第3577話 はるかな過去編 ――帰還――
時空流異門により過去に飛ばされてしまったソラ達。そんな彼らによる過去の時代における活動。それは<<雷鳴の谷>>を巡る戦いを以て終わりを迎える事になる。
そうして過去の世界で得た縁に別れを告げるべく東奔西走していたわけだが、<<雷鳴の谷>>を巡る戦いから半月と少し。あいさつ回りもほぼ終わった頃に、一同から出立の連絡を受けたレックスへも連絡が取れてシンフォニア王国との連携で王都へやって来た彼が少し時間を割いて、一同のホームへとやって来てくれていた。
「長かったような気もするけど、一年も経過してないんだな」
「ええ……色々とありましたけど、兎にも角にもありがとうございました」
「良いって良いって。最初打算で拾っただけだし、あんま感謝されても居心地悪いしな。それに未来のカイトの仲間だってんなら俺達にとっても仲間も一緒だ。そんな堅苦しく考えないでくれよ」
「あはは……ありがとうございます」
打算だの何だの言うが、それでも助けてくれたのはレックスに違いない。というわけで感謝は感謝としてというわけでソラは改めてレックスへと頭を下げる。
「そっか……まぁ、とりあえず帰れる様になって良かったじゃないか」
「はい……つってもなんか色々と大変にはなるらしいんですけど」
「そこらは流石に俺らもよくはわからないんだけど……虚数の存在にならないと駄目だから虚数化? そんなのして時間軸を微調整するのは大精霊様が? あってる?」
「あはは……らしいんですけど、俺らもさっぱりっすね」
「あははは。大精霊様のお話だからしょうがないよな」
そもそもレックスは虚数とはなんぞや、というレベルだし、ソラはソラで存在の虚数化とはどういう事なのだと理解出来るわけがなかった。というわけで二人して理解出来ない事を笑い合う。そして事実ここらは彼らが理解してもしなくてもどうでも良い事ではあった。なので二人共そういうものだと思うばかりであった。
「っすね」
「あはは……っと、それで正確な出発日はいつになるんだ?」
「一応大精霊様からはレックスさんと会った数日後で、実際のタイミングは世界が異なる事もあって世界間での時間の流れ? とかで色々と影響されるからレックスさんと会った後に教えるとかなんとか」
『明後日の朝じゃな』
「「うおっ!」」
唐突に響く時乃の声に、ソラとレックスが揃って目を見開いて仰天する。
『くくく……そう驚くでない。吾は大精霊。どこにでもおる』
「そ、そうでしたか……大変失礼致しました」
『構わんよ……その反応が見たかったが故に口を挟んだし』
「「……」」
そうっすか。ソラもレックスも時乃の言葉に黙りながらも内心で思わず鼻白む。そんな二人を横目に、時乃は続けた。
『ま、そんな事はどうでも良かろう。明後日の朝8時ごろ。それが出発のタイミングじゃ。主様も姫子も聞こえておるなー』
「あ、カイト達にも話されているのですか」
『うむ。主様の性格は吾らが良く理解しておる。放っておいたら這ってでも見送ろうとするじゃろうから、それなら姫子にもそれを踏まえて動ける様にしてやる方が良かろうて』
「無理しなくて良いのに」
『そこで無理をするのが主様の良い所じゃぞ? それで姫子に怒られるまでがセットじゃな』
苦笑気味に呟いたソラに、時乃は楽しげに笑う。まぁ、確かに彼はそういう所を非常に気にする。なので出来る限りは自分で見送ろうとするし、今回もそうするだろうというだけだった。
「あはは……この時代のあいつも本当に変わらないんですね」
『当たり前じゃろう。なにせ主様は……いや、そんな事はどうでも良い。兎にも角にも明後日の朝8時に出発じゃ』
「はい……あ、場所は?」
『む? おぉ、場所か……何処を起点とすれば良いかのう。なるべく何もない所が良いが……』
「それでしたら北に少し行った所はどうですか? 巨木の近辺であれば草原で何もないですし、その時間なら人はさほど居ないかと」
『それで良いか。うむ、献策感謝する』
「勿体ないお言葉です」
時乃の返答にレックスが深々と頭を下げる。そうして出発の日時が定まった事もありソラ達は急いで未来への出立の準備を進めると共に、レックスはレックスでそもそも時間がない中で駆け付けてくれていた事もあり一旦はホームを後にして後は最後の日を待つだけになるのだった。
さてレックスの来訪から二日。朝7時過ぎ。冬も近くなってきたこの日は朝から晴天ではあったものの、少しだけ肌寒い日になっていた。そしてそういう事情もあり外は冒険者も少なく、ソラ達が密かに戻るにはちょうどよい状況と言えた。
「本当にお前来てくれたんだな。いや、嬉しくないかって言われりゃ嬉しいんだけどさ」
「あははは。世話になったからな。最後の見送りぐらいはさせてくれよ」
ソラの言葉にカイトは笑いながら肩を竦める。そんな彼だがやはりボロボロで、今回外に出たのもかなり無理をしての事だった。というわけで傍らにはヒメアが一緒で、彼女は盛大に呆れ顔だった。
「そうね。もう私達が会える事がないっていう事情がなけりゃ、正直出るって言ったら一発ぶん殴ってたわよ」
「てな塩梅で。まぁ、まだ歩ける程度には回復してるけど、実際腕が動くかと言われりゃあんまりだしな」
