第3551話 はるかな過去編 ――襲撃者――
カイト達主導で行われている北の砦攻略作戦。その重要な要素を占める古代の飛空艇の復元に携わる事になったソラ達。そんな彼らは冒険者としての活動の傍ら時にテストパイロットとして、時に極秘裏に飛空艇の部品を運ぶ輸送隊の一員として活躍しながら、日々を過ごしていた。
そんな中でソラ達はマクダウェル領まで解毒薬を手に入れるべく赴いていたわけであるが、その帰り道。貴族派の妨害で一番厄介な正規兵による妨害を受ける事を懸念して冒険者達ぐらいしか使わない裏道を使って王都へと帰る事にしたソラはその道中で明らかに敵意ある何者かによる攻撃を受けるに至っていた。
というわけで開けた場までたどり着いた所で、ソラが一応、念の為。敢えて言えば建前として問いかける事にする。
「あー……すんません。一個戦闘前に聞いておいて良いっすか?」
「「「あ?」」」
明らかにこちらの意図は明白だろう。両者共にそう言い切れる状況にも関わらずのソラの問いかけに、襲撃者達が揃って顔を顰める。だが人数的にも勝ちを確信しているからだろう。襲撃者の一人が上機嫌に応じてやった。
「なんだ?」
「一応、誰かと間違えたとか、戦いで俺達の支援をしてくれるつもりだった、とかないっすか?」
「……ぷっ!」
「ぐっ……」
「くくく……」
明らかにさっきの一撃はお前狙いのものだっただろうに。何をどう考えても勘違いなぞあり得ないはずの一撃に対してそんな事を口にするソラに、襲撃者達は思わず失笑する。というわけで、先程応じてくれた冒険者が盛大にバカにしたような顔で問いかけた。
「お前、頭大丈夫か? いや、お貴族様に喧嘩を売るんだ。そんぐらい馬鹿じゃなきゃやってらんないよな」
「あははは。いやぁ、俺も喧嘩売るつもりはなかったっすけどね」
「あはははは!」
ぎゃはははは。襲撃者達は自分達のターゲットがただ腕が立つだけの思い上がりの成り上がりの小僧共だと判断したようだ。盛大に肩を震わせて笑う。というわけで中には目端に涙を溜めるほどに笑い転げる襲撃者達であったが、ソラのあまりに考えなしな様子に面白くなったらしい。
「はぁ……だが、喧嘩を売った相手が悪かった。結構喧嘩売ってるって聞いてるぜ」
「そっすかね。売った数が多すぎて覚えてないっすねー。ちな、誰なんっすか? 一番最初にブチギレたのって」
「はははは……プシカ男爵だ。俺は、だけどな。他にも出てるみたいだぞ? お陰で暫く飯の食いっぱぐれの心配しなくて良い」
ソラの問いかけに答えた襲撃者の一人の言葉に応ずるように、他の襲撃者達もニタニタと笑う。どうやらこの人数でたった三人を殺すだけでかなりの金額が出る、とかなり楽観視しているようだ。
「ま、今度生まれ変わったらお貴族様に喧嘩を売るなんてしないようにしろや」
「おい、女二人は殺すなよ」
「わかってる」
「はぁ……」
「イミナ」
「申しわけありません」
相変わらず下衆な輩は枚挙に暇がないものだ。そんな様子でため息を吐いたイミナに、セレスティアが一つ掣肘する。そうして無駄話は終わり、と両者の間で殺気が渦巻いていく。
(後もうちょっと、情報が欲しかったけど……後はカイトかアサツキさんにお願いするか)
当たり前だがソラがいきなりあんな会話をねじ込んだのには理由がある。人数差が圧倒的である事を見て、襲撃者達が勝利を確信している事を理解。ならば情報をバラしてくれるかもしれない、と考えたのだ。そして案の定、今回の襲撃者達の依頼人の一人を話してしまっていた。
(考えなしはどっちだっての……まぁ、人数差がこんだけありゃそりゃそうか、って話だけど)
相対戦力比はこちら一人に対して襲撃者達は三人。一人で三人相手にせねばならなかった。地の利は得られなかったが、人数の差は相変わらず圧倒的だ。勝利を確信していても無理はなかった。
「足の遅いやつは俺がやる」
「俺も、遅いやつにするか」
「俺はどうするかな……」
闘気の高まりと共に、襲撃者達が身近なやり取りを交わす。それに、ソラは内心でやはり、と自分の推測が正しかったと理解する。
(おぉおぉ、舌なめずりなんてしてくれちゃって……でもやっぱりそうか。こいつら、多分今回の襲撃で偶然一緒になっただけの連中だ。しかもろくに情報も与えられていない。そりゃそうだよな。カイトや四騎士、レックスさん達が背後にいる、なんてなったらこんな襲撃絶対引き受けたくないだろうし)
『ソラ』
『おう……一旦お前なしでやるわ』
『わかった……だが、油断するなよ』
『おう』
<<偉大なる太陽>>の言葉にソラは気を引き締めながらも、勝機は十分にあると判断する。相手は自分達の実力を知らないか、知っていても王都にここ数ヶ月新進気鋭の冒険者達が居て、カイトと懇意にしているという程度しか知らないのだと思われた。
そうして敵の内情などを一瞬で読み解いたソラは、自身を見る痩身の男と筋骨隆々の大男、最後に魔術師らしい杖を持った男を確認する。この三人が、彼の敵らしかった。
