第3576話 はるかな過去編 ――あいさつ回り――
<<雷鳴の谷>>を巡る戦い。それはカイトと雷鳳の戦いの決着を以て終わりを告げる。そうしてヴアルの介入により双方被害は最小限に留められる事になったものの、雷鳳との直接決戦を行ったカイトは半身が消し炭になるという大怪我を負ってしまう事になる。
というわけで激闘の後はいつもの如くヒメアによる封印にも似た措置が行われる事になるのであるが、ソラ達はその搬送に伴って王都に送られる事になっていた。
そうして数日。なんとかカプセルにて回復措置を取られていた瞬が復帰した事で、彼は一度カイトの所へ顔を出していた。だが一方のカイトはというと、大きな戦いの後お決まりのカプセルの中だった。というわけでそんなカプセルで浮かぶを見て、瞬は案内をしてくれたメイドに問いかける。
「相変わらずボロボロですね……今は意識があると聞いたんですが、本当にこれであるんですか?」
『あははは。聞こえてるよ』
「うおっ……」
響いたカイトの笑い声に、瞬が少しだけ驚いた様子を見せる。なお、あの時メモに名前をしたためたソラとセレスティア以外、由利とリィルは帰還に同行する際。イミナは瞬の数時間前に目を覚ましたようで、その時に顔を出すのに合わせて記名したとの事であった。というわけで彼が今回カイトへ協力した者の中で一番最後らしかった。そうしてそんな彼が驚いた事にカイトが笑った。
『あはは。悪い悪い。いつもの事だが身体は完全に眠ってるよ。今は魂だけで起きてるって感じかな』
「相変わらず思うんだが、お前ぶっ飛んでいるな……」
『あはは。流石に年何度もぶっ倒れてるとこうやらないと駄目な状況がなぁ』
「そういう状況なんだろうとはわかるんだが……なんとも答え難いな」
それは笑い事なのだろうか。瞬は軽く話される内容に顔を顰めつつも、当人が軽く答える以上はなんとも言えないと思うばかりだ。と、そんな話を聞いて彼はふと思った事があった。
「……そうだ。一つ聞きたいんだが、聞いても良いか?」
『ん? なんだ?』
「もしかして魂だけで動く術を持っていたりするのか?」
『ああ、それか。流石に肉体から魂を抜いて魂だけで動く事は出来ない。神々が魂だけで動けたり、魂を分けて行動出来るのはあくまでも普遍的に存在する神という概念が存在すればこそだ。もちろん、短時間も短時間なら出来るは出来るが……流石に長時間は無理だ』
「そうなのか」
やはりいくらカイトと言えど種族的な限界は超えられないらしい。瞬はカイトの困り顔――見えないが――の返答にそう思う。と、そんな彼であったが少しして気を取り直した。
『っと、悪い悪い。それはどうでも良いんだ。とりあえずそこの壁際の机の上に手帳があるだろ?』
「横に羽ペンが一緒に置いてあるあれか?」
『それ。悪いんだが、それに名前を書いてくれ。なんかよぉはわからんが、そっちにとっても必要な事なんだろ?』
「ああ」
意識を取り戻してソラから状況を聞いた際、あの時見せてもらった手帳がここにあってここで記名することになっていたのだと教えて貰っていた。そしてこれに記名しない限りは未来へ帰れないとも。というわけで、カイトの教えてくれた手帳を見て瞬はどこか神妙な面持ちで、自分の名前を記名する。
『ありがとう』
「ああ……これで全部終わり、か」
『らしいな。世話になった。ありがとう』
「それはこっちの台詞だ。ありがとう」
カイトの感謝に対して、瞬もまた深々と頭を下げる。
『あははは……瞬は礼儀正しいな、相変わらず』
「あはは……随分長い間居たかと思ったが、実際には一年も掛かってないのか」
『そんなもんだ。時間の流れなんてものはな。それに良かったじゃないか。これからは冬になる。一気に寒くなってしまうから、その前に帰れるなら帰った方が良い』
「戻った先も多分冬……どころか雪も積もっているんだが」
『お、おぉう……そりゃまた』
冬から逃げられると思えば結局戻った先も冬なのか。カイトは瞬の返答になんとも言えない様子だった。そんな彼に、瞬は笑った。
「あはは……だがお前のお陰で冬でも問題はない。こっちはな」
『そうか……はぁ。なら、未来のオレに笑われない様にオレも頑張るとしますかね』
「その前に、あんたは怪我を治す。はい、治療の時間よ。一条くんは出てった出てった」
もともと面会は短時間。薬液の交換の合間だけで、その間にヒメアも身だしなみを整えたり食事を摂ったりとしていた。なので彼女が戻ってきたという事は即ち、面会時間も終了というわけであった。
『あらら……まぁ、とりあえず瞬。見舞いと手帳、ありがとな』
「いや、こちらこそありがとう。戻る際にはまた必ず声を掛ける。ヒメア様もありがとうございました」
「いいわよ、未来のこいつの世話をしてくれてるんだもの」
『おいおい』
「あはは」
仲睦まじい事だ。瞬はカイトとヒメアの様子に笑いながらその場を後にして、一同の元へ戻って自身もまたこの地で得た縁に別れを告げるべく奔走する事になるのだった。
さておやっさんに始まりアサツキなどこの地で得た様々な縁へと表向きは活動拠点を別に移すとして別れを告げた一同。そんな一同は最後にスイレリアに会いに行っていた。理由は時乃から風の聖域へ向かえと言われたからだ。
といってもここから出発するわけではないらしく、戻る上で話しておかねばならない共有事項を話すのに盗み聞きの心配がない聖域を、という事だった。というわけで一同が訪れたエルフ達の都では、なんと行方を眩ませていたはずのグウィネスが待っていた。
