第3532話 はるかな過去編 ――飛べない飛空艇――
後に『強欲の罪』と呼ばれる強大な魔物となる触手の軍勢との戦いで呼び出された未来のカイトから、東の島国鬼桜国にて<<廻天>>という属性を操って別の属性を生み出すという力を学ぶ事になっていたソラと瞬。そんな彼らは数ヶ月の修行の末になんとか基礎を習得し、再びシンフォニア王国へと戻って来る事になる。
そうして更に数ヶ月を掛けて基礎固めと四騎士達への教練を行う日々を過ごしていたわけであるが、そんなある日。冒険者稼業の最中、おやっさんと話していた瞬の所へと訪れたのは再び各地を転戦していたカイトであった。
そんな彼から王城の地下で研究されている古代文明の飛空艇の復元への協力を求められた瞬は、カイトと共に久方ぶりに王城の地下研究所へと足を踏み入れていた。
「これは……随分と復元が進んだんだな」
「らしい。オレも原型を知らんから、もしかしたら瞬の方が詳しいのかもな」
「かもな……だが、ぽっかり空いているな」
飛空艇の形状としては、エネフィアのマクダウェル家が開発している飛空艇と似た形状だ。大きさとしては小型飛行機程度で、形状などから戦闘を目的とした戦闘艇ではなく小型の輸送艇の可能性が高そうな形状だった。
「ああ。あそこが……あー……飛翔機? そんなのじゃないかってのが見立てだ」
「確かに場所的にはそうなりそうか……ということはさっきのおやっさんに頼んだ荷物運びの依頼は」
「ああ。発掘地からこの部品と思しき物がすでに見付かっている。まだ完全に揃っているわけじゃないらしいが、ダウジングなども活用して探しているから近々見付かるだろう」
「そうか。そういう探し方もあるのか……ああ、そうか。だから一つひとつじゃなく、ある程度纏めてしか運べないのか」
「そういうことだな。だからある程度は向こうで組み立てて、こっちに運ぶ事になっている」
ダウジングを用いて失せ物を探す場合、失せ物そのものに関係のある物を媒体と出来れば一気に探しやすくなる。そしてその関係がある物が多ければ多いほど効力は高くなり、探しやすくなる。こういった古代の遺物を探す上ではかなり重要だった。というわけで飛空艇を見下ろしながら、階段を降りていく。
「ああ、お兄さん。連れてきてくれましたね」
「ああ」
「ノワールさん。ご無沙汰しております」
「お久しぶりです」
ノワールの挨拶に瞬が一つ頭を下げる。そうして挨拶もそこそこに、彼女が本題に入った。
「お呼び出しして申し訳ありません。ただ現状、手詰まりの感が出てしまっていて……」
「手詰まり、ですか……魔術とか魔道具の復元とかであれば役に立てる事はないと思うので、そういった事ではないと思うんですが……できる限りは協力します」
「ありがとうございます」
瞬の明言に、ノワールが一つ頭を下げた。そうして彼女は現状を説明するべく、瞬を飛空艇の中へと案内する。
「うおっ……このサイズで扉が自動的に開くのか」
「お前も入った事なかったのか?」
「ないない。というか、なんだったらこっちに来てる時間もないぐらい」
瞬の問いかけに、カイトは子供のようにキョロキョロと周囲を観察しながら笑う。というわけでそんな彼と共に、瞬も内部を見てみる。
「輸送艇……ですかね、多分」
「私達もそう考えています。そうでないとこの後部エリアの空白は説明が出来なかったので……」
何の説明もしていない瞬の答えと合致するのであれば、やはりこれは輸送艇で間違いないのだろうな。ノワールは内心で少し安堵を浮かべる。彼女らは殆ど飛空艇の情報を持っていないのだ。
もしこの空白が本来はなにか重要なエリアで、見付かっていないだけだったらどうしようもなかった。というわけで安堵しながら前部へと歩いていく一同は、そのまま操縦席のような場所へとたどり着く。
「瞬さん達の説明なら、ここが艦橋という所になると思うのですが……」
「……瞬達の記憶よりかなり小さいな」
「そうですね。そこも少し気になってはいますが……全体のサイズから考えるとこのサイズの艦橋で不思議はないのかもしれません」
「ここは艦橋というより操縦席ですね。艦橋はどちらかといえば大人数で操る飛空艇に設けられる指揮系統を統括する場所、という所ですから……」
「なるほど……確かにこのサイズの飛空艇なら操縦するための場所だけで十分ですね……」
瞬の言葉に道理を見て、ノワールもカイトもなるほどと納得する。とはいえここに来るまでの所で特に気になる所はなく、瞬が問いかける。
「それで、何が問題なんですか?」
「この操縦席回りです。ここは特に損壊が酷く、殆ど復元というより新造になりました。ですがその結果……ご覧の通りとなってしまいまして……」
はぁ。ため息を吐きながら、ノワールは新造した結果を示す様に操縦席のメインスイッチをオンにする。そうして飛空艇の各所の機器が緩やかに立ち上がり、明かりを灯していく。
「……凄いじゃないですか。きちんと立ち上がってるじゃないですか」
「そりゃ、立ち上がりはしますよ。そうなるように作ってますから」
「では、何が?」
「まぁ、見てください。シミュレーションモード起動」
きゅいん。ノワールの声に合わせて、飛空艇の中央にあるモニターに文字が浮かび上がる。それはシミュレーションモードという表記で、動きはしないものの動きをシミュレーション出来るモードだった。
「飛行システム起動……飛翔機疑似接続確認。高度計、速度計、シミュレーション開始」
