第3573話 はるかな過去編 ――雷鳳――
魔界への扉を閉じる上で最重要となる開祖マクダウェルが使ったとされる<<雷鳴剣>>。永き時を経て力を失った二つの刃の再活性化のため、是が非でも<<雷鳴の谷>>の大砦を攻略せねばならなくなってしまったカイト達。彼らは未来から来たソラ達の支援を受けながら古代文明の飛空艇を復元。それを切り札として攻略に取り掛かる。
そうして開始した戦いは途中幾つかの想定外の出来事を交えながらも、なんとか作戦目標の一つであった主砲の破壊に成功する。
「これで前提条件はクリア、ですかねー」
『ここからは通常の攻略戦というわけだが……通常の攻略戦か。存外、それが一番厳しいかもしれないね』
ベルナデットの言葉にシンフォニア王国側の軍を統括するロレインが苦笑する。そもそもの話なのだが、主砲を破壊した所で大砦が攻略出来るわけではない。あれはあくまで攻略をする上での前提条件だ。なのでここからは他の砦と同じ様に攻略戦に臨むしかなかった。
『大陸の総戦力の約3割はあろうかという兵力だが……』
「それは間違いですねー。レックス様、カイト様のお二人だけでこの大陸の半分は攻め落とせますよー」
『あながち冗談ではないのが笑える話だな』
とどのつまりあの二人が揃っているだけでこの大陸の戦力の半分は揃っていると言っても過言ではない。ならば人類側にとってこの一戦は大陸の半分以上の戦力を注いでいると断じても過言ではなかった。
『レックスくん。そちらの状況は?』
『駄目ですね。やはり勢いが激しい。特に俺を警戒しているみたいです』
「どうしてもタイマンに持ち込みたい、という事でしょうねー」
ベルナデットはレックスの返答を聞きながら、遥か上空に飛ばしている使い魔の一体から見える大砦の状況を見てそう断言する。そしてそれは妨害を受け続けているレックスも同じだったようだ。
『だろう。無茶苦茶激しい攻撃に、次元断裂、空間断裂……何度か封印までやられかけた。早く合流したいんだがなぁ……ったく!』
ごぉん。遥か彼方で真っ赤な閃光が周囲の魔弾を吹き飛ばす。
『あー、くそ! どこだここ!』
『西に100キロ地点です! マーカー出します!』
『マジかよ! うぜぇ! これか! サンキュ!』
「空間断裂からの空間そのものの転移……いえ、置換ですかねー」
『100キロ程度、レックスくんなら数分で戻れる距離だろうがね』
それでも数分あれば体勢を整えるには十分だろう。ロレインもベルナデットもそう理解していた。
『ノワールくん。レックスくんの周辺に罠が仕掛けられたら妨害する事は……しているか』
『はい……ですがやはり大将軍直属の部隊です。手が追い付いていません。というより、多分お兄さん全捨てでレックスさん単独でやってますね、これは』
「カイト様を是が非でも倒すつもりですねー……最悪は刺し違える事さえ考えていそうですね」
僅かに顔付きが変わり、口調ものんびりとしたものに僅かな真剣味が滲む。
「カイト様。どれぐらい余力残ってます?」
「まだ8割は残ってるわ。最悪は私からバックアップを入れるつもり」
「それが出来れば良いのですがー……」
ヒメアの返答に対してベルナデットの顔に苦みが浮かび上がる。人類側の総本陣の中の最深部。指揮所がある一角はヒメアが直接障壁を展開して守護している。
その強固さは様々な条件を設けて設置された障壁の強度はこの一角だけであれば大砦の主砲数十発を受け止めきれるものだが、消費する魔力の量も尋常ではなかった。無論そこに雷鳳との戦いで傷付くカイトの回復まで行うのだ。バックアップが出来るかは微妙な所であった。
「後はカイト様に頑張って頂くしかなさそうですねー……」
