第3524話 はるかな過去編 ――帰還――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修練の末、なんとか基礎程度は習得したと言える二人であったが、そんな所に訪れたのは各国を歴訪の傍ら精神面の問題によって出力の制御が正常に出来なくなってしまったカイトであった。
そんな彼を湯治に連れて行く道案内役を命ぜられた二人であるが、湯治の最中に訪れた伝令により邪眼兵と呼ばれるかつての破壊神の信奉者達と戦う流桜の苦戦を知り、その助力に赴くことになる。
というわけで三人の助力により砦の防衛網が破壊され、竜騎兵達を中心とした部隊による突撃。その後は包囲網を一気に縮めた鬼桜軍により、砦はほぼほぼ制圧されてしまっていた。
「流桜様」
「どうでしたか」
「……」
流桜の問いかけに、戦いの趨勢がほぼ喫したタイミングで砦攻めに参加した狐月が無言で首を振る。彼女が砦の攻略に参加した理由は簡単だ。というわけで、その目的が達成出来なかったことに流桜は一つため息を吐いた。
「逃げられましたか」
「はい……仕留めきれればと思ったのですが」
「なにかを追っていたんですか?」
「神使です。可能であれば仕留めたかったのですが……」
瞬の問いかけに、狐月は苦い顔で頷きながら彼女らが追っていた相手を明かす。神使は確実に先ほど瞬が撃破した三つ目族の邪眼兵よりも強いのだ。
なので狐月が直接討伐に赴くのは当たり前の話だったし、彼女が流桜の突撃を禁じていた理由の一つも万が一神使が居た場合にその討伐にどれだけの力を残せるかがわからなかったからが大きい。
最悪は神使一人で戦局を覆されかねないのだ。二人がカイトらの単騎駆をしなかったのは妥当な判断だった。というわけで残念そうな狐月に、カイトが推測を告げる。
「どこかに避難路を用意していたな。そうじゃなきゃこんな首都の間近に砦を構えたりはしないだろう」
「ですね……こんな近くに拠点を構築するなぞ何が目的だったのか……」
「書類かなにかは?」
「まだですね。兵達に数日掛けて探させますが……ああ、そうだ。カイト殿」
「はい?」
神使はすでに逃げており、砦も機能停止に陥っている。隠密性の観点から魔導炉等もない様子で、自爆の可能性もなさそうではあった。というわけで砦の攻略はほぼ完了と言える状況だったため、狐月が一つ申し出た。
「流桜様を希桜様の所へ届けて頂けますか? 流石にもう私一人で十分ですし」
「構いませんが……流石に今の状況だと後一泊二泊はするつもりですよ? さっきもうっかり次元裂いちまったので、流桜や希桜様なら兎も角、他は危なくて仕方がないでしょう」
「だからです」
「どういうことです」
狐月の言葉に流桜がむすっと頬を膨らませる。どう聞いても邪魔者扱いだ。当然だろう。とはいえ、そういうわけではなかったようだ。
「少し気になったことがあるのです。もし考えていることが正しければ、流桜様は一足先に戻って頂いた方が良いかと」
「と、言うと?」
「カイト殿。お耳を」
流桜の促しに対して、狐月はどういうわけかカイトに対して耳を寄せる様に依頼する。これにカイトは少しだけ困惑しながらも、その指示に従った。
「……」
「……っ」
カイト以外に聞こえない程度の小声で、狐月がカイトになにかを告げる。それはしっかりと魔術による防諜等を施したもので、本当に彼以外には理解出来なかった。というわけで狐月の懸念を理解したカイトが、少しだけ苦い顔で応じた。
「なるほど……」
「なんでしょうか」
「……だめっぽいですね」
どうやら流桜は気付いていないらしいな。カイトは狐月の懸念を理解していない様子で少し不満げながらも困った様子を見せる流桜に肩を震わせる。その顔が困り顔だった様子から、おそらく安易に明かせないことではあったのだろう。
「どういうことですか!」
「気付いてない、ってこと」
顔を真っ赤にして抗議の声を上げる流桜に、カイトは楽しげに茶化す。とはいえ、わざわざ彼以外に聞こえない様に話したのだ。間違いなく笑って話せる内容ではない事は明白だった。というわけで狐月の申し出を受け入れたカイトが、自分に対してムキになる流桜を抱き上げる。
