第3523話 はるかな過去編 ――撃破――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。未来から来たカイトの指し示した指針を受けて、レジディア王国より更に東。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬。二人はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そんなある日のこと。湯治にやって来たカイトの来訪をきっかけとして彼と共に温泉街へと足を伸ばしたソラと瞬であったが、そこで流桜が率いる軍が邪眼兵というかつての破壊神を信奉する者たちにより苦戦させられていることを知る。
そうしてその助力に赴いた三人であったが、カイトとソラを囮として瞬が砦の近くまで肉薄することに成功。現れた邪眼兵との戦いに臨んでいた。
(少数種族で魔眼に近い力を持つ種族は多い……だが少なくとも虹眼やらの特徴的な眼を有するわけではないから……)
酒呑童子曰く、自分を拘束した力は少数種族に起因する力だということだ。瞬はそこから思い付く種族を頭の中に列挙し、その中から見た目ですぐに理解出来る種族を削除する。一応間近で矛を交えたのだ。眼に特徴が現れている種族ではないことは間違いなかった。
(もう何度か使われれば、幾らかは当たりを付けられそうだが……)
間合いを詰めながら種族について考える彼であったが、どうやら邪眼兵側は自身の力から自分の力を把握されることを警戒しているのだろう。多用する様子は見られなかった。まぁ、瞬が考えている通り、何度も使えばタネは割れる。多用は厳禁だった。
「はぁ!」
「おぉ!」
瞬と邪眼兵が再び激突し、槍と両手剣が交わって火花を散らす。そうして相手の表情さえ視認出来る――向こうは布を被っていてわからないが――距離にまでたどり着いた所で、瞬は槍を交えながらも邪眼兵の眼を再確認する。
(眼は……やはり普通の眼だな)
鬼気迫る様子こそあれ、眼にはやはり特徴はない。となると魔眼の線はないかもしれない。瞬は槍を振るいながらも、内心で僅かに苦みを浮かべる。と、そんな彼の苦みを読み取ったわけではないだろう。彼が眼に特徴はないと断定すると同時に、彼の動きが再び一瞬だけ縫い止められる。
「っ!」
「貰った!」
一瞬の停滞でも、攻撃をするには十分だ。故に今度は逃げるではなく必殺を狙い放たれた拘束に、瞬が顔を顰める。そうして迫りくる刃に、瞬が腹の奥から魔力を放つ。
「おぉおおおお!」
「っぅ!?」
どうやら、魔力を含む身体能力であれば瞬が上回ったようだ。全身から迸る膨大な魔力に、邪眼兵が気圧される。そうして魔力の衝撃波により邪眼兵が吹き飛ばされたと同時に拘束も解除。瞬がぐっと身を屈めて、一気に邪眼兵へと襲い掛かる。
「おぉ!」
「ちっ!」
邪眼兵も身体能力であれば瞬が上であると理解したらしい。必殺が防がれたからか、それとも自身が追撃されていることに苛立ったのか、舌打ちしつつもすぐに地面を滑って急制動を掛ける。
「「はっ!」」
ぎぃん、と金属同士が衝突したような音が鳴り響く。確かに瞬の方が身体能力は上であるが、だから邪眼兵が弱いというわけではない。こちらもこちらで十分に強く、間に合わせることが出来る程度ではあった。そうして再度交わる槍と両手剣だが、一撃交えた直後に瞬はその場を飛び退く。
「っ」
やはり案の定。瞬は空中で再び身体の動きが縫い止められたのを受けて、飛び退いて正解だったと理解する。邪眼兵としても多用したくはないだろうが、手札として一度切ったことによる抵抗感の薄まりと身体能力の差から使わねば勝てないとも判断したようだ。
(空間の固定や自身を取り巻く全ての停止じゃない……身体の停止で間違いない)
