というわけでその報告を受けたアウラがユーディトへと問いかけた。
「ん……旗は?」
「こちらに」
「カイト」
「んー……そうだな。出来ればあまり見世物にはしたくはないが……決起集会のような事を考えれば、掲げるのは良いかもしれんか」
「ん」
あのオークションでの落札についてはすでに皇都にも広まっている。皇帝レオンハルトが見せろと言う事は明白だったし、諸侯らも気にはなるだろう。
となるとせっかく戻ってきた事もあり、披露するのは一つ話のネタにはなりそうだった。というわけでカイトの言葉を受けたアウラの許可を受けて、ユーディトが頭を下げた。
「かしこまりました。その様に取り計らいましょう」
ぱたん。ユーディトはアウラの求めに応じて取り出した旗の入った箱を閉じて異空間に収納する。そうして用意を整えた所で、彼女が一つ問いかけた。
「そういえばカイト様」
「なんです?」
「イリア様が来られると伺っておりましたが」
「あぁ、あいつならリデル家の保有するホテルに居ると聞いてますけど」
娘のリデル公イリスが居る以上イリアが居る必要はないのだが、流石に個人的に繋がりが強いのは彼女の方だ。更に言えばすでに公爵の座を譲っている。社交界デヴューの場として来る若い貴族の子息達が最初に会う相手に丁度良いらしい。面倒見の良い性格も相まって、基本的にはカイトの生誕祭に参加しているらしかった。
「そうでしたか」
「それが? 驚く事もないでしょう」
「いえ、イリア様はよくこちらに宿泊されておりましたので」
「そうなのか?」
確かに元々リデル公であった時代もカイトが来て以降は皇都の自分の邸宅は息が詰まる、とフロイライン邸に居座っていた事は珍しくない。流石にカイトがマクダウェル公に就任して以降は頻度は減ったが、それでも時々は来ていた。なのでカイトとしてもあり得なくはないとは思ったが、驚きはあったようだ。というわけでその問いかけを受けたクズハが頷いた。
「ええ。密かに来られる時などはリデル家のホテルでは動きが掴まれるとの事で、かつてのお姿でこちらを利用されておりました。まずかったですか?」
「いや、良いよ。オレも隠密行動の際はリデル家に世話になる事はあったし、オレの頃からそうだったからな。今もやってると思わなかっただけだ」
「それを駄目と思わないあたり、御主人様ですねー」
「……あはは」
それを言われるとなんとも言えないが。カイトは後ろから響いたユハラのツッコミに乾いた笑いを上げる。とはいえ実際の所としては別にリデル家だけ借りているわけではなく、隠密行動時にハイゼンベルグ家の邸宅を借りたりする事はままあった。単にここで話になったのがリデル家というだけだった。
「まぁ、それは良いとして。そういうわけなので今回は泊まるつもりはない様子ですね」
「そのご様子で」
「はぁ……なにか用事でも?」
「いえ、私ではなくイリア様の方が、となります」
「イリアが?」
そもそも昼の時にリデル公イリスと話したばかりなのだ。なので公爵家としてのやり取りがあるとは思えず、カイトは小首を傾げる。とはいえ、そうであるのなら急ぎではないとも考えられた。というわけで、彼はユーディトに一つ告げる。
「わかりました。どこかで時間を見付けて話を聞いておきます」
「そうして頂ければ。何やらハイゼンベルグ様と共に動かれている様子でしたので……」
「あの二人が? また面倒じゃなけりゃ良いんですが」
「カイト様が関わる事になって面倒でない事があるとでも?」
「ですよねー」
ユーディトの指摘にカイトは笑う。ハイゼンベルグ公ジェイクにリデル家の先代まで関わっているのだ。しかもここにカイトまで関わるとなるとかなりの大事だが、同時に公爵当人が複数名動くべきではないと考えられているのだと考えられた。
「まぁ、それは公爵としての宿命といえば宿命です。とりあえず仕事と片付けておきます」
「それがよろしいかと」
「はい……ん?」
「なんじゃ、こんな集まって」
扉が開いた事に気が付いたカイトが振り向いてみれば、そちらに立っていたのはティナだ。そんな彼女はカイトを筆頭にクズハやアウラ、ユーディトまで一緒な状況に訝しげだった。
「ああ、いや。到着状況を確認してる所にユーディトさんが来てな。それで話をしてた……で、お前までどうしたんだ?」
「っと、すまんすまん。余はお主に用事じゃ」
カイトの問いかけに対して、ティナは一つの魔道具を取り出してカイトへと投げ渡す。
「っと……これは」
「お主に頼まれておった写真じゃ。見た瞬間顔に驚きが浮かんでおった。あんなリル殿は余も見た事がない」
「ビンゴか……わーった。そこらを聞きたくて、でも下手に話すわけにもいかんかったからこの画像を見て貰う事になった……んだが、その様子だと当たりだったか」
「みたいじゃのう」
ティナはカイトから渡された魔道具の中身を思い出しながら、少し困惑気味だ。カイトが唐突に聞いてみてくれるか、と頼んだ事も驚きならそれを見たリルが今まで見た事がないほどに大きく驚くのもまた驚きだった。
「ありゃ、何者じゃ? 余は見た事がないし、リル殿に至ってはなぜお主が知っておるかと驚いておった。えらく美人な女ではあったがのう」
「とある国の女王陛下だ……ちょっと色々とあってオレが殺したがな」
「なに?」
エネフィア、地球でのカイトの来歴は誰よりティナ自身が詳しく知っている。なのでカイトがどこかの為政者を殺した事はない事は彼女も知っており、それが女王クラスともなればまず間違いなく話が残っているはずだった。というわけで困惑する彼女を横目に、カイトは机を叩いて通信機を起動する。
「椿」
『はい』
「この後の予定は?」
『会食までは空き時間となっております。ラエリアの艦隊の到着時刻が読めませんでしたので』
「よし……少しリルさんと会談の時間を設ける。ウチの中での話だから問題はないと思うが大丈夫か?」
『……問題ありません。シャリク陛下との会食の時間が近付きましたらお声がけ致しますか?』
「頼めるか?」
『かしこまりました』
カイトの要請を受けて秘書室にて仕事をしていた椿が頭を下げる。と、今度はそんな彼女が問いかけた。
『リル様との事ですが、給仕などのご手配は?』
「それな……はい、ウチの最古参のメイド様がされるそうです」
『かしこまりました。ユーディト様、お願いいたします』
「かしこまりました」
カイトが何かを言う前に無言で存在をアピールしてきたユーディトにカイトも椿も少しだけ苦笑しながらその申し出を受け入れる。まぁ彼女の給仕に問題があるわけがないし、その知識量はティナらと魔術談義をしても普通に意見を述べられる領域だ。何ら問題はなかった。
「クズハ、アウラ。少し頼む。ちょっと早めに終わらせておきたい話があってな」
「かしこまりました」
急ではあるが、元々カイトがリルに何かを聞いていた事についてはクズハもアウラも知っていたのだ。なのでそれについて結果が出てこれから聞きに行く程度なら時間的にも問題はなかったし、場所も公爵邸の一角だ。急な来客があっても問題はなかった。というわけで、カイトは執務室を後にしてリルの待つ中庭へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