「よっと」
「わっ! ちょっと! ……っ!?」
カイトに正面から抱きかかえられ暴れようとしていた流桜であるが、ひそひそ話が出来る程度に顔が近付いた瞬間になにかを教えられたらしい。ぎょっとした様子で眼を見開いて動きを止める。
「理解したな」
「……」
こくん。僅かに真剣な顔を浮かべて問いかけるカイトの言葉に、流桜が無言で応ずる。こちらも先程までの不満げな様子はどこへやら、真顔でカイトの行動を大人しく受け入れている様子であった。
「二人共、宿に戻るぞ」
「あ、あぁ……それは良いんだが、何があったんだ?」
「今回の邪眼兵の行動、流桜が目的かもしれんらしい。この距離でただ立て籠もっているだけの邪眼兵なら希桜様の庇護を離れる可能性が高い。神使が一度も出てこなかったこと、邪眼兵の中に三つ目族が居たこと……色々と疑念が多い」
瞬の問いかけに、カイトは何故流桜が狙われるのかという肝の部分だけは省いて狐月の推測を説明する。すでに砦は攻略されており、後始末だけであれば別に流桜なぞ居ても居なくても良い。
それに希桜が彼女に積ませたい経験は後始末ではなく、砦攻めの経験だ。主目的が達成されている上、邪眼兵が自分達の想定から外れた状況である以上、次期総大将たる彼女をいの一番に避難させようという判断は当然のものだった。
「そうか。神使は逃げていたか……確かに見様によっては釣り出されたとも考えられるか」
「ああ……それで終わった後に狐月さんが後始末に掛かりきりになった瞬間を狙われれば、危ういかもしれん」
「「なるほど……」」
そもそも邪眼兵達の中に神使かそれに類する者が居るかもしれない、というのは流桜達も想定していた状況ではない。だからこそカイト達に助力を求めたわけだが、やはりこんな首都の間近に拠点を設置した理由が解せない。いろいろな状況から流桜を釣り出すために行われた大々的な陽動なのでは、と狐月が警戒したのは道理だった。
「騎士として助力するつもりはなかったんだが……」
「申し訳ありません」
「良いよ。龍神達を怒らせて良いことはないだろうしな。ま、今回の借りはハヤトにツケておくよ」
「いつか私が自分で返しますので、そのようなことはなさらないでください」
冗談めかしたカイトに、流桜が真面目に答える。これにカイトは笑いながら、鎧の留め具を調整して流桜を守れる様に固定する。成人男性のカイトの鎧だ。少女の流桜には胴回りの鎧だけで十分身体の大半を覆い尽くせた。
だがこの鎧は言うまでもなくカイト専用のものだ。彼が常に一緒に居なければ、その防御力は十全に発揮出来ないだろう。
「さって……こうして誰かに鎧を使わせて戦うのはいつぶりだったかな」
「最悪は私も戦えます」
「却下だ却下。お前狙いの輩の前にお前を出してどーすんだ」
流桜を守りながら戦うというかなりの難行をしながら、最悪は神使とまで戦わねばならないのだ。その困難さは並の英雄では到底成し遂げられるわけがなく、カイトの顔にはどこか獰猛な笑みが浮かんでいた。
「さってと。二人共、多分空中戦だが……大丈夫か?」
「来そうなのか?」
「追ってくるのなら……だ。警戒はするに越したことはない」
「勝利して油断している軍の陣地に侵入して目的を達成するか、警戒している少数の護衛諸共討伐するか……確かにどっちが楽かと問われればわからんな」
「前者なら見付かった瞬間全軍に取り囲まれてフルボッコ。後者ならそもそも警戒されているから奇襲は無理……しかも時間を掛ければこっちから護衛が来て挟み撃ち……確かに危険度はどっちもどっちっすね」
その時の手札次第、という所ではあるかもしれない。瞬の言葉にソラもまた応ずる。というわけで
「そういうこった……ま、女子供一人守れんでなーにが騎士か。誰が来ようと問題にゃならん。もし神使が来ても、お前らは適当に雑魚を散らしてくれれば大丈夫だ」
「すみません、お願いします」
「「わかりました」」
流桜の言葉にソラと瞬の二人が快諾を示す。そうして三人は砦の完全沈黙を見届けることなく、流桜を連れて一路温泉街へと戻ることにするのだった。
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