第3552話 はるかな過去編 ――襲撃者――
カイト達主導で行われている北の砦攻略作戦。その重要な要素を占める古代の飛空艇の復元に携わる事になったソラ達。そんな彼らは冒険者としての活動の傍ら時にテストパイロットとして、時に極秘裏に飛空艇の部品を運ぶ輸送隊の一員として活躍しながら、日々を過ごしていた。
そんな中でソラ達はマクダウェル領まで解毒薬を手に入れるべく赴いていたわけであるが、その帰り道。貴族派の妨害で一番厄介な正規兵による妨害を受ける事を懸念して冒険者達ぐらいしか使わない裏道を使って王都へと帰る事にしたソラはその道中で明らかに敵意ある何者かによる攻撃を受けるに至っていた。
そうして交戦が開始されるわけであるが、当初たった三人の貴族に喧嘩を打ったバカと油断しまくっていた襲撃者達も思わぬ戦闘力の高さに自分達の思い違いを理解。舐めた態度を収めて戦闘に臨んでいた。
「ふぅ……」
とりあえず戦況としては五分と五分という所かな。ソラは大斧使いの攻撃から逃れて、一息つく。そうしてこちらの思わぬ実力に警戒を露わにして一旦の停滞が生じ、ソラはその間にあらためて今までの敵の情報を洗い直す。
(受け止めきれない、ってほどでもなさそうだけど……やりたくはないよなぁ……やった瞬間、足止めになって攻撃受ける事になりそうだし)
おそらくは数発耐える事は余裕で出来るだろう。だがあの大斧使いの攻撃を数発受ければ確実に足を止めて、その間にナイフ使いか魔術師かの攻撃を受ける事になって一巻の終わりだ。となれば受け止めるという方向はなしとせざるを得ないだろう。
(ただ受け止めないと受け止めないで倒せそうでもない……よな)
大斧使いの動きは鈍重そのものだが、さりとて何もなしに攻撃を当てられるほどソラとて素早いわけではない。そうなると攻撃をこちらからも仕掛けて足を止める必要はあるが、流石にそれは厳しい物があるだろう。というわけでソラは少しの逡巡の後、倒すべき敵の順番を定めた。
(まず最初はあの魔術師かナイフ使いだな……大斧は最後で)
誰も彼もが一対一のタイマンなら勝てる。ソラはこの数度の激突でそう理解していた。彼自身は<<偉大なる太陽>>を封じたままだ。あれは切り札なので使わないに越したことはないが、それ抜きで五分と五分である以上負ける道理はないだろう。だが、同時に人数差は大きい。きちんと攻略法を考えねばならなかった。
(さて……後はどうやって攻略するかだけど。ナイフ使いはカウンターでいける、だろうな。さっきあの魔術師の妨害がなけりゃ確実に取ってたし……ってなると魔術師を先に仕留めるか……? いや、多分今は警戒されてるから、さっき以上に攻撃仕掛けてきそうにないんだよな……となると、やっぱり魔術師が先かな……)
やりようはいくつかある。ソラは戦略を組み立てると、一つ気合を入れる。そうして両者にらみ合いが続くわけであるが、それを終わらせたのは戦略を組み上げたソラだった。
「おぉ!」
「っ」
来るか。ナイフ使いは自身目掛けて距離を詰めてくるソラに警戒を露わにする。だがその彼の眼前に、巨大な影が舞い降りた。
「任せろ!」
「……」
ならばそうしよう。ナイフ使いはソラと正面から打ち合う事にした大斧使いの言葉にその場を離れる。とはいえ、この流れはソラもいくつか予測した流れの一つ。ならばと即座に手を打った。
「<<風の踊り子>>!」
「「「!?」」」
ニタリと笑ったソラから放たれる無数の風の踊り子達に、襲撃者達が思わず目を見開いた。だが大斧使いはすぐに気を取り直して、この程度と笑う。
「この程度の軽物、何の盾にもならん!」
「わーってるわ、ボケ!」
多少の損害は覚悟と魔術師による支援で無視する事にした大斧使いが、風の踊り子達ごとソラを叩き潰すつもりで大上段から大斧を振り下ろす。だが、この攻撃はそもそもソラからしても大斧使いと魔術師にとって無視出来る程度だとも理解している。ならばこの攻撃は単なる陽動でしかなかった。そうして次の瞬間。自分の振り下ろす大斧の軌道上に、僅かな魔力の線が顕現するのを大斧使いは見た。
「!? っ、おぉおおおお!」
なんだ。大斧使いは魔力の線に気付くも、もう遅い。すでに大斧は振り下ろされ、止まれる所にはない。なので大斧使いはソラの意図を無視し、いっそそれさえ叩き潰さんと更に気勢を上げる。だが、その次の瞬間だ。魔力の線をなぞる様に、ソラの剣閃が走った。
「ぐぉ!」
「甘いんだよ」
