第3522話 はるかな過去編 ――肉薄――
後に『強欲の罪』となる触手の軍勢との戦いも終わり、暫く。未来から来たカイトの指し示した指針を受けて、レジディア王国より更に東。海を隔てた鬼と龍が治める鬼桜国へと足を踏み入れたソラと瞬。二人はそこで鬼の王にして稀代の女傑でもある希桜から<<廻天>>と呼ばれる他の属性を利用して別の属性を生じさせる技法を学んでいた。
そうして数ヶ月の修練の日々が過ぎたある日。ようやく復帰して各国の牽制のため諸国を歴訪していたカイトと再会したソラと瞬は彼と共に湯治に向かうことになる。
しかしそんな中でやって来た伝令の兵士により、将軍としての経験を積むべく出兵していた流桜が邪眼兵と呼ばれるかつての破壊神を信奉する戦士達に苦戦させられているということを知らされる。
というわけで相変わらずの面倒見の良さで勝手な助っ人として参戦することを決めた三人は流桜の許可を得ると、ソラがカイトの接近までの本隊を守っている風を見せる囮となり、カイトがある程度近付いたことで自分が本命と思わせを取っていた。そうして二人に囮を頼む形で肉薄していく瞬は当然、邪眼兵側も彼への警戒が疎かになっているのを理解していた。
「はっ!」
放たれる火球を槍で突き刺して内部から生じさせた風で吹き飛ばし、瞬は火の粉が舞う中で一瞬だけ速度を緩める。そうして考えるのは、今しがた自分が使った技術だ。
(火がそこにあれば空気は温められ、気流が生まれる。即ち、火生風。確かにこんなものは聞いたことがないな……いや、そもそも木火土金水の五元素に風なぞ存在しないのだから当然か)
瞬達にとっても<<廻天>>の実戦的な運用は初めてに近かった。もちろん、多少の魔物相手には使用していたが、対人戦とも取れる状況での使用は訓練が殆ど。実戦は未使用だったが、だからこそ使用を決めた所がある。そしてだからこそ、彼は改めて基本を思い出していた。
(水があれば物は冷える……雷が降り注げば火が生じ、火が生ずれば灰……土が生ずる。土は水を蓄えるがゆえに上手く活用すれば水を生じさせる。されど過剰な土は水を減じさせ……<<廻天>>とは正しく天然自然の道理を応用するというわけか)
瞬は<<廻天>>の基礎を思い出しながら、自分が日本人で助かったと思う。特に一部の道理は科学知識があればこそわかったような物という理論があり、理解力の早さに関しては希桜が舌を巻くレベルだった。
(さて……)
火球を消し飛ばし、風刃を雷として自らの力として利用して。瞬は少し目立つような格好で砦への道のりを突き進む。
(そろそろ……動かないと万が一の場合が大変だと思うが……)
瞬が狙っているのは、砦のこちら側から人員を出させることだ。当然だが瞬とてカイトほどではないが破壊力は保有している。砦に取り付けば、一撃で半壊させることも不可能ではない。それを防ぐために砦側は遠距離攻撃で牽制するわけだが、今はカイトとソラにその攻撃の大半を割いているので瞬にまで力を割けない。それを防ぐには敵も兵を出すしかなかった。
(……幹部級が出てくれば良しだが……神使が出てきたら厄介か。いや、それが最良だが……)
この猛攻撃と攻撃に対する対応力はおそらく神使かそれに近しい存在が居るからだろう。流桜や狐月はそう推測していたし、反対側のカイトは実際存在するだろうと判断していた。
相手は破壊神を信奉する信者達だ。神使やそれに類する者であるのなら、無下には出来ない。それ相応の地位を与える必要があった。となれば神使かそれに類する者が今回の指揮官となっている可能性は高く、それを倒せれば後は烏合の衆。どうにでも出来る可能性は高く、倒せるのであれば倒したい所ではあった。
