第3569話 はるかな過去編 ――攻防――
魔界への扉を閉じる上で最重要となる開祖マクダウェルが使ったとされる<<雷鳴剣>>。永き時を経て力を失った二つの刃の再活性化のため、是が非でも<<雷鳴の谷>>の大砦を攻略せねばならなくなってしまったカイト達。彼らは未来から来たソラ達の協力を得ながら、偶然元の状態をほぼ維持したまま墜落した古代の飛空艇を復元。更にノワールが手慰みで拵えた輸送車をベースとした輸送車を量産して陽動部隊としてその攻略に取り掛かる。
そうして魔族側の作戦により人類側の第一攻略目標であった大砦付近の丘を吹き飛ばされ本陣を直接狙い撃たれる羽目になるという想定外の事態が起きながらも、カイトの奮戦もありなんとか作戦を修正。人類側はもはや後に引けない状態になり、本来の後詰の戦力も投入した総力戦を行う事になってしまう。というわけで総力戦を決行する人類側であるが、最初に先陣を切った輸送車部隊は大砦の前に広がる地雷原の大半を道連れにして壊滅。その後ろを進んでいた兵士達による地雷原の撤去が繰り広げられていた。
「殿下! 第三部隊より報告! 被害甚大により一時撤退するとのこと!」
「わーった! 一時だな!」
「はっ!」
「よし! なら軍医達による治療を急がせろ! 地雷原さえ突破してしまえば後は一気だ!」
「はっ!」
現状地雷原さえ突破できればその先に待っているのは何百台もの移動式の魔導砲だ。だがあくまで移動式で、出力は地雷原の撤去で足を止めた兵士達を狙い撃つ程度にしかない。一度地雷原を突破してしまえさえすれば、白兵戦にもつれ込む事が可能だった。
『殿下。我々はまだですか?』
「まだだ……必ず奴らが引っ込む瞬間がある。その瞬間を狙い撃つ必要がある」
『承知』
険しい顔のレックスに、ハヤトが一切の疑問を挟まず頭を下げる。そうして四騎士達からの通信が途切れた所で、今度はカイトから連絡が入った。
『ノワール。白兵戦まであとどれぐらいの見込みだ?』
「残り2割……という所でしょうか。ですがその2割が難しいですね」
『まぁ、そうだな……なんとかなってくれれば、だが……』
「なんとかはしてみせるよ。こっちでな」
『輸送車の本命は?』
「もうちょい。地雷原を突破した瞬間に一気に出す」
カイトの問いかけに、レックスは少しだけ苦い顔で笑う。兎にも角にも地雷原さえ突破しさえすれば、その先に進めるのだ。だが逆説的に言えば地雷原を突破出来ない事にはどうにもならない。そしてここで四騎士達を消耗する事は出来ない。兵士達の奮戦に期待するしかなかった。というわけで、再び矢継ぎ早に寄せられる報告に指示を返していくレックスの声を聞きながら、カイトもまたため息を一つ吐く。
「やっぱ、この砦だけは楽に攻略させてくれそうにないな」
『ですねー。それでも今までで一番攻略出来ている方かと』
「これでなんですか?」
『そうなんですよー。今までは地雷原の突破も出来ませんでしたから。お兄さんとかレックスさん単騎なら突破はしてるんですけどねー……』
「地雷原が広すぎてなぁ……突破しようにもあの通り大砦からの狙撃やら前面に展開した大砲やらで狙い撃たれるからどうしようもない」
瞬の問いかけにカイトもノワールも深くため息を吐く。輸送車の自爆戦術のおかげでここまで兵力の損耗を防げているだけで、しかも輸送車の機動力も相まって時間も短縮出来ている。現状は人類側にとって今までで一番優位に進められている戦いだった。
「……なぁ、地雷原って一回使ったら終わりじゃないのか?」
「ん? 別に魔術を埋め込んでるだけだし、何十回と使えるぞ?」
「マジかぁ……」
どうやら地球の地雷の様に誤爆や戦後処理の危険性がほとんどない代わりに、何度でも使えるらしい。ソラはそんな現実に盛大に顔を顰める。というわけで地雷原の撤去を進めること暫く。開戦から三時間ほどが経過した頃だ。ついに人類側が待ちわびた報告が入ってきた。
『報告します! 第1部隊が地雷原の突破に成功! 魔族兵と交戦を開始しました!』
「よし! 輸送車部隊第二陣、全車発進! ヒメア!」
「了解! <<魔風結界>>、私に合わせて!」
「「「はっ!」」」
ここ暫くの主砲の停止は間違いなく輸送車部隊の第二波を警戒してのものだろう。人類側の指揮官達は総じてそう判断しており、輸送車部隊第二波の発進と同時に即座に結界を展開する準備を整えていたのである。そして案の定だった。
「報告! <<雷鳴の谷>>主砲、動きあり! 主砲照準、間違いなく輸送車部隊を狙っています! ですが、これは……」
「どした!?」
「様子が変です! 主砲、今までにない術式を構築! 注意を!」
「なんだろうと防ぎきれば良いだけでしょ!」
サルファの注意喚起に対して、ヒメアは全身に魔術的な紋様を浮かび上がらせて応ずる。そうして人類側が用意を整えるのと、魔族側が準備を整えるのはほぼ同時だった。
「「「!?」」」
放たれるのは、魔弾ではなく一筋の光条。それは<<魔風結界>>によるものともせず直進。まるで薙ぎ払うような動きで、輸送車部隊の第二波へと襲い掛かる。これに、ヒメアは即座に対応する。
「っ、カイト!」
『あいよ!』
ヒメアの要請を受けて、カイトの双腕に龍の紋章が浮かび上がる。契約を介してヒメアへと魔力を送るのだ。そうしてカイトのバックアップを受けて、超巨大な障壁が輸送車部隊の前面に展開される。
