第3527話 はるかな過去編 ――撃破――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修練の末、なんとか基礎程度は習得したと言える二人であったが、そんな所に訪れたのは各国を歴訪の傍ら精神面の問題によって出力の制御が正常に出来なくなってしまったカイトであった。
そんな彼と共に邪眼兵というかつての破壊神の信奉者達が立て籠もる砦の攻略に赴いたという流桜の助力に乗り出したソラ達であるが、砦の攻略戦の後。
邪眼兵に属する神使の狙いが流桜である可能性が高いと判断した鬼桜軍副官にして流桜のお目付け役である狐月の申し出を受け、カイト達は彼女を首都まで護送する事になっていた。だがその最中。邪眼兵達が得意とする幻術により進む方角を誤認させられ、真逆の方角へ進まされてしまう事となり、援軍の望めない遠方の地にて神使が直に率いる精兵との戦いに臨むことになっていた。
「「……」」
ソラと瞬の戦いを横目に、数度の打ち合いの後にカイトは余裕の表情で神使と相対する。その右手には大剣があった。これ一つで、彼は悠々と邪眼兵の神使と渡り合っていた。その事実に、神使は苛立ちを浮かべていた。そうしてまるでぎりっという歯軋りの音が聞こえそうなほどの表情の神使に、カイトが敢えて問いかける。
「どうした? まだハンデキャップは足りなかったか?」
「きさまっ……」
ぎりっ。カイトの挑発に、神使の眉間に深いシワが刻まれる。かなり苛立っているらしい。そうして空間が砕けんほどの力で神使が虚空を蹴ってカイトへと肉薄する。
「はぁあああ!」
流石は神使。神の使いとさえ言い表される者。その一撃は空間を、次元を斬り裂いて、喩え位相をズラしていようとそれさえ無視して全てを斬り裂いていく。
だが、相対する男は復帰したばかりとはいえこの世界最強の一角。未来の世界において全軍を挙げてようやく一太刀という相手に勝利を得た有史上有数の猛者。神ならまだしも、その使い程度がどうこう出来る存在ではなかった。
「ほいよっと!」
「きゃあ!」
まるで軽い掛け声と共に右手一つで振るわれる大剣は神使の剣戟の速度を優に超える。そんな強大な力同士により空間が裂け、流桜の悲鳴が上がる。そうして強大な力同士の衝突の後、カイトが即座に切り替えして神使を押し返す。
「……」
なにかを狙っているな。カイトは神使の様子を見ながら、苛立ちながらもなにかを考えている様子を理解する。
「狙いは何でしょうか」
「さて、な」
流桜の問いかけにカイトは嘯く。狙いが彼女である事は明白だ。だが何をしようとしているかはまだわからない。故にカイトは獰猛に笑いながらも、その眼は笑っていなかった。
「私から仕掛けましょうか?」
「やめとけ。逆流されても面倒くさい。奴らが何を目的としてお前を狙っているかも見えてこない」
「殺すつもりなのでは?」
「なら引き渡せと言うか?」
「あ……」
カイトの指摘に、流桜がはっとなる。神使が告げた言葉は渡してもらう。求めたのは引き渡しだ。
「母との交渉材料……でしょうか」
「違うだろうな。交渉しようとする輩とは到底思えん……それとも邪眼兵の幹部でも捕縛してるのか?」
「私は聞き及んでいませんが……」
邪眼兵との戦いを別に流桜が主導しているわけではない。故に彼女が知らない所で邪眼兵の幹部とでも言うべき存在を捕縛していたとしても不思議はなかった。そうして敵の思惑を考えるわけであるが、そうこうしている間に神使は復帰して大きく弧を描きながらカイトへと肉薄する。
「おぉおおお!」
「……」
雄叫びを上げながら肉薄してくる邪眼兵に、カイトは斬撃のタイミングを読ませない様に右手の大剣をくるくると回す。そうして邪眼兵が肉薄した瞬間に、彼は切り上げる様に剣戟を放つ。
「はぁ!」
「掛かったな!」
カイトの斬撃の瞬間、神使が牙を剥いて笑う。そうして直後、神使の刀とカイトの大剣が衝突し、火花が散った。そしてそれと同時だ。魔力の噴射で強引に大剣を押し込みながら、神使は左手を刀の柄から離して流桜へと突き出す。
「っ!」
「なに!?」
その程度が読めないと思っているのか。邪眼兵の左手から暗い紫色の鎖状の光が放たれると同時に、エドナが次元と空間を裂いてその場から離脱する。そうして離れた場所に現れたカイトが楽しげに告げる。
「おいおい、お客さん。子供へのお触りは流石に厳禁ですぜ」
「ちぃ!」
「今のは……」
「何かはわからんが、良くない力だな」
