第3573話 はるかな過去編 ――雅――
魔界への扉を閉じる上で最重要となる開祖マクダウェルが使ったとされる<<雷鳴剣>>。永き時を経て力を失った二つの刃の再活性化のため、是が非でも<<雷鳴の谷>>の大砦を攻略せねばならなくなってしまったカイト達。彼らは未来から来たソラ達の支援を受けながら古代文明の飛空艇を復元。それを切り札として攻略に取り掛かる。
そうして攻略に取り掛かったカイト達であったが、なんとか作戦の目標である大砦の主砲の破壊に成功。カイトはそのまま雷鳳との決戦に臨む事になる一方で、ソラ達はというと雷鳳と共に現れた銀剣卿と雷鳳の弟子の一人であるという雅という女剣士との戦いに臨む事になっていた。
「っ!?」
ふわり。まるで舞い踊るかのように流麗な剣閃を瞬は目撃する。それはソラの素っ首を叩き落とすような動きで、一瞬先にソラの首が落ちる様を瞬は認識する。そしてそれはソラもまた認識し、自身の死をイメージする。だがその直前。蒼い雷が迸り、ソラ自身を吹き飛ばした。
「ソラ! 腑抜けるな! <<黒>>の雅は出し惜しみしてなんとかなるような相手ではない!」
「蒼き雷……これは驚きました。まさか私が知らないマクダウェルの騎士が居たとは」
「っぅ」
自身を認識された。イミナは雅の狂気さえ孕んだ視線を受けて思わず背筋が凍りつく。そうして再びまるで舞う様に流麗な剣閃が翻り、今度はイミナを狙う。
「はぁ! っ!」
これは駄目だ。イミナは雅の剣閃を両手に雷を蓄積させて防ごうとして、しかし即座に押し負ける事を理解する。だが僅かな拮抗が生じている間に、ソラが肉薄する。
「<<風>>よ!」
「加護持ちでしたか。しかも風とは。てっきり重量級とばかり」
「……は?」
一瞬前までイミナと激突していたはずなのだ。なのに次の瞬間には自身の剣戟に合わせるかの様に翻った剣閃にソラが思わず素っ頓狂な声を発する。そうして再度、ふわりと剣閃が翻った。
「はっ!」
だんっ。ソラへ向けて再び剣閃が翻るよりも前に、イミナが地面を強く踏みしめて魔力の拳を両者の間へと叩き込む。
「っ」
駄目だ。その前に自分が斬られる。ソラは魔力の拳が届く前に雅の剣閃が加速するのを知覚する。
「リミットブレイク」
魔導鎧の身体能力の増幅を起動。そのままソラは加速する雅の剣閃ではなく、イミナの放った魔力の拳を片手剣の腹で受け止める。自身が死ぬのを本能的に理解した瞬間、ソラの身体は直感的にこの死地から逃れる方法を理解していたのだ。そうして彼は魔力の拳に押し出される様に足から力を抜いて、剣閃から逃れる。
「ソラ!」
「だ、大丈夫っす! <<偉大なる太陽>>、<<地母儀典>>!」
『やるのか?』
「やるしかねぇよ!」
『であろうな』
<<偉大なる太陽>>の問いかけに、ソラは出し惜しみなぞ出来ない事を理解。死ぬかカイトが勝利するまで戦い続けるしかないのだと理解する。というわけで漂い出した神気に、雅が端正な眉を僅かに動かした。
「おや……何処かの名のある神剣でしたか」
「っ」
「おやめなさいな。せっかく待ってやろうというのです。無駄に体力を消費しないでください……貴女のためではありません。私のために」
所詮、遊ばれているというわけか。イミナは肉薄した自身が拳を振るうよりも前に首元に突き付けられた刃にそれを理解する。というわけで首元に刃を突き付けてイミナの動きを止めた雅は、そのまま押し出す様に軽くイミナを吹き飛ばす。
「ぐぅ!」
「どうぞ、おやりなさいな」
「っ……天と地よ。我を守り給え」
正直に言うと、ソラはこれを無詠唱かつ儀式抜きで行使する事は出来なかった。なので雅が楽しげにこちらの行動を待ってくれている事を良い事に大地にする事は出来なかった。
なので雅が楽しげにこちらの行動を待ってくれている事を良い事に、大地に<<地母儀典>>を置いて跪き、まるで騎士が忠誠を誓うかの様に剣を額の位置から天に掲げる。そうして神剣と魔導書が光り輝いて、雷雲を切り裂き太陽が降り注ぎ、大地が彼を包み込む。
「……」
「終わりましたね……では、味見といきましょうか」
ふわり。再び舞う様に流麗な剣閃がソラへと襲い掛かる。これにソラは少し大型化して更に黄金色に変化した盾で受け止める。
「ほう……ではもう少しだけ」
「っ!」
速い。ソラは無数に放たれる剣閃を見て、しかし太陽の加護を得た事で反応速度も向上したようだ。その大半が単なるブラフで自身の障壁でも防げる程度である事を理解。変貌を遂げた鎧の防御力を頼みにすべて無視して本命の一撃が放たれるのに集中する。
「……はぁ!」
「なるほど。名のある神剣の加護を得ただけはありますね」
放たれた本命の一撃を<<偉大なる太陽>>で弾き飛ばした事に雅が満足げに笑う。そうしてその勢いを利用して距離を取った彼女の一方で、イミナがソラの真横へと移動した。
「<<大地の鎧>>は最後まで保つか?」
「なんとかっすね。大地から魔力補給が受けられるんで……空中戦仕掛けられたら終わりますけど」
「そうですか。では空中戦はしない様に致しましょう」
「……」
遊んでやがる、この女。優雅に笑って口を挟んだ雅に、ソラは思わず顔を顰める。まぁ、力量差は圧倒的。おそらく瞬らを含めても一太刀入れられるのが精一杯。その瞬とセレスティアはというと銀剣卿の相手で精一杯だ。せいぜい飽きられない様に必死で戦うしかなかった。
「そうだ。太陽からも力を得ているのでしょう? そちらは大丈夫ですか?」
「切ってくれるんっすか?」
「まさか。それぐらいは切ってみせなさい……ああ、そうだ」
まるで良い事でも思いついたかの様に、花が咲くような笑顔で雅が笑う。それは本来であれば見るものを思わず見惚れさせる美しいものであったが、ソラとイミナにはこれが良いことには到底思えなかった。
「それは良いかもしれませんね。あの雷雲を斬ってみせなさい。それが出来て最後まで生き延びられれば、ここから二人共見逃してあげましょう。ただし雷雲を切れねば、最後まで生き延びれても見逃されるかは二人の実力次第となります」
「おい、雅。また勝手な事を」
楽しげに勝手な事を口にした雅に、瞬の攻撃を避けていた銀剣卿が顔を顰める。だがこれに雅は楽しげに笑うだけだ。
「良いではありませんか。どうせ彼らは蒼きお方が死ねばそれでおしまい。万が一……いえ、億が一私達を倒せたところで他の皆まで相手になぞ出来はしません。紅きお方の助けも望めぬ死地に乗り込んできたのです。我らも決死隊に少しは敬意を表するべきではありませんか?」
「はぁ……勝手にしろ。その二人は貴様の取り分だ」
どうせ言った所で聞くような女ではないのだ。なので銀剣卿は雅の好きにさせる事にしたらしい。というわけでソラ達は勝手に勝利目標を追加される事になり、雅からの攻撃に耐え忍びながら雷雲を破壊するという仕事まで与えられる事になるのだった。
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