第3555話 はるかな過去編 ――準備――
カイト達主導で行われている北の砦攻略作戦。その重要な要素を占める古代の飛空艇の復元に携わる事になったソラ達。そんな彼らは冒険者としての活動の傍ら時にテストパイロットとして、時に極秘裏に飛空艇の部品を運ぶ輸送隊の一員として活躍しながら、日々を過ごしていた。
そうして時に貴族派の妨害を受けながらも進められた輸送車の準備は急ピッチで進められ、ソラ達もまたその準備に注力していた。というわけでこの日は簡易量産型の輸送車を使用したテストをしたい、というノワールの要請を受けてソラと瞬の二人は王都近郊にある王国軍の工廠へと足を運んでいた。
「ここに軍の基地があることは聞いていたが……工廠だったのか」
「ここまで来る事ってあんまないっすね」
「そりゃないだろう。ここらは軍の工廠の中でも王都に近い一番重要な施設だ。陛下肝いりの施設の一つで、周辺からしてしっかり監視されている。軍の依頼でもなけりゃ、来る事は中々ないだろう」
瞬とソラの会話に、カイトが知らないのも無理はないと語る。やはり王都近郊の基地とあって他の工廠よりも重要度の高い魔道具や装備が開発されている事が多いらしく、かなり厳重な警戒網が敷かれていた。なのでカイトが同行し、トラブルを予防する事になったのであった。というわけで厳重な警備が行われる工廠の中を進み続け、暫く。警備が厳重な中央の区画へとたどり着いた。
「うおー……輸送車がこんなに」
「部品も大量だな……これを全部使い捨てるのか」
「そうだが……そう言われるとなんだか勿体ない気がしないでもないな」
瞬の言葉にカイトも思わず苦笑する。輸送車は飛空艇が乗り付けるための陽動だ。なのでこれだけ大量に用意されていても大半がハリボテだし、確実に撃破される事を前提とした作戦である事もあって積載量は最低限。
一応仕組み上操縦席は設けているが、瞬らが試験に携わった輸送車の後部にある荷台は大半の量産型になかった。荷台がある輸送車もあるが、魔族側に誤解を与えるための偽装工作の一環。使う事はまずなかった。というわけでそういう荷台のある輸送車を見て、カイトが一応と語る。
「一応は全部を使い捨てるつもりじゃない。一割ぐらいにはこうして荷台を用意して、万が一の撤退に利用出来る様に点在させておく。簡易の避難所、という所かな」
「なるほど……確かにそういう使い方は出来るよな。今回の作戦、作戦全体で見ればかなりの距離がある作戦になるんだろ?」
「そうだな……あの砦を攻略する、って時はいつもそうなんだが。戦場が非常に長く伸びちまう。それもこれも、あの砦にある魔導砲がどれもこれも射程距離が長いからだが」
そうなると有用なのは騎馬兵達による機動戦だが、それも距離がありすぎて近づく前に殲滅されちまう。カイトは苦い顔で何度となく失敗している各国での攻略戦を思い出しながら、そう語る。
「まぁ、そりゃもう言ってもしゃーない。こっちでどうにか出来る問題でもない……だがいくらあの砦の魔導砲と言えど、距離が広がれば広がるほど命中率は落ちるし全部を破壊するほどの手間を掛けられるわけでもない。騎馬兵ならある程度は近付けてはいる……もちろん、タッチ出来た騎馬兵は今まで両手の指で足りるほどだがな」
「到達出来た奴はいるのか」
「そりゃ、名うての騎馬兵達なら魔導砲を避けながら到達は不可能じゃない。理論上でありゃオレも到達出来るだろうし、レックスも到達は出来るだろう。実際、突破は出来たしな」
それはそうだろう。ソラも瞬もそう思う。カイトもレックスもこの世界どころか地球、エネフィアの二つの世界を含めて世界最強クラスの戦士だ。二人を明確に上回るのは唯一世界側が用意した大魔王だけで、誰も知り得ないがこれを加えるべきではない。それを考えれば、間違いなく最強クラスだろう。
そしてその愛馬もまた三つの世界最優と言えるし、速度や備わっている特殊能力も尋常ではない。その組み合わせによる突破力は魔導砲などのシステム的な対処は困難だ。だが、これはあくまでも突破だけ。その先にさらなる困難が待ち受けている。