(痩身の男の武器はナイフ。筋肉ムキムキの大男は大斧。魔術師は……魔術師か)
戦術としては、ナイフの男が速度でソラを牽制し、大男がその大斧で防御ごと一刀両断。魔術師は二人を補助か、二人の隙間を埋めるように攻撃という所かな。
ソラはこちらを完全に舐めきりながらもバランスの良い編成を選択していた襲撃者三人に若干だが警戒度を上げる。そもそも人数差がある時点で、ソラ達の方に油断出来る道理はない。というわけで圧倒的な人数差の中、先手を取ったのはイミナを見ていた襲撃者達だった。
「っ」
「はぁ!」
やはり貴族から依頼を受けられるだけの事はあって、実力としては確かなものだと言えただろう。最初に地面を蹴った男は常人には消えたとしか思えない速度で距離を詰めようとしていた。
だが、対するイミナは速度であれば未来の世界においては最上位とは言わずとも有数の猛者だ。しかも最重要人物の一人であるセレスティアの護衛を任されるほどでもある。そして何より、マクダウェルの騎士。その本家筋である彼女に速度で挑む事が愚かでしかなかった。
「遅い!」
「なにっ!?」
反応されないとは思っていなかっただろうが、それでもイミナが自分の想定の数倍の速度で肉薄してくるとは思ってもいなかったのだろう。次の瞬間、雷電の如き一撃が襲撃者の胴を打った。
「……む」
わずかに軸をズラされたか。イミナは直撃したと一瞬考えたようだが、感触から直撃とまではいかなかったと小さく顔を顰める。と、そんな一瞬の攻防に全員が注目した直後だ。ソラと相対していたナイフ使いが彼へと襲いかかった。
「ふっ」
耳を澄ませねば聞こえないほどに小さな呼吸音と共に殆ど音もなく地面を蹴ったナイフ使いだが、これにソラは即座に応戦。自身の前に現れると読んで、置くような形で盾で薙ぎ払う。そして案の定、正面に現れる事は間違いではなかったようだ。
だが流石にこんな攻撃の直撃を受けるような相手でもなかった。一歩手前で着地すると、そこでわずかに跳躍。丁度ソラの腰あたりの高さの所に生じた足場に着地すると、彼の喉を目掛けて刺突を放つ。
「はぁ!」
「っと! 流石に!」
流石にこれで仕留められるほどソラとて甘くはない。彼は虚空に足場が生じるのを魔力の流れで察すると、盾を振るその勢いを利用して回転するように片手剣で刺突を放つ。
「ちっ」
ナイフ使いはソラの迎撃を察知すると、服の裾からナイフを滑らせて今まで持っていたナイフを右手に、新たに現れたナイフを左手に持ってソラの刺突をナイフの腹で滑らせるようにして軌道を逸らす。そんな防御に対して、ソラは刺突が躱されたのを理解して即座に片手剣に力を込める。
「おぉおおお!」
「なに!?」
「らぁ!」
雄叫びと共に片手剣でナイフを押し込んで、ソラはそのままナイフ使いを強引に押し出して吹き飛ばす。とはいえ、単に押し出しただけなのでナイフ使いは空中で姿勢を整えると、魔術師により生み出された透明な足場に着地して体勢を立て直す。と、そうして生まれた空白に、巨漢の大斧使いが現れる。
「おぉおおおおお!」
森全体が震えるかのような大声が響いて、大斧使いが大上段に構えた大斧をソラ目掛けて振り下ろす。これにソラは即座に地面を蹴って、更に飛空術の勢いを加算して距離を取る。
「っと! あっぶね! って、うぉ……」
外れた一撃は地面を大きく穿ち、森そのものにさえ大きな亀裂を生じさせる。と、そうして回避した彼の背後を狙うように、音もなく再度ナイフ使いが忍び寄っていた。
「って、気付かねぇわけがねぇだろ!」
「ちっ!」
再び薙ぎ払うように放たれる盾に、ナイフ使いが舌打ちする。とはいえ、ナイフ使いも忍び寄るために速度を落として移動したのだ。反応は十分に可能だったようで、即座に後ろへ跳躍してわずかに距離を取って、今度は正面から攻め込もうと地面を強く踏みしめる。だが、それを許すほどソラは甘くない。
「甘い!」
「っ!」
速いではなく早い。ナイフ使いはソラが転身と同時に地面を蹴って自身へと肉薄してきた事に思わず目を見開く。反応が素早いのだ。明らかな慣れが見えた。そうしてナイフ使いに僅かな逡巡が生じ、その逡巡が命取りだった。
「はぁ!」
「っ」
万事休す。そんな様子でナイフ使いの顔が歪むが、彼の顔面へとソラの片手剣が突き立てられる前にその眼前で片手剣が澄んだ音を立てて停止する。
「ちっ!」
「すまん!」
「おぉおおおお!」
「ちっ! またかよ!」
片手剣の一撃が魔術師により食い止められ、更にその衝撃を受け止めきれない内に自身の背後に迫って来ていた大斧使いにソラは盛大に顔を顰める。とはいえ、それにソラは咄嗟に魔力を爆発させ、その場を離脱する。
「……こいつら、やるぞ」
「……少し本気でやったほうが良さそうだな」
どうやら自分達はかなり甘く見てしまっていたらしい。襲撃者達はたった三人に苦戦させられている実情を受けて、自分達の誤算を理解する。そうして、襲撃者達が改めて気を引き締めた事により戦いは後半戦へと進むのだった。
お読み頂きありがとうございました。




