第3540話 はるかな過去編 ――偽装工作――
北の砦攻略に向け、古代文明の飛空艇の復元を目指すカイト達と、それに協力する事になったソラ達。そんな一同はレジディア王国の僻地にて見付かった飛空艇の残骸をシンフォニア王国の王城地下に設けられた秘密研究所にて組み上げる作業を手伝う事になり、システムの改修への意見や部品輸送の極秘任務への協力など、数々の協力を行っていた。
そんな中、アサツキに内密に話したいと呼ばれたソラは彼女から自分達が未来から来た存在である事を看破されると共に、自分達がカイトに戦後の主導権を握られる事を厭う勢力により狙われている事を知る。
そうしてカイトへと相談を持ち掛けたソラであったが、共に居たノワールの提案により彼女が偽情報を作成する事になり、一晩明けて翌日。ソラは再び王城地下の秘密研究室にやって来ていた。が、そんな彼が見たものは、謎の巨大金属物であった。
「……なんすか、これ。またデカいのが……」
一晩経って訪れてみれば、飛空艇ほどの巨大な箱型の金属物がでんっと置かれていたのだ。ソラでなくても何事かと思っただろう。というわけで唐突に現れた巨大な箱型の金属物に目を白黒させるソラであったが、そんな彼の来訪に気付いたらしい謎の物体の横に居たカイトが肩を竦めた。
「偽装工作用の魔道具……じゃないか?」
「……え?」
偽装工作用にしては本格的すぎやしないか。ソラはカイトの言葉に再度箱型の魔道具を見て、その巨大さを再確認。やはり偽装工作というにはあまりに大掛かりな小道具というか大道具に、目を何度となく瞬かせていた。
「……これ、どうすんの?」
「オレが知りてぇよ。オレも朝起きて姫様の相手してこっちに顔出したらこれだ。ノワールの奴はどこへやら、って感じでな」
「そうなのか……」
となると流石にこれが何のために用意されたものかはわかりそうにないな。ソラはカイトの意見はあくまで意見として聞き流す事にする。というより、流石にこんな飛空艇と同程度の大きさの箱型の魔道具を偽装工作のために一晩で用意したとは考えたくなかった。というわけで謎の箱型の魔道具を前に少しおっかなびっくり観察する二人であるが、そこに声が掛けられる。
「偽装工作用で間違いないですよ、それ」
「サルファ……ってことはやっぱりか」
「ええ。いつもの事ですね」
やれやれ。どこか苦笑いの浮かぶカイトの言葉を認めるように、サルファが盛大にため息を吐いて首を振る。これにソラが小首を傾げた。
「いつものこと?」
「朝っぱらまでこいつをいじくり回してたんだろう……相当ストレス溜まってたか。そりゃそうか」
「まぁ……今回ばかりは仕方がないので僕も目こぼしはしました。ただ限度があるので朝日が昇る頃に眠らせ、今しがた森からお香やらなんやらを持って帰ってきた、という所ですね」
苦笑いの笑いの成分が薄まった苦笑いを浮かべるカイトに、サルファもまた困ったように笑うだけだ。そんな彼に、カイトが机にあったカップを手渡す。
「そうか……お疲れ」
「いえ、慣れてますから」
どうやらカイトが給仕が出来ることは全員知っているようだ。慣れた手つきで紅茶を用意する彼に、サルファは朝一番から一仕事をしたからか素直にそれを受ける事にしたらしい。というわけでお茶の用意を待つ間、カイトがぼやいた。
「流石の天才も古代文明の未知の技術にゃ手を焼くか。予定より大きく遅れてるからなぁ……」
「本人いつも通り振る舞っていますが、やはり少し気にはしているみたいです。ただ自分以外これをなんとか出来る魔術師も魔道具技師もいないとなると、やるしかない、と」
「オレらはみんながみんな、無茶の連続だな」
「あはは」
なんだかんだ無茶をし過ぎだと言われるカイトだが、その彼が無茶をするのは結局幼馴染達が全員無茶をしているからだ。というわけで困り顔で笑うカイトに、サルファもまた同じ顔で笑う。
というわけでそんなこんなで話していると準備はあっという間に終わり、気付けば簡素なお茶会が出来る状況が出来上がっていた。
「ソラ。お前も紅茶で良いな?」
「良いのか?」
「一人淹れるのも二人淹れるのもさして変わらん。それにどうせだ。お茶でも飲みながらこいつの話を聞けば良い」
「そうですね。少し休憩がてら、お伝えします」
カイトの視線での問いかけに、サルファがそれを笑って受け入れる。というわけでカップが全員に行き渡った所で、サルファが紅茶を一口口にして話し出す。
「それでさっきも言いましたが、これは偽装工作用の魔道具です。この間からずっとなにかをしているとは思っていたんですが、これ幸いと偽装工作として使うつもりみたいですね」
「ということはこれはなにかの試作品か試験品なのか?」
「はい……先日兄さんと大昔の荷車の事を話していたと聞きましたが」
「またその話か」
サルファの問いかけに、カイトがため息を吐きながらも笑う。大昔の荷車の話、というのはこの飛空艇の復元の時に話していた鉱物を運ぶ荷車の事だろう。