「だが出来るのは突破だけだ。その先に待つ砦を守る魔族達はどうにもならん。オレ達だって魔導砲を避けた上で大将軍の相手なんぞ到底出来ない。しかも、砦を守るのはあのジジイだ。ちょっと無理だ」
「そんな強いのか?」
「まぁな……一度オレ達も北の砦に騎馬兵とかを中心とした部隊で攻めた事はあるんだ。レックスが全体を指揮して、オレが砦の魔導砲を破壊って塩梅を考えてな」
「今回と作戦そのものは同じか」
「そ……だが突破した先で待ち受けてたあのジジイに一撃で首を持ってかれた。姫様が居なきゃオレは今頃ここにいないな」
「「へー……ん?」」
明らかに首を刎ねられるようなジェスチャーをしたカイトに、ソラも瞬も一瞬だが納得しかけるも、すぐに違和感に気付く。というわけで頬を引き攣らせながら瞬が問いかける。
「首を……持っていかれた?」
「ああ。綺麗さっぱり喉元を一発でな。正直斬られたと気付いたのは姫様が再生を仕掛けてくれた後だ。ありゃ駄目だ。更に後ろから魔族達まで来たから、フルボッコになりかけて流石にたまらず撤退した。あれは一人で突破してなんとかなる状況じゃない」
「「……」」
それは笑い事なのだろうか。やれやれと笑いながらも呆れた様子を見せるカイトに、二人はそう思う。とはいえ、だ。それがあるからこその今回なのである。
「というわけで今回は陽動を大量に出して魔族の陸上部隊を引っ張り出して、竜騎士やらの部隊も出して空中の敵も釣り出す。徹底的に敵を釣り出して、切り札で一気に攻めきる。これで無理ならもうあの砦の攻略は無理だな」
一度しか使えない切り札を何枚も投入するのだ。実際のところとして<<七竜の同盟>>にももうこれ以上の作戦を打つ手段はないに等しく、正真正銘の背水の陣だった。
「まぁ、そりゃ良い。とりあえずそういうわけだから、陽動作戦にゃ可能な限り十分な準備をしたい、ってわけだ」
「わかった」
「おう」
瞬とソラの応諾に、カイトが一つ頷いた。そうして何十何百もの簡易量産型の輸送車をかき分けて進むこと少し。工兵達の作業音とはまた別のなにかが動く音が鳴り響く一角へとたどり着いた。
「っ……マクダウェル卿。彼らが例の?」
「ああ。今回の輸送車のテストに付き合ってくれているテストパイロット達だ」
「わかりました……丁度将軍も来られています。ご案内します」
おそらく試験エリアという事だったのだろう。その一角の出入りを見張る衛兵の一番偉い相手はカイトの訪問に気付くと、周囲の衛兵達に頷きかけカイト達の案内を請け負う。そうして更に歩くこと暫く。何台もの完成した輸送車が並べられて動作チェックを受けている場所へとたどり着いた。
「む」
「将軍。ご無沙汰しております」
「ああ、カイトか。その二人が、例のテストパイロットか」
「はい。今回の改修においても様々な協力をしてくれている者たちの中の二人です」
「話は聞いている。感謝する。アクストだ」
「あ、ありがとうございます。瞬・一条です」
アクストから差し出された手を瞬が握り返す。そうしてソラも挨拶を交わした所で、アクストが状況を教えてくれた。
「とりあえず先行して40完成した。今は魔女殿が最後の動作チェックを行っている所だ。今は丁度半分……という所か」
「わかりました……暫く待ちますか」
「そうだな……その間に状況を共有しておこう」
今回の試験を行う上で、どうしても数が必要になってしまうらしい。なので今回用意された40台全部の動作チェックが終わらない事にはソラ達のテストも出来なかった。
「ひとまず部品やらの製造だが、当初の予定より若干速いペースで動いている。流石は天才、という所か。簡易化は私の想像した以上の簡易化だった」
「それは良かった……ということは作戦を早められそうですかね」
「それは少し厳しいかもしれんが……まぁ、下手に妨害を受けるよりも急ぎたいのは私も一緒だな」
カイトの言葉に同意しつつも、アクストは実際の状況を知る側として少しだけ苦い顔だ。そうしてその後暫くの間、ソラと瞬は試験開始を待つまでの二人の雑談を小耳に挟みながらノワールの作業完了を待つ形となるのだった。
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