第3582話 幕間 ――接続――
過去からの帰還を果たし、それぞれがそれぞれの形で再び日常へと戻っていく事になったソラ達。そんな彼らが再び日常を取り戻したと時同じく。その連絡はエネフィアのとある場所へも入っていた。
「……」
道化師の面を被った男こと<<道化の死魔将>>がいつもの様に、チェスの駒を使って今までの作戦の進捗とこれからの計画を立てていた。それが彼の仕事だ。が、その顔は少しの渋みが乗っていた。
「やはりどうしてもここだけが進みそうにない……か」
道化師が見ていたのは盤面の一角には空白があり、その空白を見てため息を吐く。そうして彼が視線を動かした先には、この盤面の外にある駒だった。
「これをなんとかしなければならないが……」
どうしようもない、か。<<道化の死魔将>>はこればかりは自分達でもどうしようもない事だと言わんばかりの様子だ。とはいえ、それは無理もない。いくら彼らがカイト達さえ翻弄出来る技術力、戦術を持っていようと彼らもまた人の子なのだ。出来ることには限界があった。
「そろそろ何か動きがあっても良い頃……ですが。年単位は覚悟しましたが、こうも焦れるとどうしようもないというか……」
道化師は再度ため息を吐く。数百年待ったから今更数年待つことなぞどうという事がないといえばどうという事もないが。それでも見込みのある数百年とどうなるかわからない数百年ではじれったさが異なっていた。というわけでどうなるものかと考える彼の所へと、研究者が駆け込んできた。
「クラウン様!」
「おや。どうされました? そんな急いで」
「あ、どうも……」
かなり急いで駆け込んできた様子の研究者は、<<道化の死魔将>>からグラス一杯の水を貰ってそれを口にする。そうして呼吸を整えてから、彼から報告が行われる。
「本当ですか!?」
「はい。時空の乱れが観測された、と。場所はマクダウェル領マクスウェル。高確率で例の事象が起きたのではないか、と思われます」
「よしっ!」
今しがたどうしようもないと考えていた事がまさかここで起きるとは。<<道化の死魔将>>は研究者からの報告が十中八九この案件だろうと考え、思わずガッツポーズをするほどに喜んでいた。と、そんな彼は思わずだったのか少し恥ずかしげに謝罪する。
「っと……失礼しました」
「い、いえ……それでどうしましょう。これが想定された事態かはまだ確認を進めておりますが……」
「そうですね。その確認は最優先で進めてください。ただおそらく勇者殿の事だ。報告はされないでしょう。するにしてもあまりに秘匿事項が多すぎる。大精霊様側の口止めにも絡んでくる。皇国側も何かを隠したと察しても、大精霊様の絡みがあるせいで強くは出れない」
「事実であればそうするかと」
研究者自身、もし自分がカイトの立場であればと考えておそらく今回の過去への転移は決して口外しないだろうし、ソラ達にも口外しない様に厳命するだろう。そう考えていた。故の同意に、<<道化の死魔将>>もまた頷いた。
「ええ……誰でもそうするでしょうし、彼はそれが許される立場だ。調べるのは些か骨が折れるでしょう。ですがその確認は先にも言った通り、最優先で行ってください。これが進まないと、計画が次に進められない」
「『大魔王降臨計画』……ですか」
「厨二病満載の名前ですよねー」
道化師はせっかくの計画名ぐらい派手に、という研究者達の遊び心が乗った計画名に楽しげに笑う。というわけでそのネーミングセンスの一端を担っていた研究者が、少しだけ恥ずかしげに視線をそらした。勢いとノリでやったが、改めて素面になってみると恥ずかしくなったらしい。
「あ、あははは……」
「良いじゃないですか。実際わかりやすいですし」
「そ、そうでしょうか……それなら良いのですが……」
「あははは……まぁ、そんな大魔王様も我々にとっては踏み台に過ぎませんけどね」
「ええ……ああ、とりあえず調査は進めます。それより問題はもう一つの欠片の方ですが」
「そちらですか」
それはそれで頭の痛い問題だ。道化師は研究者の問題提起に再び苦い顔を浮かべる。というわけで共有をするべきだと判断した彼が状況を教える事にする。
「今のところは問題ありませんよ。テストプランも問題なく出来ていますし、精神性に異常がある対象でのデータも収集出来ている。第二段階も正常に進行……データ収集は問題なさそうですね」
「彼ら、ですか」
「ええ……名残惜しいですか?」
道化師はこの研究者が時折久秀らと囲碁や将棋、果てはチェスなどのボードゲームをしていた事を知っていた。とはいえそれはこの研究者の趣味もあるが、多くは肉体の変質に伴う精神性の異常や知性の向上、もしくは低下がないか調べるという色合いが強かった。というわけでの問いかけに、研究者が笑う。
「どの意味で、かによりますね。あの女は少し名残惜しいですが……」
「千代女さんがバレるのは想定内でしたし、精神性に異常がある事も承知の上でしたので一番惜しむ必要はないと思いますが」
「精神性に異常のある対象で話が出来る者というのは珍しいので。第2世代の彼も確かに話は出来ますが……いえ、あれは出来ていると言って良いのやら。正気と狂気の区別がつかない」
「なるほど、確かに。私もいつ背後から斬り殺されるかとヒヤヒヤしていますよ。しないでしょうけどね、彼は。正面から斬り殺したい、という手合なので」
研究者は僅かに狂気の滲んだ呆れ顔の返答に、道化師は僅かに苦笑しながら同意する。とはいえ、そんな事は道化師にはどうでも良かった。
「とはいえ、第二世代が完成しているので第一世代の彼らはもう用済みと言えば用済み。後は適当に勇者殿に情報を流してくれるのを期待するだけですね」
「は」
所詮久秀達なぞ実証実験で情報を手に入れるために作っただけで、計画全体から見ればそれ以上の大した意味のない存在だ。それを計画全体に利用しているのは道化師で、研究者が関与していることではなかった。
というわけで色々な意味で少しだけ名残惜しい様子の研究者であったが、彼は久秀らの情報をベースに作られた第二世代とも言うべき存在達の資料を見る。
すでにカイト達も把握しているが、久秀達さえ知らない彼らの同類達が暗躍を行っている。ちょうど計画全体の見直しを行っていた事もあり、彼らの資料が出ていたのであった。
「何か気になりますか?」
「いえ……ああ、いえ。一つだけ。欠落についてはどう致しましょうか」
「ああ、それですか……それが厄介といえば厄介ですね」
そういえばすっかり忘れていた。研究者の問いかけに、道化師は顔を顰めながら僅かに考え込む。そうして暫くの思案の後、一つ問いかける。
「……欠落は必要ですか?」
「必要かと思われます。特に今回は欠落という概念を利用する計画です。欠落なしでは些か厳しいかと」
「でしたよね……はぁ。色々と厄介ですね」
「ええ……まぁ、本来は道義的な話から技術的な研究は一切されていない分野です。情報が乏しいので……」
だから自分達でなんとかしていくしかないのだが。道化師は自分達が人の道を外れている事を理解しながらも、だからやっているのだと苦笑する。
「わかりました。少し情報の洗い出しと再精査を行います。少し時間をください」
「お願いします」
道化師の返答に研究者が一つ頭を下げる。そうして、道化師は計画全体の見直しを切り上げて作戦を次の段階へ移行させるための下準備に勤しむ事になるのだった。
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