神使の左腕に巻き付く暗い紫色の鎖を見て顔を顰める流桜に、カイトもまた僅かにだが顔を顰める。おそらく単なる捕縛のための鎖ではないだろう。カイトはそう考えていた。
「さて……何をするつもりだ……?」
流桜を捕まえるつもりはつもりなのだろうが、人質として利用するわけでもないらしい。カイトは神使の鎖を見ながらいよいよ流桜を引き渡すわけにはいかないと判断する。というわけで少し考え込む彼に、流桜が背を押した。
「兄様、情報を手に入れて頂けますか?」
「……あいよ。ただもしヤバそうなら、即座に殺す。良いな」
「ご随意に」
笑うカイトの返答に、流桜がはっきり頷いた。そしてそうと決まれば、カイトはエドナの腹を蹴って今度はこちらから肉薄する。
「おぉおおおお!」
「っ」
どうやら神使はこちらから攻めてくる事はあまり想定に入れていなかったらしい。相手からしてみればわざわざ流桜を危険に晒す事になるなぞ正気の沙汰ではないのだ。虚を衝かれたような驚いた顔をしていた。そうして雄叫びを上げて突撃したカイトが、大剣の重量を込めて大剣を振り下ろす。
「はぁ!」
「ぐぅ!」
がぁん、という大きな音と共に、神使が一直線に急降下する。そうして打ち落とされた神使であるが、虚空に刀を突き立て火花を散らして減速し、ある程度減速した所で虚空に足を掛けて屈伸する様に力を溜める。が、その直後だ。カイトの声が背後から響いた。
「甘いんだよ」
「っ!?」
転移の兆候はなかったはず。神使の顔に驚愕が浮かぶ。とはいえ、神使とて伊達に神の使いとして召し上げられたわけではない。即座に戦略を組み直し、上に飛び上がろうとしていた力をカイトの方へ飛ぶ力として利用。その背後へと回り込む。
「はぁ!」
すれ違いざま、神使の左手から再び暗い紫色の鎖が放たれる。だがこれに、カイトは流桜から敢えて手を離してその鎖を引っ掴んだ。想定よりかなり早かったが、鎖を使ってくれたのだ。ならばそれを調べない道理はなかった。
とはいえ、邪眼兵の側からすればまさか流桜の守りを解くとは思っていなかったらしい。泡を食った様に驚きを露わにする。
「なに!?」
「私とてただ荷物で居るつもりはありません!」
「と、言うわけだ……おぉおおおお!」
「ぐぅううううう!」
暗い紫色の鎖を引っ掴んで、左手一つでまるで縄を振り回す様に神使を振り回す。これには流石に神使も矢も盾もたまらず鎖を解いて、カイトから距離を取るしかなかった。
「ぐっ……」
「……」
ぐっぱっ。カイトは暗い紫色の鎖を掴んでいた左手を何度か握り、感覚を確かめる。色々と調べるために素手で引っ掴んだが、どんな力が込められているかわかったものではない。本来はこんな事はやるべきではなかった。とはいえ、そうせねばならない理由があった。
「で、流桜。なにかわかったか?」
「……おそらく。あれは私を介して星に影響を与えようとしているものと思われます。洗脳、もしくはお得意の幻術の一種かと」
「なるほど」
そりゃだめだ。カイトは改めて流桜を抱きかかえる様に抱き寄せて、再び左手で彼女の周辺に障壁を展開する。カイトが敢えて鎖を引っ掴んだのは敢えて影響を受けて、自身を介して流桜に調べてもらうためだった。と、そんな無茶をしたからだろう。勘付かれたらしかった。
『カイト! なにやってんの、あんた!』
「あ」
「どうしました?」
「いやぁ……ばれちった」
響いたヒメアの声に、カイトがいたずらがバレた子供の様に恥ずかしげに笑う。そもそも彼がそんな馬鹿げた事が出来たのはヒメアが常時守護してくれているからで、洗脳に対しても防いでくれているからであった。というわけでこんな無茶をしてバレないはずがなかったのであった。というわけで、彼は一つ謝罪する。
「すまん、姫様。湯治に行ったら、流桜が苦戦させられちまったらしくてな。で、なんやかんやあって流桜を狙う神使とちょっと交戦中」
『流桜ちゃんを? 大丈夫なの?』
カイトからの報告に、ヒメアもおおよそを察して怒気を霧散させて慌てて問いかける。
「おいおい、お前の騎士はこの程度の雑魚に負けるような男か?」
「っ、貴様ぁ!」
『そうね……で、もう少し掛かりそう?』
「いーや、やっこさん、ついに怒髪天を衝くって感じらしくてな。もう終わるよ」
言うにことかいて雑魚呼ばわりされた事に神使はついに沸点を突破したらしい。顔を真っ赤にして総身から今まで以上の力を放つ。そうしてそれと共に特徴的な眼の紋様が刻まれた胸当てが弾け飛んだ。
