第3574話 はるかな過去編 ――決着――
魔界への扉を閉じたと言われる開祖マクダウェルが使った<<雷鳴剣>>。しかしそれは今は永き年月を経た事により力を失っていた。
その力を取り戻すため、そして何より中央に座する魔族を撃退するために<<雷鳴の谷>>と呼ばれる場所にある大砦の破壊を目指す事になったカイト達は未来から来たソラ達の助力を受けながらもその攻略に取り掛かる。
そうして復元された古代の飛空艇や輸送車など様々なオーパーツじみた魔道具。次元断裂や爆薬による丘そのものの粉砕など様々な策略が飛び交った戦いは、ついに魔界最強の剣士にして大将軍・雷鳳との決戦に及んでいた。
「おぉおおおお!」
「ふんっ!」
すでに何時間激闘を繰り広げたか、カイトにも相対している雷鳳にもわからなかった。下手をすれば夜が訪れ、そろそろ終わろうとしている事さえ理解出来ていなかったかもしれない。
そもそも暗闇は飛び交う魔弾の光で照らされ意味がなかったし、眼の前の相手が放つ魔力の輝きは巨大な松明よりも更に眩しい輝きを放っている。そうしてそんな両者が放った何万という斬撃の新たな一つが激突する。
「ぐっ!」
「くっ」
強大な力と力が激突し、両者の口から僅かにくぐもった声が溢れる。全力で半日近くも戦っているのだ。いくら両者厄災種さえ片手間に倒せる猛者といえど、その猛者達が戦っているのだ。お互い身体は何度となくボロボロとなり、そして再生を繰り返している。
いくら無尽蔵に近い魔力があれど、限界が近付きつつあった。無論、それでも並の兵士数万を相手取って戦ったとて片手間で鏖殺仕切るだけの戦闘力は残っている。やはりこの攻略戦の決着はこの両者に委ねられていた。
「……」
力と力の激突により弾き飛ばされ、雷鳳はどちらのものかももはやわからぬ血でぬかるむ地面を滑る。その足に籠もる力はまだまだ力強く、しかし最初より遥かに長く滑る彼の姿は、その戦いの激しさを物語っていた。
『なぁ、雷鳳』
もはやカイトと戦っている認識はほとんどない。誰と戦っているか。そんな事は些末な事だからだ。そしてだからだろう。雷鳳の耳に、かつて滅んだ文明の生き残りに共に師事した若き剣士の声が響いた。
「何故」
もはや意識は相手の刃を如何に避け、如何に相手に自らの刃を叩き込むかにしかない。だからこそ聞こえた声に、当人さえ意識せず問いかけが溢れる。
「何故お主は我らと袂を分かった」
小さく。剣戟の音にかき消されるほどに小さく雷鳳の口から溢れたのは、兄弟弟子への疑問だ。だがそうして疑問を抱いている事が口から溢れて、それを雷鳳その人だけは理解する。
「あの時もあの時もあの時もどうでも良いと思うたのに」
実のところ、魔界への扉は軍を送り込む規模のものでなければ普通に開ける。そして曲がりなりにも自身と血を分けた親族だ。しかも兄弟弟子。唯一の好敵手と言えた相手だ。
実は雷鳳は魔界から出奔した末路の一つでも見てやろうと何度か密かに魔界からこちらへ渡り、リヒトの両親やリヒトと会っていたのだ。だがその頃の彼はただ剣の道に邁進するただの魔族で、兄弟弟子が袂を分かってまで人と番った事に何の興味も持っていなかった。
「あぁ、楽しいのう」
雷鳳が見るのは、カイトのその更に背後。リヒトとそれに剣を教えた剣士の姿だ。喩え肉体的な意味での血が繋がらなくとも、その目と刃には自身と同じ血が流れていた。それが殊更、彼に兄弟弟子を想起させる。そうしてかつての血の猛りを取り戻して、雷鳳は更に加速する。
「ごふっ!?」
『カイト!』
このジジイ。更にここに来て速くなりやがった。カイトは自らの身体に走る痛みで、雷鳳が更に力を増した事を理解する。しかしその痛みは即座にヒメアにより取り払われ、血飛沫が上がるよりも前に傷口が癒着する。
「くっ……はぁ!」
痛みで明転する意識を強引に立て直し、カイトは自らの懐まで潜り込んだ雷鳳を短くした大太刀で切り払う。だがこれに雷鳳は右手一つで押し留めると、左手で刀を操ってカイトへと刺突を放つ。
「がぁ! ぐっ! だらぁ!」
「ごっ!」