身体が動かないのか、周囲の空間が固定されたことにより身体が動かないのか。それによって対応が異なってくる。なので瞬は自身が飛び上がっても慣性の法則で動き続けたことから、身体の動きそのものが止められたのだと理解する。
「ふぅ……」
地面に着地して、瞬は一度だけ呼吸を整える。おそらく自分の方が上なので特殊能力を行使してくるだろうと踏んで、即座に離脱したのだ。なので使われたことそのものに慌てることはなかったが、やはり間に合うかどうかという点では冷や汗を掻いたようだ。
「「……」」
両者再び、にらみ合いを演ずる。どちらも無策に突っ込める相手でないことは明白。しかも手札を隠していることがお互いにわかっている。しっかり次の一手を考えて攻め込む必要があった。そうして様子見を興ずる二人であるが、瞬の脳裏へと酒呑童子が再び声を掛ける。
『随分と様子見をしているな』
『流石に無策に少数種族に戦いを挑むほど、俺も馬鹿じゃない』
『だろう……魔力の流れをしっかり見極めろ。もうタネは割れている』
『わかっている』
瞬が拘束されるのはあくまでも魔術に拠らないだけで、魔力が使われていることは間違いない。その点は魔眼であれ魔術であれなんであれ、物理法則に従わない限りは避けようがないのだ。
ならばその魔力の流れを見極めれば、何が原因かを察知出来た。というわけで警戒する彼が動くよりも前に、邪眼兵が地面を蹴る。
「っ」
一瞬逡巡するも、瞬は突っ込む必要がないと判断。その場で迎撃することにしたようだ。その場に留まって槍を構える。そうして槍を構えたその瞬間。瞬が驚愕することになる。
「なにっ!?」
消えた。確かに先ほどまで追っていた邪眼兵の姿が掻き消えて、瞬が目を見開く。そうして彼が邪眼兵を見失った一瞬の後だ。彼が周囲に展開している雷のセンサーが反応する。
「っ」
「おぉ! っ!?」
今度は邪眼兵側が驚きを露わにする。何をされたかは定かではないが、今度も必殺を狙っていたようだ。だが流石に技術も身体の性能も流桜とは比べ物にならないようで、センサーに気付いて<<廻天>>で察知から抜けることは出来なかったようだ。背後に肉薄していたことを察知されて、瞬に避けられていた。一方で地面を蹴って前に出て即座に反転する瞬は、何をされたか理解していた。
(視線を止められたか……もしセンサーがなかったら危うかったな)
そういう使い方も出来るのか。瞬は自身が邪眼兵を見失った原因をそう判断しつつも、少しだけ感心が浮かんでいた。魔眼の使い方は幾つか知っている彼だが、身体を止める魔眼で動体視力を低下させる使い方は初めてだった。
(使い方にかなりの慣れがある……かなり練習しているか。しかもうまいやり方だ)
目の動きというかなり限定的なものを集中して抑制することで自身がまるで消えた様に錯覚させつつも、目を制限することで魔力の流れ等を読み取る力も制限することが出来るらしい。
これが魔眼全体に言えることなのか、それともこの邪眼兵の力特有のものなのかは定かではないものの、瞬はそう理解する。と、そんな彼に再度、邪眼兵が肉薄する。
「っ」
今度もか。瞬は一瞬だけ目を制限され、邪眼兵を見失う。とはいえ、邪眼兵の方は瞬がなぜ居場所を掴めたかを察せられていなかったらしい。再び雷のセンサーに引っ掛かる。
「はっ!」
「っぅ!」
先にも言及されているが、総合的な戦闘力であれば瞬の方が上だ。故にセンサーに引っかかると同時にそちらへと槍を振るう。これに邪眼兵は僅かに驚きながらも、先程の一幕があるからかどこかで防がれることは理解していたようだ。苦みが見えつつも、先んじて放たれた瞬の一撃を受け止める。そうして受け止められた一撃から、瞬は即座に左手にも槍を編み出して追撃を仕掛ける。
「はぁ!」
「っ!」
そういうことか。邪眼兵は驚きながらも先程の瞬の槍の顕現のタネを理解して、続く一撃も防ぎ切る。が、手数重視になった瞬は更に続けざまに槍を振るって猛攻を仕掛ける。
