第3545話 はるかな過去編 ――薬――
カイト達主導で行われている北の砦攻略作戦。その重要な要素を占める古代の飛空艇の復元に携わる事になったソラ達。そんな彼らは冒険者としての活動の傍ら時にテストパイロットとして、時に極秘裏に飛空艇の部品を運ぶ輸送隊の一員として活躍しながら、日々を過ごしていた。
そうして八面六臂の大活躍といった塩梅に忙しなく動いていた彼らであったが、その結果所謂貴族派と呼ばれる貴族達からついに直接的に狙われる事になってしまう。
というわけで万が一毒を盛られた場合に備えてカイトが融通してくれた解毒薬セットを受け取るべくもう一つのマクダウェル家を目指してソラは移動していた。とはいえ先の時と異なっているのは、同伴者が瞬ではなくセレスティアとイミナの主従だという事だろう。
「薬物か……毒じゃなければなんでも良いとは思うが」
「毒じゃない薬なんてないでしょ。単に用法用量を間違えて使えば薬もまた毒ですし、毒もまた用法用量を守れば薬になりますし」
「道理だな……だが食べ物に食い合わせがあるように、薬にも飲み合わせがある。そしてその飲み合わせ次第で薬は毒になり、毒は薬になる」
ソラの指摘にイミナが笑う。と、そんな彼女にソラがふとここ数日思っていた事を口にする。
「でも驚きました。まさか薬詳しいんっすね」
「この時代もそうだが、我々の時代でも医薬に長けている事は変わっていない。それに影響されて薬学を修めていると、という所だ」
「そういえばマクダウェル家……こっちのマクダウェル家も医療系に強いんでしたっけ」
「ああ。不思議な縁を感じたものだが……今更だがカイト様がカイト様である以上、当然だったわけだ」
ソラの問いかけを認め、イミナはエネフィアに来た当時の事を思い出す。あまりにも酷似した同じ名前の別の家。不思議と縁を感じた彼女であったが、これは言ってしまえば独立した祖先が作った家だ。不思議も何もなかった。と、そんな彼女にセレスティアが笑う。
「そういえば、戻ったらマクダウェル家の紅茶をまた飲みたいですね。あの爽やかな香りを……エネフィアにも似た銘柄は幾つかありましたが、やはりどれも違うものですから」
「手配しましょう」
「そう言えばこの時代のカイトって紅茶好きなんかな」
「どうでしょう……あの方の性格上と立場上、苦手という事はないと思いますが」
カイトの性格上、というのは妙に真面目な所だ。なのでヒメアに淹れる前には必ず自分で飲んでみているだろう事は疑う余地がなかった。というわけで首を傾げるセレスティアとソラに、イミナが教えてくれた。
「好まれていたそうですよ。昔セレスティア様には語ったと思いますが」
「そうでしたか?」
「もう随分と昔……巫女になられるより前の話ですから。覚えてなくても無理はないかと」
「それいつの話ですか……というか姉さんと勘違いしてるパターンとかありませんか、その時代だと」
「……あまり否定はしかねますね。思えば話してなかったかも……」
やはり魔術による記憶の補助を使っていない時代の記憶だと曖昧になってしまうものだ。なのでそういうことがあったかも、とイミナも少し不確かな様子だった。とはいえ、この時代のカイトもまた紅茶を好む事を知って、ソラはそれならと口を開いた。
「それならお土産に紅茶でも買って帰るか」
「それは良いですね。イミナ、好まれた銘柄は把握していますか?」
「無論です。おそらく手に入れる事は出来るかと」
じゃあ、そういうことで。三人はカイトへの手土産をそう決めると、暫くの間はのんびりとカイトの手配してくれた竜車に揺られてマクダウェル領マクダウェルまでの旅を楽しむことにするのだった。
さて三人が王都を出発して数日後。行きは特に問題もなくマクダウェル領マクダウェルに到着。元々カイトが伝令を出してくれていたので、受け取りまでは特に問題もなく終わる事になる。が、そうして会った相手に、ソラはただただ恐縮していた。
「すみません、わざわざお手を煩わせるなんて……」
「構いませんよ。あの子は滅多な事ではウチを頼ろうとしないのに、急に頼んできたから何事かと思いましたが。あなたは良い方なのでしょうね」
「は、はぁ……」
カイトの養母にしてクロードの実母、先代のマクダウェル卿の妻であるイザベラの言葉に、ソラはただただ萎縮してばかりだ。古くから医療系に強いマクダウェル家だが、その中でもマクダウェル領で薬学が栄えだしたのは彼女の手腕が大きいとは言われている。
なのでカイトからの要請を受けた彼女はすぐにこれを快諾。自分が知り得る毒の記憶を参考に、色々と解毒剤を作ってくれたのであった。
「いつ以来だったかしら。あの子が私を頼ってくれたのは。あの子、本当になんでも自分でしてしまおうとしてしまう子で、そこだけが心配で……」
