第3573話 はるかな過去編 ――銀剣卿――
魔界への扉を閉じる上で最重要となる開祖マクダウェルが使ったとされる<<雷鳴剣>>。永き時を経て力を失った二つの刃の再活性化のため、是が非でも<<雷鳴の谷>>の大砦を攻略せねばならなくなってしまったカイト達。彼らは未来から来たソラ達の支援を受けながら古代文明の飛空艇を復元。それを切り札として攻略に取り掛かる。
というわけでカイトと共に大砦の主砲の破壊に臨んだソラ達は大砦の破壊に成功。カイトが雷鳳との決戦に臨む一方で、ソラ達は銀剣卿と雅という魔族軍でも最上位の剣士二人との交戦に臨む事になる。
そうしてソラとイミナというエネフィアであれば上位層の戦士を相手にまるで遊んでいるようでしかない雅の一方、銀剣卿は暇つぶしにある程度は容赦をしつつも攻めは緩めていなかった。
「ふっ」
放たれる銀色の剣閃を瞬はムーンサルトの様に跳躍して回避。そうして着地と同時に放たれる再びの銀色の剣閃に対して瞬は猫の様に地面に這いつくばって着地。そのまま魔力で編んだ爪を突き立て、全身を射出させる様にして銀剣卿へと突進を仕掛ける。
「はぁ!」
「……」
雷を纏い突っ込んでくる瞬に、銀剣卿は僅かに顔を顰める。だがそこには苛立ちはなく、それどころか喜色にも近いものが滲んでいた。数ヶ月前。王都近郊の砦を強襲した時と同じ実力であれば即座に首を刎ねるつもりだ、と読んだ瞬の読みは正しかった。
あの当時と同じ実力のまま留まって決死隊に志願したのであれば、銀剣卿は容赦するつもりは一切なかった。一応雅が勝手をしだすので少しは様子を見るつもりではあったが、それでも明日の日の出を拝ませるつもりはなかった。
「む」
斜め後ろに跳躍した銀剣卿であるが、ここで彼が僅かに顔を顰める。ここでのセレスティアが取るべき上策は回避した直後の自身を狙う事だ。だが彼女が選んだのはどういうわけか瞬の進路上であった。そうして彼女がまるでバッドをスイングする様に、大きく振り抜いた。
「……そういうことか」
面白い事をする。大剣の腹に着地して軌道を修正し、大剣の勢いを更に追加して自身へと肉薄してくる瞬に銀剣卿は楽しげに笑った。そうして紫電の速度で加速した瞬に対してしかし、銀剣卿は容赦なく剣を振るって頭から両断するかの如く鋭い剣閃を放つ。だが放たれた剣閃が瞬を切り裂いたかに見えた瞬間、瞬の姿が揺らめいて消える。
「なに?」
何が起きた。銀剣卿は状況が理解出来ず僅かに困惑を浮かべる。だがしかし疑問を解決する必要もなければ、そもそもこれで不意を突けるほど甘い相手ではない。故に彼はその直後に自身の正面に現れた瞬の槍に銀の剣を合わせて刺突の軌道を逸らす。
「っぅ!」
「どうやった? 一瞬貴様の姿が揺らいだぞ」
「教えるわけがないだろう」
「それはそうだな」
銀剣卿からしてみると瞬が一瞬揺らいだかと思えば消えたのだ。これが魔術を使った幻術ならわかるし、確かに魔術の兆候もあった。だがこういった幻術の兆候は見て取れず、彼も引っ掛かってしまったのであった。というわけで瞬の返答に気を良くした銀剣卿がかっと目を見開いて瞬を押し飛ばす。
「はぁ!」
「ぐっ!」
さすがは最上位に迫る魔族というわけか。瞬は吹き飛ばされる空中で姿勢を整え地面を足に生み出した魔力の爪で抉りながら減速。自分を追撃する銀剣卿を正面に捉え激突に備える。だがこれより先に、セレスティアが割り込んだ。
「はぁ!」
「む!」
一撃の力に長けて、そして大剣そのものも元はといえば<<守護者>>の武器。即ち世界が拵えた大剣という概念だ。そこにレックスの子孫の中でも有数の力を宿すセレスティアの組み合わせから放たれる一撃はいくら銀剣卿であれ油断すればマズいと思わせるもので、流石に彼も追撃を諦めさせざるを得なかった。
