第3525話 はるかな過去編 ――追撃――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修練の末、なんとか基礎程度は習得したと言える二人であったが、そんな所に訪れたのは各国を歴訪の傍ら精神面の問題によって出力の制御が正常に出来なくなってしまったカイトであった。
そんな彼と共に二人は邪眼兵と呼ばれるかつて存在したという破壊神の信奉者達の立てこもる砦の攻略を行っていた流桜の助力に乗り出したわけであるが、それも終わった頃にこの行動が流桜を狙ったものではないかという推測が立てられたことにより三人は流桜を連れて急ぎ温泉街へと戻ることになっていた。
「「「……」」」
温泉街まで何もなければそれで良し。一同は警戒しているからか、浮かび上がる最中終始無言だった。というわけで数度の飛翔で大空へと飛び出した一同であるが、カイトはそこで一度エドナを大きく旋回させる。
「……何かわかりますか?」
「大体……って所かな。ほら」
「……これは」
カイトの指摘に流桜は下を見て、僅かに眼を見開くと共に身震いする。これに飛竜で追い付いてきたソラが問いかけた。
「なにかあったのか?」
「ほら、見てみろ」
「うん……なんか眼? みたいだな……」
カイトの指し示した砦や鬼桜軍との交戦の後を見て、ソラが驚いた。形状としては砦を眼球と見立てれば、丁度瞼を閉じた眼ような跡が出来上がっていたのである。とはいえ、これがありえないのかと言われればそういうわけでもなかった。というわけで、瞬が笑った。
「偶然だろう。鬼桜軍は鶴翼の陣で攻めていた。丁度閉じた眼の様になって不思議はない」
「いや、意図的だ」
瞬の問いかけに対して、カイトは険しい顔で首を振る。鶴翼の陣というのはそうして彼は三人の見ている前で魔力を操って、邪眼兵達がしようとしていた形状をわかりやすく浮かび上がらせる。
「丁度邪眼兵が立て籠もっていた砦を眼球に見立てると、鬼桜軍の本陣が涙の雫になる。この痕跡になった理由は、三方向から攻め立てたことによるものだな」
三方向から攻め立てるのはこの世界やエネフィアなど、単騎で砦を攻め落とせる猛者が存在する世界では珍しいことではない。なので地球では守備に有利な陣形と言われる鶴翼の陣は魔術を前提とすると、砦攻めによく使われる陣形になっていた。
「邪眼兵がこの展開を想定するのはかなり容易だ……あれだけ無茶苦茶な火球を撃ちまくっていたのは、この巨大な魔法陣を構築するためのものだったのだろうな。間に合わなかったのはソラが本陣全域に防壁を展開したことと、オレが斬り捨ててたから、だな」
「「「……」」」
カイトの解説を聞いて、ソラ達は揃って道理を見る。これが起死回生の一手だったのか、それとも流桜を狙ったものだったのか。それはこの場の誰にもわからないが、少なくとも警戒せねばならないだけの理由ではあった。
「逃がしたのは痛かったな。少し被害を受けたとしても神使を倒しておきたい所だった」
「ここから攻めてくるのなら、その時潰すだけです」
「だな……さて」
問題はここから逃げられるかだが。カイトは少しだけ苦い顔で周囲を確認する。今のところ、何も確認は出来ない。なので大丈夫かと言われると、カイトは少し懸念があった。
「邪眼兵は確か眼やら視界に影響する魔術が得意なんだったな」
「破壊神の信奉者ですので……」
「破壊神、か。噂じゃ破壊神らしかならぬ悪辣な策略を得意としたと聞くが」
「それらを含め破壊神と言い表されることになった、と龍神達から聞いています」
カイトの言葉を流桜は言外に認める。これにそういえばとソラが興味本位で問いかけた。
「そういえばその破壊神? ヤバい奴ってのは聞いているんだけど、どんな奴なんだ?」
「オレも詳しくは知らんな、そういえば」
「……そうですね。色々と破壊の限りは尽くしたと聞きます。ですが何より好んだのは、同士討ちだと聞いています」
「「……は?」」
破壊神というにはあまりに悪辣すぎやしないか。ソラも瞬も初めて聞いた破壊神の所業に思わず困惑する。というわけでソラが困惑気味に問いかけた。
「同士討ち……いや、まぁ……確かに悪者の所業としちゃ妥当っちゃ妥当なんっすけど……なんか破壊神っぽい様子はないっていうか」
「そうですね……当時を生きた古い龍神に聞いた話ですが、破壊神が破壊したのは所謂絆という形なき人の繋がりとでも言うべきものです。そしてそれにより生み出された物が破壊される様を見て、何より喜んだと聞きます……外道鬼畜の所業という一言では決して言い表されない所業も幾つもあった、と」
「と、言うと……仲間内での同士討ち……とか」
「それだけではありません。親による子殺し。子による親殺し……恋人達による殺し合いより夫による妻。妻による夫……そういったものを幻を見せることで破壊しようと企んだ、と」
