第3570話 はるかな過去編 ――飛翔――
魔界への扉を閉じる上で最重要となる開祖マクダウェルが使ったとされる<<雷鳴剣>>。永き時を経て力を失った二つの刃の再活性化のため、是が非でも<<雷鳴の谷>>の大砦を攻略せねばならなくなってしまったカイト達。彼らは未来から来たソラ達の協力を得ながら、偶然元の状態をほぼ維持したまま墜落した古代の飛空艇を復元。更にノワールが手慰みで拵えた輸送車をベースとした輸送車を量産して陽動部隊としてその攻略に取り掛かる。
そうして後詰の戦力も前線に投入せねばならなくなるなどの想定外の事態が起きつつも、<<青の騎士団>>と<<赤の騎士団>>を陽動として魔族側の大将軍直属<<雷剣隊>>を釣り出す事に成功。両者の激突により生じた空白を埋める様に放たれる無数の魔弾や投擲物に混じって、飛空艇もまた発進する。
「報告します! 敵、一斉射を開始! 全砲門見境なく撃ってきています!」
「逐一そんな報告は要らぬ。撃ち返せと命じておる」
「も、申しわけありません!」
「それより蒼き者はどうじゃ。まだ見えぬのか」
「はっ。かの者、未だ戦場に現れず」
雷鳳の問いかけに、報告に来た兵士がはっきりと首を振って否定する。これに、雷鳳は顔を顰めた。
「どういうつもりじゃ。<<雷剣隊>>は確かに、彼奴らの騎士達で抑え込めよう。じゃが儂だけは、彼奴でなければならんじゃろうに」
逆もまた真なりではあるが。雷鳳はカイト達の意図が掴めず、眉間に寄せたシワを深くする。ここで雷鳳が出れば間違いなく四騎士達を含め両国の騎士達は壊滅させられるだろう。
だが彼が出た瞬間、どこかに潜んでいるだろうカイトがこの砦を壊滅させる。そうなればいくら強兵を誇る魔族達だろうと勝ち目はない。だからこそ雷鳳もまた動けない。そうして考え込みそうになる彼であったが、その前に指揮官の一人が問いかけた。
「雷鳳様。兵達の撤退は如何しますか? このままでは被害が増えるばかりですが」
「……いや、構わん。なにかが気になる」
「なにかおありで?」
「いや、今はまだ見えぬが……」
絶対に何かをしてきているのだ。雷鳳はカイト達の意図が掴めず、ただ思考を整理するためだけに窓から外、それも人類側を眺める。そしてそれが、彼にとって幸運を招く事になった。
「っ! まさかあれは……」
「どうされました!?」
「砲門、照準を今から儂が撃つ雷に合わせよ!」
ここで。雷鳳がそれに気付いたのはそれこそ大魔王さえ予想出来なかった事だった。なにせそれを知っているのは彼ただ一人。大魔王にさえ報告する必要も意味もなかった事で、今この瞬間に思い出した事が奇跡にも等しい事だったからだ。そうして窓を突き破って外に出た彼は、その刀の切っ先を飛空艇へと向けて雷を放つのだった。
さて雷鳳が気付いたとも知らず無事に飛翔した飛空艇。そこではほとんど妨害もなく、瞬もソラもひとまず無事に飛び立てた事に安堵していた。
「ふぅ……」
「なんとか、っすね」
「ああ……障壁の出力は?」
「安定してます。<<剛結界>><<柔結界>>共にっすね。流石に周囲に魔弾が飛び交いまくってるんで、暫くは常時展開で大丈夫かと」
「そうだな」
とりあえずここまでは無事に作戦を進められた。それに瞬もソラも安堵を浮かべる。周囲の残骸や魔弾に混じって飛ぶのはかなりの技術が必要だが、この数ヶ月。それも含めて訓練してきたのだ。問題はなかった。
ちなみに<<剛結界>><<柔結界>>は今回飛空艇に搭載された障壁の種類で、その名の通り<<剛結界>>は普通の障壁で硬質の結界。<<柔結界>>はまるで粘土の様に柔軟に動く結界だ。この二つを上手く活用して輸送車の残骸や投石などを避けつつ進むのであった。
というわけで一安心となったはずだが、そうは問屋が卸さなかった。その次の瞬間、雷撃が飛空艇へと襲い掛かる。
「なんだ!?」
「雷撃!?」
「損害は!?」
「は、外れました!」
敵の攻撃の流れ弾が飛来したのか。最初、二人はそう考えていた。そして雷鳳が外したのは彼もまた慌てて照準を合わせた上、彼自身が見た事もない飛空艇に雷撃を放つという彼をしてやったことのない事をしたからだ。飛空艇は当然だが輸送車とは比較にならない速さだし、高度も高い。押っ取り刀で狙いを外すのは無理もなかった。だがその雷撃に続く様に放たれる無数の砲撃に、二人もその考えを捨てるしかなかった。
「っ! 魔弾、むちゃくちゃ来ます!」
「なに!?」
「もう気付かれたってのか!?」
ソラの報告に、振動に顔を顰めていたカイトが声を大にする。
「わかんねぇよ、そんなの! だけどむちゃくちゃ来てる! 先輩!」
「わかった! 出力最大! 主砲は!?」
「まだです! チャージしている様子もありません!」
「なら一気に行く! カイト、それで良いな!?」
「わかった! 必要な事は全部やってくれ!」
何故気付かれたか。どうして気付かれたかは後回しだ。故にカイトは自らに渦巻く苛立ちを後回しにして、瞬の提案に承諾を示す。そうして瞬とソラが操縦に専念した一方で、流石にカイトは苛立ちを露わにした。
「くそっ! いくらなんでも気付くのが早すぎる! まだ飛び立って一分と経ってないんだぞ! まさかこれだけやって情報が抜かれてたってのかよ!」
「では……ないのかと。カイト様」
「どうした?」
こちらに外の様子を映すモニターを見せるセレスティアに、カイトが困惑気味に首を傾げる。
「これは……雷鳳のジジイか。だが……なんだ? なんで横の連中、慌ててるんだ?」
「おそらく雷鳳が飛空艇に気づいたのかと。ただ気付いたのは彼だけで、飛空艇を理解しているのも彼だけなのではないかと。そうでなければここまで魔弾の狙いが甘い理由が付きません」
「……」
セレスティアの言葉に、カイトは雷撃以外ほとんど掠めもしない魔弾の雨――瞬達が高度を上げて避けている事もあるが――を見て彼女の言葉に道理を見る。
「……あのジジイ、なんで飛空艇なんて知ってやがるんだ。くそっ……完全に想定外だった」
「不思議はないかと……我らの時代でさえ、飛空艇は童話、夢物語に語られるだけです。魔族である雷鳳が知っていたとは考えられません」
この飛空艇が輸送車同様に隠されているのか、それともこの時代で使い潰されてしまったのか。それはセレスティア達にはわからない。だが少なくとももはや歴史の闇に消えてしまった事は間違いなく、その存在を断言出来る事はないはずなのであった。そうして飛び立った飛空艇は飛翔開始数十秒で敵に発見されることとなり、想定より遥かに早い段階で瞬とソラの腕に作戦の成果は委ねられる事になるのだった。
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