凄いな。瞬は自分達がどういう研修を行ったりしていたのか、と伝えた通りに再現してみせたノワールの技術に舌を巻く。エネフィアでの飛空艇の免許を取る際の研修でもこうして飛空艇の操縦席を再現したシミュレーターを使って研修し、ある程度の技術が身に付いた所で実際の飛空艇の操縦だ。
これは日本の自動車の運転免許の講習の流れを流用したもので、瞬らもすぐに流れを理解出来た事もあり説明も比較的十分に出来たと言えるだろう。だがそれを考えたとて、再現してみせるのは凄いというしかなかっただろう。
「良し……あと、お願いできますか? 多分、教えて頂いた通りに操縦系は再現出来ていると思うのですが」
「え? あ、自分ですか?」
「はい」
「わかりました」
確かに操縦席の内観は瞬らが教えた形状にほぼ酷似しており、操縦に問題はなさそうだった。というわけで瞬はノワールの求めに応じて、操縦席の片方の椅子に腰掛けて一度呼吸を整える。そうして、彼は久方ぶりであった事もあり基本から再確認する。
「……メイン電源よし。高度計よし。速度計よし。魔導炉安定よし。飛翔機スロットルオン……出力ミニマム……反応確認。飛翔機停止……停止確認……ん?」
「ごめんなさい。おそらくなにか足りていない部分は多いと思います。ただ一旦はそのまま流れで進めて頂いて良いですか? 一つひとつ貰うより、一気に纏めてもらった方が全体的な修正を考えてから個々に修正していけるので」
「わかりました」
ノワールの言葉を受けて、瞬はおそらくこの飛空艇には未搭載になってしまっている機能の確認をスキップしつつ計器を一つ一つ指を指して確認していく。これについてはノワールもおそらく幾らかは未実装の物があるだろうし、そこが影響して問題が生じているのだろうと考えていた。というわけで、彼女の求めに応じて瞬はひとまず全てのチェックを先にする事にして、チェックを進めていく。
「……ステータスオールグリーン。一通りチェック完了しました」
「ありがとうございます……それでここまでで気になった部分は?」
「そうですね……まず安全装置が幾らか搭載されていない事が気になりました」
「ですよねー」
「ないの!?」
言うまでもない事であるが、この飛空艇に乗って砦攻めの主軸になるのはカイトだ。北の砦に備え付けられている巨大な魔導砲をエドナで切り抜ける事は不可能ではないが、一発でも掠めればカイト諸共となりかねない。
というわけで現状が気になった事もあり同席していたわけであるが、だからこそ安全装置がない事に笑うノワールに泡を食っていた。というわけでそんな彼の悲鳴にも近い問いかけに、ノワールが笑って首を振った。
「いえ、あるにはありますよ。ただそのエネフィア? という世界の飛空艇ほどの安全装置は組み込まれていないだろうな、という所です。多分、そこらが影響してトラブってるんだろうな、とも思っていますから……」
「そ、そうか……是非搭載を検討してくれ」
「そのつもりですよー」
流石に安全装置も組み込まれていない物を作戦の要として使用するのはいくらなんでもリスクが高すぎる。ノワールはカイトの力強い懇願に笑いながら応ずる。というわけで、そんな彼女の求めを受ける形で瞬が気になった点を列挙する。
「まず通常時の副操縦席の操作を制御する安全装置がない事と、逆に非常時の操縦席の操作を制御する安全装置がないのが気になりました」
「やっぱり……ありますよねー、そういうのは」
「というと、わかってはいたと?」
「ええ……まぁ、とりあえず運転してみてもらって良いですか? シミュレーションはバトルモードで、飛行開始から1時間ほど経過した想定になっています」
「わかりました」
立ち上がってしまえば後の操作はエネフィアの飛空艇と同じだ。というわけで、瞬はノワールが選択したシミュレーションに従って操作を開始する。すると、窓ガラスの外に半透明の戦場が出現。戦闘が行われている様子を映し出す。
「最初の内、攻撃は行われません。こちらはいわば不明な飛行物体。どうすれば良いか混乱が生ずるものと思われます。ただそのまま放置もありえません。故に戦場到着から3分後よりこちらに向けて砲撃が行われる事になります。最終目的地点に到着するのであれば、後は自由にお任せします」
「わかりました」
ノワールの案内に従って、瞬は飛空艇の操縦を開始する。そうして最初の三分間は単なる飛行だったからか、特に問題はなかった。だが三分後、砲撃が始まってすぐに異変が起きる。
「っ!」
「どうした?」
「操縦桿が……引っ張られる? そうか。安全装置がないから……っ!」
「次はどうした?」
「オートバランサーが無いから……っ! だめだ」
「オートバランサー?」
「姿勢制御装置みたいなものです。これがないとやっぱり厳しい……っ」
「なるほど……」
瞬の言葉にノワールは再び道理を見て嘆息する。その一方、瞬はというと強引に制御しようとするも、流石に強引な制動を何度も仕掛けるからか何度か被弾の後、あっけなく墜落する事になる。
「……操縦出来そうにないですね」
「あははは……はぁ。そういうことです。お付き合い、頂けますか?」
「わかりました」
墜落する事はわかっているし、対策が必要である事もわかっている。だがそれを一から考えるには時間が足りない。というわけで瞬はノワールの求めに応じる事にして、一旦この日は気になった点を洗い出す事になるのだった。
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