「はぁあああああ!」
次元も空間も穿つ閃光と、もはや強固過ぎて物質化してしまった障壁が激突する。そうして数秒の拮抗の後、障壁の形をヒメアが変化させる。
「はぁ!」
ぐにゃり。まるで障壁そのものが生き物かの様に形を変えて、魔力の光条を上へと逸らす。そうして天高く立ち昇った閃光が、天を割る。
「なん……だよ……」
「空が……割れた……?」
「世界が……砕けた……」
この戦いに加わった兵士達の中には、先の『強欲の罪』との戦いに参加していた者も少なくない。故に天高く登った閃光が世界の壁さえ貫いてどことも知れぬ先へと飛んでいった事に愕然となる。だがだからこそ、兵士達は気を取り直すと共に大音声で喝采を上げた。
「「「おぉおおおお!」」」
「ふぅ……さっすがにこれは辛いわね」
『流石、姫様』
「どこかのバカとバカがバカしかしないからね」
カイトの称賛に対して、ヒメアは額から僅かに流れた汗を拭いながら笑う。だが、その次の瞬間。サルファの大声が響き渡った。それも信じられないというような声音で、である。
「っ!? 主砲、次弾装填!?」
「「「は!?」」」
今のは間違いなく最大出力だった。魔導砲である以上次を撃つためには暫くの充填時間が必要なはずなのだ。だのに、すでに次の一撃を撃つ準備をしているという。どういうイカサマを使ったかはわからないが、人類側にとって非常にマズい事に変わりはなかった。だが、その報告にただ一人即座に反応していたものが居た。
「レックス様!」
「っ! あいよ!」
かんっ。杖で地面を強く小突く音と共に自身を呼ぶ声に、レックスは自身が何をすれば良いかもわからぬまま一気に地面を蹴る。そうして彼はただ自分の直感を信じて紅く輝く虹を纏うと、異空間に収納していた大剣をまるで射出する様に取り出して加速。<<雷鳴の砦>>の主砲に光が収束してからのコンマ数秒で、輸送車部隊の第二波を追い抜いて最前列に躍り出る。
「おぉおおおお!」
やることはさっき見た。ならば後はそれをやるだけだ。レックスはベルナデットの声から一秒で自身の為すべき事を即座に出力。ベルナデットの魔術により自身が強化されるのを感じつつ虚空を抉りながら急減速し、大剣をまるでゴルフの様に大きく振りかぶる。そうして、次弾装填が報告されてから二秒。間髪を容れずの第二波が、<<雷鳴の谷>>の主砲から放たれた。
「おぉらぁあああああ!」
雄叫びと共に、レックスは放たれた主砲の魔弾をゴルフの様に大きく打ち上げる。そうして再び数秒の拮抗の最中。斬撃が彼に向けて放たれる。
「させるか!」
数秒も時間があったのだ。八英傑達にとって反応するには十分だった。故にレックスの首目掛けて放たれた斬撃に対してヒメアが障壁を展開。斬撃を破壊する。
そうしてその直後に、レックスが放たれた魔弾を大きく打ち上げて、しかしその瞬間。大砦の各所に備え付けられた魔導砲から一斉に彼に向けて魔弾の雨が放たれた。
「させません!」
「野郎ども! あにぃ狙いの魔弾を全部撃ち落とせ!」
「「「おう!」」」
アイクの号令に、海兵達が船に取り付けられた魔導砲でレックスを狙う魔弾の雨目掛けて魔弾の雨を降り注がせる。そうして船から放たれた魔弾の雨はノワールにより無数に分裂。微修正を行われて大砦から放たれた魔弾を相殺していく。
「全軍」
『次弾、装填!』
「なぁ!?」
全軍突撃。流石に二連射もしたのだ。三発目はないだろうと考えたレックスがそう号令を発しようとした瞬間に放たれたサルファの報告に、流石にレックスも息を呑む。だが、この展開さえ読んでいた女が一人居た。
『問題ありません! サルファ様!』
『っ、そうか! わかりました!』
三発目が放たれる直前に響くベルナデットの声とそれに応ずるサルファの声に、レックスは一瞬だけ呆けて次の現象を見守る事になる。
「え?」
『ふぅ……流石に三発目は上手く行けば、的な見せかけでしたねー』
「は、ははは……そ、そう……よかったぁ……」
三発目が放たれた直後にサルファの魔眼により完全に解体されたのを見て、レックスは思わず胸を撫で下ろす。
『流石に三発目を撃つにはあの主砲にも無理が掛かりすぎてますねー。それでも反応出来なければまずかったのですがー……あの程度の構成であればサルファ様の魔眼で十分解体が可能でしたー』
『それでも肝が冷えましたけどね……』
どうやらあれはサルファとしても完全に即興だったらしい。後に彼曰く、ベルナデットが声を掛けてくれていなければ間違いなく解体は間に合わなかっただろうという事であった。
『それよりレックス様。流石にもう次を撃つには暫く時間が掛かりますー。今の内、ですよー』
「っ、全軍、突撃! あれだけ無茶をしたんだ! 暫く主砲は使えん! 一気に攻め落とせ!」
「「「おぉおおお!」」」
本来防ぐ事なぞ許されないはずの連撃を防いだのだ。第二、第三と魔弾が発射された時はその都度兵士達も終わったと思ったが、だからこそ魔族側の無理を承知の行動を防ぎきったレックスの号令にそれこそ開戦時よりも大きな鬨の声を上げて応ずる。そして兵士達の士気が最高潮に到達すると共に、輸送車の第二波が地雷原を突破。攻略作戦が本格化する事になるのだった。
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