第3583話 生誕祭編 ――フォロー――
ソラや瞬らが巻き込まれた『時空流異門』。それによりたどり着いた過去での騒動を終えてついにエネフィアへと戻ってきたわけであるが、帰り着いたのは飛ばされた直後であった。
というわけでソラや瞬は少しの休憩を挟んでミナド村への遠征に向けた手配を再開させる事になるのだが、ソラの行動はやはり精細さを少し欠いたものであった。
「ふむ……」
「ソラか?」
「ああ……先輩に聞いたら、時の道で落ちて戻ってきた時にはああなってたらしい。なにか厄介な事になってそうではあるが……」
ティナの問いかけに対して、カイトは少し苦い顔で頷いた。これがまだエネフィアで起きていた事であればどうにでも出来るし、何かしらの伝手で情報を手に入れられる。だが起きた場所が場所だけに、それこそ大精霊達にさえ見られない場所だった。これではカイトでなくても情報の入手は不可能で、ソラ当人が語らない事にはどうしようもなかった。
「時乃」
『なんじゃ……というても吾にもわからん。涯の賢人に呼ばれてあれを見付けた時にはああなっておった』
「そうか」
そうなってくるといよいよどうにもならんか。カイトは精細さを欠いたソラのフォローを行っていくしかないと判断。椅子に深く腰掛け、肘置きを軽く指先で小突いた。するとそれだけでストラが顔を表した。
「ソラになにか起きたらしい。町中まで行動を見張る必要はないが、仕事中にフォロー出来る様に頼めるか?」
「ソラ殿に、ですか?」
「ああ……面倒な事にならなけりゃ良いんだが」
何が起きているのか。当人が語らない限りはカイトにもわかりようがないのだ。なので彼に出来るのは、最大限フォローする事だけであった。というわけでストラが下がると共に、カイトが呟いた。
「自分じゃない自分のこと、ね」
「どういうことかのう……色々と意味は取れるが。お主の関係となると……過去世か?」
「過去世ねぇ……確か戦国時代の誰かだ、って事だが。うーん……わっかんねぇんだよなぁ……」
戦国時代の某が転生した先がソラだ。それは確定している。だが分かっているのはそれだけで、当人さえ誰なのかわかっていなかったはずだ。だがそれが分かったとするのなら、筋は通りそうなものではあった。
「まぁ大方オレの敵対者の誰か、って所かねぇ」
「お主を避けておる所からか?」
「ああ……といっても敵も多すぎてわかんないんですが」
「お主らしいと言えばお主らしいのう」
敵も多ければ味方も多い。カイトの言葉にティナが楽しげに笑う。とはいえ、結局は誰かわからない限りはフォローも出来ないのだ。なので彼らはただ推測を重ねるだけで、後は対症療法的に後追いで対応していく事にするのだった。
さてソラ達が戻って翌日。カイトはというとソラ達の過去への転移というトラブルがありながらも伸ばす事なぞ出来るわけがない自身の誕生会の準備を進めるべく諸侯との連絡を取り合う事になっていた。
『なるほどのう……ソラくんが不調か』
「おそらく自分の過去世に何かしらの当たりを付けた結果、なんだろうとは思うが」
『厄介じゃのう。前世では敵対者か。一時代で名声を築き上げた者ならば、その前世は強い力を持つ事が多い。有益は有益じゃが同時に同時代であればこそ、敵対関係であった者同士が仲間になっている事も珍しい事ではない』
「ま、そうなんですよねー」
ハイゼンベルグ公ジェイクの指摘に、カイトは笑う。二人の指摘する通り、死後の転生のスパンは神族などの特殊な種族が前世でない限りは、300年から500年ほどと誰もが同程度のスパンとなっている。それで言えば特殊な事情を持つカイトであれその前世は人間であったため、その道理からは外れていない。結果として、彼と縁を持つ前世を有する某が今の時代に転生しているのは何ら不思議のない事なのであった。
「こればっかりは自分でケリを着けてもらわんとどうにもならん話だからなぁ」
『お主の敵……正確には前世のお主の敵か。どういう輩がおるんじゃ?』
「多いよ。喧嘩売りまくったもん」
『そんなもん今更言われんでもわかっとるわ』
カイトの返答にハイゼンベルグ公ジェイクは楽しげだ。どうせ前世でも好き放題やったのだろうと聞かずともわかる。何より時代も時代。戦国乱世の時代だ。敵対関係どころか殺し合っていても不思議はなかった。
「まぁ、だからわからん。それこそ有名どころから歴史じゃあんまり語られない無名な奴までごまんといる。それこそヤバいネタまで突っ込むと杉谷善住坊やらまであるからどうにもこうにもなぁ」
『何者じゃ?』
「暗殺者。危うく殺されかけた……ので探し出して見せしめにした」
『そりゃそうじゃ。戦国乱世で暗殺やっといて失敗して捕まったのなら縛り首しかあるまい』
自分でもそうするし、これが今のカイトでも戦国乱世であればそうしただろう。そうせねば統治が成り行かなくなってしまう。彼が調略をやっているのはあくまで今が平時――<<死魔将>>達はあくまでテロリスト――である事が大きいし、普通の暗殺者なら彼とて何ら容赦なく斬り殺すだろう。
