第3579話 はるかな過去編 ――すれ違い――
過去の時代での騒動を終わらせ、元の時代へ戻るべく時の道という場所を通っていたソラ達。彼らは途中自分達の時代より更に未来を経由して、元の時代へと戻るべく進み出す。そうして再び入った時の道であるが、先程とは少しだけ異なっていた。
「うん? なんか光の流れる方向が逆に……」
「先程は進みすぎたからの。今度は逆に戻る方向に進まねばならん。光の流れは時の流れと思えば良い」
「そうなんですか」
再び時の道に入った事で現れた時乃の言葉に、瞬は今度は過去に戻らねばならないからと納得する。というわけで再び歩き出すわけだが、後は少しだけなので特に困るような事は起きないらしい。一同警戒を解いて、隊列もバラける事になっていた。
「はー……なぁ、時乃ちゃ……ん?」
「ほう。吾をちゃん付けで呼ぶか」
「す、すんませんっした!」
「真面目な奴じゃの……で、どうした?」
威圧的な様子に大慌てで謝罪するソラに笑いながら、時乃はその問いかけの先を促す。ちなみに威圧的な様子は完全に演技。その程度で腹を立てるわけがなかった。
「いや、この道から外れて落ちちまうとどうなるんだ? 思えばさ。時の流れってあっち向きだろ? これ、下に落ちるとどうなるのかなー、って」
「ほっ。面白い所に目を付けるのう……まぁ、こうやって流れているのはあくまで三次元的表現に過ぎぬので、実際にあちら側に流れておるというのは単なる見せかけに過ぎぬが」
ソラの言葉はある意味では間違いではあったが、同時に面白い観点ではあったようだ。というわけで、彼女が教えてくれた。
「運が良ければ時の果てにたどり着く」
「時の……果て?」
「『時間の収束点』……とでも言おうか。全ての時間に通じ、全ての時間から通じる場所。まぁ、端的に言えば時間が圧縮されて全ての時間がそこに集まるような感覚か」
「……へー」
「わかろうともせんか……まぁ、わかるとも思えんがのう。そういう場所がある、と思えば良い」
こればかりは概念的な話が強すぎる上、魔術に通じる者の中でも世界に通じる理論を詳しく知る者だけが知り得る話だ。なぜそんな場所が存在するのかなどがわからないソラがわからないでも無理はなかった。というわけでとりあえずは理解しないで良さそうと思った彼であったが、それでも一つ分かった事があった。
「運が悪かったらどうなるんだ?」
「『時の涯』にたどり着く」
「時の……涯? 果て何が違うんだ?」
「果ては収束点。涯は終着点じゃ。つまり時が終わる場所……そこにたどり着けばどうなるかはわからん」
「なんで?」
「終着点じゃぞ。吾でさえ滅多には立ち入れんし、吾も正確に理解出来る場ではない」
「大精霊様でさえ?」
この世界にそんな場所が存在するのか。ソラは時乃の言葉に仰天する。だがこれは道理ではあった。
「当たり前じゃろう。世界さえ終わりを迎えた後の場じゃ。死後の世界さえ終わった先に待つ世界じゃ。時さえ死ぬという意味、お主にはわかるまいて。吾にもわからぬ。自らの死後なぞな」
「……」
想像しろと言われても無理だ。ソラは時乃の言葉に時が死ぬという意味を考えようとして、想像することさえ出来なかったようだ。時乃の言葉にただ無言になるだけであった。とはいえ、そんな彼に対して横で話を聞いていた瞬がふと疑問を得ていた。
「なぜそういう場所が存在するんですか?」
「良い着眼点じゃ。これは全ての理じゃが、世界が終わろうとも終わらぬ道理はある。死は生があって初めて成り立つもの。故に世界の死とは即ち、世界の生の始まりとも言える。その生と死の狭間。それが『時の涯』じゃ。始まる前であり、終わった後でもある。その狭間を涯と呼んでおるわけじゃ」
「は、はぁ……」
やはり理解はできそうにない。そう思う瞬であるが、もともと時乃とて説明は出来ない場所だ。なので大精霊としてそういう場所があると知っているだけで、彼女にもどんな場所かはほとんど分かってはいなかった。だがそんな彼女に、ソラはふと気付く。
「あれ? でもさっき滅多には入れないって」
「うむ。涯とはいえやはり時は流れねばならんからのう。そうせねば再び世界は生まれ得ぬ。故に滅んだ世界の残滓を集め、擬似的な世界は構築されておる……らしい。あー、もう! 知らぬ! 吾もあれがどうして存在し、なぜあそこに……」
「「「……?」」」
わからないなりに説明しようとしても説明を求める声に面倒になったらしい時乃がなにかを言おうとして咄嗟に口を閉ざしたことに全員が思わず首を傾げる。だがそれに、時乃は深呼吸をして落ち着いた。
「すまぬ。気にするな。話すべきことではないのでのう」
「「は、はぁ……」」