「「っ」」
それで生み出されたものを破壊ということなのか。ソラも瞬も破壊神のあまりに外道な所業に顔を顰める。
「もちろん街を興した者達による街の破壊など、かの邪神の悪行には枚挙に暇がありません」
「だが最後には鬼神と龍神により討たれた、と……」
「はい……そういったこともあり、破壊神の信奉者達は幻を見せることを得意としているのです。幻を見せて同士討ちを誘うために」
「「……」」
それは絶対に復活を阻止しなければならない相手だろう。ソラも瞬も改めて邪眼兵との戦いの重要性を理解する。
「でもそれならよくその鬼神や龍神は倒せたんっすね」
「ええ。鬼神は自らへ狂化を化すことで。龍神は創世神の力を使うことで防いだと」
「へー……え? 狂化?」
「もちろん、狂化と言っても狂い果てて破壊の限りを尽くすことはありません。それでは新たな破壊神が生まれるだけですからね。狂化しながらも狂気に飲まれぬ強き心を持つ類なれなる鬼神だったと」
ぎょっとなるソラに、流桜が笑いながら告げる。そうして破壊神の信奉者との戦いへの決意を固めた所で一同は大空を駆け出していく。
「「「……」」」
動き出すと共に再び無言になる一同であるが、やはりいつ襲撃があるかわからず警戒したままだ。そして案の定だったようだ。カイトが唐突にエドナの速度を緩める。
「兄様、どうしたのですか?」
「……なるほど。第二の矢もあったか」
「どういうことですか?」
「やられたってこった」
そのやり口は流石に防ぎようがない。カイトは上空に逃げようとした時点で策にハマっていたことを理解。苦笑いする。
「はぁ……流桜。しがみついてろ」
「? はい」
とりあえずまずはこの幻術を破壊しないとな。カイトは出る前に幻術の話をしていながら、あっけなく幻術を受けてしまっていた自分に呆れ返りつつ刀を抜き放つ。
「……」
どこがこの幻術の起点か。カイトは意識を集中して、魔力の流れを見極める。そうして、彼はやはりとばかりに更に上に見えていた太陽を斬り捨てた。
「これは……」
「どこだ? ここ……」
カイトが斬り裂いた太陽を起点として、周囲の形式が一変する。
「してやってくれたよ。まさか逆向きに景色を流すとか……かなり高度な幻術だ」
「逆向き? どういうことだ?」
「真逆の方角へ進んでしまっていたようです。ここは丁度砦を挟んで温泉街から真逆の方角です」
カイト同様に流桜が険しい顔で現在位置を説明する。やはり流石は神使の魔術という所だったのだろう。カイトでもまんまと引っ掛けられてしまったらしかった。そうしてそんな一同の退路を断つ様に、数人の邪眼兵が姿を現した。
「星の子を渡してもらうぞ」
「やなこってす」
どうやら一番偉いらしい邪眼兵の言葉に、カイトは茶化すように答える。そんな彼に、先に流桜の引き渡しを要求した邪眼兵がいきり立った。
「貴様……どうなっても知らんぞ」
「破壊神の力を受けただかなんだか知らんが、逆に街から遠ざかってくれて助かった。おかげで気兼ねなく潰せるからな。こっちはハンデとして鎧なし。片手に流桜ありって、あいてっ」
「……」
「あはは……ま、片手一本で戦ってやるよ」
げしっ。流桜をハンデ扱いしようとした自分に肘鉄を食らわす彼女に笑いながら、カイトはそれでも流桜を手放したり瞬やソラに任せるつもりはなかったようだ。そんな彼に、瞬が問いかける。
「カイト。大丈夫なのか?」
「ああ……言ったろ? 流桜抱えてようとオレのが強い。ただ出力の制御は今の状況も相まって甘い。巻き込まれない様にだけは注意しておいてくれ」
「わかった」
とんとんっ。瞬はカイトの言葉を聞いて、飛竜に取り付けられていた魔道具を使って飛竜を異空間へと収納する。今回特別にこういう魔道具がある、と貸してくれたのだ。
かなり高度な技術を要するようで数は非常に少なく、出回ることはまずないらしかった。今回はその数少ない中から、流桜への援軍に急行するということで貸してくれたのであった。そうして彼はソラと共に飛空術で空中へと躍り出る。
「……ソラ。カイトに神使だけを任せて、残りは俺達でやるぞ」
「うっす」
「気張らなくて良いぞ。そこまで苦戦することもないからな」
「それでも出力の制御が甘いんだろう? 下手をするわけにもいかんだろうさ」
「あはは……じゃ、ここは任せることにしますかね」
せっかく瞬がそう言ってくれているんだ。カイトは素直にその言葉に甘えさせて貰うことにしたようだ。ちなみに、本当に彼一人でも流桜を抱えながら今回の邪眼兵達の一団を打ち倒せたらしい。というわけで、カイトは神使と。ソラと瞬は神使と共に現れた四人の邪眼兵との交戦を開始することになるのだった。
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