「は、はぁ……あ、そうだ。そう言えばカイトが暫く顔を見せられず申しわけありません、と伝えてくれと」
「また忙しいみたいね、あの子は」
どこか寂しそうな表情なのは、気の所為ではないのだろう。ソラはイザベラの顔に浮かぶ一抹の寂寥感のようなものをそう理解する。
そこまで広くはない屋敷とはいえ、彼女の他はほぼほぼメイド達ばかり。夫はすでに亡く、息子達も最前線で活躍する騎士だ。息子達の前では気丈に振る舞えど、寂しさを感じないわけがなかっただろう。とはいえ、今回はそれでもマシな方だった事を彼は知る事になる。
「なんだ!?」
「はぁ……ごめんなさいね。クロード!」
『え? あ、ごめんなさい!』
ばちんっ、と屋敷全体を舐めるように走った紫電にソラが困惑。一方のイザベラは紫電を見てため息を吐くと、喉に魔術を展開して屋敷全体に届くように声を発する。そうして十数秒後。大慌てでクロードが現れた。
「申しわけありません、母上……あれ? ソラ?」
「あれ、ソラではありません。なんですか、今のは」
急に厳格な母親の顔になった。ソラはクロードが現れるなり先ほどまでの貴婦人が一変して厳格な騎士の妻としての顔を覗かせるイザベラに、僅かに驚きを浮かべる。というわけで、彼女の問いかけにクロードは慌てて再び深々と頭を下げる。
「開祖様の短刀に力を通してみたのですが……申しわけありません。私の思う以上に開祖様の<<雷鳴剣>>は凄まじい力を秘めていたようです」
「<<雷鳴剣>>が力を取り戻した事は聞いています。では今のも?」
「はい……古文書を洗い出し異界への門の閉じ方を推察し地下の訓練場で試験をしてみたのですが、軽く一振りしただけで結界を貫通してしまったようです」
「なるほど……そういうことであれば罰は与えないでおきましょう」
元々一族伝来の品で、最近になって<<雷鳴剣>>によって魔界の扉が閉じられた事が明らかになっている。これを使いこなすのは急務と捉えられていて、クロードは時折こちらに戻って<<雷鳴剣>>の調査に乗り出していたのである。
その一環で今回は次元を裂く力を行使してみようとした結果、あのように屋敷全体に紫電が走るという事態を引き起こしてしまったのであった。というわけで認められたやむを得ない事由にクロードは内心で胸をなでおろしつつ、頭を下げる。
「ありがとうございます」
「ただ以後は気を付けるように。まだ今回は何もありませんでしたが、万が一お客様にお怪我があればどうするつもりだったのですか」
「申しわけありません。ソラもすみませんでした」
「あ、良いよ。あの程度だったらよくある事だし」
なんだったら俺なんて冒険部でギルドホームを揺らす要因のトップスリーぐらいにはいそうだし。ソラはクロードの謝罪を軽い感じで受け入れる。というよりこれで怒っていては彼自身何度怒られるかわかったものではなかった。というわけで、ソラの受諾にイザベラが頭を下げて感謝を示す。
「ありがとうございます」
「いえ……ああ、そうだ。兎にも角にも解毒薬ありがとうございます。まぁ、こんなもの使わないで良いなら使わない方が良いんですけど……」
「そうですね。本来、そういった物が使わないで良いなら使わない方が良い。ですが備えなくて良いかどうかはまた別問題です」
「そうですね。薬箱は持っていて損はないですから。特に俺達みたいなのだと」
「でしょう……それにお話を聞く限りだと、さっきのイミナさんは薬に詳しい様子。是非今度一度、しっかりお話出来ればと伝えておいてくださいな」
「お伝えしておきます」
その機会があるかはわからないけれど。イザベラの言葉に対してソラはそう思いながらも、社交辞令としてそう答えておく。というわけで本題となる解毒薬のセットの引取が終わった所でイザベラは再び母親の顔を浮かべる。
「クロード。あなたもソラさんとは知り合いと聞いています。後の対応は任せて良いですね」
「もちろん大丈夫です」
「では、任せましたよ」
イザベラは決して暗愚ではない。喩え教えられていなくともソラ達の来訪とその来意。そしてそれに合わせたかのようにこちらに戻って来ていたクロードがその実なにかの関連性があると考えていた。というわけで期せずしてではあったが彼がこちらに来た事もあり、ソラとの会談は終わりとする事にしたようだ。そうして出された指示に、クロードは深々と頭を下げた。
「かしこまりました……ソラ。少し時間貰えるかい?」
「あ、ああ。大丈夫。ああ、セレスちゃんとか呼んできたほうが良さそう?」
「……そうだね。呼んで貰ったほうが良いかも」
ソラの問いかけにクロードは少しだけ考えるも、最終的には二人にも同席して貰ったほ方が二度手間にならないで良いと判断したようだ。というわけで彼らはセレスティアとイミナと合流し、防諜対策の施された部屋へと向かう事にするのだった。
お読み頂きありがとうございました。




