第3531話 はるかな過去編 ――要請――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修行の後、なんとか<<廻天>>の基礎を習得した二人は先の戦いの後遺症から湯治に訪れたカイトと共に、かつての破壊神の信奉者達である邪眼兵と交戦。これを撃破し、希桜の下へと帰還。
そこで一同の帰りの便となるアイクが近付いている事を知らされると足早に帰りの支度をして、ハヤトが護送したシンフォニア王国の王都の裏町の顔役の一人にしてアルヴァの支援者の一人であるアサツキと共に、シンフォニア王国の王都へと戻ってきていた。
そして更に数ヶ月。<<廻天>>の技術を四騎士達に伝授すると共に、一同は再び冒険者としての日々を過ごしていた。
「おう、瞬か。どうだ、ここ暫くは」
「いつも通り、という所ですかね。相変わらず魔物の討伐依頼は減る事がないですし。というか、帰ってきたら増えてるような日もありますし」
「そりゃそうだ。ま、俺達冒険者からすりゃ飯が食いっぱぐれる事がないって話だから有り難い限りだけどよ」
瞬の返答におやっさんが当たり前の話だな、と楽しげに笑う。基本的に戦争で生ずる負の感情を中心として魔物が発生する事は珍しい事ではない。故に戦乱が長引けば長引くほど強く、そして多くの魔物が発生してしまう。というわけで魔物が増えれば増えるほど冒険者の仕事も比例する様に増えるのであった。というわけで笑えない話ではあるが同時に笑い話でもあるので瞬もまた笑った。
「あははは。そうですね……で、どうしたんですか? 険しい顔で」
「ん? ああ、まぁ……ほらよ」
「新聞……ですか」
おやっさんが読んでいたのは冒険者ギルドが出している新聞だ。まぁ、そういっても流石に全世界的なニュースなぞこの時代のこの世界においては大した意味はない。
なので掲載されているのはせいぜい支部の近隣や同一国内、唯一<<七竜の同盟>>であれば同盟全域の情報が掲載されているという程度だろう。だがそれでも影響度の大きい情報は遠く離れていようと影響するとして掲載される事があった。そしておやっさんが読んでいたのも、そういった情報だった。
「ゾイト……つってもお前さんはわからんか。そんな名前の国が二ヶ月ぐらい前か。隣国と戦争おっぱじめてやがってな。先週デカい戦闘があったらしい。その結果やらが書かれているんだが……」
「……これは……え?」
「渋い顔にもなるってもんだろう。戦略級の魔術の類……だったら良いんだがな」
「……」
これは確かにおやっさんでなくても渋い顔になるだろう。瞬はおやっさんが投げ渡してくれた新聞を読んでいくわけであるが、一行読み進める度に彼もまた渋い顔になっていく。
「禁呪……ですか。俺も聞いた事はありますが……」
「規模が規模だ。戦略級の魔術であれば良いが、禁呪ならその中でもとびっきりヤバい禁呪を行使しただろうな。後はどういうものを行使したか、って所だが……」
「禁呪だな、あれは」
「カイト」
「ん?」
どちらなのだろうか、と考えを巡らせるおやっさんのギモンに答える声に、瞬が顔を上げる。そしておやっさんの言葉通り、そこに居たのはカイトであった。
「おう。おやっさん。久しぶり」
「おう。元気してるみてぇじゃねぇか」
「おうよ……瞬、この間は助かった。お陰であいつらも効率が上がって、戦闘力が更に上がったわ」
「そうか。役に立てたなら何よりだ。何より俺達自身の強化にも役立ったしな」
カイトの感謝に対して瞬が一つ首を振る。というわけで唐突に現れた彼であったが、挨拶もそこそこに近くにあった椅子を魔糸で引き寄せて乱雑に腰掛ける。
「で、禁呪か……お前が言うって事は誤情報ってわけでもないんだろうな」
「見に行ってきた。ありゃ確定だな。渦巻いてる魔力があまりに禍々しすぎる」
「ってことは……<<魔産み>>の類か?」
「だろう……討伐されてりゃ良いんだがな」
「<<魔産み>>?」
ここらやはり戦乱の世を過ごしていない瞬だ。禁呪の類は聞いた事があってもその詳細を聞いた事はなかった。というわけで聞き慣れない単語に首を傾げる彼に、カイトが教えてくれた。
「攻撃と同時に魔物を産む土壌を構築する魔術だ。正確には攻撃で殺傷した相手の負の感情を基軸として、魔物を産むんだ」
「なっ……そんな事をすれば」
「そうだ。デカい戦場でそんなもんぶっ放しゃ、下手をすりゃ国を傾けかねない魔物が生まれかねん。付近の街に対する影響も考えると、とてもじゃないが使うべきではない」
戦場という負の感情がただでさえ集まりやすい場で、魔物を生み出す魔術を行使するのだ。その被害は間違いなく甚大になりかねず、暗黙の了解として各国戦場では決して使わない様にしていた。それを行使したという戦争に、おやっさんが苦い顔で問いかけた。
「どっちが使ったんだ?」
「そこはわからん……だがあれで確定で良いだろう。オレを介してサルファとノワの二人も見た。間違いない」
「ちっ……また戦争か。終わらねぇもんだな」
「あれで終わってくれるならとっくの昔に終わってる」