「はぁ!」
放たれる一撃は容赦なく大地を砕き、その余波だけでも甚大な被害をもたらすだろう。だがならばと銀剣卿は同じだけの力を放つだけだ。そうして力と力が激突し、周囲の空間が大きく揺れ動く。
「ぐっ!」
拮抗している間に再度銀剣卿に肉薄しようとした瞬であるが、空間そのものが揺れてはどうしようもない。なので彼は即座に足を止めて再び足先に魔力の爪を顕現。急停止すると、その反動を利用して槍を投げる。
「おぉ!」
「っ」
即座に切り替えたか。銀剣卿は拮抗する自身目掛けて放たれた槍に僅かな称賛を抱く。威力は極大だが、力は槍だけに収束している。その穂先にはすでに空間さえ穿つ力が宿っており、このまま銀剣卿に命中してもセレスティアには被害は及ばないだろう。だが、そこまで見事な投槍でも弱点があった。
「遅い」
「「!?」」
セレスティアと瞬。二人分の驚きが響く。瞬が槍を投げた数瞬の後には、銀剣卿はセレスティアの大剣から逃れていた。そうして銀剣卿が消えた事を認識すると同時に、瞬は思わず前に踏み出してしまっていたセレスティアに命中しない様に槍の顕現を解除。更に自身が周囲に放つレーダーが銀剣卿の肉薄を察知する。
「ちっ!」
「ふっ」
放たれる剣閃は確かに、雅ほどの優雅さも流麗さもない。剣士としての実力であれば雅が上回るだろう。だがそこに込められた冷酷な魔力であれば遜色なく、一撃防ぐのがやっとだ。そして雅の様に遊んでくれる事もない。防いだ瞬間には次の攻撃が放たれている。
「ぐぅ!」
「見事」
続く攻撃を二槍流にして応対してみせた瞬に、銀剣卿が僅かなねぎらいを口にする。そうして更に追加で攻撃を放とうとした瞬間に、瞬が先に動いていた。
「<<幻体>>」
「む!」
瞬の身体から飛び出してきた幻の身体に、一瞬銀剣卿の顔に驚きが浮かぶ。折しも三度目の攻撃を放とうとした瞬間だ。どう防ぐか試してやるつもりで放とうとしていた事もあり、対応が遅れてしまう。
「ぐふっ!」
どんっ。幻の拳で腹を打たれ、銀剣卿の口から僅かにだが息が漏れる。だがやはり障壁による減衰は大きく、敢えて言うのであれば大人が不意に子供に殴られて思わず声が溢れた程度。ダメージと言えるほどではなかった。
「ふぅ……面白い事をするものだ」
「ノーダメージか」
「いや、少し痛くはあった。楽しめる程度には育ってくれたようだ」
あの時一息に殺さなくて正解だった。銀剣卿は痛みによるアドレナリンの放出も相まって、少しだけ興奮状態にあるようだ。楽しげに笑っていた。そうして改めて彼が銀の剣を構える。
「……」
正面には鬼の男。少し離れた所には白い妙な服の女。力量であれば男が上だが、一撃の力であれば女が上。銀剣卿は呼吸を整え再度の交戦に向けて精神を統一しながら、今までの一幕でそう判断する。
「……」
女を狙うのが上策だが、流石に紫電の速度で追撃されては間に合わないだろう。さらにはセレスティア自身も決して弱いわけではない。本気でやっても即座に殺せるかというと微妙ではあるだろう。瞬の増援を躱しながら殺すのはいささか面倒ではあった。そうして標的を見定める銀剣卿であるが、そんな彼にセレスティアが肉薄する。
「はぁ!」
「む?」
先ほどまでと段違いに速いぞ。銀剣卿はセレスティアの肉薄してきた速度に僅かに驚愕する。そうして放たれる赤色の剣戟に対する様に銀色の剣閃が翻り、思索を練り直すため彼は一度だけ距離を取る。
「逃さん!」
「幻か」