「やぁ、君たち。久しぶりだね」
「グウィネス様……こちらに来られていたのですか?」
「まぁね。と言っても僕も風の大精霊様に呼ばれた事と、はぁ……まぁ、友人達がどうしても僕の故郷を見ておきたいと言うものだからね」
やれやれ。グウィネスは都の中にある一つの宿屋を見て、盛大にため息を吐いた。どうにも本当は戻るつもりはなかったそうなのだが、アシュリン達が強引に押し切ったらしい。古代の大英雄と言えど、友人達には弱いらしかった。
というわけでセレスティアの問いかけにため息混じりに頷いた彼であったが、やはりあまり大っぴらにはなりたくないらしい。ひと目を隠す様にフードを目深に被っていた。
「とりあえず場所を移そう。ここだと顔見知りも多くてね。何を言われるかわかったもんじゃない。それに大精霊様もお待ちだしね」
「はい」
カイトならまだしもセレスティア達とで大精霊を待たせるような事が出来るわけではない。というわけでグウィネスの言葉に一同揃って大神殿を経由して、シルフィードの待つ聖域へと移動する。そこではシルフィードと時乃の二人が揃って待っていた。
「おぉ、来たな」
「大神官グウィネス。ここに罷り越しました」
「同じく大神官スイレリア。参りました」
「そんな固くならなくて良いよ……あ! ちょい待ち! 壁ハメは禁止!」
「いやじゃ!」
「あぁ、くそっ!」
「あの……何をなさっているのですか?」
なにか妙な箱型の物体を前に、これまた妙なボタンが幾つも付いた妙な物体を連打する二人の大精霊にスイレリアがおずおずと問いかける。ちなみにその一方のソラ達はというと大精霊達がぎゃいぎゃいとはしゃぐ姿に未来が近づいているのだと変な実感を得ていた。
「何って! 格ゲー! っ! 次!」
「よっしゃ! 先制じゃ!」
「「は、はぁ……」」
格ゲーとは何なのだろうか。スイレリアのみならずグウィネスもまた困惑気味に生返事をするだけだ。そうして一同変な空気の中、数分の時が流れる。
「っしゃ! 僕の勝ち!」
「ちぃ! 小足見てから反応出来ると思うたんじゃが……」
「おばあちゃん、目が衰えたんじゃないのー?」
「吾はお主らより若者じゃ」
見た目なんてどうでも出来るんじゃないのだろうか。シルフィードと時乃のやり取りを黙って聞いているだけの周囲の一同は内心そう思うも、実際そうなのだと知っているのは大精霊達だけだ。というわけで一試合終わったことでテレビゲームを丸ごと消して、二人が立ち上がった。
「すまぬすまぬ。待たせたな」
「「「は、はぁ……」」」
「うむ……それで来て貰ったのはここからの話をするからじゃ。まず瞬、この間手帳に記名を終えたな」
「はい。確か大精霊様が仰られたと伺いましたが」
「うむ。全員記名する様に告げた」
瞬の返答に時乃は一つはっきりと頷いた。そもそもあの手帳に彼らの名前があった時点でこれが決められた事だったのだとは誰でも理解出来る事だ。というわけで瞬も言われなくてもそうせねばならなかっただろうと思っていた。
「さて、それでお主らがこの時代でせねばならん全ての出来事は完了した。これでお主らはいつでも……と言っても結局はそれもすでに定められている事ではあるのじゃが……まぁ、兎にも角にもお主らはお主らの望む時に未来へと戻れる。無論そこまで長居出来るわけではないがのう」
「じゃあ、今から戻りたいと言っても?」
「戻してはやれるぞ。まぁ、そう急く必要はないし、あいさつ回りもまだ終わってはおるまい?」
「まぁ……」
時乃の問いかけに、ソラは一つ頷いた。こればかりは仕方がない事だが、やはり彼らの関係性の多くは冒険者や騎士が多かった。特にあの大きな戦いの後で軍に余裕がないこともあり冒険者や戦いに出なかった兵士は仕事が山のように与えられており、中々会えない相手も多かった。
「うむ。例えばあの紅き御子の様にな……まぁ、流石に紅き御子には挨拶はしておけ。あれがおらねばお主ら今頃露頭に迷っておったんじゃからな」
「そのつもりです」
「うむ。あの姫子も連絡は取ってはおろうが……いささか厳しかろうて」
やはり一番時間の調整が出来なかったのはレックスらしい。幸い彼は雷鳳の弟子達が相手だったのでカイトほどの大怪我は負っていなかったものの、だからこそカイトの穴を埋めるべく東奔西走状態だった。
「とまぁ、それはさておき。先にも言った通り、あまり長居もさせられんし、何よりいつとわからねばお主らも座りが悪かろう。一応期日を設けたいが良いか?」
「そんな事出来るんですか?」
「出来るぞ」
「へー……」
相変わらず誰かはわからないものの、流石は大精霊という所なのだろう。ソラを含め一同ただただ感嘆の息を零す。
「あ、すいません。それで期日は大丈夫です。俺達も挨拶をしていつ出るんだ、と聞かれる事ありますし……」
「そうじゃの。一応御子との逢瀬を期日としておこうとは思うておる。なのでお主らはレックス殿下に世話になったのでそれに最後の挨拶をしたら出る、と告げておけば良いじゃろう」
「なるほど……わかりました」
時乃の言葉にソラが二つ返事で了承を示す。そうしてそれから暫くの間、一同は何をしなければならないなどの話を聞いて、その後のグウィネスの指示が終わった後に揃って聖域を後にして再び王都を目指して戻る事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