おやっさんの愚痴に、カイトもまた少し呆れた様子で首を振る。そう言っても降りかかる火の粉は払わねばならないのだ。そしてカイトは騎士団長。その振り払う役目を担う者だった。
「だな……っと、そうだ。お前さん、何のようで来た? まさか禁呪を使ったって話をしに来たわけはねぇだろう」
「っと、そうだったそうだった」
「ああ、俺は外した方が良いな。おやっさん、ありがとうございました」
「おう」
「あっと! 待った待った! 瞬! お前にも関係があるんだ!」
元々瞬は一仕事終えて、単に今日はこの後暇になるのでおやっさんの所にでも久しぶりに顔を出しておくか、と思っただけだ。というわけで邪魔になると思った彼であったが、カイトが呼び止めた事を受けて上げかけた腰を下ろす。
「どういうことだ?」
「ああ……瞬。今城の地下で研究している例のあれは覚えてるな?」
「あれ……か」
「あれ?」
城の地下で研究している例のあれ、と言われてもおやっさんはわからなかったらしい。そんな彼に、カイトが一つ頷いた。
「ああ……以前おやっさんにも城の地下に陛下が秘密研究所を拵えるってのは話してたよな」
「そいつは知ってる。俺も設立にゃ関わってる立場だしな」
「そ……その研究所で今、あるものの研究をしているんだ。このある物ってのはここでは明かせないのは理解してくれ」
「そりゃそうだわな」
こんな誰が来るともわからない場所で王国が秘密裏に研究している研究内容を明かせるわけがない。カイトの言葉におやっさんもそれを納得する。
「で、そいつがどうしたんだ?」
「ああ……そいつは北の砦攻略の切り札になる予定の物なんだ」
「っ……ってことは、ついにやるのか」
「ああ……目の上のたんこぶを破壊する」
北の砦はシンフォニア王国を始めとする<<七竜の同盟>>にとって、魔族軍の本拠地である大陸の中央を攻める上で北にある砦は何が何でも破壊せねばならない場所だ。そうせねば攻めている間に挟撃に遭うか、本拠地が攻め落とされる本末転倒な事になりかねない。
更に北の砦にあるという特殊な鉱物は開祖マクダウェルことリヒト・マクダウェルの使った<<雷鳴剣>>の力を取り戻すためにも必須となるものだ。様々な側面から、この戦乱の世を終わらせるためには北の砦の攻略は絶対条件だった。というわけではっきりと北の砦攻略を明言するカイトに、おやっさんも表情を固くした。
「わかった。俺ら冒険者ギルドも全面的な協力を約束する。なんでも言ってくれ」
「助かる……で、それの兼ね合いもあって、瞬達にも協力を依頼したいんだ」
「ということは、また何かトラブルがあったのか」
この話が出て、自分に協力を求めるということは飛空艇の復元でなにか重大なトラブルが発生してしまったということなのだろう。瞬の問いかけに、カイトははっきりと頷いた。
「ああ……少しどうにもならんトラブルでな。お前らの協力を求めた方が良い、という判断になった」
「わかった。俺達も全面的に協力する。どうすれば良い?」
「ありがとう……詳しくは城の地下にいるノワに聞いてくれ。オレは取次を頼まれただけだし、そもそもオレが役に立つ話か?」
「あははは。確かに」
カイトの指摘に瞬が笑う。この時代のカイトは未来のカイトに輪を掛けて技術的な見地はほぼ無いに等しいのだ。出来る事といえば、こうして自身の伝手を使って協力を要請する事のみであった。
「で、おやっさんの方に頼みたいのは口が固くて腕利きの冒険者を何人か用意してくれ。秘密裏にある物を王都まで運んで欲しい。最悪、道中貴族相手の交戦でも認める」
「おいおい……そりゃ、よほどだな」
「よほどだ。それこそこれが使えなけりゃ全面的に攻略を見直さにゃならんレベルにはな」
流石の指示に顔を顰めるおやっさんだが、これにカイトはシンフォニア王国の国璽による捺印が入った一枚の紙を差し出す。
「っ……勅令か。それも最上位の玉璽入り……っ! しかもこいつぁ……」
「ああ……同盟各国の玉璽が入っている。これを見せてなお妨害や積荷の臨検を行うのであれば反逆罪と見做し、どの相手でも一切の交戦を許可するという勅令だ。同盟国内である限り、喩え最高位の貴族であれ一切の妨害は許さんという意思表示だ」
こんなもの、この十年ほどの戦いの間でも数えるほどしか聞いた事がない。おやっさんは差し出された書類――流石に請け負う者などが決まるまで渡されはしなかったが――に思わず肝を冷やす。正しく彼らの成果が砦攻略の要でもあるのだ。
「……人選、暫く時間をもらって良いか?」
「もちろんだ。悪用は現に禁ずるし、悪用すれば逆に反逆罪に問われかねん危険性さえ秘めたものだ。もちろん、紛失もご法度だ」
「こんなもの、失くす恐怖で持ちたくさえねぇよ」
カイトの言葉におやっさんは冷や汗を拭いながら、僅かに引きつった笑みを浮かべながらそんな事を口にする。そうして両者からの協力を取り付けたカイトは瞬を伴ってとんぼ返りに王城へと戻り、おやっさんは急いで人員の選出に入るのだった。
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