第3543話 はるかな過去編 ――協力――
北の砦攻略に向け、古代文明の飛空艇の復元を目指すカイト達と、それに協力する事になったソラ達。そんな一同はレジディア王国の僻地にて見付かった飛空艇の残骸をシンフォニア王国の王城地下に設けられた秘密研究所にて組み上げる作業を手伝う事になり、システムの改修への意見や部品輸送の極秘任務への協力など、数々の協力を行っていた。
そうして時に貴族派と呼ばれる政治的なカイトの敵対者達からの妨害や飛空艇と輸送車の復元・改修に携わっていたソラ達であるが、その一方。カイトはというとかつての会議の前に会った将軍アクストと再び会合を持っていた。
「また変な物を開発しているみたいだな」
「何をするものかわからない事こそ、一番警戒せざるを得ない。奇抜は時として重要な力になり得ます」
「道理だな」
アクストはカイトの言葉を聞いて楽しげに笑う。と、そんな彼らに今度は情報局のアートルムが笑う。
「情報局にも少しは情報を入れて頂きたいのですけどもね。おかげで内部情報だというのに局員が調べに行くというよくわからない事になっていますよ」
「陛下にはきちんと報告していますよ」
「存じ上げております」
「それも調べて?」
「卿が陛下の手であるのなら、私は陛下の耳。手がしている事を頭が知らぬではなりませんからね」
それがお互いにとっての仕事なのだ。なので単なる社交辞令という所でしかなかった。というわけで笑いあった所で、三人は本題に入る事にする。
「さて……それで例のお話ですね」
「ええ……まぁ、おそらくこれは情報局の方が詳しいのでしょうが」
「どこから漏れたか、ですか」
「ええ。研究室そのものには入られている可能性はない、という事ですが」
ソラ達は簡単に出入りしているように思える地下の秘密研究所だが、そもそも出入りが東棟というヒメアが守護しているエリアだ。しかも彼女はカイトと異なり常にあそこに居る。
魔族でさえ入る事は出来ておらず、本来は情報の流出なぞあり得るわけがなかった。が、実際として情報は流出しているのだ。ならば答えは一つしかない。
「卿とて理解はされているでしょう。人の口に戸は立てられぬもの。どこかかからは漏れるものです。それが少なく出来れば少なく出来るほど、漏れないようには出来ますがね」
「無論。そしてそれをかき集める事こそがあなた方のお仕事だということも」
「ご理解頂き恐悦至極」
相変わらず大仰な人というか演技っぽい人というか。カイトは情報局の局員だからこそこういう風なのだろうと僅かに苦笑する。
「まぁ、今回の出どころですが、物資の搬入をされている搬入業者の中に貴族派の者が紛れ込んでいたようです。より正確には、ですが」
「そちらの身内ですか」
「誠に申し訳ありません」
少しだけ困ったように笑うアートルムであったが、カイトのやはりというような様子に申し訳無さそうに頭を下げる。これが本心かどうかは定かではないが、少なくとも情報局とて一枚岩ではない事は間違いないと察せられた。というわけでそんな彼を横目に、今度はアクストが口を開く。
「で、そうなるとだが……まぁ、察せられようものだが」
「当然の妨害が入ってきたと」
「ああ。各所に根回しが走っている。輸送隊にも手が入り、物資の搬入がかなり遅れることになりそうだぞ」
「まったく……あの砦はさっさと片付けないとマズいってのに」
「「はぁ……」」
カイトのボヤキに合わせるように、アクストとアートルムの二人もまたため息を吐いた。基本カイトに接触してくる情報局の局員は貴族派ではない。なのでアートルムも現実的に考えればカイト達の足を引っ張る事が自分達の首を絞める事になると認識しており、内部での足の引っ張り合いを行おうとする相手方にはただただ頭を悩ませるばかりであった。というわけでため息を吐いたアクストだが、カイトに一つ問いかける。
「あの……なんだ? 奇妙な金属の箱は」
「輸送車……ゴーレムを荷車化したものだと認識して頂ければ十分です。本来そうですし」
「荷車? あれが?」
「事実ですよ。私や彼女が幼少期の頃、銀の山の棟梁の娘に望まれて山で使える荷車を拵えたのですがね。その時の失敗を下地に色々とやった結果、金属の箱になったというだけです」
「なるほど……あの山で使うのなら確かに蓋も必要……そうなると素材やあの形状も道理には背いていないか……」
積載量が減る事に目を閉じれば、悪路で揺れて積荷が飛び出したり、万が一横転したとしても内部の積荷がばらまかれたりする事はない。アクストはノワールの設計に道理を見て思わず目を見開いて納得を顕にしていた。というわけで改めて自軍での採用について考えようとした彼に、アートルムが笑って制止する。
「将軍。今はそういう場合ではないかと」
「っと、そうだな。だが荷車を使うつもりなのか?」
「もちろん、手札の一枚に過ぎません。ですが竜騎士達による決死隊より遥かに生還率は高められる」
「ということは……自走式にするのか。となると量の用意が必要……というわけか」
「そうなります。そこで将軍にお願いしたいのは、腕の立つ工兵と作業場の確保です」
「それは出来なくはないが……だがあれはあの天才魔女の作だろう? 腕の立つと言えど、一介の工兵に作れるとは思わんが」
カイトの依頼に対して、アクストは一つの懸念を口にする。もちろん、そんな動員を掛ければ更に情報の流出はされるだろうが、それでも良いと踏んだと彼は認識していた。なので受け入れる事は出来るが、懸念点がここだった。だがこれに、カイトは一つ頷いた。