どうやらあの話はその後何度か繰り返していたらしく、カイトには少し辟易とした様子も滲んでいた。というわけでそれを察したサルファが笑いながらも、一つ頷いた。
「ええ……それでソラ達から聞いた話やらを参考に、自動で動く大型の荷車を手慰みに開発していたそうです。何の役に立つわけでもなく、単なるストレス解消ですね」
「それがこれか……ってことはこれ、追従して動いたりするものなのか?」
「らしいです。で、速度も十分に出るそうで……」
カイトの問いかけを認めながら、サルファは少しだけ頭を振る。どうやら仕方がないとは認めているものの、同時に呆れても居る様子だった。
「軍馬よりも速い速度で動けるらしいですよ。まぁ、速すぎて屋根と壁を付けて閉じられるようにしないと中の荷物が飛び出してくるそうで、箱型になったらしいです」
「へー……軍馬並の速度でこれ一杯に鉱石を乗せて平地を走れる、か。そりゃ速いな。是非量産してもらいたいもんだ」
「……山間部を、です。積載量もかなりのものだとか。加えて積載量が増えてもさほど速度には影響しないそうです」
「……やべぇな、それは」
当然だがいくら軍馬といえど、山間部の不安定な足場の中で平地並の速度が出るわけがない。それが荷物を積んだ状態なら考えるまでもないだろう。平地でさえ無理だ。
それをこの箱型の魔道具は荷物を積んだ状態で平地並の速度で山間部を踏破してみせるというのだ。サルファが呆れていたのも、カイトが思わず頬を引き攣らせたのも無理もなかった。
「天才の面目躍如、か」
「結構気合を入れたみたいですね。多分ですが」
「入れたな、これは」
どうやら自分達が思った以上にストレスが溜まっていたみたいだな。カイトもサルファも顔を見合わせて困り顔だが、同時にそれだけの負担を強いているのが自分達でもあるからこそなんとも言い難い様子だった。そうして二人して注意するべきか見過ごすべきか一瞬考えるわけだが、カイトが気を取り直す。
「ま、そりゃ良い。ストレス解消して寝てるなら明日からは本格的に動けるだろうさ……それでなんでこれを偽装工作に?」
「山間部で平地の軍馬並の速度で動けるのなら、平地ではどれほどの速度になると思いますか?」
「……なるほど。これで一気に肉薄する体を偽るのか」
サルファの言わんとする事を理解して、カイトがノワールの目的を口にする。そしてこれに、サルファもはっきりと頷いた。
「そういうことらしいですね。確かにこいつなら、上手くやれば百回に一回ぐらいは肉薄出来るかもしれません」
「古代の飛空艇より博打だな」
元々の計算でも古代の飛空艇を用いるプランならこの箱型の魔道具を使うパターンと比較にならないレベルで勝算はあったらしい。百回に一回は成功するという話にカイトはそれは御免被りたいと苦笑いだ。そしてこれに、サポートする事になるだろうサルファもはっきりと同意した。
「ですね。ですがそれぐらいの博打を打たないと勝ち目はない、と貴族達も考えているはずです。そしてその勝算を少しでも上げたいのなら……」
「外での試験運用は必須と」
「そういうことですね。それでこの自動荷車ですが、一部の駆動系に雷を利用しているそうです。なのでノアさんに手伝いを依頼、という形を構築。情報を意図的に外に漏らして、動きを探ろうと」
確かに実際に砦攻略作戦で使えそうなものだ。偽装工作として使うのはカイトとしては勿体ないが、それより遥かに勝算のある作戦を露呈させない方が重要だった。というわけでサルファの言葉にカイトが応諾する。
「……良し。それで行こう。ノアさんには昨日の内に接触して協力を要請してる。こういう時、身内ってのは楽で良い。どういう言い訳でも出来ちまうし、研究所の外で会っても何ら不思議はないからな」
「ノアさんの場合は兄さんの私室に入っても問題ない方ですしね」
「問題はねぇんだが問題は出るんだ、その場合は」
サルファの言葉にカイトが乾いた笑いを浮かべる。先にも言及されているが、ノアはカイトが一人で会っても騎士団の女性騎士を除いてヒメアが何も思わない稀有な女性だ。
それはひとえに彼女自身も大昔からの付き合いがあるからで、彼女がカイトの部屋に来ようものなら、これ幸いとカイトを追い出して女子会をするのであった。そしてそれをサルファも知っていた。
「そうでしたね……まさか昨日も?」
「流石に昨日は来てもらってない。ノアさんの部屋の方にした」
「そうですか……大変ですね、執事役も」
「あはは。専属騎士はオレだけだが、専属の側仕えは何人もいるからな。そこは助かるよ」
本来騎士のはずなのに執事役までこなせるようになってしまった自身を見ながらどこか苦笑いにも近い笑みを浮かべるサルファに、カイトもまた似たような顔で笑う。というわけでその後は暫くその後の話を交わして、ソラはカイトに頼まれて彼と共にノアの研究室へと向かう事になるのだった。
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