「ほぉ……」
「これは……」
鬼桜国側としても破壊神の神使とは交戦した事がなかった。故に胸当ての下にあった巨大な眼にカイトも流桜の驚きを露わにする。そうして破壊神の力を解き放った神使が、今まで以上の速度と力でカイトへと肉薄する。
「しぃねぇええええ!」
「おっと!」
流石に神使としての力も解き放った渾身の一撃はカイトも少し顔を歪める程度ではあったようだ。僅かにエドナの高度が下がっていた。それを見て、流桜が口を開いた。
「兄様」
「あぁ、気にすんな。ただ……出力の調整が甘いから、跡形も残せんだろうけどな」
ずんっ。まるで神使に呼応したかの様に、カイトから放たれる力もまた一段階上へと跳ね上がる。そうしてこちらもまた本気になったカイトの大剣が神使の刀を押し返す。
「はぁ!」
「ぐぅ!」
神使の口から苦悶の声が漏れる。が、押し返されてすぐに神使は虚空を蹴ってカイトへと肉薄する。
「おぉおおおお!」
「……」
雄叫びと共に放たれる強大な力に、先ほどまでの笑みが引っ込んだカイトがこちらもまたぐっと大剣に力を込める。そうして両者の強大な力が激突する。
「はぁ!」
力と力が激突し、鍔迫り合いも起きずに両者の剣がまるで反発したかの様に弾かれる。そうして弾かれた大剣を、カイトは力任せに強引に引き戻して神使へと叩き込む。
「ぐっ!」
「ちっ」
伊達に神使じゃないか。カイトは自身の斬撃を間一髪で回避した神使に僅かに舌打ちする。とはいえ、巨大な力が間際を通り抜けたのだ。一瞬だけ神使は昏倒したような様子を見せていた。というわけでこの機を逃さず、カイトは一気に攻めかかろうとする。
「おぉ!」
「っ、神よ!」
カイトが一気に攻めきろうとしたその直前。神使が神へと申し出て、その総身から禍々しい暗い紫色のオーラとでも言うべきモヤが溢れ出る。そうして、先程の全力を更に越えた力が神使から迸った。
「おぉ!」
「なに!?」
底が見えた。そう思っていた所に更に跳ね上がった力と速度には流石にカイトも驚きを露わにする。そうして大剣が再び弾き飛ばされて胴体ががら空きになる。
「がぁああああ!」
まるで獣の雄叫びのような声と共に、神使が流桜諸共斬り裂かんとばかりに刀を振りかぶる。
「っ」
「はぁ!」
流石に流桜諸共は想定していなかった。カイトは狂気の滲む刃に思わず眼を見開くも、流桜の方は本能的になにか異質なものを感じ取っていたようだ。神使の胴体目掛けて魔力の光条を放った。
「すまん! 大丈夫だな!」
「問題ありません!」
それにおそらく、もう逆流させられるほどの意思は残っていないはず。カイトの問いかけに流桜は直感的にそう判断していた。とはいえ、流石に流桜の咄嗟の一撃では直撃させても大したダメージにはならなかったようだ。神使は再び虚空に足を着けると、即座にカイト目掛けてまるで獣の如き雄叫びを上げて襲い掛かる。
「ぐぅおおおおお!」
「なんだ!?」
「自己洗脳からの狂化かと!」
「なるほど! 自分を獣と見立て、全部の制限を取っ払ってるわけか!」
猛烈な勢いで攻め立てる神使に驚き困惑するカイトであるが、流桜は直感的に破壊神の力を読み取っていたからか即座に彼へと情報を共有する。
「ならば」
強撃を弾いて神使を吹き飛ばして、カイトは一度だけ呼吸を整える。そうして、その意を理解したエドナが嘶きを上げた。
「はぁ!」
エドナの嘶きと共に、カイトがその腹を蹴って突進を開始させる。こうなってはさっさと片付けないとソラや瞬達まで影響が出かねない。ならばそうするだけだった。そうして突進してくるエドナごと、神使は斬り裂かんと刀に力を溜めながら虚空を駆け出す。
「ぐぅおおおおお!」
「はぁあああああ!」
神使の獣が如き雄叫びと、カイトの大音声が交差する。そうして大剣と刀が激突し、一瞬の空白が生ずる。
「はぁ!」
勝ったのは、言うまでもなくカイトだ。何より使う武器が違いすぎる。故に彼の大剣は神使の刀を打ち砕き、エドナの前足が神使を蹴っ飛ばす。そうして音速を超えた速度で吹き飛ばされていく神使に、エドナは指示されるまでもなく、主人が最適な位置で斬撃を放てる様に加速する。
「跡形も残らんかも、とは言ったが……跡形も残さんに変えておいてやるよ」
大剣に強大な力を宿しながら、カイトは冷酷にそう告げる。そうしてその直後。エドナが神使に追い付いたと共に大剣から次元をも切り裂く斬撃が放たれて、跡形もなく神使が消滅するのだった。
お読み頂きありがとうございました。