「ええ……ただそれについては今可能な限り簡略化出来るように作業を進めています」
「簡略化?」
「ええ……正直に言えば我々もあれを全部完璧に量産するのは無理と捉えています。なので機能を大幅に制限して、本命を別に用意してしまおうかと」
「なるほど……その本命は自身が、というわけか」
「いえ」
「なに?」
まさか本命もこちらにやらせるつもりなのか。アクストは笑って首を振ったカイトに驚いたように目を見開く。というわけでカイトはノワールの提案をアクストへと説明する。
「これはあの荷車の構造を簡易的に記したものです」
「これは……なんだ? 幾つかの区画? いや、だがあの規模だ。区画というには……」
「ブロック構造、と我々は呼んでいます。ブロック化して、破損した場合に破損部分だけ交換出来るようにして整備性を向上させる事を考えたものです。ゴーレム技術で最近開発されたものだそうです」
「ブロック化……そ、そうか」
少し理解が出来なくなってきた。アクストはカイトの語る内容をそういう機能なのだと認識するに留める事にしたようだ。そもそも彼は完璧に理解するものではなく、兵達に指示するのに不足がない程度に理解していれば良いのだ。なのでそれで十分とは言えた。そして彼はその十分な程度の理解が出来る男だった。
「とはいえ、だいたいは掴めた。このブロック化? とやらで分けられた内、本当に重要な部分だけを彼女が手掛けて、それ以外は工兵達が作業するわけか」
「そういうことです」
「なるほど。上手い手を考えたな」
これならば全体に影響が出るほどの大規模な妨害をしない限り、貴族派の連中も妨害は難しい。そしてアクストの理解した内容に、アートルムもまた感心していた。
「確かに……これであればどれもが本命と言えるし、どれもが本命ではないと言える。いや、しかも無事な物をかき集めて戦場での復旧も楽だ……なるほど。これは確かに素晴らしい技術かもしれませんね……」
「彼女曰く、ゴーレムの技術としては比較的古くからあった技術らしいですよ。ただそれはもう使われなくなって久しい技術ではあったそうです」
「そうなのか?」
アクストは軍の将軍だ。なのでゴーレムなどの戦争への利用は当然指揮しており、ゴーレムの技術もきちんと理解している。なのでその自分さえ知らなかった事に大いに驚いていた。
「ええ……古くより物語にさえ記されているクレイ・ゴーレム。その系統では戦闘で破壊されれば破損部位を大地からかき集め補っている。そこから、着想を得たそうです」
「な、なるほど……」
確かに言われてみればその影響と考えられるな。アクストはカイトの語る内容に道理を見て、ただただノワールの発想に感服するばかりだ。とはいえ、これでアクストは一気に今回の案件に対する本気度を上げた。
「わかった。この技術は今後、我が軍としても有用な技術と考えて良い。もちろん、提供される以上は今後活用して良いという事だな?」
「無論ですよ。そうでなければそちらに製造を依頼するわけがない」
「ならば話は早い。腕の良い工兵と作業場だな。すぐに用立てよう」
本気度が上がれば一気に頭も回ってくる。アクストはカイトに応じながら、その脳裏では今回の案件を委ねるに足る兵士を何人もリストアップし始めていた。と、そんな彼を横目に今度はアートルムがカイトに問いかける。
「そういえばマクダウェル卿。これはもしや、後ろに兵も載せられるのでは?」
「うん?」
「ええ。今回はブロック化で省きましたが、本来は御者……操縦士が操縦する事が出来るようになっているものです」
「なに!?」
「流石に今回の作戦では危険過ぎるので無人での運用ですよ。ですがその情報を収集するために、彼らに協力を依頼しているというわけです」
頭を高速回転させていたアクストがぶんっと頭を振ってこちらを向いたのを受けて、カイトは苦笑混じりに流石にそれは想定していない事を明言する。
「そうか……だが、これは……今後の戦局さえ変えかねない発明だな……まぁ、問題は多そうだが……」
「多いですよ、実際。謂わば馬車で戦場に乗り込むようなものなのですから」
「それも……そうか……むぅ……」
アクストが考えたのは、この輸送車で一気に敵の本陣などに乗り込んで制圧する電撃戦だ。が、カイトの指摘する通りこれは謂わば馬車のようなもので、一隻吹き飛べば中の兵士も諸共になりかねない。よほどの防御力を有した機体を用意しなければ突撃なぞどだい無理な話なのであった。
というわけで上手く行かないものだ、と思いつつもその作戦そのものは有益と判断。今は無理なのだと諦める事にした。
「上手くいかんもんだ。とはいえ、そういう使い方がわかったのは有り難い。今後戦争が長引けば、そういう事も覚えておく事にしよう」
「それで良いかと」
「うむ……それでアートルム。情報局の側は動けそうか? 今回は我々軍としても……まぁ、私や陛下派の者たちだが……かなり重要な作戦と考えたい。妨害はなるべく防いで貰いたい」
「やってみましょう」
やっぱり厄介なものだ。アクストは対外的には一応一枚岩でありながらも、内々には貴族派と王侯派とでも言うべき自分達の派閥で足の引っ張り合いを行う現状にため息混じりだ。というわけでアクストの要請にアートルムが応じて、カイトの要請を軍と情報局の両方が応諾。三者は北の砦攻略戦に向け、本格的に行動を開始するのだった。
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