(流石に砦内部に入り込めばなぶり殺しにあう可能性は高いが、それでもただでやられるわけでもない。神使が相手であろうが、確実に半壊程度には持ち込める……となれば奴らは俺をみすみす砦に肉薄させるわけにはいかん……はずだ)
となれば出てくるしかないはず。瞬はここからの流れを考えて、いくら手が無いからと自分を撮りでの内部に誘い込むことはないだろうと考えていた。何よりそれを防ぎたいのに敵を倒すために砦の内部に誘い込んでは意味もない。そしてどうやら、彼の考えは正しかったようだ。砦の壁に偽装された一角ががこんっ、と下がって内側へと下がる。
「……」
来るか。瞬はその場で足を止めて、何が出てくるかを見定める。ただこれで狙い撃たれても困るので、一応前傾姿勢を取って砦の中へと侵入するポーズは取っておく。
とはいえ、やはりポーズだけで良かったようだ。彼が僅かに姿勢を前に傾けると同時に、開かれた扉の先から顔をすっぽり布の袋のようなもので覆い隠した大柄の人物が現れた。
(こいつ……出来るな。そして胸にどこか禍々しい目の紋様。まるで睨みつけているようにも見える……これが邪眼兵か)
数ヶ月滞在している瞬だが、邪眼兵との交戦はこれが初めてだ。まぁ邪眼兵は鬼桜国からしてみれば頻繁にテロを起こす邪教徒のようなもので、あまり話したくない存在だ。知らなかったのは無理もない。
だがそれを別にしてもこの邪眼兵は並々ならぬ強さを有しており、少なくとも彼にこの戦士を突破しない限り砦へ取り付くことは出来ないと思わせるには十分なほどであった。というわけで瞬は難敵の登場に、前傾姿勢を解いて一度だけ深呼吸する。
「ふぅ……」
深呼吸して周囲の状況を再度精査して、瞬は砦側からの攻撃が自分の頭上を通り越してその更に向こう側をめがけて飛んでいくことを把握する。
(邪魔になる、と踏んだか。そうだろうな)
砦から射掛けられる程度の攻撃ならば自分には通用しない。それを砦側も悟ったからこそ、人員を出して直接的な討伐を考えたのだ。ならば砦からの攻撃を行う意味はないに等しく、変に地形等を変えてこの出てきた邪眼兵を邪魔する方が駄目だろう。
さりとてこの戦士にのみ任せては今度は奥に控える鬼桜国軍を好きにさせることになる。ならば瞬を無視して更に奥の鬼桜軍を牽制する方が間違いないだろう。というわけでそんな砦側の思惑を読み抜いて、瞬は再び槍を構えて僅かに前のめりになる。
「「……」」
流石に両者言葉を交わせる距離でもないし、仲良しこよしと雑談に興ぜられる間柄でもない。もちろん、戦闘の合間に起こることのある間合いを調整するための会話が起きるには早すぎる。故に両者無言で、ただ視線だけが交わった。そうして、数秒。瞬を追い越して後ろの鬼桜軍目掛けて飛翔していた火球が地面に落着し、爆発が起きた。
「「っ!」」
爆発を合図として、両者同時に地面を蹴る。
(速い!)
自分も中々の速さだと思っているが、この邪眼兵も中々の速度だ。瞬は同時に地面を蹴ってほぼ中間での激突となったことに僅かに驚きを浮かべる。だがどうやら、瞬の速さを見誤ったのは邪眼兵側も一緒だったようだ。布の奥にある目が大きく見開かれていた。とはいえ、お互いに戦士だ。驚きを飲み下し、同時に攻撃を放つ。
「はぁ!」
「おぉ!」
瞬は槍。邪眼兵は両手剣だ。背丈は邪眼兵が瞬を上回っており、2メートルほどはあろうかという体躯だ。それでこの速度なのだから、十分速いだろう。そうして同時に放たれた攻撃が激突し、両者そもそも想定した位置での交戦ではなかったからかお互いに反動と衝撃で吹き飛ばされることになる。
「っ」
こいつはやる。瞬も邪眼兵も同時にそれを一撃で理解して、僅かにほくそ笑む。そうして、爆炎が舞い飛ぶ戦場で瞬は邪眼兵の精兵との戦いを開始するのだった。
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