「まぁ、そういうわけで時代柄恨みつらみは買いまくってる。敵も少なくない。多分それはソラも一緒だろうよ」
『やはりそこに関しては自分でなんとかせい、でしかないか』
「それしかないな」
所詮自分ではない自分がやった事なのだ。それを今の自分が今の常識に照らし合わせて考えたとて、今のソラの様に話がおかしくなるだけだ。というわけでこれについてはソラ自身が自ら決着を付けるしなかった。
「ただやはりそれでもあいつに不足が生じると困るのはこっちだ。出来る限りフォローはするつもりだが、そちらでもフォローを頼みたいってのが今回のお話だ」
『そうか……まぁ、それに関しては儂の方でもフォローはしてやろう。ソラくんはこちらとしても色々と利用させて貰っておるからのう』
「言い方悪いな」
利用している、と言えば何かあくどい様に感じられるが、実際の所としては単に皇国の広報戦略の一環で彼を使用させて貰っているというだけだ。というわけで実情を知っているが故に肩を震わせて笑うカイトに、今度はイリアが笑う。
『持ちつ持たれつよ、そこらは。私としても彼には色々と役立って貰っているから、裏でフォローは掛けておくわ』
「あ、そっか。お前今表舞台には立ってないんだっけ」
『これでもご隠居様ですから』
そう言えばイリアは娘に代そのものは娘に譲ってたな。先代のリデル公であった事を思い出す。ここ暫くは彼女と関わる事が多くなってきていたし、何より彼女とはこの世界に来た頃からの付き合いだ。
付き合いの長さであればウィルと同等というアウラに並ぶ領域で、その頃にはリデル公だったのだ。ふとした時に忘れていても無理はなかった。
「良いよなぁ、隠居。オレも楽に隠居してたいよ」
『貴方のおかげで楽隠居はできなくなったわよ』
「うっせいやい」
『ははははは。そう拗ねるでない。張り合いがあるお陰で儂もイリアも楽しめておるからのう』
「当人大変過ぎますがね!」
なにせ後に引き継げない属人的な力が多すぎる。貴族としての跡目は譲れても、勇者という功績だけは誰にも引き継げない。隠居なぞ到底無理であった。というわけでそんな未来を想像して楽しげなハイゼンベルグ公ジェイクの言葉に声を荒げるカイトであったが、ため息一つ首を振って気を取り直す。
「まぁ良いわ。兎にも角にもそんな感じでウチの対貴族要因の一枚が若干不調だ。特にあいつは色々と精神の不調が顔に出やすい。フォローしてやってくれると助かる」
『うむ』
『わかった』
カイトの要請に対して二人がそれを受け入れる。先にも述べられているが、ソラがしでかして困るのは皇国だ。フォローが必要と判断すれば、それとなくフォローするのもまた五公爵二大公の仕事なのであった。そうしてその後も細々とした連携を行うわけであるが、それが終わってもカイトの仕事が終わるわけがなかった。というわけで通信が終わった頃合いで、椿が声を掛けた。
「御主人様」
「どした?」
「陛下の使者がご挨拶に参られております」
「もうそんな時間か」
どうしてもあの二人だけとの話だと脱線しがちだなぁ。カイトは少し恥ずかしげに頭を掻いた。どうしてもあの二人はカイトが貴族になるよりも前。それこそ兵士になるよりも前からの付き合いであるせいで、二人の方も貴族としてではなく私人としてのやり取りを好むことが多かった。
「どうにもいかんな、貴族やってると。あけっぴろげに話せる相手が少なくなっちまう」
「致し方がない事かと」
「あはは……もし話が長引いていそうなら声を掛けてくれ。あの二人相手だと雑談が大半だ。気にする事はないし、陛下の使者を待たせるわけにもいかんしな」
「かしこまりました」
私人としてのやり取りを好むのは何も二人に限った話ではなく、カイトもまたそれを好んでいた事に間違いはなかった。というわけで、彼はため息一つで貴族としての己を律して気を引き締める。
「陛下の使者の用件は?」
「安全確認とのことです……まぁ、当人も公爵邸に確認が必要なのか疑われておりましたが」
「形だけでもやってもらわにゃ困るがねぇ」
「形にもならないかと思われますが……」
「あはは。それは否定出来ないな」
なにせマクダウェル公爵邸はどんな要塞よりも強固な防備が敷かれているのだ。しかもカイトが設計者ことティナを好きにさせるせいもあり、革新的と言えば良いのか実験的と言えば良いのかわからないような技術まで使われている事もある。そして彼女の技術だ。魔術に詳しくてもわからない、と言われる事は珍しくなかった。
「よし……おまたせ致しました」
「閣下。ご無沙汰しております」
貴族としての優雅さを取り繕ったカイトに、皇帝レオンハルトの使者が頭を下げる。そうして、この日一日彼は自身の生誕祭の準備が進められる傍らその来賓の対応に時間を費やす事になるのだった。
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