第3538話 はるかな過去編 ――暗躍――
北の砦攻略に向け、古代文明の飛空艇の復元を目指すカイト達と、それに協力する事になったソラ達。そんな一同はレジディア王国の僻地にて見付かった飛空艇の残骸をシンフォニア王国の王城地下に設けられた秘密研究所にて組み上げる作業を手伝う事になり、システムの改修への意見や部品輸送の極秘任務への協力など、数々の協力を行う事になっていた。
そうして飛空艇の復元が終わり、内部のシステムの調整が行われるようになって暫くの月日が流れる。その間輪番制でテストパイロットを兼ねてシステムの改修に協力していた一同であるが、どういうわけかこの日、王都の裏町を取り仕切る顔役の一人であるアサツキに呼ばれて、彼女の酒場を訪れる事になっていた。
「すまんのう、わざわざ来てもろうて」
「いえ……それでどうしたんですか? わざわざ内密に話したい、とか」
下手をすれば王城のアルヴァの執務室よりも盗聴の可能性が乏しいアサツキの部屋だ。そこに招かれたのだから、ソラの顔に困惑と僅かな警戒が滲んでいるのは無理もない事であった。そんな彼に、アサツキは一通の封筒を差し出した。
「うむ。これはとある確かな筋からの情報じゃ。読み終えたら処分するがゆえ返せ」
「はぁ……」
盗聴の可能性は低かろうと、不可能というわけではない。なので彼女の部屋は可能な限り覗き見が出来ないように外からは真っ暗闇に見えるようになっていたし、重要な案件に関しては盗聴を防ぐべく書面を介してやり取りしていた。場合によっては口頭は別の事を話しながら筆談でやり取りを行うという徹底っぷりだった。というわけでそんな彼女から差し出された書面を読んで、ソラは思わず顔を顰める。が、驚きはあれど、同時に納得している様子もまたその表情でアサツキは察した。
「ほぅ……驚きはすれど、そこまで驚いてもおらんか。それどころか不思議はないとも思っておろう」
「まぁ……妥当でしょうから」
「うむ。妥当は妥当じゃ……じゃがそこまで妥当と受け入れられるのは慣れが見えるのう」
「……なんっすか」
いつものように上品に、されどどこか人を食ったような様子で扇子で口元を隠して笑いを浮かべるアサツキに、ソラが僅かに顔を顰める。確かに不思議に思われても無理はない事であるが、こうも嫌らしい言い方をされればソラでなくても警戒するのは当たり前だろう。とはいえ、これにアサツキはしまったと扇子をぱんっ、と閉じて謝罪する。
「すまんすまん。これは癖ゆえ許せ。敵対の意思はない。ま、それはこれからのお主次第、という所ではあるが」
「……」
ぞわり。ソラは場の雰囲気が一変し、自分が蛇に睨まれた蛙になった気分を味わう。そんな彼は頭をフルで回転させ、何をミスしたか全速力で洗い出す。
(何をミスった……てか、いきなりすぎんだよ! アサツキさんに不利益になる案件なんて何も受けてないだろ!? いや、今受けてる依頼は……)
なにか彼女の勘気を被るような仕事を受けてはいないだろうか。ソラが考えるのは、ここ暫くで自分達が請け負った仕事だ。冒険者への依頼の中には、裏の意図が潜む物が少なくない。その中には当然、他者への不利益となり、恨みを買ってしまう依頼は少なくなかった。
熟練の冒険者達はそれを経験で、本能で読み取って危険を避けていくのだが、どれだけ経験を積んでも避けようのない時はある。それを踏んでしまったのではないか、と焦るのは自然な流れであった。そんな彼に、アサツキが笑って首を振る。
「あぁ、そう焦るでない。単に仕事でお主らがなにか馬鹿をやらかした、という事はない。それどころか可能な限り危ない橋を避け、されど利益を最大で得られる程度の危険は受け入れる。熟練の冒険者達でも難しい事を、若造ながらもようやっとるよ。それこそアルダートの小僧やゴルディアスの小僧ら、今は知将なぞ呼ばれておるクソガキの同じ年頃よりよう出来ておるよ」
「じゃ、この空気収めて欲しいんっすけど」
「ははは。だめじゃ」
冷や汗を掻くソラの申し出に、アサツキはしかし笑って却下を下す。そんな彼女の圧に気圧されないように腹に力を入れるソラは、ここに来て推測に過ぎなかった彼女の正体をはっきりと理解する。
『ソラ……理解しているな。これは……』
『ああ。間違いないな。神の気だ』
『うむ……それも相当な神だぞ、この御仁は』
『……』
そんな相手が何故自分をこうも脅してくるのだろうか。ソラは先程の案件とは全く別の案件と直感的に理解しつつ、何が起きているか理解出来ず顔を顰めるしかない。というわけで嘘は許さない、という様子で圧を放つアサツキが、脅しはそこそこに本題に入った。
