第3530話 はるかな過去編 ――合流――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修行の後、なんとか<<廻天>>の基礎を習得した二人は先の戦いの後遺症から湯治に訪れたカイトと共に、かつての破壊神の信奉者達である邪眼兵と交戦。これを撃破し、希桜の下へと帰還。
そこで一同の帰りの便となるアイクが近付いている事を知らされると足早に帰りの支度をして、ハヤトが護送したシンフォニア王国の王都の裏町の顔役の一人にしてアルヴァの支援者の一人であるアサツキと共に、シンフォニア王国の王都へと戻ってきていた。
「というわけなんだ。その破壊神? とやらの復活ってこの時代で起きたのか?」
「破壊神……」
ソラの問いかけに対して、セレスティアは険しい顔を浮かべる。今回破壊神の話が出てソラが思ったのは、この破壊神もまた自分達が関わらねばならない案件なのではないか、という所であった。というわけで彼の問いかけを受けたセレスティアは少しだけ記憶を探って、一つ首を振った。
「ありえないとは思われます。流桜様もそういった事は一度も仰られておりませんでしたし……」
「そうなのか……ってことは本当に偶然ってことなのか」
「偶然……ということはないのでしょうが、我々が影響したという事もないかと思われます」
なんか肩透かし。ソラはセレスティアの返答に少しだけ目を丸くする。自分達の来訪に合わせたかの様に神使が現れたというのだ。これもまた必要な出来事と警戒しても不思議はなかった。そしてそれは瞬も一緒だった。
「もしかしてまだそっちの時代でも破壊神は目覚めていなかったりするのか?」
「ええ……ただ神使の暗躍はかなり見られています。私も流桜様に頼まれ、支援を何度かした事がありますが……その際に何度か。ただ……そうですか。自己暗示、自己洗脳からの自己強化の情報はカイト様からの物だったのですね」
あんな厄介な切り札を初見で切られた場合は甚大な被害を被る事になっただろうが、それを最初に相手にしたのがカイト様だったのは不幸中の幸いだっただろう。
セレスティアはこの時代と比較にならない件数破壊神の神使と交戦しているがゆえに、内心そう思う。まぁ、同時に彼が居ない故に暴れ回られていると考える事も出来るので、そこは考えものではあった。
「厄介なのか? 横目にしか見ていなかったんだが」
「そうですね……自己暗示の一種ではありますので、当然潜入に使う物もありますが、戦闘として見れば自己の損壊を考慮せず戦い続ける狂化。自己を肉体を別種の存在と変換する擬態。他者を変貌させる幻惑……幻術を利用して様々な力を行使するようです」
「げ、幻術? それは幻術……として良いのか?」
どれもこれもが幻術とはまた別種の力に思えるが。セレスティアの言葉に瞬は思わず困惑を浮かべる。そしてこれにセレスティアが笑った。
「そうですね。私も最初、これは幻術なのだろうかと思いましたが……自己に幻を見せる事もまた幻術なのだそうです」
「そ、そうか……」
「まぁ、どっちにしろ俺らが戦わないならそこまで気にしてもしゃーないってことなんっしょうけどね」
「そうですね。少なくともこの時代での復活はありえないでしょう。我々の時代でようやく、といった所ですので……」
ソラの言葉をセレスティアもまた認める。先にアサツキも述べている通り、ようやく神使が出てきた段階だ。破壊神そのものもまだ本調子ではないだろうし、その状態で復活したとてすぐに倒されるのが関の山だ。即座に破壊神が行動開始とは到底思えなかった。というわけで破壊神に関しては考えるだけ無意味と判断した二人であるが、そこでふと瞬が思い出した。
「あ、そうだ。そういえばアサツキさん……というか龍神族? が探している物は結局なんだったんだ?」
「ああ、それですか。それなら推測出来ます。というか、そうですね。今思えば、アサツキ様がいらっしゃらない理由もわかりました」
「どういうことだ?」
以前にはこの王都にアサツキという人物は居たかもしれない、だが自分達の時代には居なかったという事だったセレスティアであるが、今回の会話でなにかを察したらしい。彼女が龍神だと気付けばいないのは道理だったと笑っていた。
「カイト様ですよ。龍神達が探しているのは、神魔大戦で失われた族長の御子様。当代の族長です」
「「当代の族長!?」」
カイトが本当ならば龍神の末裔だとは聞いていたが、まさかそんな身分だったとは。ソラと瞬は揃って思わず驚愕する。というわけで、知らぬのも無理はないとセレスティアが教えてくれた。