ヒメアの言葉にカイトは腕を半分ほど上げて、しかしそれ以上は上がらなかったようだ。苦笑気味に笑うだけであった。というわけでまだまだ快復には程遠い様子の彼に、ソラは苦笑する。
「無理してくれなくて良いってのに。どうせ戻ってもいの一番に見るのは多分お前だよ」
「そうなの?」
「ええ……カイトの眼の前で俺達この時代に飛んだんで……そういや、先輩と模擬戦してる所でしたっけ」
「そう言えばそうだったな。あの時はまさかこんな事になるとは思っていなかったが」
「そっすねぇ」
本当にこんな事が起きるなんて思ってもみなかったな。ソラも瞬も懐かしく感じながらも、やはり帰れる事は嬉しかったようだ。どこか感じ入っている様子があった。というわけでそこまで思い出して、ソラが絶叫する。
「あぁああああああ!」
「な、なんだ!?」
「あ、すんません……おっもいだした……」
「何がだ?」
唐突に声を大にしたのだ。瞬も周囲の一同も揃ってソラを注目する。その一方の彼はというと、カイトを見ていた。
「カイトの誕生日っす」
「オレ? オレの誕生日はまだ先だぞ? 姫様の一日前だからな」
「いや、お前じゃなくて未来のお前の」
「あぁ、そういえばすっかり忘れていたな……」
「どーしましょ。皇帝陛下とか来られるんっすよね」
「そういえば陛下が来られるとか仰っていたな……」
すっかり忘れていた。瞬もまたソラの言葉で未来のカイトの誕生日直前であった事を思い出したらしい。そんな彼に、ソラが半眼になって告げる。
「なんでそんな呑気なんっすか。冒険部からのプレゼント用意するの俺達っすよ。カイトはオレがオレへのプレゼント用意するわけにゃいかんだろ、って話っすから」
「……あ!」
どうやら瞬その人も完全に忘れていたらしい。ソラの指摘に思わず声を大にする。
「そ、そうだったな……どうしたものか」
「そうか。未来のオレの誕生日直前だったのか。まぁ、それならそこまで気にする必要はないよ。オレだからな。貰えりゃそれで良いはずだ」
「そーいうこっちゃねぇんだよ。皇帝陛下とか来られるから、下手なモン用意出来ねぇんだよ。お前が良くても組織の体面として」
「お、おぉ、そうか」
やはりここらあくまで騎士団長で、しかも政治的なあれやこれやから遠ざけられているからだろう。カイトはそこまで深刻そうではなかった。そんな彼らの一方、レックスはというとそれならと異空間を弄っていた。
「そうなのか。カイトの誕生日だったんならもう少し早く教えてくれてりゃ何でも用意したんだけどなぁ……なんかあったっけ」
「用意しなくて良いぞ?」
「そう言うなよ。未来とはいえお前の誕生日なんだろ? なんかは渡したいんだよ」
「良いって……」
良いとは言いながらも、そこらの律義さは二人共似たようなものだ。というわけでレックスは良い事を思いついた、と目を見開く。
「そうだ! そういえばそっちのカイトって貴族なんだよな?」
「っす。だから色々と渡すものも気を付けないといけなくて……」
「なら俺から、ってこれを渡してくれ」
「あ、うっす……なんすか、これ」
「おまっ! それは……」
レックスから渡されたのは龍の刻印が施された小さなアクセサリーだ。レックスの持ち物だからか素材は良いものではあったが、かなり古ぼけている上にそこまで高価なものではなさそうであった。だがそんなアクセサリーを見てカイトが大慌てしているあたり、なにかの所以があるものの様子であった。というわけで、レックスがカイトに笑う。
「だからだろ? 俺達の事を忘れない様にってな」
「だからってなぁ……お前、それを渡すか?」
「要らなけりゃ、こっちの世界まで戻しに来りゃ良いだろ。セレスティアも居るしな」
「はぁ……あの、あのアクセサリーはなんなのですか?」
どうやらこのアクセサリーがなにかはセレスティアにもわからなかったらしい。彼の言葉に小首をかしげていた。
「<<七竜の同盟>>の創設に際して調印式に参加した王族達に配られたアクセサリーだよ。ま、それだけのものだ」
「それだけのものだけ、とは言うけどなぁ……」
「良いんだよ。お前が帰ってきた時になにかお前だってわかるものの一つや二つは必要だろ?」
「お前もクロードも……」
本当にぽいぽい貴重品をオレに渡しやがってからに。カイトは顔を顰めながらも、自分を心配してくれての事だと分かっているから強くは出れなかったらしい。
というわけでその後もシンフォニア王国側の四騎士やノワールらが駆け付けてくれて思い出話や結局未来のカイトの誕生日と聞いて急いで渡せる物を、と誰も彼もがしていると一時間なぞあっという間だった。
「なんじゃ。随分と大所帯になっておるな」
「「「あははは」」」
本当に。密かに出発するつもりだったのに気付けば大所帯になってしまっていた。時乃の指摘に全員が苦笑気味だ。未来への帰還で本来なら密かに、とせねばならないのに気付けば十人以上の規模の大所帯だった。
「ま、良い……ほれ、行くぞ。『時空流異門』を作る」
「「「はい」」」
「よし……総員遠き未来の戦士達へ、敬礼!」
カイトの号令と共に、彼と四騎士達や見送りに来た少数の騎士達が揃って剣を構えて最上級の敬礼を行う。それにレックスらも同じ様に敬礼をすると共に、ソラ達は未来の世界へと向かって空の彼方へと飛んでいくのだった。
お読み頂きありがとうございました。