「ま、あまり敵対的な対応はしとうないのでさっさと本題に入るか……答えはイエスかノーで答えよ」
「……」
「お主ら、この時代の者ではないな? 過去か、未来か……妾は未来と読むが、どうじゃ?」
「……え?」
まさかそれを聞いてくるのか。ソラはアサツキの問いかけの内容を数秒遅れで理解して、思わず圧を忘れてきょとんと間抜けな顔を浮かべる。これに、アサツキが呆れ返った。
「龍神の顎の前でそうも呆けた顔をするでないわ。往年の爺様達であれば噛み砕かれても仕方がないぞ」
「あ、え、す、すんません……でも、え?」
「じゃから、過去か未来か。どちらから来たかと問うておる」
「……はぁ。未来です」
流石にこの状況だ。黙る事も出来ないし、もし黙れば殺されるだろう。ソラは相手が龍神の、それも高位の存在だと理解していたからこそ隠す事は不可能と判断。諦めたようにそう答える。そうして、彼はもう明かしたのだから、と更に詳しく身の上を明かす事にした。
「俺達は未来から来ました。でも俺と先輩達は別の世界で、セレスちゃんとイミナさんはこの世界出身です」
「なるほど。時々妙にあの二人と常識が違っておる印象があった理由はそれか」
「監視してたんですか?」
「それは許せ。お主らでなくても必要とあらば監視はする。これでも情報屋も兼任しておるが故にな。特にお主らはあの王子様がわざわざ勇者に引き合わせたんじゃ。なにか裏がある、と思うても不思議はあるまい」
確かに自分達がここに来た経緯やらを考えれば、情報収集の対象になっていても不思議はなかったか。ソラはもう随分と昔になった王都でのカイトやレックスとの出会いの流れを思い出して、確かに情報屋であれば情報収集の対象になっても不思議はなかったと思い直す。
というわけで認めてしまえば後は楽だったし、アサツキとしても自分の意に沿って受け入れた相手にいつまでも威圧的な態度を取るつもりはなかったらしい。気付けば圧は霧散しており、ソラも先程までの調子を取り戻す。
「でも驚かないんですね」
「まぁのう……お主らが知っておるかは知らんが、妾らは一族の御子が『時空流異門』という異なる時間軸に飛ばされるという事象に飲まれておる」
「あー……聞いてます」
この間なにかそういう事を言っていたな。ソラはセレスティアの言葉を思い出す。この時空の乱れに飲まれて、というのは今までに何度かあった時乃からの接触で聞いたらしい。それでカイトが何故この時代に、という所など疑問だった所が解決出来たとの事であった。
とはいえ、そこらを語らないでも未来でならレジディア王国に語っていても不思議はないとアサツキは思ったようだ。特に疑問もなく、その言葉を受け入れる。
「ま、レジディアの姫であれば知っておっても不思議はないか。しかもあの子、相当な上物じゃろう。シンフォニアの血まで感じさせる……下手すりゃ、あの王子様以上の上物になろうて」
「はぁ……」
「あ、上物言うても女としての上物という意味ではないぞ? あれの血筋の意味での上物じゃ。あれはどちらかと言えば妾ら神に近い子じゃな」
「そうなんですか?」
それは聞いた事がなかった。ソラはアサツキの情報に驚いたように目を見開く。これにアサツキははっきりと頷いた。
「うむ……じゃからこそ、妾らの事も教えられておるんじゃろうて」
「そうなんっしょうか……すんません。俺らもそこまで突っ込んだ事は聞いてないので……」
「そりゃ、王侯貴族や国のあれやこれやなぞ、踏み込まんで良いなら踏み込まん方が良い。聞かんで正解じゃ」
やはり情報を扱う者だからだろう。だからこそその厄介さや知ってしまったが故の危険も知っているし、そのために腕利きの護衛が控えている。ソラの判断が正しいと支持したようだ。
「ま、それはさておきじゃ。別にだからと妾らの目的を語るつもりはないし、協力を求める事もないぞ」
「そうなんですか? てっきり未来の情報が知りたいのかと……」
「バカモン。妾は情報屋じゃぞ。下手に触れてはならん情報なぞ本能で理解するわ。そんな未来の情報になぞ触れとうない。触れんために聞いたんじゃ」
あ、全く逆なんっすね。ソラは盛大に顔を顰めるアサツキに、肩透かしを食う。というわけで、彼女の本題が終わった事もあり改めて彼女はもう一つの本題に入る事にする。
「で、じゃ。この話題にはもうこれ以上触れぬとして、もう一つの話に入るぞ」
「……うっす」
もう一つの話。それは元々ここにソラを呼んだ理由だ。というわけで、アサツキは改めてもう一つの本題へと話を向ける事にするのだった。
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