無茶苦茶をする。刺突と同時に雷撃を内部から叩き付けられ全身を焼き尽くされるという普通ならば悶死しても不思議のない攻撃を叩き込まれ、しかしヒメアによる即座の治癒により生還したカイトはそのまま大剣の柄の尻で雷鳳の頭を打ったのだ。
それは彼の頭蓋を叩き割りこちらもまた即死を免れないはずだがしかし、やはり超常の存在だ。埋め込んだ魔術が即座に起動して欠損を修復。両者共に距離を取る。
「はぁ……はぁ……」
「ふぅ……」
「……どこ見てやがる、ジジイ」
「……む?」
お互い普通であれば即死するだろう重傷を負って、そこから立て直した直後だ。どちらも流石に攻め込む事は出来なかった。そして一息ついた事で、カイトは雷鳳が自身ではなくその更に背後に居る何者かを見ている事に気が付いたようだ。そうして一瞬の間が訪れた後、雷鳳が呵々大笑とばかりに大笑いする。
「くっ! かかかかか! いや、すまぬすまぬ。お主と相見えておるとふと、懐かしき者共を思い出したのよ」
「あん?」
「気にするでない。老骨の戯言よ……じゃが失礼である事は事実じゃな。ここは詫びておこう。すまぬ」
「……そうかよ」
雷鳳が誰を見ていたか聞くのは野暮だろうし、自分を介して誰を見ていたかなぞその後継に位置する者の一人であればこそ聞く必要なぞない。だからこそ言うのはこれだった。
「誰を見ていたかは知らねぇが、オレを相手に他所見たぁ良い度胸じゃねぇか」
「他所見させたお主が悪い」
「じゃあ、他所見出来ねぇ様にしてやるよ」
来るか。雷鳳はカイトの双腕に現れる二つの龍の紋様に気を引き締める。後先を考えるつもりはなかったが、やはり使い所というものがある。
全快状態の雷鳳であればどれだけ差があろうとこちらの限界まで凌ぎ切れるだろう。初手から双龍紋を使えば持久戦になった瞬間負けるのは自分。そう判断していたカイトは今まで双龍紋を使っていなかったのである。
「はぁああああ!」
雄叫びと共に、カイトの血に宿った神の力が目覚める。それはもし彼が自身の血を理解していれば大魔王とさえ互角に斬り結べたはずの力で、しかしそれは今は単なる力に過ぎなかった。
「……」
決着は近い。刀を構え直した雷鳳は自身に残る力とカイトに残る力を考えて直感的にそう理解する。ここで押し込めればカイトの勝ち。凌ぎ切れば自身の勝ち。雷鳳はそう考えてしかし、そんな自身の考えを切り捨てる。
「ふんっ!」
「!?」
地面を砕くほどの勢いで肉薄してくる雷鳳に機先を制され、カイトは思わず目を見開く。そうして放たれる紫電の刺突に、しかし身体能力も底上げされたカイトは大太刀を振るって迎撃。切っ先を弾き、がら空きになった胴体に向けて大剣を振るう。
「ぬんっ!」
「っ」
流石は猛者揃いの魔界でも伝説的な剣士か。カイトは自身の大剣に対して刀を即座に翻して間に合わせた雷鳳にそう思う。そうして今度は彼の大剣が弾かれて、そこに雷鳳が返す刀でカイトの胴体を切り払う様に刀を振るう。だがこれにカイトが大太刀を差し込んで、その衝撃で距離を取った。
「ふんっ!」
「っ」
どんっ、という轟音と共に地面を踏みしめて再度肉薄してきた雷鳳にカイトは僅かに笑みを浮かべる。そうして再び放たれる刺突に、彼は雄叫びを上げた。
「おぉおおおお!」
「っ!」
放たれる裂帛の気合に、雷鳳が思わず笑みを零す。そうして極限まで圧縮された雷が切っ先に宿って、龍神の力を宿した刃と激突。巨大な閃光が放たれる。
「「おぉおおおお!」」
二つの雄叫びが周囲を揺れ動かし、衝突の余波が周囲を破壊する。それは当然両者の身体を焼き、砕くが、共に一切を無視。カイトはヒメアによる治癒で。雷鳳は自らに埋め込んだ治癒の魔術で焼かれた傍から、砕かれた傍から復元。眼の前の敵を打ち倒す事のみに意識を集中する。そうして大地が砕け、両者物理的に姿勢を崩す。
「……」
一瞬。カイトは砕けた地面の合間に消えた雷鳳を見失う。そんな彼の背後に雷鳳は回り込んで、刀を振りかぶった。
「ふっ!」
「はっ!」
背後に響く呼吸音で雷鳳を察知すると、カイトは大剣を後ろにまわして大剣の腹で攻撃を防御。再び衝撃を利用して上へと舞い上がる。流石に砕けた地面では足場が悪く、戦い難かったらしい。そうして虚空へと舞い上がった彼を、紫電と化した雷鳳が追いかける。