どんっ。片手剣で斬り裂いたとは全く別。まるで打撃としか言いえない音が鳴り響いて、大斧使いが大きく吹き飛ばされる。魔術師による防御で直撃は防げたのだ。とはいえ、それはソラも理解していて、この一撃はあくまでも大斧使いを一時的に行動不能にするためのものだった。
というわけで大斧使いを一時的に行動不能に落とし入れて、ソラは風の踊り子達により逃走を困難にされていたナイフ使いを目掛けて再度距離を詰める。
「っ」
「逃がすかってんだ!」
流石にナイフ使いも自分が正面からソラに敵わない事は先程の一幕で把握したらしい。彼の肉薄に盛大に顔を顰めて、風の踊り子達から逃れる様に大きく跳躍。しかしそれにソラもまた跳躍して、ナイフ使いを追撃する。
「ちっ!」
だんっ。ナイフ使いは魔術師により生み出された透明な足場に足を乗せると、身を翻してソラを正面に捉える。一対一なら勝てないが、勝てないからと逃げてばかりもいられない。というわけで虚空で転身した彼はソラへと再度跳躍する。
「はぁ!」
「おっと!」
ナイフ使いのナイフによる切り払いに対して、ソラは笑って盾で受け止める。そうして盾で受け止めて、ナイフ使いはこれが誘われたのだと理解した。
「おらよ!」
ナイフを振り払われた直後。がら空きになった胴体に差し込む様に放たれる剣戟に、ナイフ使いは先程同様にもう一つのナイフを使って防御する。その刃には魔術師による強化が加えられており、ソラの一撃でも十分に耐えきれた。が、だからと持ち主であるナイフ使いが耐えきれるかは話が別だった。
「はぁ!」
「ぐっ!」
ソラが気合を入れるや否や、ナイフ使いの身体が大きく宙を舞う。ナイフそのものがソラの攻撃を耐えきれようと、ナイフ使いがソラの攻撃を支えきれなければ意味がなかった。
というわけで吹き飛ばされたナイフ使いはソラからの追撃をなんとか防ごうと必死で空中で姿勢を立て直す。だが、その彼も次のソラの行動は想定していなかったようだ。
「お前さっきから何度もうざいんだよ!」
「っ!」
ここで自分に来るのか。魔術師はソラが怒りを露わにしながら自分に突っ込んでくるのを見て、盛大に顔を顰める。まぁ、ソラからしてみれば今まで何度も何度も直撃させられた攻撃を全てこの魔術師に防がれているのだ。一番最初に仕留めておこう、と考えたのは自然な話だった。そして近距離戦闘であれば、魔術師が近接戦を前提とする戦士に勝てる道理がない。
「っ!」
かなり不格好な動きだが、魔術師はソラの初撃を回避する。そうして何かしらの魔術でまるで氷の上を滑るかの様にそのままの姿勢で高速に距離を取ろうとする魔術師であるが、その次の瞬間だ。その背になにかが激突する。
「なんだ!? っ!?」
そこにあったのは、半透明の壁だ。それが魔術師の進路に立ちふさがり、移動を妨害していたのである。良くも悪くも逃げる事を優先し、その先に何があるか見極めていない事が原因だった。
というわけで完全に行動不能になり追い詰められた魔術師に、空中で姿勢を立て直し木々の一つに足を掛けていたナイフ使いがソラの追撃を防がんと跳躍する。
「っ! させん!」
「こっちのセリフだ! <<風の踊り子>>!」
「!?」
自分の動きを妨害する様に空中に生じた風の踊り子達に、ナイフ使いが盛大に顔を顰める。そうして妨害を阻止したと同時に、ソラは即座に地面を蹴った。大斧使いはまだ復帰出来ていない。この瞬間が勝機だった。
「食らいやがれ!」
「ぐっ!」
どすっ。疾走の速度を加算して放たれる刺突に、魔術師は流石に反応のしようがなかった。その腹に一撃を受けて口から血を吹き出す。とはいえ、これが致命傷になるかどうかは微妙とソラは判断していた。故に彼は片手剣を即座に引き抜くと、トドメの一撃とばかりに袈裟懸けに斬撃を放つ。
「おぉ!」
「っ……ちっ」
流石にこれは万事休すか。魔術師は自身の敗北を察すると、ソラの斬撃に小さく一つ舌打ち。依頼を諦める事にしたようだ。斬撃が自身を切り裂くよりも前に、その場から消え去った。
「……逃げた、か」
どういう技術かは知らないが、逃がしたか。ソラは仕留めきれはしなかったものの、すでに襲撃は諦めたものと判断。別に殺す事が目的ではなかったため、それで良しとしておく。というわけで一人仕留めたソラは次とナイフ使いを正面に捉えて、戦闘を再開するのだった。
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