第3586話 生誕祭編 ――出迎え――
自分の生誕祭だというのにやってくる客の相手で忙しないカイト。彼は生誕祭を利用して簡易の大陸間会議を開こうという皇帝レオンハルトの思惑に沿って、各国の諸侯達の応対に追われていた。
そんな中で暗黒大陸への遠征隊を送るための前準備の報告を受けた彼であったが、それにはエネフィア全土の冒険者を動員する大掛かりな物になりそうなものであった。というわけでその報告を受けた彼は時同じくして到着の報告が入ったラエリア帝国からの一団を出迎えるべく空港に入っていた。
『にぃー。バルっちから連絡ー』
「んぁ? お前よく仕事なんてしてたな。朝一番遊びに出かけてたろ?」
『……ねぇねが一緒なのです』
「……そっか」
それはサボれねぇわね。カイトはアイナディスに見付かったという悲しそうなソレイユの声に肩を震わせるだけだ。
「ってか、アイナに見付かるってのも中々の確率だろ。それともあれか? 何かやらかしたか?」
『聞かないでー』
「さいですか……で、バルフレアはなんて?」
『先に連絡来たんだがこれマジって……にぃ、何やろうとしてるの?』
当たり前といえば当たり前の話だが、先に情報をある程度渡しておかないとまともな話し合いになるわけがない。というわけでバルフレアには速報という形で改修に必要なリストだけを先に渡していたのであった。
「あぁ、それか。いや、そろそろ殺し屋ギルドがウザくなってきたから、ちょっと先に先手を打って情報を抜けない様にしておこうとな」
『そういえばなんか新しい子拾ったとか聞いたー。その子?』
「そういうことで」
『そっかー』
今更だがソレイユも冒険者。血の気の多さは持ち合わせていた。というわけでカイトに駆り出されて殺し屋ギルドと交戦に及ぶ事もあり、持ち前の無邪気さも相まって相当な被害をもたらしていたらしい。彼女も彼女でかなり警戒されているのであった。
「まー、また攻めては来るだろうけど」
『にぃ相手にかぁ……ご愁傷さまです』
「手加減は……しねぇか、オレ」
『しないよねー』
自分で言って自分で否定したカイトにソレイユが楽しげに応ずる。というわけでそんな事をしていると、彼の横に影が落ちる。
「……」
「一時間ぐらい待つとかないわけ?」
「時間は有限だ。それと少し別件で動きたい案件が出来たのでな」
苦笑の滲んだカイトの言葉にレヴィが肩を竦める。これにカイトが首を傾げた。
「動きたい案件?」
「始源龍様だ……危うく今日来かねなかったぞ」
「……マジ?」
それはオレも聞いていなかった。カイトは唐突に出てきた情報に思わず目を見開き、すぐにこの状況で七体目の古龍の登場とならずに良かったと胸を撫で下ろす。そんな彼の問いかけに、レヴィはぴくりと眉も動かさずにおどけてみせる。
「大マジだ。大精霊全員に六体の古龍。派手な宴は嫌いじゃなかろうが、それでも限度があるだろう」
「決起集会として考えりゃ悪くはないがな」
「大精霊に加え古龍まで後押ししての決起集会か。どの国も文句は言えんな」
確かにそれは悪くないかもしれん。レヴィはカイトの言葉に肩を震わせる。だがそんな彼女はすぐに気を取り直して、要点を告げた。
「それは良いだろう。とりあえず始源龍様も来られる。それも勘案しろ」
「それは当然そうするが……そういえばあの方、街に来た事あるんか? あの頃はオレを筆頭に使いっ走りが神殿に行ってばかりだったし、神殿じゃ常に龍形態だろ? その後の戦争じゃ中立だったろうし……あれ? もしかして人化の必要性もわかってない可能性が……」
「……それを確認しに走る」
「……頼む」
いくら預言者と言われるほどの戦略眼を持ち合わせていようと、レヴィがそれが出来るのはひとえに情報を大量に持ち合わせているからに過ぎない。いくら彼女でも始源龍の情報なぞ持っているわけがなかった。そしてそういうわけなのでカイトの所へ来たというわけであった。というわけで、段々と青ざめていく彼にレヴィが告げた。
「流路を借りるぞ。流石に大規模な魔術を行使して探すわけにもいかん」
「ご自由に」
カイトと古龍達の間には魔力の流路がある。レヴィはそれを利用して古龍達の居場所を探そう、というわけであった。というわけでそれについては自分のためにもそうして貰いたい所であったので、カイトはもう一つの案件を問いかける事にした。
「で、それは良いんだが。送った情報、どう思う?」
「ああ、それか。それについてはそれで良い。全域への依頼はこちらからやるが……そうだ。そちらの事務員を借りられるか? こちらの権限と組み合わせれば本部に通達を出せる。帰るまでに準備ぐらいは整えられるはずだ。事務員の名は確か……」
「ソーニャたんの事か?」
「たん?」
「そそ。ソーニャたん。言うと怒られるんだけどそこが可愛いんよねー」
盛大に顔を顰められた。カイトは自身のジョークに対するレヴィの反応に楽しげに笑う。だがそんな彼に、レヴィが今日一番盛大にため息を吐いた。
「はぁー……まぁ、貴様についてはもう何も言わんがな。始源龍様に顔を顰められる事にならんようにな」
「あいよ……ま、根っこは変わってない。それで十分だろ」
「そうか……ひとまず改修の流れについては私はそれで良い。バルフレアにもそう伝えておいてくれ。私が動けないとなれば、あいつがやるだろう」
「あいよ……ん? ってことはお前は同席しないのか?」
「出来ればする……出来そうになければ優先事項が増えたと考えておいてくれ」
「あー……」
