第3573話 はるかな過去編 ――剣士達――
魔界への扉を閉じる上で最重要となる開祖マクダウェルが使ったとされる<<雷鳴剣>>。永き時を経て力を失った二つの刃の再活性化のため、是が非でも<<雷鳴の谷>>の大砦を攻略せねばならなくなってしまったカイト達。彼らは未来から来たソラ達の支援を受けながら古代文明の飛空艇を復元。それを切り札として攻略に取り掛かる。
そうして攻略に取り掛かったカイト達であったが、なんとか作戦の目標である大砦の主砲の破壊に成功。カイトはそのまま雷鳳との決戦に臨む事になる一方で、ソラ達はというと雷鳳と共に現れた銀剣卿と雷鳳の弟子の一人であるという雅という女剣士との戦いに臨む事になっていた。
「またしてやられたものだ」
「あなたは出なくて良いのですよ、銀玲」
「それはこちらの台詞だが、雅。お前が出るとすぐに終わりかねん」
「「……」」
大砦の主砲の破壊に成功した直後。地上へ舞い降りた自分達の前に現れた二人の剣士に、ソラも瞬も思わず息を呑む。
(この女……下手をすると銀剣卿以上だ)
瞬が戦うまでもなく力量を理解出来たたのは、柳生宗矩という地球でも有数の剣士を知っているからだろう。彼を見知った事で立ち振舞の僅かな差を本能的に理解出来る様になっていたのだ。そしてこの二人以上に、未来の世界から来たセレスティア達は名前だけで状況を理解していた。
「雅……<<黒>>の雅」
「私をご存知でしたか」
「「「っ」」」
ぞっとする。自身に与えられた二つ名を口にした事で自分を知っているのだと理解した雅の視線を受けて、四人は思わず体を固くする。
雅の見た目は一言で言い表すのであれば大和撫子。立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。その形容が一番相応しいだろう優雅で艶やかな女性だ。
ソラ達の身近な人物であれば桜をより大人びて洗練させた美女に近い。だが雅は腰には刀を帯びており、またその立ち振舞も優雅でありながらも常に武人としての強さが潜んでいた。そして何より、彼女は魔族。血の気の多さもあった。
「どこのどなたかは存ぜませぬが……あまりすぐに死んでしまわないでくださいね」
「やれやれ。存じない、ではなくお前の場合はどうせ聞いても覚えないの間違いだろう」
「いえいえ。蒼きお方ほどであれば、流れ出る血の一滴。舞い散る汗の一雫の匂いさえ覚えられるのですが……蒼きお方とまでは言わずとも、彼に仕える四人の騎士達程度であれば名前と姿形程度は覚えられますよ」
相変わらずこの女は。銀剣卿は常識人の皮を被った非常識な発言にため息混じりに首を振る。そんな彼に、雅が問いかけた。
「銀玲。ひとまず足切りはしておいて良いですか? それともあなたがしますか?」
「好きにしろ。だが四人の騎士ほどの力を期待してはっちゃけてくれるなよ。こちらとて遊ぶつもりで出てきているのだ。お前が下手をして遊び相手が潰されては堪ったものではない」
「おや……貴方が遊べるほどでしたか。それは期待出来ますね」
「さてな」
「っ」
向けられた視線に、瞬は思わず息を呑む。どうやら銀剣卿は瞬の事を覚えていたらしい。そしてその視線の裏に潜む意思を、彼は理解する。
(あの時から成長していなければすぐに殺す……そんな感じか)
間違いなく自分に向かってくるだろう。瞬は銀剣卿が自分を標的と見定めている事を理解する。と、そんな彼に内部から声が響いた。
『代わってやろうか?』
『遠慮しておこう。流石に一度も矛を交えもせず逃げ出すのは情けない。だが力は使わせて貰うぞ。お前の力抜きで勝てるような相手ではないだろう』
『そうか』
にたにたと笑う様子が目に浮かぶ。瞬は酒呑童子の返答に内心ため息を吐く。実際銀剣卿や雅は酒呑童子をして難敵と言わしめる領域の猛者だ。瞬が少しでも泣き言を言うのなら即座に取って代わってやるつもりだった。と、そんな内心の一瞬のやり取りの一方が終わると同時に、雅が動いた。
「「「っ!」」」
これはマズい。全員雅から放たれる漆黒の雷を認識した直後、本能的に防御姿勢を取る。だがそんな中でもソラは自分の役割を忘れていなかった。
「おぉおおおお!」
鎧の機能を最大限まで解き放ち、盾の曲面を利用して僅かに傾斜の付いた半透明の魔力の盾を生じさせる。そうして雄叫びを上げて前に躍り出た彼へと、漆黒の雷が襲いかかった。
「ぐぅ! らぁ!」
一瞬の苦悶の声が響いた後、瞬は漆黒の雷の軌道を逸らすような形で腕を振り上げる。そうして明後日の方向へと飛んでいった漆黒の雷に、彼は思わず胸を撫で下ろした。
「はぁ……た、助かった……」
「お見事です。今のは並の兵士であれば数百人を吹き飛ばせるものだったのですが……欲を言えば正面から受け止めて頂きたかったのですが」
「バカ正直にそんな事出来るわけねぇでしょ!」
ニコニコと笑う雅に、ソラは思わず怒声を上げる。彼女の言う通り、今の一撃はこの時代の一般兵数百人を吹き飛ばして余りあるものだ。そんなものを一人で真正面から受け止めるなぞいくらソラでも出来るわけがなかった。
「そうですか……残念です。蒼き方の弟君程度でも出来る事だったのですが。それこそ蒼き方であればまるで涼しい顔で受け入れてくださるでしょうに」
「……」
カイトやクロードと比べんなよ、このクソ女。ソラは本当に心底残念そうな雅に内心苛立ちを抱く。判断基準が四騎士レベルなのだ。正直に言えば無理難題でしかなかった。
「ですが安心致しました。これで少し遊んだ程度で壊れるなぞなさそうですね。半日……いえ、一日は耐えて頂けるでしょうか。此度、雷鳳様も少し張り切られていらっしゃいますから……少し長引きそうですし」
「……」
冗談だろう。ソラは雅の優雅ながらも狂気の滲んだ笑みに心底震え上がる。彼女からしてみれば四騎士やレックスとの戦いを譲る代わりに、カイトが勝った場合にカイトと戦う代わりにソラ達で我慢してやるという所なのだ。カイトと雷鳳との戦いに決着が着くぐらいまでは遊ばせてほしい、という所であった。
「銀玲。殺さない様に注意してくださいね。私の遊び相手が減ってしまうと困ってしまいますから」
「はぁ……承知した。何よりそのせいでお前の相手をさせられるのはかなわん」
自分としても早々に終わらせるのは暇つぶしの相手がいなくなるから困るし、雅の相手をさせられるのはもっと困る。なにより彼自身はここで<<雷剣隊>>の剣士達の様に討ち死にするつもりはない。彼は雷鳳とは親族関係にあるが、主人はあくまでも大魔王だ。今回は雷鳳へ貸し出されている戦力の一人に近いため、ここで死ぬのは筋が通らなかった。
「では……参りましょうか」
非常に呆れながらの銀剣卿の応諾に雅が優雅に頭を下げる。そうして彼女が頭を上げると同時に超速で二人の剣士が疾走し、カイト達の戦いが再開するとほぼ時同じくして戦いが開始されることになるのだった。
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