「神魔大戦の終わりは両族の族長が身を挺して両種族の争いを止める事で終わります。ここまでは神魔大戦にて語られる内容です……ですがご夫妻は身罷る前に御子を一人、お作りになられていた。それがカイト様です。だからこそ彼こそが創世神の秘宝を受け継ぐ正統後継者であらせられる、というわけです」
「創世神の秘宝?」
「あ、あの方の双剣ですね。あれはカイト様が時空の乱れに飲まれ遥か未来。この時代に飛ばされた際に力を失っておりますが、本来は創世神の秘宝。天と地を定めた双剣。創世神が天を定めし宝剣と地を定めし宝剣。共に神龍族の秘宝と魔龍族の秘宝です。あ、魔龍と言っても邪悪とかそういうのではないので注意してくださいね。謂わばダークエルフと同じです」
やはり自身が奉ずる相手だからだろう。セレスティアはカイトのことに関しては一家言あるらしかった。しかも子供の頃から読み聞かせられていたからという所もあり、かなり饒舌だった。というわけで思わず気圧されながらも、瞬が一つ問いかける。
「そ、そうだったのか……だ、だがそんなのあっけらかんと明かして良かったのか?」
「「……あ」」
瞬の問いかけに、セレスティアと共にどこか鼻高々に一族の大英雄の説明を聞いていたイミナまでしまった、という顔をする。
「ま、まぁ……多分未来のカイト様だと笑って別に、と仰られるのではと……」
「た、確かに……」
一瞬慌てた様子のセレスティアであったが、その言葉に瞬も思わず納得する。実際に彼の事だ。その程度の事であれば隠す必要もない、とあっけらかんと教えてくれそうであった。
まぁ、血筋についてはかなり恥ずかしがるので、そことの兼ね合いでこうして語られるまで語らなかった可能性は大いにあるのだが。
「にしても、やっぱりあいつは色々と面倒な事に巻き込まれてるよなぁ」
「ですね。まぁ、そんな事を言い出すと我々は彼とは真逆に過去に飛ばされたわけですが……」
「あははは」
これは今回の事態に巻き込まれるまでソラ達は知らなかっただけだったのだが、魔術の事故等ではるか未来に飛ばされるということは決して珍しい事ではないらしい。
無論それでも長くて数年というのが普通で数千年も未来というのは歴史上でもカイトぐらいなものとの事だったが、それ故に龍神達もカイトがどの時代に飛ばされどこに居るのかもわからず、アサツキもカイトがそうではないかと思いつつも確信を得られていないのであった。と、そんな彼についてを笑い、自分達について苦笑しとしていたわけであるが、ソラがふと思い出した。
「あ、そうだ。そういえばカイトから光神が見付かったって聞いたけど、どうだったんだ?」
「あ、はい。あの方の神殿と共に見付かりました。お話も致しましたが私達の事情もご理解され、そうであるのなら然るべき時、然るべき形で私が必要な情報に触れられるようにしておこう、とご協力もいただける事に」
神殿の正確な場所は元々セレスティアも知らなかったのだが、色々と思い返す中とこの時代の情報を照らし合わせるとわかる様になっていたらしい。というわけで彼女がそこまでの経緯を軽く説明する。
「大体一ヶ月ほど、でしょうか……この時代の資料や目撃情報などを照らし合わせると、比較的簡単に彼女の神殿は割り出せました。後は神官様方に伺って、光神様へ取り次いで頂くだけで大丈夫でした。まぁ、そこからの修行は楽ではありませんでしたが……」
「そっちでも修行してたのか」
「ええ。幸いと言って良いのか、おおよそ私達の状況も察して頂け、ならばとお力添えを頂きました。まぁ、お力添えと言っても神の術式を幾らか学ばせて頂いた形ですが……」
ふわりとセレスティアは手のひらの上に非常に複雑な魔術を展開する。その力の神々しさは正しく神のもので、この術式の繊細さなどを含め習得に数ヶ月、ソラ達魔術が得意でない者であれば下手をすれば数年を要しても不思議がないものだと察せられた。
というより、数ヶ月でこの領域の魔術を複数習得している時点でセレスティアもまた並々ならぬ才覚を有しているという証拠であった。
「そうか……ああ、そうだ。そうなると一応ここ数ヶ月の情報共有やらをしておいた方が良いか。お互いの手札がわからないままだと今後の戦略にも困るしな」
「そうですね。そうした方が良いかと」
瞬の提案にセレスティアもまた同意する。そうして、数ヶ月全員殆ど離れ離れの状態になっていた事もあり流石に今回は全員が集まって情報共有を行う事になるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




