第3523話 はるかな過去編 ――激突――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。未来から来たカイトの指し示した指針を受けて、レジディア王国より更に東。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬。二人はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修練の日々が過ぎたある日。ようやく復帰して各国の牽制のため諸国を歴訪していたカイトと再会したソラと瞬は彼と共に湯治に向かうことになる。
しかしそんな中でやって来た伝令の兵士により、将軍としての経験を積むべく出兵していた流桜が邪眼兵と呼ばれるかつての破壊神を信奉する戦士達に苦戦させられているということを知らされる。
というわけで相変わらずの面倒見の良さで勝手な助っ人として参戦することを決めた三人は流桜の許可を得て参戦。瞬はソラとカイトを囮として、邪眼兵の砦へと肉薄して砦の中から現れた邪眼兵の精兵らしき猛者と激突していた。
「ふぅ……」
反動で吹き飛ばされた瞬であるが、彼は空中でくるりと回転して勢いを殺して着地。正面に砦と邪眼兵を捉えると、即座に前傾姿勢を取って激突に向けて動く。その一方、邪眼兵側はというと地面に両手剣を突き立てて強引に減速。その際に生じた力を手に蓄積させていた。
(あれは……)
そういうことをしようとするのか。瞬は邪眼兵の思惑を読んで、思わず口角が上がった。そして案の定、彼の跳躍にも似たスタートと同時に邪眼兵は手に蓄積させた力を足へと移動させて、反動で地面が砕けるほどの力で地面を蹴る。
「「おぉ!」」
今度はお互いに油断も侮りもしていない。故に両者ほぼ自分の予測した地点での激突となる。そうして槍と両手剣が激突して、強大な衝撃波が生ずる。
「ぐっ!」
「む」
激突の衝撃が迸った直後。力で押し負けて吹き飛ばされた瞬に対して、邪眼兵が僅かな驚きを浮かべる。実のところ、押し勝つのは邪眼兵の想定内だ。では何が予想と異なったかというと、瞬を吹き飛ばしてしまったことだ。先の数度の激突で瞬の力は見極めたつもりだった。
なので速度を敢えて同等にして力を幾らか残して攻撃力に転嫁したのだが、それを瞬も見抜いてしっかり受け止めてきたのだ。しかも単純に受け止めるのではなく、敢えて距離を取るという方策まで取っていた。
「……」
おそらくこいつは自分が思う以上に出来る。邪眼兵は若い戦士が自分の思った以上の腕前と才覚を有しているのを見て、自分が再び侮っていたのだと自省する。というわけで邪眼兵は敢えてここでの追撃を控えて、一度だけ呼吸を整える。
「……ふぅ……」
呼吸を整える理由は別に瞬との交戦で息が切れたからではない。瞬を難敵と認め、逸る自身を宥めるためだ。そうして先程までより更に冷たい気配が流れるのを、瞬は理解する。
(本気……ということか)
どうやら自分は邪眼兵のお眼鏡に適うことに成功したようだな。瞬は数度の切り結びがまだまだ序盤の様子見、もしくは戦力を測る牽制球のようなものと理解していた。というわけで彼もまた呼吸を整え、間合いを測る。
(間合いとしては<<縮地>>を使わず身体強化だけでも一歩二歩の距離だが……)
邪眼兵が何を隠し持っているかはわからない。こんな状況で迎撃に出されるほどなのだから、なにか秘策は一つ二つ持っていて不思議はない。なので瞬は逸る気持ちを抑えながら、邪眼兵の一挙手一投足に注目する。
「「……」」
爆発が遠くで起きて、熱風と小さな火花が二人の間を通り抜ける。そうして両者の間を舞い踊る火花の中でもひときわ大きな火花が弾けた瞬間、二人が三度同時に地面を蹴る。
「はぁ!」
「おぉ!」
今度は奇策はなしか。瞬は邪眼兵の一撃が放たれる寸前、完全に剣士としての実力だけで剣戟を放とうとしていたことを理解する。そうして一番最初の激突を再演するかの様に槍と大剣が激突する。
「っ、はぁ!」
「おぉおおおお!」
弾かれた槍を急速に戻して、瞬は二撃目を放とうとする。だが、それより前に邪眼兵側は動きを取り戻していた。いや、もしかすると最初から動きを止めていなかったのかもしれない。そこらは考えても詮無きことであるが、少なくとも瞬が二撃目を放つより前に邪眼兵が斬撃を放った。