カイト自身の戦闘力の高さは折り紙付きだ。というわけでベルナデットは遠くから正しく閃光の如くに飛来する自らの夫の姿を見ながら、深くため息を吐くのだった。
さてレックスが大砦に取り付くべく奮闘を続ける一方。雷鳳との戦いを繰り広げるカイトはというと、こちらは雷鳳自身が死力を尽くしている事もありソラ達とは比較にならない領域での戦闘になっていた。
「おぉおおおお!」
「っ」
おそらく出力だけであれば大魔王様にも匹敵しかねないだろう。雷鳳は強大な力を纏い振り下ろされる大剣に意識を集中させる。そうして裂帛の気合と共に、彼は地面をしっかりと踏みしめる。
「ふんっ!」
大地が揺れ、遠くに固定されていたはずの魔導砲が浮かび上がる。そうして全てを破壊する力を地面へと受け流して、大剣そのものも横へと流す。
「はっ!」
「ぐっ!」
すれ違いざま、雷鳳はカイトの胴体を袈裟懸けに切り捨てる。だがこの攻撃が致命的なダメージになる事はない。喩え胴体が上下に真っ二つになろうと、首が刎ねられようとも数瞬の間にすべてがなかった事になる。こんな苦し紛れのカウンターでは両断さえ無理だ。
そうして鎧が切り裂かれ大きく真紅の筋の入ったカイトの身体だがしかし、血飛沫が吹き出すよりも前に逆再生するかの様に元通りに戻される。
「おぉ!」
再生した直後。カイトは振り向きざまに大太刀を振るう。そうして放たれる斬撃は空間さえ切り裂いて、雷鳳へと迫りくる。
「ふっ!」
ばちんっ。雷鳳の身体から僅かに赤みがかった紫電が迸ると、超威力の斬撃に紫電の閃撃が激突。周囲の空間を破壊し、二人をどことも知れない空間へと接続する。
「ふっ」
「はっ!」
このどことも知れない空間のどこかに得体の知れないナニかがいる。それを二人は気配だけで察知するも、お互いの今正面で相対する相手に比べれば取るに足らない存在と即座に理解。
ただ邪魔と言わんばかりに両者同時に得体の知れないナニかの気配に向けて斬撃を飛ばし、カイトは再び大太刀を。雷鳳は紫電の速度で次の斬撃をお互いに向けて叩き込む。そうしてその攻撃の激突は捻れた空間を再度破壊し、しかしその瞬間に世界の修正力により二人を元の<<雷鳴の谷>>へと叩き落とす。
「っ」
「む」
どうやら空間が元通りになった反動で距離が離れてしまったらしい。二人は一瞬だけお互いを見失う。だがこの両者の闘気だ。戦場のどこにいようと、誰でも居場所を理解できる。そしてこの両者の戦いに立ち入れるとすればこの戦場では唯一人。レックスだけだ。故にどちらの兵士もこの両者の前に立つ事なぞ許されず、ただ閃光と紫電と化して激突する両者を見守る事しか出来なかった。
「おぉおおお!」
「……」
蒼き閃光と化して雄叫びを上げて大地を抉りながら突き進むカイトに、紫電と化して何度も転移にも近い超速の疾走を繰り返す雷鳳。どちらもその手にした刃に乗った力は今までで最大に近く、世界に叩き込めば世界そのものを叩き潰しかねなかった。
「はぁ!」
「ふんっ!」
強大な力を宿す双刃と、紫電を纏う刃が激突する。世界さえ破壊しかねないはずの一撃はしかし、両者の実力差がほぼ存在しない事によりほとんどが両者の力の相殺で消え去った。そうして生まれた拮抗状態に、カイトは右手一つで一瞬堪え左手の大太刀を空けて雷鳳を切り裂かんと狙う。
「おぉ!」
「かぁ!」
「ぐっ!」
まるで空気の大砲だ。カイトは自身を思い切り押し出した雷鳳の裂帛の気迫に思わず顔を顰める。しかも上手いのは、これが攻撃ではなかったことだろう。あくまでも強風。押し出すしか出来ない力は障壁では防げない。というわけで台風よりも遥かに強い風で押し出されたカイトは地面を削りながら減速。一度だけ呼吸を整える。
「ふぅ……」
『カイト。幻痛の処置は終わったわ』