気配も含まれているよく出来た幻だ。銀剣卿は自身の背後から迫りくる幻を一瞬で切り捨てると、そのまま肉薄してくる瞬を正面に捉える。
「はぁ!」
「ふっ」
槍と剣が激突し、周囲の空間を揺るがす。そうして揺らぐ空間を、セレスティアは強引に突き進んで銀剣卿へと肉薄する。
「はぁあああああ!」
「っ!」
再び振るわれる大剣を認識し、銀剣卿はやはりセレスティアの腕を見誤ったと理解する。だがそれならそれで、やりようはあった。
「はぁっ!」
「ぐふっ!」
ひとまず瞬を蹴り飛ばして弾くと、そのまま今度はセレスティアを正面に捉える。そうして今度は大剣と銀の剣が激突する。
「はぁ!」
「くっ!」
銀剣卿が力を込めると、今度は拮抗する事も許されず大剣が弾かれる。言うまでもないが、セレスティアの実力が実際高かろうが銀剣卿には及ばない。無論それでも数百年先の銀剣卿と比べれば食らいつけるだけまだマシという所であるが、それでもセレスティアを退けるには十分な戦闘力があった。
「ふっ」
「っぅ」
マズい。放たれた銀の剣閃にセレスティアの顔が歪む。だがその瞬間、僅かに銀剣卿の剣閃に揺らぎが生ずる。
「くっ!」
「ちっ!」
揺らいだ剣閃ではセレスティアの巫女服を切り裂く事は出来なかったようだ。多重の守護に守られたセレスティアは打撃と化した剣閃の衝撃を利用して距離を取り、一方の銀剣卿は舌打ちしながらも背後に迫るナイフの嵐を切り捨てる。
「……」
思ったより手札が多いな。銀剣卿は投げつけられるナイフを無数の剣閃で打ち砕きながら、しかしその顔には苛立ちではなく喜色が浮かんでいた。
(なるほど。漂う雷属性の魔力を利用して魔力を回復しているのか)
無数に投げ放たれるナイフを見ながら、銀剣卿はその主である瞬をしっかりと見る事になった事もあって瞬の持久力の秘訣を理解する。先に<<雷剣隊>>が雷を解き放っていたが、それは決して敵にだけ有利になるわけではない。
他にもクロードやイミナもまた雷を利用して魔力を回復出来ており、流石に使う分以上に回復出来ているわけではないがそれでも十分長期戦に耐えられた。
「長い戦いを期待出来そうだな」
あっちの女騎士とこの鬼の男が分かれた理由は共に雷で補給が出来るが故なのだろう。銀剣卿は瞬とイミナが別々の相手を相手にする理由をそう認識する。そこにソラに至っては大地から魔力を吸収し回復出来るのだ。十分長期戦に備えた戦いが出来そうな人選であった。そうして顔に笑みを浮かべた銀剣卿が放たれるナイフの嵐の中へと突っ込んだ。
「なにっ!?」
「この程度のナイフで止まるわけがあるまい」
「っ!」
当たり前か。瞬は肉薄してきた銀剣卿の言葉に道理を見る。そうして放たれる剣閃に、瞬は左手に持って媒体としていた真紅のナイフで迎撃。即座に右手に槍を生み出して二槍流の亜種にてカウンター気味に刺突を放つ。
「ふっ!」
「はっ」
放たれた刺突をそれを上回る剣閃で弾いて、銀剣卿は即座に返す刀で剣閃を放つ。そうして放たれた剣閃に、瞬はナイフの刀身に魔力を蓄積。炎の刀身を生み出して迎撃する。
「はぁあああ!」
打ち合いを演ずる両者の間に、セレスティアが割って入って強引に銀剣卿の剣閃を打ち返す。そうして一瞬崩れた瞬間に瞬が攻めに転じた。
「おぉおおお!」
「……」
雄叫びを上げて一気呵成に攻め込んでくる瞬に、銀剣卿が牙を剥いて笑う。そうでなくては面白くない。そう言わんがばかりであった。そうして、放たれる無数の剣戟と刺突を彼は自らの代名詞の由来でもある銀色の剣一つで防ぎ切っていくのだった。
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