言うまでもなく古龍の中でも存在さえ知られていない一体が諸国の要人達が集まる場に急に現れるなぞ厄介この上ない。案内をしている古龍達とて常識があるかと問われれば微妙に首を傾げる事が少なくないのだ。優先度の高低なぞ火を見るよりも明らかであった。というわけで彼女を送り出して、カイトは盛大にため息を吐いた。
「やれやれ……どうしてこうも予定通り事が進まない」
『カイトだからじゃない?』
「やめろ」
楽しげに告げるシルフィードの言葉にカイトは心底嫌そうな顔で答える。何気に有り得そうで困る所であった。というわけでそんなこんなで暇を潰しながら待っていると、ラエリアからの一団が姿を現した。
「来たか」
後は出迎えるだけだが、ここからはやりにくい事になるな。カイトは自分はあくまでも出迎えの一団の一人に過ぎない事を思い出す。
今更だが現時点での彼はあくまでシャーナの護衛として英雄視される事になっているだけにすぎない。なので彼の同席は端的に言えばラエリア側の事情で、彼が居ると民衆にアピールしたいがためだった。というわけで彼はその後、記者団向けにシャリクとの握手の場を撮影され、と半分程度内心辟易としながらもシャリクの出迎えを行う事になるのだった。
さてシャリクの出迎えから更に一時間ほど。彼の出迎えも問題なく終わり、会食までの少しの時間を待つ間カイトはというと予定通りティナを交えてバルフレアとの間で会合を持っていた。
「んぁー……」
「唸られても状況は変わらんぞ。どーやってもそれが限度じゃろ」
「……だよなぁ……」
ティナの指摘にバルフレアは頭を抱える。そうして彼は面倒くさそうにカイトを見た。
「いっそこれなら後先考えず遠征隊を送りゃ良かった。なんでお前こんな時に殺し屋ギルドと事を荒立てるんだよ」
「喧嘩売られたんだからしゃーないでしょ。オレだって喧嘩したくてしてるわけじゃないしな」
「はぁ……なんでお前はこうも厄介なネタを引き当ててくるんだ……」
自分の事は棚に上げて、バルフレアはカイトの返答にため息を吐く。しかしそんな彼に対して声が響いた。
「ユニオンがお前肝入りの遠征に注力しているからに決まっているだろう」
「ウィザー……お前戻れるか微妙だったんじゃなかったか?」
「なんとか戻れた……些か肝は冷えたが」
バルフレアの問いかけに答えるレヴィは僅かに胸を撫で下ろす様にため息を吐く。後にカイトが聞く所によると、一応街に出た事はあったので人化しなければならない、と言われてすぐに納得はしていた。だが彼女の指摘を受けるまで始源龍当人は完全に失念していたらしく、危うく本来の姿でやって来かねなかったそうであった。
「それは兎も角だ。お前が注力しているせいで色々と余力が足りなくなっている。支援に滞りがないようにはしているが、それでも手が足りないのが実情だ。それはお前も理解しているだろう」
「そうだけどさ……はぁ……」
やはり大事業になると色々とままならないものだ。バルフレアはレヴィの指摘にため息を吐いて肩を落とす。とはいえ、そんなものは分かっていたし、そのために情報を抜かれない様に対応しようという話だ。諦めるしかなかった。
「事前の準備と事後の確認にそれぞれ一週間。アップデートに一週間……ほぼほぼ一ヶ月まるっと、か」
「そうなる……これでも急いだ方だろう」
「わかってるよ……はぁ……組織の規模がデカくなりゃそりゃこうなるってのは分かってるけど」
冒険者ユニオンの支部はすでに一千を優に超えている。それを信頼出来る冒険者達だけで全て網羅せねばならないのだ。僻地にあったりする事などを考えると、どうしても一週間は必要になってしまうらしかった。もちろんこれはあくまで先にティナが述べていたエラーをチェックするだけで、エラーが出た後の個別の対応は更に時間が掛かった。というわけで、レヴィがティナへと問いかけた。
「別個で対応せねばならない支部の対応は手間ではないのだな?」
「うむ。エラーが出た場合の作業としては単純で、コンソールに専用の情報端末をぶっ刺すだけじゃ。それにおそらくエラーの発生率は一桁を下回るじゃろう……多発してもらっても困るしのう」
もし出たとするのなら相当メンテナンスをサボっていた場合だろう。ティナはレヴィの問いかけに対して少しだけ顔を顰めつつもそう口にする。そしてそこらについてはユニオンの情報網を作成するにあたって織り込んでおり、ある程度はメンテナンスがサボられていても問題は出ない様にしていた。
というわけで事後の確認さえ終わってしまえば、後は残留の冒険者達だけで対応は出来る。そう結論付けられた二人の会話を受けて、バルフレアがため息を吐きながらではあったものの頷いた。
「そうか……わかった。三週間で承認する」
「うむ……無論じゃがそちらにも手伝いはしてもらう必要があるぞ」
「わかってる……ウィザー。そこらは」
「すでにカイトに話を通している。明日の朝、そちらのコンソールを借りて本部に指示を出す」
「頼む……はぁ」
やはり何事もうまく行かなければため息の一つも出るものだろう。バルフレアはかなり気落ちした様子だった。とはいえ、遠征に関しては彼がかなり前のめりになってしまっていた事が否めず、こうなるのは道理と言えば道理だっただろう。というわけでその後も少しの打ち合わせを行い、アップデートの詳細な日程は後日として今回は大枠の策定が行われる事になるのだった。
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