「おぉ!」
「はぁ!」
流石に姿が捉えられている状態で背後に回り込めるほど雷鳳とカイトの間に実力差はない。故にカイトと雷鳳は真正面から激突。しかし流石に真正面からの激突ではカイトに分がありすぎた。数度の剣戟の応酬の果て、雷鳳が地面へと叩き付けられる。
「ごふっ! くっ!」
「ちっ!」
地面へと叩き付けられた直後、雷鳳が紫電を放ってその反動で宙を舞った瞬間だ。カイトが彼の居た場所へ向けて大剣を叩きつける。そうして空中で姿勢を整えて、しかしそこにすでにカイトが肉薄してきていた。
「「はぁ!」」
三つの刃が激突し、再び周囲に破壊が撒き散らかされる。しかし今度は虚空だ。破壊されるのは両者の身体のみ。そうして両者の身体に傷が刻まれていくが、流石に雷鳳は万全で受け止められていなかったようだ。今度は雷鳳が弾き飛ばされる。
「ぐっ……」
流石はという所か。雷鳳は虚空を抉り減速しながら顔を顰める。そうして急制動を仕掛ける彼を、カイトは容赦なく攻め立てる。
「おぉおおお!」
「ふんっ!」
流石に今度は雷鳳は間に合ったようだ。放たれる剣戟に自らの刀で迎撃。裂帛の気合と共に、カイトの双剣を押し戻す。
「おぉおおおお!」
「ぐっ!」
今度はカイトが吹き飛ぶ番だ。そうして吹き飛んだカイトだが、彼は即座に虚空に双刃を突き立てて減速。全身の筋肉をバネの様にして射出する。だがそこに、雷撃が飛来する。
「くっ!」
「……」
カイトが思わず身を固めた直後。雷鳳目掛けて雷が降り注いで、その太刀に雷が宿る。それは残っていた雷雲すべての力を収束させたもので、幾度か雷雲が切り払われていた事を加味してもカイトを殺すには十分すぎるほどの力を宿していた。いや、下手をするとこの戦場すべてを焼き払ってなおあまりあったかもしれないだろう。
「……」
「いいぜ、乗ってやる」
雷を宿した太刀を構え自身を見据える雷鳳に、カイトは獰猛に笑いながら深呼吸する。どちらもこれが最後の一太刀。そう理解していた。そうしてカイトの身体から龍神の力が放たれて、その双刃にまるで龍の様に魔力が絡み付く。
「レックス」
『んだ!?』
「ワリィな、そっちも忙しい最中に」
レックスはレックスで雷鳳の戦いを邪魔させまいとする雷鳳と同門の剣士達数十人による妨害を受けていた。こちらの実力としては雅ほどではないが、それでもレックスと言えど数十人に囲まれて耐久戦に臨まれてはどうしようもなかった。というわけでそんな彼に、カイトが告げる。
「万が一の時は後は頼んだ」
『……あいよ。ま、後は任せて思いっきり叩き込んでこい!』
『ちょっと! 普通そこ私じゃないの!?』
『「あはははは!」』
なんでこの最後の局面で愛する主人じゃなくて親友なの。そんなヒメアの怒声に、カイトとレックスが楽しげに笑う。だがこれは意図的だ。肩の力を抜いて、全力を叩き込むつもりだった。というわけで先の真剣味の籠もった声と異なり、いつもと変わらぬ彼の声が発せられる。
「じゃ、姫様。勝ってくる」
『はぁ……ん。いってらっしゃい』
「おう!」
これで完璧だ。親友に背を預け、愛する人に背を押されたのだ。負ける道理なぞどこにあるのか。カイトは獰猛な戦士ではなく、自らの友が。愛する人が望んだ勇者として立ち戻る。
「終わらせようぜ、ジジイ」
「うむ……楽しかったぞ、ら……いや。勇者カイトよ」
「そうかい。冥土の土産になったなら何よりだ」
「ぬかせ」
雷鳳もまたカイトが最高の状態に整った事を理解したようだ。故にカイトの軽口に応ずる彼の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。そうして龍神の太刀と雷の太刀が交差して、十数時間にも及んだ戦いは朝日が昇るとほぼ時同じくして、ついに決着の時を迎える事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。これで過去編最後の戦いが終了です。
明日からは少しのエピローグを挟んで、再びエネフィアへ戻ってきます。
新年もよろしくお願いいたします。