「はぁあああああ!」
「っ」
一気呵成に攻め立てる瞬に、邪眼兵の顔に段々と苦みと脂汗が浮かんでいく。地力は瞬の方が上なのだ。真正面からの戦いでは勝ち目はなかった。というわけで数十の激突の後、邪眼兵が吹き飛ばされる。
「ぐぅ!」
「……」
ぐっと身を屈めて、瞬は吹き飛んだ邪眼兵目掛けて飛び掛かるような姿勢を見せる。そうして彼が飛び掛かろうとした瞬間、彼の身体が縫い止められる。
(そこか)
実のところ、瞬が飛び掛かろうとしていたのはブラフだった。全ては拘束の力の根源を見定めるべく、敢えて猛攻撃を仕掛けて使わざるを得ない状況を構築していたのである。そして拘束され追撃を潰されたにも関わらず内心で浮かぶ笑みに、酒呑童子が告げた。
『理解したようだな』
『ああ……奴の力は目から放たれているんじゃない。いや、目だろうが』
『そうだ……奴の種族。それは』
『『三つ目族』』
酒呑童子と瞬の声が重なる。どうやら正解だったらしい。自身の答えと同じ答えを口にした瞬に、酒呑童子が上機嫌に頷いた。
『そうだ……額に魔眼を持つ三つ目族。まぁ、魔力で構築された眼だから死ねば普通の人と変わらんがな』
『地球にも居たのか。カイトからは聞いたことがなかったが』
『三つ目なぞ日本では物語でよく語られているだろう』
何を当たり前な。酒呑童子は瞬の問いかけに笑う。というわけでタネがわかった以上、これ以上の様子見は必要なかった。
「……」
唯一の負け筋だった相手の特殊能力もわかったし、身体能力はこちらの方が上だ。ならば負ける道理はないだろう。というわけで、瞬は一気に終わらせることにしたようだ。そうして数度深呼吸を繰り返して、腹に溜めた力を一気に解き放つ。
「行くぞ……参式!」
「っ!?」
ばちんっ、と紫電の弾ける音が鳴り響くと同時に消えた瞬に、邪眼兵が驚愕を浮かべる。そうして次の瞬間には眼前まで肉薄していた瞬が、容赦なく横薙ぎに槍を振るった。
「ぐぅ!」
流石に邪眼兵とて弱くはない。故になんとか防御は間に合わせたものの、僅かに足が地面から離れて少しの距離を吹き飛ばされる。そうして地面を抉りながら減速する邪眼兵に、瞬は更に容赦なく追撃を仕掛ける。
「っ」
苦みを浮かべた邪眼兵の額に魔力が収束し、布の奥で僅かな光が放たれる。だが、瞬は拘束されなかった。
「なっ」
明らかに絶句した。瞬さえ聞こえるほどに大きな驚きが邪眼兵に訪れる。そうして拘束を無効化した瞬が再度肉薄。肉薄の勢いを利用して刺突を放つ。
「ぐがっ!」
「む」
仕留められると思ったんだが。瞬は刺突が邪眼兵の胸当てに食い止められ、僅かに顔を顰める。とはいえ、これで十分ではあった。胸を打たれた邪眼兵は音の壁さえぶち抜いて、砦の壁面へと激突。壁面を大きく砕き、生死のほどは定かではないが戦闘不能へと陥れていた。
「……これで終わりか。雷を利用した身体の制御を練習していて助かった」
中々に強敵だったな。瞬は呼吸を整えながらそう思う。雷を利用した身体の制御、というのは三つ目による身体の拘束を抜け出たタネだ。人体は電気信号で動いている。
なので彼は自身が得意とする雷を利用して外から身体を動かせないか未来のカイトに協力して貰って研究していたことがあり、それが功を奏したのだ。といっても流石に相手の拘束のタネがわからないと無駄に終わる可能性があったため、<<雷炎武>>と共に使っていなかったのであった。
「良し……行くか」
砦までは後少し。図らずも砦の壁面の一部を砕いたことにより、砦側はかなり慌てふためいている。攻めるのなら今だった。というわけで、瞬は砦へ取り付くべく進軍を再開するのだった。
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