「ちっ!」
流石にこれは札の一枚は切らねば対応できそうにもないか。瞬は放とうとしていた刺突の穂先を変えて、更に追加で間に何槍もの槍を束ねて即席の盾とする。そうして放たれた斬撃は無数の槍の絵に阻まれて、瞬へとたどり着くことはなかった。
「!?」
今までの驚きとは比べ物にならない衝撃が走ったのか、邪眼兵が僅かに姿勢を崩す。必殺を狙ったのだ。無理もなかった。そしてそれを逃すほど、瞬は甘くない。
「貰った!」
「っ」
一瞬、邪眼兵の顔に苦みが生ずる。追い詰めたつもりが追い詰められたのだ。当然だった。だが今度は、瞬の方が驚きを得る側になる。
「!?」
「たっ!」
一瞬だが確実に動きが止められた。瞬は自身が得体の知れない力で一瞬だけ拘束されたことを知覚。その隙に邪眼兵はその場を飛び退いて離脱する。
「今、のは……」
「……」
お互い得体の知れない力を行使したからか、そのまま再開とはならなかった。そうして双方の顔に警戒が浮かび上がる。
(一瞬だが確実に、なにかが起きて動きが食い止められた。力そのものは動いていたから、身体的にだけではあったが……)
もしあの一瞬に攻められていれば危うかった。瞬は先程の一幕を思い出して、内心冷や汗を掻く。とはいえ、そう言っても邪眼兵も体勢を崩した状態からあの一瞬で攻めに転じることは難しかったこともあるだろう。あの拘束がどういう力かは定かではないが、一瞬しか拘束出来ていなかったことを考えればすぐに距離を取ったことは正解だった。
(魔術……ではなかったな。どうする……?)
別に隠しているわけでもないのだから、もう一枚手札を切っても良いかもしれない。瞬は邪眼兵の使用してきた謎の力を警戒し、<<雷炎武>>の使用を念頭に置く。
今回ソラも瞬も鬼桜国での総仕上げに似たことを考えており、なるべくは<<廻天>>を使った戦いに終始させるつもりだった。だがそれはあくまで可能な限りであって、生命を賭けて行うべきものでもないと理解している。
意図的に使わなかっただけで、敵が謎の力を行使してくるのなら迷いなく切るだけだった。とはいえ、同時に切って良いかどうかも悩みどころだった。
(あの力がなにかを理解しないと、下手に使用すると逆に命取りになる可能性もある……どうしたものか……)
考えるのは得意ではないが、今のは考えないとどうにもならない。瞬は同じく警戒して足を止めている邪眼兵を見る。と、そんな彼に酒呑童子が楽しげに話しかけた。
『なにかわからないようだな』
『お前はなにかわかったのか?』
『無論だ……まぁ、仕方がないかもしれんな』
『どういうことだ?』
おそらく話しかけてくれたのは自分を馬鹿にするのではなく、自分が知り得ないことだからだったのだろう。酒呑童子の声に潜む感情を瞬はかつてとはいえ自らのことなればこそ、直感的に理解する。
『貴様も少数種族は知っているな』
『知っているか、と言われればそう言われる種族が居ることは知っているが』
少数種族というのは少し語弊があるんじゃなかろうか。瞬は酒呑童子の言葉にそう思う。というわけで、そのまま一応はと問いかけた。
『だが少数種族と言っても里や所属する地方から外にあまり出てこないから外では少数種族というだけで、実際にはそこまで少なくないこともあるだろう? というより、厳密に言えば獣人だって系譜によっては少数種族と見做される。どういう意味での言葉だ?』
『さて、な……兎にも角にも、あれは少数種族だ。今の拘束はそれに起因している。良かったな。神使に起因する力ではない。お前でも十分破れるぞ』
『……そうか』
どうやら幹部級や精兵を釣り上げたは釣り上げたが、最本命の神使やそれに類する者は釣り上げられていなかったらしい。どこか茶化すような酒呑童子の声でそれを瞬も理解する。
「ふぅ……」
あれがどういう力であれ神使ではないのならまだ十分に勝ち目はあるだろう。瞬は酒呑童子の助言に僅かな安堵を得て、再び前のめりになる。そしてそれを受けて、邪眼兵も迷いやらを捨てて交戦に臨むことにしたようだ。そうして両者再び、しかし今度はお互い警戒が滲むからか全力での疾走ではなくどういう状況であれ対応出来る程度の力で距離を詰め戦いは再び開始されるのだった。
お読み頂きありがとうございました。