「助かる」
ヒメアの報告に、カイトは痛覚をシャットアウトしていた魔術を解除。両手の力を確認し、問題なく戦闘が可能だと理解する。
「「……」」
ぐっ。距離を取った両者が総身に魔力を収束させ、全身の筋肉をバネの様に縮める。そうして両者同時に地面を蹴る。
「おぉ!」
「おぉ!」
先ほどと異なり、今度は雷鳳もまた裂帛の気合を込めていた。そうして再びカイトの双刃と雷鳳の刃が激突。しかし流石は大将軍にして、魔界で伝説的な剣豪という所だろう。雷鳳は刃が激突すると同時に一瞬だけ力を緩めてカイトの剣戟を躱すと、そのまま次の斬撃を繰り出した。
「ぬ!」
「伊達にデカい得物使ってるわけじゃねぇんでな! はぁ!」
繰り出された斬撃を大剣の腹で受け止めて、カイトは大剣を軸にして回転。遠心力を利用しながら大太刀で斬撃を放つ。
「くっ」
自らの鼻先に走る赤い筋に顔を顰めつつ、雷鳳はその場から跳躍。背後に飛んで距離を取る。そうして着地した頃にはすでに赤い筋は流れ落ちた一滴の血とそれが残した跡を残して消え去っていた。
「ふっ」
着地と同時に大きく前に跳躍。再びカイトへと肉薄する。その一方でカイトはカイトで大剣を地面から抜き放ち背負うと、大太刀の切っ先を下げて重心を傾け雷鳳を迎撃せんと地面を踏みしめる。
「「……」」
一瞬の静寂。両者次の一手の更にその先を流れるお互いの闘気で読み取る。そうして雷鳳が間合いに踏み込んだ瞬間、カイトは大剣を振り下ろす。
「ふっ」
振り下ろされる大剣を僅かに軸をずらして回避して、雷鳳は更に一歩を踏み出す。そうして自身の間合いにカイトを捉えると、がら空きになった胴体目掛けて斬撃を放つ。
「っ」
放たれた斬撃に対してカイトは身を捩り、大太刀でそれを迎撃。僅かな拮抗が生じた瞬間に大剣を引き戻し、そのまま雷鳳へと逆袈裟懸けに斬撃を放つ。
だが、流石にいささか無理な姿勢での剣戟だったからだろう。雷鳳は軽々背後へ飛んでこれを回避。地面に降り立った瞬間に紫電を纏って急加速する。
「はっ!」
「ふっ!」
放たれる雷鳳の斬撃に対して、カイトは大剣の重量を利用して雷鳳を正面に捉える。そうして正面に捉えた彼の斬撃を、長さを操作して小太刀程度にまで縮めた大太刀で迎撃する。
「ぬ!」
「はぁ!」
唐突に剣戟の速度が変わったのだ。いくら雷鳳と言えど瞬間的な対処は厳しい。故に続く両手剣サイズに変化した大剣の一撃に思わず身を屈めて回避するしかなかった。そうして身を屈めた所に、カイトは一切の容赦なく逆手に持ち替えた大太刀を思い切り振り下ろす。
「ふっ!」
「ぬぅ!」
間一髪。そう言うしかない僅かな一瞬で雷鳳が後ろへ飛んで刺突から逃れる。もし彼が一瞬でもカイトへの反撃を逡巡していれば間に合わなかっただろう。というわけで流石に肝が冷えたのか、雷鳳も反撃に転じず呼吸を整える。
「ちっ……駄目か」
「危ないのう。お主のそれらは形を変える事をすっかり忘れておったわ」
「忘れたままだったらくたばれたんだがな」
くるくるくる。サイズを変えずに両手剣、小太刀サイズになったままの双剣で見栄を切る様にカイトが構える。雷鳳の言う通り、カイトの双剣は彼の意思を受けて即座に大きさを変える。このサイズで構えようと大太刀・大剣のサイズで構えようと彼にはさしたる違いはなかった。
「……」
両手剣と小太刀を構えるその姿に、雷鳳は再び遥か過去に消えたかつての兄弟弟子を想起する。そうして一瞬の空白の後、彼はそれを振り払う様に再びカイトへと肉薄。幾度目かの剣戟が交わり、何万にも及ぶ斬撃が飛び交う長い長い戦いが繰り広げられる事になるのだった。
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