とりあえずなにか言ってはならないことを言いそうになり、自制したということなのだろうか。一同は時乃の様子でそう理解する。そして事実そうだった。というわけで彼女は気を取り直して一同に告げる。
「もうそんなわからぬ話はどうでも良かろう。とりあえず進む。ここは時間が流れぬが、長居して良いわけでもない」
「は、はぁ……あ、ちょっと」
背中を押されて瞬が少し歩き難そうに再び歩き出す。それに合わせて一同再び歩きだしていくわけだが、暫くして再びソラが口を開いた。
「……あれ?」
「次はなんだ?」
「あれ……人影?」
「「「え?」」」
自分達以外にここを通れる者が居るのか。ソラの言葉に全員思わず足を止める。そうして彼が指さした方向には、確かに自分達と同年齢か少し下程度の少年少女と思しき何人もの人影が歩いていた。そんな彼ら彼女らもまたこちらに気付いたようで、こちらを指さして目を見開いていた。
「あれは……あの先頭を進んでいるのは時乃さん……か?」
「ああ、そりゃ別に必要であれば過去へ送ることはしておるからのう。そんな時、道案内を担うのは吾じゃ。そして吾は大精霊。別に一人しか出れぬわけではない」
「なるほど……」
先頭を進んでいたのは金髪の少年だ。その横には黒髪の少女が立っており、彼の裾を引っ張っていた。金髪の少年の顔立ちは整っており、美男子と言えただろう。と、そんな彼の顔に、一同どこか見覚えがあった。
「なんだか……カイトに似てる?」
「そうか……? 流石に輪郭ぐらいだからそう思うだけじゃないか?」
「それは……そっすねー。まぁ、さっきまで会ってたからっすかね」
「似てるもなにも、そりゃそうじゃろ。あれはカイトの息子じゃぞ。後ろの金髪はその妹じゃ。といってもその一人に過ぎんがのう。で、あの金髪を引っ張っておるのは」
「「「……えぇええええ!?」」」
理解するまでたっぷり数秒を要した後。時乃の続いていた言葉を遮って全員が思わず声を大にする。そんな彼らに、時乃が笑いながら指摘した。
「何を驚く。お主らとて見たじゃろ。未来から過去へ向かうこともあれば、過去から未来へ向かうこともある」
「そ、そうっすか……あ、あいつの息子ってだけで大変そうだなぁ……」
あははは。一同カイトの子供というだけで時を超えた大冒険をさせられているのだろうことを考えて苦笑いを浮かべる。というわけで少し興味があったのか、ソラはもう少し良く見ようと一歩前に踏み出した。
「そうじゃのう。じゃがそうせねばならんのじゃ。あれらが頑張ってカイトと姫子を結ばねば、それこそお主らとてここにはおらんぞ」
「どゆこと?」
「わからんか? いや、そりゃそうか……ま、色々とあってのう。端的に言えばカイトと姫子が結ばれねば今お主らがおうておるカイトが存在せぬ。そうなればマクダウェル家もエネフィアに存在せんことになる。無論地球でお主らが得た縁なども全てのうなるから、エネフィアに来た時点で詰みじゃな」
「な、なるほど……」
それでなぜ子供達が頑張ることになるかは定かではないが、そういうことらしい。そしてもちろん、それがないということはあの子供達自身生まれなくなってしまうというわけで、彼ら彼女らにとっては死活問題だ。というわけで、色々とあって過去に向かわねばならないとのことであった。そうしておおよその状況を理解した彼は立ち上がって、声を張り上げた。
「よし、それだったら……頑張れよー!」
『……』
「おー……聞こえたのかな」
「さぁー?」
ソラの問いかけに由利が楽しげに笑いながら首を傾げる。まぁ、向こう側もカイトの息子だという少年の裾を引っ張っていた少女が元気に手を振ってくれたのだ。聞こえてなくても応援してくれたのだぐらいはわかっていそうだった。というわけでソラも満足したのか、少しだけ向こう側を名残惜しそうに見ながら再び歩き出す。そして合わせて一同が歩き出そうとして、時乃が爆弾発言をぶち込んだ。
「あちらもあちらで元気じゃのう。流石は親子という所かもしれんな」
「え? 親子?」
「あの黒髪の女の子はお主の子じゃぞ。それ以外もお主らの子らとかそういうのじゃぞ」
「「「……えぇ!?」」」
「あれ?」
「「「へ?」」」
「ソラ!」
全員時乃の言葉に仰天して再度振り向いてこちらに背を向けて去っていった少年少女らを見ようとして、その瞬間だ。振り向きざまだったからか、ソラは足を踏み外してしまう。そうしてそれに気付いた瞬が大慌てで鎖付きの槍を投げ放つも、僅かに間に合わずソラはどこかへと落ちていくのだった。
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